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570 演説
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12月3日
午後3時を回った頃、俺達は数週間ぶりにロンズデール首都に戻って来た。
レフェリを発って気が付いたのだが、こっちは雪が降っていないのだ。
カチュアからクインズベリーは豪雪地帯だと聞いたが、ロンズデールは雪が降らないのかもしれない。
寒い事は寒いが、クインズベリーと比べるといくらか余裕もある。
それにしてもここはやはり観光地だ。
目に映るのはどこもかしこも、温泉のある酒場宿。
街並みも宿場町という雰囲気があり、お土産屋も沢山ある。
こんな任務でもなければのんびりと楽しみたいところだ。
「おぉ、これはすごいな!レフェリもなかなかだったが、さすが首都だ。これほどの温泉宿、目移りしてとても決められないぞ。サリーはどこがいい?」
「バルデス様。私もすぐには決められませんので、ご一緒に見て回りませんか?」
「うむ、それもそうだな。ではサリーよ、そこから順に見て行くか」
「はいはい、ちょっと待った。一回待とうね?」
馬車を降りて街に入るなり、シャクールとサリーさんはスタスタと先に進んでしまう。
俺とビリージョーさんが慌てて止めようとすると、それより早くレイチェルが動き、後ろから二人の肩を掴んで待ったをかけた。
「ん、どうしたレイチェル?」
シャクールが首を傾げる。どうやらなんで止められたのか、まるで分かっていないようだ。
「あのね、キミ達が観光で来てるのは分かるけど、それだけじゃないよね?任務もあるでしょ?だから、あんまり勝手な行動しないでくれるかな?」
笑顔で優しく話しているが、その笑顔が怖いと感じるのは俺だけだろうか?
「うむ、もちろん忘れてはいないぞ。だが、今日の宿はどうするのだ?ナック村ではビリージョー殿の店、レフェリでは前回お前達が泊ったという宿、今回は決まっていないのだろう?ならば私とサリーが見て選んでも支障なかろう?幸い馬車の進みが速く、日没までまだ一時間以上はあろう。少しくらい自由行動をさせてくれないか?」
「あ~・・・なるほど、そういう考えだったのか・・・うん、ビリージョーさん、宿はこの二人に決めてもらってもいいですか?」
「あぁ、構わないぞ。ただ、時間に余裕があると言っても3時は過ぎているんだ。俺達も一緒に行った方がいいだろう。宿が決まればすぐに入れるしな」
振り返って意見を聞くレイチェルに、ビリージョーさんも二つ返事で許可を出した。
完全にバラけるのではなく、一緒に行動するというのもいいと思う。
待ち合わせの時間を決めても、慣れない土地で迷ってしまう可能性もあるからだ。
今更言うまでもないが、もし宿が決まらず夜になっても外をブラついていたら、シャレに慣れない。
いざという時には、適当に近くの宿に全員で入ってしまえばいい、と言う考えもあるのだろう。
「ふむ、許しも出たようだし、行くとするか、サリー」
「はい。バルデス様」
シャクールが軽く頷き声をかけると、サリーさんもニコリと微笑んで一歩後ろに立ち、連れ立って歩き出した。
俺達もそれに付いて歩くが、本当に観光を楽しむような二人の雰囲気を邪魔しないように、見失わないくらいの、それなりの距離を取った。
「う~ん、主人とメイドって割には、距離がすごく近いよな」
「そうだな、ありゃ主従関係の距離じゃねぇぞ」
独り言のつもりだったが、ちょうど俺の隣にいたディリアンにはバッチリ聞かれていたようだ。
しかし、ディリアンも同じように感じていたらしく、腕を組んで不思議そうに前を歩く二人を見ている。
「・・・そういやパーティーか何かで、どっかの貴族が話してるのを聞いた事があるな。四勇士ってよ、何年もあの塔に閉じこもって、全く出てこねぇだろ?他の三人はずっと一人だったらしいけど、子供の頃からバルデスを慕ってた侍女が当主に嘆願して、バルデス専属の侍女としてあの塔に移ったってよ」
「え、それ本当か?じゃあ、その侍女って・・・」
「あのサリー・ディルトンしかいないだろ?なるほどなぁ・・・そう考えりゃあの距離も分かる。何年も二人きりであの塔にいたんだ。そりゃ、バルデスだって立場なんか関係なくなるわな。完全に二人だけの世界が出来上がってんだよ」
ディリアンはどこか皮肉めいた笑みを浮かべ、前を歩く二人を見る。
「・・・ディリアン、お前もしかして・・・」
「あ?なんだよ?」
羨ましいのか?そう聞きかけてやめた。
ストレート過ぎるし、踏み込み過ぎだ。
話してみて、いくらかディリアンの家庭環境が分かって来た。
素行不良と言われているが、ディリアンは決して悪人ではない。
乱暴な言葉遣いと、ぶっきらぼうな態度でそう見えているだけだ。
タイプ的にはリカルドに似ているが、リカルドは憎めないところがある。
だが、ディリアンは違う。積極的に誰かと仲良くしようとはしないし、これでは友達もできないだろう。皮肉めいた笑みは、きっと自分自身へのものだ。
「・・・いや、なんでもない。今日の宿でもサメが出たら笑えるよな?」
「あ?いきなりなんだよ?別にサメでもいいんじゃねぇの?美味けりゃよ」
白く長い髪を掻き揚げて、ディリアンは怪訝な顔をして見せる。
いきなり食事の話しを振ったのは意味不明だったかもしれない。
「・・・ん?あいつらなに見てるんだ?」
少し前を行くシャクールとサリーさんが立ち止まって、顔を上げて何かを見ている。
人だかりが出来ていて、みんな一様に同じ方向を見ている。
「なんか聞こえるな、誰か演説してるみたいだぞ」
後ろからビリージョーさんが声をかけてきて、前方を指さす。
その指の先を目で追うと、一際大きな酒場宿の前で、大柄な男性が、1メートルくらいはありそうな木造りのテーブル台の上に立ち、声を張り上げていた。
「我々、大海の船団は!国王陛下の平和を願う気持ちに応える用意がある!先日我々はついに完成させた!大型客船ギルバート・メンドーサ号を!」
腰丈で、厚手ウールのダブル前の外套は、いわゆるPコートだ。
力強く握り締めた右の拳を掲げる姿は、人の目を引き付ける確かな強さとカリスマ性があった。
白い生地に黒い鍔のキャップは、船乗りが被るマリンキャップというヤツだろう。
近づいて見ると、2メートルはあるのではないかという体躯、そして鋭くも信念の宿った青い双眸がよく見えた。
「我々はギルバート・メンドーサ号でのクルーズを必ずや成功させる!そして帝国との結びつきをより強固なものとし、ロンズデールの平和を護ると共に、ますますの繁栄を約束しよう!」
「・・・あれ誰だ?」
演説内容を聞いていると、どうも俺達とは反対の勢力のだという事は分かった。
大海の船団の幹部のように見える。
「あれは、ウラジミール・セルヒコ。大海の船団の船長だよ」
聞き覚えのある声に振り返ると、アラルコン商会の跡取り娘、シャノンさんが、腕を組んで少しだけ眉を寄せ、その黒い瞳で睨むように演説している男性を見ていた。
午後3時を回った頃、俺達は数週間ぶりにロンズデール首都に戻って来た。
レフェリを発って気が付いたのだが、こっちは雪が降っていないのだ。
カチュアからクインズベリーは豪雪地帯だと聞いたが、ロンズデールは雪が降らないのかもしれない。
寒い事は寒いが、クインズベリーと比べるといくらか余裕もある。
それにしてもここはやはり観光地だ。
目に映るのはどこもかしこも、温泉のある酒場宿。
街並みも宿場町という雰囲気があり、お土産屋も沢山ある。
こんな任務でもなければのんびりと楽しみたいところだ。
「おぉ、これはすごいな!レフェリもなかなかだったが、さすが首都だ。これほどの温泉宿、目移りしてとても決められないぞ。サリーはどこがいい?」
「バルデス様。私もすぐには決められませんので、ご一緒に見て回りませんか?」
「うむ、それもそうだな。ではサリーよ、そこから順に見て行くか」
「はいはい、ちょっと待った。一回待とうね?」
馬車を降りて街に入るなり、シャクールとサリーさんはスタスタと先に進んでしまう。
俺とビリージョーさんが慌てて止めようとすると、それより早くレイチェルが動き、後ろから二人の肩を掴んで待ったをかけた。
「ん、どうしたレイチェル?」
シャクールが首を傾げる。どうやらなんで止められたのか、まるで分かっていないようだ。
「あのね、キミ達が観光で来てるのは分かるけど、それだけじゃないよね?任務もあるでしょ?だから、あんまり勝手な行動しないでくれるかな?」
笑顔で優しく話しているが、その笑顔が怖いと感じるのは俺だけだろうか?
「うむ、もちろん忘れてはいないぞ。だが、今日の宿はどうするのだ?ナック村ではビリージョー殿の店、レフェリでは前回お前達が泊ったという宿、今回は決まっていないのだろう?ならば私とサリーが見て選んでも支障なかろう?幸い馬車の進みが速く、日没までまだ一時間以上はあろう。少しくらい自由行動をさせてくれないか?」
「あ~・・・なるほど、そういう考えだったのか・・・うん、ビリージョーさん、宿はこの二人に決めてもらってもいいですか?」
「あぁ、構わないぞ。ただ、時間に余裕があると言っても3時は過ぎているんだ。俺達も一緒に行った方がいいだろう。宿が決まればすぐに入れるしな」
振り返って意見を聞くレイチェルに、ビリージョーさんも二つ返事で許可を出した。
完全にバラけるのではなく、一緒に行動するというのもいいと思う。
待ち合わせの時間を決めても、慣れない土地で迷ってしまう可能性もあるからだ。
今更言うまでもないが、もし宿が決まらず夜になっても外をブラついていたら、シャレに慣れない。
いざという時には、適当に近くの宿に全員で入ってしまえばいい、と言う考えもあるのだろう。
「ふむ、許しも出たようだし、行くとするか、サリー」
「はい。バルデス様」
シャクールが軽く頷き声をかけると、サリーさんもニコリと微笑んで一歩後ろに立ち、連れ立って歩き出した。
俺達もそれに付いて歩くが、本当に観光を楽しむような二人の雰囲気を邪魔しないように、見失わないくらいの、それなりの距離を取った。
「う~ん、主人とメイドって割には、距離がすごく近いよな」
「そうだな、ありゃ主従関係の距離じゃねぇぞ」
独り言のつもりだったが、ちょうど俺の隣にいたディリアンにはバッチリ聞かれていたようだ。
しかし、ディリアンも同じように感じていたらしく、腕を組んで不思議そうに前を歩く二人を見ている。
「・・・そういやパーティーか何かで、どっかの貴族が話してるのを聞いた事があるな。四勇士ってよ、何年もあの塔に閉じこもって、全く出てこねぇだろ?他の三人はずっと一人だったらしいけど、子供の頃からバルデスを慕ってた侍女が当主に嘆願して、バルデス専属の侍女としてあの塔に移ったってよ」
「え、それ本当か?じゃあ、その侍女って・・・」
「あのサリー・ディルトンしかいないだろ?なるほどなぁ・・・そう考えりゃあの距離も分かる。何年も二人きりであの塔にいたんだ。そりゃ、バルデスだって立場なんか関係なくなるわな。完全に二人だけの世界が出来上がってんだよ」
ディリアンはどこか皮肉めいた笑みを浮かべ、前を歩く二人を見る。
「・・・ディリアン、お前もしかして・・・」
「あ?なんだよ?」
羨ましいのか?そう聞きかけてやめた。
ストレート過ぎるし、踏み込み過ぎだ。
話してみて、いくらかディリアンの家庭環境が分かって来た。
素行不良と言われているが、ディリアンは決して悪人ではない。
乱暴な言葉遣いと、ぶっきらぼうな態度でそう見えているだけだ。
タイプ的にはリカルドに似ているが、リカルドは憎めないところがある。
だが、ディリアンは違う。積極的に誰かと仲良くしようとはしないし、これでは友達もできないだろう。皮肉めいた笑みは、きっと自分自身へのものだ。
「・・・いや、なんでもない。今日の宿でもサメが出たら笑えるよな?」
「あ?いきなりなんだよ?別にサメでもいいんじゃねぇの?美味けりゃよ」
白く長い髪を掻き揚げて、ディリアンは怪訝な顔をして見せる。
いきなり食事の話しを振ったのは意味不明だったかもしれない。
「・・・ん?あいつらなに見てるんだ?」
少し前を行くシャクールとサリーさんが立ち止まって、顔を上げて何かを見ている。
人だかりが出来ていて、みんな一様に同じ方向を見ている。
「なんか聞こえるな、誰か演説してるみたいだぞ」
後ろからビリージョーさんが声をかけてきて、前方を指さす。
その指の先を目で追うと、一際大きな酒場宿の前で、大柄な男性が、1メートルくらいはありそうな木造りのテーブル台の上に立ち、声を張り上げていた。
「我々、大海の船団は!国王陛下の平和を願う気持ちに応える用意がある!先日我々はついに完成させた!大型客船ギルバート・メンドーサ号を!」
腰丈で、厚手ウールのダブル前の外套は、いわゆるPコートだ。
力強く握り締めた右の拳を掲げる姿は、人の目を引き付ける確かな強さとカリスマ性があった。
白い生地に黒い鍔のキャップは、船乗りが被るマリンキャップというヤツだろう。
近づいて見ると、2メートルはあるのではないかという体躯、そして鋭くも信念の宿った青い双眸がよく見えた。
「我々はギルバート・メンドーサ号でのクルーズを必ずや成功させる!そして帝国との結びつきをより強固なものとし、ロンズデールの平和を護ると共に、ますますの繁栄を約束しよう!」
「・・・あれ誰だ?」
演説内容を聞いていると、どうも俺達とは反対の勢力のだという事は分かった。
大海の船団の幹部のように見える。
「あれは、ウラジミール・セルヒコ。大海の船団の船長だよ」
聞き覚えのある声に振り返ると、アラルコン商会の跡取り娘、シャノンさんが、腕を組んで少しだけ眉を寄せ、その黒い瞳で睨むように演説している男性を見ていた。
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