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568 ビリージョーの店でサメ料理

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「よし、予定通りの進行だ。今日はこのままナック村で一泊していくぞ」

12月1日、ロンズデールに向かってクインズベリー国を出立したアラタ達一行は、順調な進行速度で夕方にはナック村に着いた。日は暮れてきているが、まだ20~30分は持ちそうである。

村の入り口で馬車を降りると、ビリージョーは自分の店にアラタ達を案内した。

「今日は俺の店で休んでくれ。まぁ、この数週間留守にしていたから、保存食くらいしかない。だから食事は期待しないでほしいが」

冗談めかして話しながら、ビリージョーは店の鍵を開けてアラタ達を店内に招き入れた。


「・・・ほぅ、これはなかなか・・・数週間留守にしていたと言うが、その割には埃が少ない。日頃の掃除が行き届いているのだな」

「バルデス様、お世話になるお礼に、ビリージョー殿のお店の清掃を、お手伝いしてきてよろしいでしょうか?」

ビリージョーの店の中を見回すバルデスに、サリーが両手を腰の前で合わせて、うやうやしく頭を下げ許可を求める。

「ふむ・・・そうだな、ただで世話になるのも気が引ける。ではサリーよ、宿代として掃除の手伝い、それとこれを渡してこい」

バルデスは考えるように顎に手を当て目を閉じると、上着の内側から、平たい円状の金を取り出した。
10,000イエンより厚みがあり、一際違う輝きのあるそれは、平民はあまり見る機会のない100,000イエン硬貨である。

「我々5人が一泊するのに、これで足りるか?まぁ、何枚でもあるから足りなけば言え」

「確認してまいります」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

そう言って、侍女のサリーが硬貨を受け取り、店の奥に行ったビリージョーを追って行こうとしたところで、アラタが声をかけてサリーの足を止めた。

「どうかしましたか?」

「いや、そんな俺達の分まで払ってもらうのは悪いですよ。自分の分は自分で出します」

振り返ったサリーに、やや困惑しながら支払いの意思を伝えるアラタ。
だが、そこにバルデスが割って入った。

「ほぅ、なかなか立派な事を言うな。お前という人間が少し分かったぞ、アラタ。だが、ここは私の顔を立てると思って、私に払わせてもらえないかな?これでも貴族でね、一度出した金を引っ込めては格好がつかないのだよ」

「え、いや・・・でも・・・」

「アラタ、ここはバルデスの言葉に甘えさせてもらおうじゃないか。気が引けるのは分かるが、相手の好意を素直に受けるのも時には必要だぞ?感謝の気持ちは他の形で返せばいい」

なかなか納得しないアラタの肩に手を置き、レイチェルが話しを引き取った。

「そういう訳で、好意をありがたく受け取らせてもらうよ。ありがとうバルデス」

「なに、私が勝手にする事だ。貴様は話しも早く頭の回転も速いようだ、私の事は気軽にシャクールと呼べ。私もレイチェルと呼ばせてもらう」

「そうかい?なら遠慮なくそう呼ばせてもらうよ。あんたはなんだか変わった貴族だね?」

「心が広いと言ってほしいものだがね」

少し口の端を上げて、バルデスは自分を誇るようにその胸に手を当てた。

ディリアンは特に口を挟む事はしなかった。
あまり表舞台には出なかったが、公爵家として15年過ごしたディリアンは、バルデスと同様の価値観を持っていたため、バルデスが代金を建て替えようとも、それは相手が見栄を張りたいがためと解釈して、とりあえずの礼を口にするだけでそれ以上は無かった。




「いやいや・・・まさか100,000イエンを渡されるとは思わなかったよ。別に金なんてとる気は無かったし、そもそもうちは一拍5000イエンだから多すぎるんだがね?」

厨房から料理を乗せた皿を運びながら、ビリージョーがバルデスに話しかける。

「気にせずとっておけ。釣りなどいらん。世話になるのだ、当然だろう」

「じゃあ、ありがたく貰っておくよ。その分、料理には手間をかけた。まぁ、最初に言った通り保存食しか残ってないから、大したものは作れなかったけどな。さぁ、食ってくれ」

ビリージョーさんはどうぞと手を差し向ける。
テーブル席に座った俺達は、いただきますと並べられた料理に箸を付けた。

「あ、美味しいです!これが全部保存食ってすごいな」

「うん、これも美味い。さすが貴族ご用達の料理人だ」

俺もレイチェルも、ビリージョーさんの料理に舌鼓を打った。どれもこれも美味しい。
保存食とはもっと味気ない物だと思っていたが、ビリージョーさんの腕がそれだけ確かだという事だろう。
チラリと目を向けると、ディリアンも驚いたように目を開いていた。
言葉にこそ出さないが、満足しているようだ。


「・・・これは、何という料理ですか?魚のようで、ちょっと違うような・・・」

トロミのあるスープに入った、薄茶色の魚のヒレのような物を箸でつまみ、サリーさんが正体不明のそれを、興味深そうにシゲシゲと見つめる。

「あぁ、それはサメだ。前にロンズデールの行商から仕入れた、サメのヒレを冷凍しておいたんだ。煮込んで塩やコショウで味を調えた。ロンズデールじゃ庶民的な料理だが、クインズベリーではなかなか見ないかもしれないな」

その説明を聞いて、俺はフカヒレを思い出した、と言うか、これは完全にフカヒレだ。
日本では高級料理だが、この世界ではそうでもないらしい。

「ロンズデールで獲れるサメの中でも、この大口鮫のヒレが特に人気でな。歯を使わなくても口の中でホロホロと崩れる触感と、凝縮した肉の旨味がクセになるんだ。沢山あるから、どんどん食べてくれ」

ビリージョーさんの言う通り、サメのヒレの煮込みはとても美味しかった。
どこか、ラーメンのチャーシューを思い出させる味わいは、日本人の俺にはとても味わい深く、懐かしさに感動して少し泣きそうになってしまった。
米もあるし箸も使う、ハンバーグやカレー、唐揚げもあるのに、なんでこの世界にはラーメンがないのか?
この世界に食に対して、俺はそれだけが不満だった。
それにしても、フカヒレとはこういう味なのだろうか?
食べた事がないから分からないが、異世界のフカヒレはチャーシューに似ているのかもしれない。


「ふむ、素晴らしい料理だ。サメという生き物は名前だけは聞いた事がある。体長は5メートルを超えるものも珍しくなく、鋭い歯でなんでも喰らうそうだな?それがこれほど美味い料理になるとは、感慨深い」

「そうだ。俺は行商からの仕入れで、切り分けられた部位しか見た事はないが、ヒレであの大きさなら、体長が5メートルというのも納得だと思った。もっとも種類によってまちまちらしく、深海には10メートルを超えるものもいるそうだ。青の船団も、大海の船団も、夏は海に潜って海の宝石を獲るらしいが、サメに出くわした時の対策で、必ず黒、白、青の三系統の魔法使いをセットで組ませるらしい」

「ほう、ずいぶん慎重なようだが確実だな。黒魔法使いが風か氷で攻撃し、青魔法使いが結界で防ぐ。万一負傷したら白魔法使いが回復するという訳だな?サメの強さが伝わってるな。サリーよ、一度見て見たいな?」

「はい。私も興味がございます。ですが、今の季節では海には潜れないでしょう。残念な事でございます」

ビリージョーからサメの生体について話しを聞いたバルデスとサリーは、料理になった時の美味しさ、そしてその実態の獰猛さや大きさに興味を持ったようだ。だが、ロンズデールの船団も12月の海に入る事はないため、残念ながら今回は実現できないだろうと断念した。

「ははは、まぁ気持ちは分からないではないが、危険な生き物だ。興味本位で近づいてもしもの事があったら大変だろ?わざわざ近づいて見る事はないと思うぞ。さぁ、冷めないうちに食べてくれ」

残念そうに肩を落とすバルデスとサリーに、ビリージョーは笑って料理を進める。


そこ日アラタ達は、ビリージョーの料理を堪能し、夜はグッスリと疲れた体を休めた。


これでサメの話しは終わるはずだった。
それがまさか、あんな形でサメを見る事になるとは、この時誰一人として予想できるはずもなかった。
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