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572 アラルコン商会の温泉宿
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「・・・ウラジミール」
嘲るように、しかし明確な敵意を含んだ鋭い眼光を受け止め、シャノンもまたウラジミールを強く睨み返した。
ウラジミールの演説が終わると、人だかりも一人また一人と散り始め、ついにはアラタ達だけが残る。
一段高いところに立ちこちらを、いやシャノンを見据えていたウラジミールだが、やがて鼻で笑うとテーブル台から降りて背を向け、近くで待機していた部下とともに去って行った。
「・・・シャノンさん、あいつが大海の船団の船長なんだって?競合相手というだけじゃ説明にならないくらい、ずいぶん険悪な雰囲気だったね?」
ウラジミール達の姿が遠ざかって行くと、レイチェルがシャノンの隣に立ち声をかけた。
小さくなって行くその背中を、今だ睨みつけていたシャノンだが、一つ大きく呼吸をすると、気持ちを切り替えたようにスッキリとした表情で口を開いた。
「みんな、今日の宿はもう決まった?まだならアラルコン商会の宿を提供するわ」
すでに日もだいぶ傾いており、観光気分だったシャクールとサリーも二つ返事で了承した事から、アラタ達はシャノンの提案に乗りアラルコン商会で経営している、温泉宿に一泊する事を決めた。
「着いた、ここだよ」
歩く事10分。
シャノンに案内されたその宿は、町の中心値から少し離れた場所にあった。
他とは違う木造4階建てで、築数十年どころではない、長い年月を感じる味わい深い建物だった。
正門をくぐり、敷石を踏み鳴らしながら歩くと、宿の従業員らしい女性が数人、玄関前でお出迎えに立っていた。日本ではこういう時和服を想像するが、青いシャツに白のエプロン姿だった。
どことなく海を連想させる色使いは、やはりこの国だからこそなのだろう。
お出迎えの女性達に荷物を預け、そのまま玄関内に通されると、外観とは裏腹に豪華絢爛、日本の高級ホテルのような内装だった。
高い天井から照らされるロビー、さりげないしつらえや調度品も、この宿の格を上げる一役を買っている。
「その顔だと、みんな不満はないようだね?」
受付で部屋の手配をしていたシャノンが、鍵を持って戻って来た。
「いやいや、不満なんてないですよ。すごい宿じゃないですか」
感想をそのまま口にするアラタに、シャノンも少し得意気な顔をして見せた。
「喜んでもらえたなら良かったよ。アラルコン商会が経営している宿でも、ここが一番古いんだ。開業して200年目なんだよ」
「ほぉ、200年も続く宿か、それは立派なものだなサリー」
「はい。バルデス様、それだけ愛された宿という事です。今日はこちらにお世話になる事ができるのはとても幸運だと思います」
バルデスとサリーも宿に感心した様子で、辺りを見回しては口々に褒めている。
貴族のバルデスが褒めるのだから、この宿がいかに素晴らしい造りか分かろうものだ。
レイチェルとビリージョーも同様に、あちこち興味を惹かれて目移りしている。
公爵家のディリアンも、関心の無いように腕を組んで壁に背を預けているが、その顔を見れば感嘆している事は一目で分かる。
「シャノンさん、本当にいいんですか?こんな立派な宿に泊めてもらって」
「うん、いいんだよ。遠慮しないでね。レオネラもキミ達が来てくれた事を喜んでいるはずさ」
「え、レオネラって・・・」
「この宿はね、200年前にカエストゥスから戻ったレオネラが建てたのさ。そこからだね、アラルコン商会が物販だけじゃなくて、宿泊業も始めたのは。レイジェスのキミ達が泊ってくれるなんて、レオネラも喜んでいるはずだよ」
レオネラ・アラルコンは、200年前にカエストゥスで弥生さん達と交流のあった人物だ。
前回ロンズデールに来た時、シャノンからレオネラの話しを聞いたアラタは、レオネラがレイジェスとのつながりをとても大切に想っていた事に嬉しさを感じていた。
「そうだったんですね。俺もそういう話しが聞けて、なんだかすごい嬉しいです。レオネラさんの事は、カエストゥスの戦争の話しで聞いた事くらいしか知りませんが、国に帰ってからこんな立派な宿を建ててたんですね。すごい人だなぁ」
「あはは、お兄さんってやっぱり良い人だよね。あたしもご先祖様が褒められて嬉しいよ。この宿は築200年だから、あっちこっち修繕してるんだ。建て直したらどうかって意見もあるんだけど、やっぱりできるだけ元のまま残したいんだよね。お兄さん、ありがとうね」
その方がいいと思います。そう答え同意するアラタに、シャノンは微笑みで返した。
「お取込み中、失礼するよ。そろそろ部屋に行きたいのだがね」
話しの区切りがついたタイミングで、シャクールが二人の間に顔を入れて来た。
「あ、ごめんごめん。じゃあ、そろそろ行こうか。男と女で部屋を分けたけどいいかな?」
「無論だ」
あまりに距離の近いシャクールとサリーを見たシャノンは、二人は恋人同士だと思い、部屋割りの確認をするが、シャクールは悩む素振りさえ見せずに即答した。
「あら、あなたとメイドさん、すっごい距離が近いから、二人一緒じゃなきゃ嫌だって言うかと思ってたわ。恋人なんでしょ?」
「ん?恋人?何を言うかと思えば・・・いいか、私とサリーは恋人ではない。もっと深く強いもので結ばれた存在だ。そうだろサリー?」
「その通りです。バルデス様。私とバルデスは深く強いもので結ばれております」
シャクールの言葉をそのまま返すサリー。恋人よりも深い関係と言い切る二人に、シャノンも流石に呆気にとられてしまう。
「う~ん、あんた達って、本当になんだかすごいよね」
腕を組んで苦笑いを浮かべるシャノンだが、シャクールもサリーもまるで目に入っていないかのように、二人で夕食や温泉の話しを始める始末だった。
嘲るように、しかし明確な敵意を含んだ鋭い眼光を受け止め、シャノンもまたウラジミールを強く睨み返した。
ウラジミールの演説が終わると、人だかりも一人また一人と散り始め、ついにはアラタ達だけが残る。
一段高いところに立ちこちらを、いやシャノンを見据えていたウラジミールだが、やがて鼻で笑うとテーブル台から降りて背を向け、近くで待機していた部下とともに去って行った。
「・・・シャノンさん、あいつが大海の船団の船長なんだって?競合相手というだけじゃ説明にならないくらい、ずいぶん険悪な雰囲気だったね?」
ウラジミール達の姿が遠ざかって行くと、レイチェルがシャノンの隣に立ち声をかけた。
小さくなって行くその背中を、今だ睨みつけていたシャノンだが、一つ大きく呼吸をすると、気持ちを切り替えたようにスッキリとした表情で口を開いた。
「みんな、今日の宿はもう決まった?まだならアラルコン商会の宿を提供するわ」
すでに日もだいぶ傾いており、観光気分だったシャクールとサリーも二つ返事で了承した事から、アラタ達はシャノンの提案に乗りアラルコン商会で経営している、温泉宿に一泊する事を決めた。
「着いた、ここだよ」
歩く事10分。
シャノンに案内されたその宿は、町の中心値から少し離れた場所にあった。
他とは違う木造4階建てで、築数十年どころではない、長い年月を感じる味わい深い建物だった。
正門をくぐり、敷石を踏み鳴らしながら歩くと、宿の従業員らしい女性が数人、玄関前でお出迎えに立っていた。日本ではこういう時和服を想像するが、青いシャツに白のエプロン姿だった。
どことなく海を連想させる色使いは、やはりこの国だからこそなのだろう。
お出迎えの女性達に荷物を預け、そのまま玄関内に通されると、外観とは裏腹に豪華絢爛、日本の高級ホテルのような内装だった。
高い天井から照らされるロビー、さりげないしつらえや調度品も、この宿の格を上げる一役を買っている。
「その顔だと、みんな不満はないようだね?」
受付で部屋の手配をしていたシャノンが、鍵を持って戻って来た。
「いやいや、不満なんてないですよ。すごい宿じゃないですか」
感想をそのまま口にするアラタに、シャノンも少し得意気な顔をして見せた。
「喜んでもらえたなら良かったよ。アラルコン商会が経営している宿でも、ここが一番古いんだ。開業して200年目なんだよ」
「ほぉ、200年も続く宿か、それは立派なものだなサリー」
「はい。バルデス様、それだけ愛された宿という事です。今日はこちらにお世話になる事ができるのはとても幸運だと思います」
バルデスとサリーも宿に感心した様子で、辺りを見回しては口々に褒めている。
貴族のバルデスが褒めるのだから、この宿がいかに素晴らしい造りか分かろうものだ。
レイチェルとビリージョーも同様に、あちこち興味を惹かれて目移りしている。
公爵家のディリアンも、関心の無いように腕を組んで壁に背を預けているが、その顔を見れば感嘆している事は一目で分かる。
「シャノンさん、本当にいいんですか?こんな立派な宿に泊めてもらって」
「うん、いいんだよ。遠慮しないでね。レオネラもキミ達が来てくれた事を喜んでいるはずさ」
「え、レオネラって・・・」
「この宿はね、200年前にカエストゥスから戻ったレオネラが建てたのさ。そこからだね、アラルコン商会が物販だけじゃなくて、宿泊業も始めたのは。レイジェスのキミ達が泊ってくれるなんて、レオネラも喜んでいるはずだよ」
レオネラ・アラルコンは、200年前にカエストゥスで弥生さん達と交流のあった人物だ。
前回ロンズデールに来た時、シャノンからレオネラの話しを聞いたアラタは、レオネラがレイジェスとのつながりをとても大切に想っていた事に嬉しさを感じていた。
「そうだったんですね。俺もそういう話しが聞けて、なんだかすごい嬉しいです。レオネラさんの事は、カエストゥスの戦争の話しで聞いた事くらいしか知りませんが、国に帰ってからこんな立派な宿を建ててたんですね。すごい人だなぁ」
「あはは、お兄さんってやっぱり良い人だよね。あたしもご先祖様が褒められて嬉しいよ。この宿は築200年だから、あっちこっち修繕してるんだ。建て直したらどうかって意見もあるんだけど、やっぱりできるだけ元のまま残したいんだよね。お兄さん、ありがとうね」
その方がいいと思います。そう答え同意するアラタに、シャノンは微笑みで返した。
「お取込み中、失礼するよ。そろそろ部屋に行きたいのだがね」
話しの区切りがついたタイミングで、シャクールが二人の間に顔を入れて来た。
「あ、ごめんごめん。じゃあ、そろそろ行こうか。男と女で部屋を分けたけどいいかな?」
「無論だ」
あまりに距離の近いシャクールとサリーを見たシャノンは、二人は恋人同士だと思い、部屋割りの確認をするが、シャクールは悩む素振りさえ見せずに即答した。
「あら、あなたとメイドさん、すっごい距離が近いから、二人一緒じゃなきゃ嫌だって言うかと思ってたわ。恋人なんでしょ?」
「ん?恋人?何を言うかと思えば・・・いいか、私とサリーは恋人ではない。もっと深く強いもので結ばれた存在だ。そうだろサリー?」
「その通りです。バルデス様。私とバルデスは深く強いもので結ばれております」
シャクールの言葉をそのまま返すサリー。恋人よりも深い関係と言い切る二人に、シャノンも流石に呆気にとられてしまう。
「う~ん、あんた達って、本当になんだかすごいよね」
腕を組んで苦笑いを浮かべるシャノンだが、シャクールもサリーもまるで目に入っていないかのように、二人で夕食や温泉の話しを始める始末だった。
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