上 下
571 / 1,277

570 演説

しおりを挟む
12月3日

午後3時を回った頃、俺達は数週間ぶりにロンズデール首都に戻って来た。
レフェリを発って気が付いたのだが、こっちは雪が降っていないのだ。
カチュアからクインズベリーは豪雪地帯だと聞いたが、ロンズデールは雪が降らないのかもしれない。
寒い事は寒いが、クインズベリーと比べるといくらか余裕もある。

それにしてもここはやはり観光地だ。

目に映るのはどこもかしこも、温泉のある酒場宿。
街並みも宿場町という雰囲気があり、お土産屋も沢山ある。
こんな任務でもなければのんびりと楽しみたいところだ。

「おぉ、これはすごいな!レフェリもなかなかだったが、さすが首都だ。これほどの温泉宿、目移りしてとても決められないぞ。サリーはどこがいい?」

「バルデス様。私もすぐには決められませんので、ご一緒に見て回りませんか?」

「うむ、それもそうだな。ではサリーよ、そこから順に見て行くか」

「はいはい、ちょっと待った。一回待とうね?」

馬車を降りて街に入るなり、シャクールとサリーさんはスタスタと先に進んでしまう。
俺とビリージョーさんが慌てて止めようとすると、それより早くレイチェルが動き、後ろから二人の肩を掴んで待ったをかけた。

「ん、どうしたレイチェル?」

シャクールが首を傾げる。どうやらなんで止められたのか、まるで分かっていないようだ。

「あのね、キミ達が観光で来てるのは分かるけど、それだけじゃないよね?任務もあるでしょ?だから、あんまり勝手な行動しないでくれるかな?」

笑顔で優しく話しているが、その笑顔が怖いと感じるのは俺だけだろうか?

「うむ、もちろん忘れてはいないぞ。だが、今日の宿はどうするのだ?ナック村ではビリージョー殿の店、レフェリでは前回お前達が泊ったという宿、今回は決まっていないのだろう?ならば私とサリーが見て選んでも支障なかろう?幸い馬車の進みが速く、日没までまだ一時間以上はあろう。少しくらい自由行動をさせてくれないか?」

「あ~・・・なるほど、そういう考えだったのか・・・うん、ビリージョーさん、宿はこの二人に決めてもらってもいいですか?」

「あぁ、構わないぞ。ただ、時間に余裕があると言っても3時は過ぎているんだ。俺達も一緒に行った方がいいだろう。宿が決まればすぐに入れるしな」

振り返って意見を聞くレイチェルに、ビリージョーさんも二つ返事で許可を出した。
完全にバラけるのではなく、一緒に行動するというのもいいと思う。
待ち合わせの時間を決めても、慣れない土地で迷ってしまう可能性もあるからだ。

今更言うまでもないが、もし宿が決まらず夜になっても外をブラついていたら、シャレに慣れない。
いざという時には、適当に近くの宿に全員で入ってしまえばいい、と言う考えもあるのだろう。


「ふむ、許しも出たようだし、行くとするか、サリー」

「はい。バルデス様」

シャクールが軽く頷き声をかけると、サリーさんもニコリと微笑んで一歩後ろに立ち、連れ立って歩き出した。

俺達もそれに付いて歩くが、本当に観光を楽しむような二人の雰囲気を邪魔しないように、見失わないくらいの、それなりの距離を取った。


「う~ん、主人とメイドって割には、距離がすごく近いよな」

「そうだな、ありゃ主従関係の距離じゃねぇぞ」

独り言のつもりだったが、ちょうど俺の隣にいたディリアンにはバッチリ聞かれていたようだ。
しかし、ディリアンも同じように感じていたらしく、腕を組んで不思議そうに前を歩く二人を見ている。

「・・・そういやパーティーか何かで、どっかの貴族が話してるのを聞いた事があるな。四勇士ってよ、何年もあの塔に閉じこもって、全く出てこねぇだろ?他の三人はずっと一人だったらしいけど、子供の頃からバルデスを慕ってた侍女が当主に嘆願して、バルデス専属の侍女としてあの塔に移ったってよ」

「え、それ本当か?じゃあ、その侍女って・・・」

「あのサリー・ディルトンしかいないだろ?なるほどなぁ・・・そう考えりゃあの距離も分かる。何年も二人きりであの塔にいたんだ。そりゃ、バルデスだって立場なんか関係なくなるわな。完全に二人だけの世界が出来上がってんだよ」

ディリアンはどこか皮肉めいた笑みを浮かべ、前を歩く二人を見る。

「・・・ディリアン、お前もしかして・・・」

「あ?なんだよ?」

羨ましいのか?そう聞きかけてやめた。
ストレート過ぎるし、踏み込み過ぎだ。

話してみて、いくらかディリアンの家庭環境が分かって来た。
素行不良と言われているが、ディリアンは決して悪人ではない。
乱暴な言葉遣いと、ぶっきらぼうな態度でそう見えているだけだ。

タイプ的にはリカルドに似ているが、リカルドは憎めないところがある。
だが、ディリアンは違う。積極的に誰かと仲良くしようとはしないし、これでは友達もできないだろう。皮肉めいた笑みは、きっと自分自身へのものだ。

「・・・いや、なんでもない。今日の宿でもサメが出たら笑えるよな?」

「あ?いきなりなんだよ?別にサメでもいいんじゃねぇの?美味けりゃよ」

白く長い髪を掻き揚げて、ディリアンは怪訝な顔をして見せる。
いきなり食事の話しを振ったのは意味不明だったかもしれない。



「・・・ん?あいつらなに見てるんだ?」

少し前を行くシャクールとサリーさんが立ち止まって、顔を上げて何かを見ている。
人だかりが出来ていて、みんな一様に同じ方向を見ている。

「なんか聞こえるな、誰か演説してるみたいだぞ」

後ろからビリージョーさんが声をかけてきて、前方を指さす。
その指の先を目で追うと、一際大きな酒場宿の前で、大柄な男性が、1メートルくらいはありそうな木造りのテーブル台の上に立ち、声を張り上げていた。

「我々、大海の船団は!国王陛下の平和を願う気持ちに応える用意がある!先日我々はついに完成させた!大型客船ギルバート・メンドーサ号を!」

腰丈で、厚手ウールのダブル前の外套は、いわゆるPコートだ。
力強く握り締めた右の拳を掲げる姿は、人の目を引き付ける確かな強さとカリスマ性があった。

白い生地に黒い鍔のキャップは、船乗りが被るマリンキャップというヤツだろう。
近づいて見ると、2メートルはあるのではないかという体躯、そして鋭くも信念の宿った青い双眸がよく見えた。

「我々はギルバート・メンドーサ号でのクルーズを必ずや成功させる!そして帝国との結びつきをより強固なものとし、ロンズデールの平和を護ると共に、ますますの繁栄を約束しよう!」

「・・・あれ誰だ?」

演説内容を聞いていると、どうも俺達とは反対の勢力のだという事は分かった。
大海の船団の幹部のように見える。

「あれは、ウラジミール・セルヒコ。大海の船団の船長だよ」

聞き覚えのある声に振り返ると、アラルコン商会の跡取り娘、シャノンさんが、腕を組んで少しだけ眉を寄せ、その黒い瞳で睨むように演説している男性を見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

処理中です...