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574 シャノンの宣言

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12月4日 午前9時

朝食を終えたアラタ達は、アラルコン商会の酒場宿の一室に集まっていた。
前日宿泊した宿だが、シャノンがこの国に滞在する間の拠点として、そのまま部屋を提供してくれたのである。

今後の事を打ち合わせていると、軽いノック音が鳴り、静かにドアノブが回る音が聞こえた。

「失礼いたします。シャノン様、写しの鏡をお持ちしました」

「あぁ、マレスが来たの?急ですまないね。ありがとう」

部屋に入って来たのは、アラルコン魔道具店の受付にいた若い男性店員だった。
白いシャツの上に温かそうな厚地のジャンパーを羽織っている。
明るく濃いめのブラウンの髪は、真ん中で分けられているが、少し乱れていうように見えるのは、連絡を受けてから、急いで持って来たからかもしれない。

「いえ、大丈夫です。まさか、開店と同時に宿の使いが来るとは思いませんでしたが」

そう言って少しだけ笑って見せると、手にしていた大きな紙袋をシャノンへと手渡した。

「そのまま宿の使用人に渡せばよかったのに。わざわざマレスが届ける事なかったんじゃない?」

シャノンが受け取った大きな紙袋には木箱が入っており、レイジェスとの連絡用に使っている写しの鏡が、収められている。

「いけません。写しの鏡ですよ?こんな大切な物を使用人に預けて、もしなにかあったらどうするのです?今がどのような時かお考えください」

上司を相手にしても、堂々と意見を述べるところを見ると、このマレスがシャノンにとって、信頼厚い部下という事が伺える。

「相変わらず堅いなぁ、でも、まぁマレスの言う通りだね。ありがとう。そんなあんただから、あたしも安心して店を任せられるんだ。あたしは今回の件が片付くまでみんなと行動するから。あとの事は頼んだよ」

「はい。お任せください。ただ、シャノン様・・・本気で国王派と事を構えるおつもりですか?」

マレスは少し思い悩むような目を、シャノンに向けた。

「うん、やるよ。あんたには前々から話してたけど、これはもう駄目だね。先祖代々この地で生きて来たアラルコン商会としては、とても見過ごせない」

「しかし、御父上・・・会長のお許しが」

「まぁ、アラルコン商会会長の立場じゃ、表立って認めるわけにはいかないよね。だったら無関係って事にしといてよ。とりあえず縁切りでもしてさ」

軽い調子で答えるシャノン。だが、その口調とは裏腹に、非常に重い言葉を口にした事で、マレスの表情が険しくなった。

「シャノン様!何をおっしゃっているかお分かりですか!?縁切りなどと、軽々しく口にしないでくください!一人娘のあなたしか跡取りはいないのですよ!」

部屋中に響き渡るマレスの怒声に、アラタもレイチェルも全員の視線が一斉に集まった。
だが、シャノンはマレスのそんな反応を予想していたのか、眉一つ動かさず涼しい顔で言葉を返した。

「分かってるよ。でもね、あたしは本気だよ。ここでヤツらの目論見を阻止しないと、この国は本当に終わりだろうね。アラルコン商会は生き残るだろうけど、どれだけ絞り取られるか想像できるだろ?この国で生きる人々が帝国の奴隷みたいになっちまうだろうね。そんなの見過ごせる?縁切りはもしもの時に商会に迷惑がかからないようにするためだよ。終わったらまた戻してくれればいいさ」


シャノンの覚悟を見て取ったのか、マレスは口をつぐむ。説得できそうにない事は悟ったのだろうが、感情で頷く事はできなようだ

「まったく、あんたはクソ真面目だよねぇ。でも、そんなあんただからあたしも安心して任せられるんだよ。嫌な事任せて悪いけど、会長にはそう話しておいてくれるかな?」

「・・・分かりました。シャノン様がお戻りになられるまで、アラルコン商会はこのマレスが命に代えてもお守りします」

そこでマレスは初めて、シャノンの後ろ、テーブル席に座っているアラタ達に顔を向けた。

「皆さん、シャノン様を何卒よろしくお願いいたします」

腰をほぼ直角に折り曲げて頭を下げるマレスに、アラタもレイチェルもビリージョーも、やや慌てて席を立つ。

「いやいや!こちらこそよろしくお願いします」
「そんなに畏まらないでくれ。私達の方が世話になっているんだ」
「安心してくれ。シャノンさんは我々がお護りする」

アラタ達の反応とは対照的に、貴族であるシャクール達は慣れた対応だった。
イスに腰をかけたまま、分かった。と言って、一言二言交わしてマレスの頭を上げさせ、余裕のある笑みさえ浮かべている。
この辺りはやはり貴族たる貫禄だろう。




「悪いねみんな、時間取らせちゃったね」

「なに謝ってるんだい?別に謝る事ではないだろう?」

マレスが帰り、話し合いが再開すると、シャノンがそれぞれの顔を見て謝るので、レイチェルが気にするなと言葉を返す。

「マレスは頼りになるヤツなんだけどね。あの通り、ちょっと真面目過ぎるところがあるからさ、まぁ、だからこそあたしもこっちに集中できるんだけどね。じゃあ、まずはレイジェスに連絡をしようか?」

そう言いながら、紙袋から木箱を取り出し、テーブルの上に乗せる。

「・・・へぇ、これが写しの鏡か?」

箱を開けて出てきた丸鏡を見て、デリアンがイスから身を乗り出す。

「おや、ディリアンは見るのは初めてか?」

シャクールが意外そうに言葉を向けると、ディリアンはチラリと視線を投げてよこした。

「・・・あぁ、家にはあったみたいだけど、別に俺が使う用事はねぇし、使う時に呼ばれた事もねぇからな」

「ふむ、そうであったか。これは余計な事を聞いたな」

「別に・・・」

ディリアンがイスに座り直すと、シャノンが水の入ったガラスコップを手にして立ち上がった。

「じゃあ、始めるよ。あ、お兄さん鏡を下に置いてくれるかな?」

「あ、はい」

写しの鏡は相手の姿が浮かび上がるため、テーブルの上だと見上げて話す事になる。
そのため床に鏡を置いて使用される事が多い。

今回シャノンは、アラタ達が無事にロンズデールに到着した事を、レイジェスに知らせるために写しの鏡を使う事にした。

魔力の込めた水を、鏡の表面が満たされる程度に垂らすと、鏡が光だした。

「さて、あとはレイジェスの誰かが応答してくれるの待つだけだね」

写しの鏡は、連絡を受ける側も同様に、魔力を込められた水で鏡を満たす必要がある。
また、そもそも鏡が光っている事に誰も気づかなければ、当然反応は無い。


待つ事数分、シャノン達が気長がに待とうかと話していると、思ったよりも早く鏡が光り出した。


『ウィ~ッス!』


パーマがかったボリュームのある金髪で、鼻ピアスをした黒の革ジャンを着た男が、やたら白い歯を光らせて、ゆるい挨拶で応答して来た。

現在レイジェスの責任者を務めている、ジャレット・キャンベルである。
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