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577 打ちのめされた自尊心

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長い橋を渡り、城門の少し前まで来て馬車を停めると、シャノンが降りて門番のところまで歩いて行き、二言三言話す。

すでに何度も来ている事を思わせるように、門番はチラリと馬車に目を配るだけで、通行許可が下りた。
アラルコン商会の人間という事が、大きな信用にもなっているのだろう。

「おーい、みんな行こうか」

シャノンが口の横に手を当てて少し大きな声で呼びかけて、手招きをしてくる。

「さすがに慣れてるな。普通はもう少し細かくチェックされるものだぞ」

馬車を降りたビリージョーが、シャノンの手際の良さに感心して声をかける。

「いやだなぁ、門番と話しただけですよ。まぁ、あたしの顔を覚えてくれてたから、少しはスムーズにいったと思いますけど」

シャノンの隣に並んで先頭を歩くビリージョー、その後ろにはアラタとレイチェルが続いた

「アラタ、さっきから難しい顔をしているが、なにか考えごとか?」

「・・・さっき、シャクールに言われた事なんだけどさ、俺の光の力にも、まだまだ眠ってる力があるのかな?」

「・・・あると言えばあるんだろうな。話しは聞いていたが、自分次第だと思うぞ。キミは光の力を拳だけでなく、全身にも纏えるようになったんだろ?パスタ屋でそうしたと聞いたぞ。拳だけに纏っていた光を全身に纏えるようになった。これは一つの進化だ。そう考えれば、もっと色々な事ができると思わないか?」

「・・・なるほど、そうだよな!うん、レイチェルすごいな!今の話しすごい分かりやすかったよ。ありがとう!」

「お、おいおい、近いぞアラタ!私の話しが分かりやすかったってのは嬉しいが、そんなに興奮するなよ」

話しが胸にストンと落ちた事で気分が高まったのか、アラタがレイチェルにぐいっと詰めて感謝を言葉にして伝えると、レイチェルは両手を前に出して、アラタを押し留める。

「あ、ごめん!いや、ちょっとテンションが上がっちゃって」

「・・・ふー、全くキミってそういうとこあるよな。思い立ったらって言うか、まぁ何にしても悩みが解消できたなら良かったよ」



アラタとレイチェルの後ろには、数歩距離を空けて、シャクールとサリー、そしてディリアンの三人が横並びで続いた。

「サリーよ、素晴らしい景色だな。海に囲まれた城とは、なんとロマン溢れるものよ」

「はい、バルデス様。とても美しい景観ですね」

日の光を海の青が反射し、城を明るく照らす。
冬の寒さも忘れそうな温もりが感じられ、サリーは表情を緩めた。

「・・・呑気だなぁ、あんたら本当に観光気分なんだな?それで大丈夫なのか?」

ディリアンが呆れたように二人を見る。溜息混じりの言葉だが、バルデスもサリーもまるで気にも留めずに言葉を返した。

「ふむ、私とサリーの態度が、任務遂行の支障にならないか気にしているのかね?案ずるな。これは慢心ではなく余裕だ」

「余裕ねぇ・・・あんたがあの四勇士ってのは聞いたけどよ、レイジェスのヤツらと戦って負けたそうじゃねぇか?それで余裕って言われてもなぁ・・・」

ディリアンが侮るような言葉を口にすると、それまで穏やかに笑っていたバルデスの目が鋭く光り、僅かではあるがその魔力がディリアンにぶつけられた。

「うっ!」

「・・・小僧、あまり調子に乗るなよ?敗北は認めるが、レイジェスの二人と戦った時、私は力の半分も出していない。貴様程度、殺そうと思えばいつでも殺せるのだぞ。そう言えば貴様は、レイジェスでも憎まれ口を叩いて、レイチェルに痛い目にあわされていたな?キャンキャン噛みつくなら相手を選べ」

シャクールの魔力に当てられて、ディリアンの頬を冷たい汗が一筋伝い落ちる。

これが四勇士・・・
シャクールは実力の1割も出していないだろう。
だが、そのほんの僅かな魔力にふれただけで、ディリアンはシャクールの秘めたる力を垣間見た。

どうやっても埋めようのない力の差を前に、ディリアンは口をつぐみ、シャクールから目を逸らした。


「・・・サリーよ、近くで見ると実に美しい城だな」

これ以上ディリアンが口を開かないと分かると、シャクールはサリーとの会話に戻った。

「はい。バルデス様。とても美しい城ですね。白と青だけの配色ですが、海の城としてはこれ以上ない程ふさわしいかと思います」

のんびりと城を眺めるシャクールとサリー。二人の目にはもはやディリアンは映ってさえいない。
自分から突っかかった事が原因だが、ディリアンは屈辱に唇を噛みながら、ただ黙って足を進めた。



貴族として生まれたが、親や兄に媚びる事もせず、勝手気ままに生きて来た。
いつしかいないものとして扱われるようになったディリアンは、素行の悪さが目立つようになり、ますます煙たがられるようになった。

それで良かった。
いずれ適当な領地を与えらえ、そこで余生をてきとうに生きる。
目標もなにもないディリアンは、それで良かった。

15歳にして、なげやりな人生を送っていたディリアンだったが、ある日転機が訪れる。

兄、トレバーが闇に呑まれ、そして父までもが城で暴れ投獄されたのだ。

これでベナビデス家も終わり。
そう思ったが、レイジェスの店長バリオスが、なぜか自分をこの旅に同行するよう話してきた。


なぜ俺をこの旅に行かせたのか?
バリオスはお前のためだと言っていたが、俺にはさっぱり分からない。
イライラして周りにあたっていると。レイジェスの副店長とかいう赤髪の女に絞められた。
ロンズデールに来て、のん気に観光している貴族に絡んだら、逆に脅される始末。


「・・・ハッ、かっこわりぃよなぁ・・・・・」

鼻で笑い、誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。

思わず口を突いて出た自虐の言葉は、ディリアンの自尊心を抉った。
ここまで惨めな気持ちになったのは初めてだった。


「・・・なに下向いてんだ?ほら、シャキッとしろ!」

突然背中を叩かれ顔を上げると、いつの間にか隣にいたビリージョーが、ディリアンの頭に手を置いてきた。

「・・・あ?んだよ?うっぜぇな!」

頭に置かれた手を乱暴に振り払うが、ビリージョーはそれに怒る事もせず、むしろ笑って落ち着ついた声で話しかける。

「・・・ディリアン、お前も色々大変だよな。愚痴くらい聞くぜ?」

「あ?なに言ってんだよ?うぜぇよ・・・あっち行けよ」

「そう邪魔者扱いすんなよ。仲良くしようぜ」

ビリージョーに背中を押されながら無理やり歩かされ、ディリアンは面倒そうに眉間にシワを寄せる。



「あはは、賑やかですねぇ」

城の正門の前まで来ると、黒の一枚布に、青や桃色で幾何学的なタッチの刺繍が施された衣装を纏った女性が、出迎えるかのように立っていた。

少し薄い灰色のパッチリとした瞳で、柔らかく友好的な笑みを浮かべている。

「リンジーさん!お久しぶりです」

「アラタ君お久しぶり。それと初めましての方も沢山いますね」

リンジー・ルプレクトとの再会だった。
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