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567 雪の日の旅路

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「なぁ、姐さん・・・あいつ、なにしてんだよ?行かねぇのか?」

ロンズデール組が馬車に乗ると、ディリアンが窓から外を見ながら、正面に座るレイチェルに尋ねた。
アラタ以外は全員馬車に乗ったが、アラタだけはまだ店の前でカチュアと話しをしているのだ。

「あぁ・・・あの二人は婚約者でね、長期間ここを離れるかもしれないから、色々話してるんだろう。少し待ってやってくれ。ところで姐さんてなんだい?」

「あ?姐さんは姐さんだろ?何言ってんだよ?」

「・・・・・リカルドと同じ程度か」

ポツリと呟き、これ以上の会話を諦めたレイチェルに、ディリアンは首を傾げる。


「サリーよ、ロンズデールは温泉と魚や貝料理が名物という。私達の大陸巡りの最初の地として、合格ではないか?」

「はい。バルデス様のおっしゃる通りです。温泉と海鮮料理が楽しみです」

バルデスとサリーは事前に聞いていた通り旅行気分満載で、緊張感は欠片も無い。ロンズデールに着いたら何を食べてどこを見て回るかと、話しに花を咲かせている。

ビリージョーはそんな馬車の中の、のんびりとした空気に頬を緩めた。

これから行く国で、戦いになる可能性が非常に高いというのに・・・まるで遠足だな。

一人だけ30歳を超えていて、アラタ達より10以上年上のビリージョーは、本人に自覚は無いが保護者としての視点で同行する仲間達を見ていた。
そのため全体の和を重んじており、6人中3人が初対面ではあったが、気まずい雰囲気にはならなかった事に安堵していた。

「みんなごめん。お待たせ」

カチュアとの話しが終わり、アラタが馬車の中に入って来た。

「ちゃんと話しはできたか?」

「はい。ビリージョーさんに言われた通り、ちゃんと話しました。気の利いた事が言えたか分からないですけど、なんとなく朝より表情が明るく見えたので、大丈夫だと思います」

「そうか、それならいい。あの子には幸せになってほしいからな。お前も無理はするなよ?」

「はい。なんだかビリージョーさんて、保護者みたいですね?」

アラタに指摘されると、ビリージョーは少し苦い表情を見せ、指先で頬を掻いた。

「まだ若いつもりだったんだがなぁ・・・そう見える歳になったって事か?」

「そうそう、アラタは22歳、私は19歳、ディリアンにいたっては15歳だ。35歳のビリージョーさんは、立派に保護者でしょう。この旅では頼らせてもらいますよ」

隣で話しを聞いていたレイチェルが、ニヤニヤと笑いながらビリージョーの肩に手を置いた。

「ほう、私は23で、サリーは21だ。若く見えるがビリージョー殿は35だったか。ふむ、それならば年長者に敬意を払って、この旅のリーダーはビリージョー殿としようではないか。どう思うサリー?」

「よろしいかと存じます。歳を重ねる事でしか得られない落ち着きを感じますし、なんでも、偵察向きの魔道具をお持ちとも伺っております。安全に旅をする上で、最適な人選かと思われます」

シャクールの提案に、侍女のサリー・ディルトンは、両手を膝の上に乗せ、姿勢を正してビリージョーを目に映した後、賛同の言葉を口にした。凛とした佇まいには気品のようなものすら感じられる。

「ディリアン、キミはどう思う?」

満足そうに頷いた後、シャクールは一人で窓の外を見ているディリアンにも話しを向けた。

「あぁ?別にいいんじゃねぇの?それで」

「うむ。反対でないのならばそれで結構。アラタとレイチェルも依存は無いな?」

ディリアンの不愛想にも眉一つ動かさず、シャクールはそのままアラタとレイチェルに顔を向ける。
円滑に場を回す手腕は、貴族ならではなのだろう。
アラタもレイチェルも反対などあるはずも無く、二人が頷いて了承すると、シャクールは最後に自分の正面に座るビリージョーに向き直った。

「そういう訳だ。リーダーとしてこの旅を率いて欲しい。いかがかな?ビリージョー・ホワイト殿」

「・・・いかがも何も、これで引き受けない訳にはいかんだろう?やらせてもらうよ。みんな、よろしく頼む」

「うむ、結構」

ビリージョーが了承すると、シャクールは笑顔で両の掌を打ち合わせた。それに続くようにサリーも拍手を送ると、アラタとレイチェルも笑顔で両手を打ち鳴らす。
その様子を見ていたディリアンは、溜息を付いて面倒そうなそぶりは見せたが、結局数回程の拍手をして見せた。



馬車はゆっくりと走り出し、レイジェスが遠ざかっていく。
白く降り積もる雪は別れの物悲しさを思わせるが、アラタには再会を誓った雪だった。

必ず生きて帰って来る。

二人で雪割りの桜を見よう。

カチュアとの約束を胸に、アラタはクインズベリーに降りしきる雪を見つめていた。






「カチュア、寒いから中に入りなよ」

アラタ達を乗せた馬車を見送ったカチュアだが、馬車が見えなくなってもそのまま遠くを見ていた。風はないが、空から降り注ぐ雪はカチュアの頭や肩に積もり、その体温を奪っていく。

声をかけるや否や、ケイトが後ろから抱き着いてきた。

「わっ、ケイトさん?びっくりしたー」

「カチュア、あんた頑張ったねー、うん、偉い偉い」

後ろから肩を抱きすくめ、カチュアの頭を撫でる。
その声色はとても優しく、優しく頭を撫でる手は温かかった。

「そうかな・・・私、頑張ったかな・・・」

「うん、アタシ見てたけどさ、カチュアずっと笑顔だったじゃん?アラタが心配しないようにって、頑張ったんだよね?きっとさ、前のカチュアなら泣いてたか、落ち込んだ顔を見せてたと思うんだ。だから、強くなったなって思ったよ」

「・・・うん、ケイトさん、ありがとう」

「あ~・・・アタシが泣かせちゃったかな?」

カチュアの涙声を耳にすると、ケイトはカチュアの体を自分の正面に向けて、その頭を胸で抱きしめた。

「いいよ、泣いて。ここで悲しいのは全部出しちゃいなよ。ね?」

優しく背中をさすられながら、カチュアは黙って首を縦に振ると、ケイトの胸に顔をうずめ涙した。

「あはは、こういうのはレイチェルが上手いんだけどね・・・カチュア、今日はアタシ、カチュアの家にお泊りしていいかな?ユーリも、シルヴィアも呼んでさ、女だけでパーっとやろうよ?」


・・・うん。そう小さな返事が聞こえると、ケイトはカチュアの髪を優しく撫でて微笑んだ。

頬にあたる雪は冷たいが、ケイトの優しさに包まれたカチュアの心は、温かかった。
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