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559 ベナビデス家の問題

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「・・・・・よし、闇は全て浄化できた」

オズベリーの頭から手を離す。
光魔法浄化により、体内に巣くう闇を根こそぎ吸い出されたオズベリーは、あまりの消耗に気を失っていた。

「店長、ベナビデス卿はもう無害なのですか?」

「あぁ、俺達を憎む気持ちは変わらないだろう。だが、その大きさは大分小さくなった。少なくとも、城内で攻撃をしかけて来ない程度にはな。ベナビデス卿は息子を想う気持ちの強さゆえに、失った時の絶望の深さに闇に付け込まれたのだろう。元々魔力の高い人だったが、それに闇が加わったんだ、嫌なプレッシャーを感じただろ?」

その指摘に、アラタとレイチェルは、オズベリーと対峙した時の腹の奥底にまで響くような、重圧を思い出した。


「バリオスさん、あれが、闇・・・なんですか?」

少し距離を取っていたビリージョーが、背中越しにバリオスへ声をかけた。
腹を押さえているところを見ると、ビリージョーもまた、今のバリオスの話しに、体の内側をかきまぜられるような、吐き気さえ覚える嫌な感触を思い出したのだろう。

「久しぶりだな。ビリージョー、そう、あれが闇だ。抵抗力の無い人間では、目の前に立つ事すらできないだろう」

さらりと話しているが、それほどの闇を相手にして、息一つ乱さず、汗の一滴も流さずに制圧したバリオスの実力に、アラタもビリージョーも驚嘆せずにいられなかった。

「あの、今、何をしたんですか?一瞬光ったように見えましたけど、瞬きしたら終わってたんで・・・」

「光魔法だ。見えざる手の圧迫を、魔力で反発させ広げる。隙間ができたところを光魔法で抜け出したんだ。瞬間移動ではないが、目で追える速さではないだろうな」

瞬間的に体を光の如き速さで動かした。
簡単に口にするが、バリオスの説明に、アラタはただ驚く事しかできなかった。

「フッ、キミが考えているような無敵な魔法ではないぞ。その速さゆえに制御が難しいから、直線的な動きしかできない。自分の動体視力と感覚でやるしかないが、このくらいの動きができるまでに何度も壁にぶつかったものだ・・・さて」

アラタがあまりに驚くので、バリオスは少し笑って魔法の欠点も説明し伝える。
強い力というものは、それだけ使い難いか欠点があるものだ。その意味ではアラタの光の力も代償が大きすぎる。

そこまで話したところでバリオスは立ち上がると、辺りを見回した。

「場所を変えようか。人が集まり過ぎている」

遠巻きに事態を見ていた使用人達を目にし、バリオスは少し大きな声で話し出した。

「みんな、この通りベナビデス卿は私が取り押さえた。これ以上の騒ぎを起こさないように監視を付けて拘束する。心配しないでそれぞれ仕事に戻ってくれ」

つい先日、偽国王との戦いで城が半壊したところに、またこのような騒ぎがあったのだ。
使用人達も争いに過敏になっていたが、バリオスの言葉には確かな力があり、聞く者を納得させる説得力があった。

安堵の声があちこちから聞こえだし、バリオスへの感謝の言葉を口にしながら、使用人達はそれぞれの持ち場へと戻って行った。


「・・・店長、さすがです。ベナビデス卿をこうもあっさり倒すなんて」

「いや、あっさり制圧したように見えたかもしれないが、なかなかのものだったよ。ベナビデス卿自身の魔力の高さもあるが、闇によってずいぶん引き上げられていた」

「その割には、涼しい顔じゃないですか?やっぱりすごいですよ、店長は」

見えざる手は使い手の魔力によって強さを増していく。
高い魔力を持つオズベリーの見えざる手からの脱出は、並みの人間には不可能であり、一流と呼ばれる使い手であっても困難を極める事だった。

しかしバリオスはレイチェルの指摘通り、抜け出すと同時に一瞬で押さえつけてしまった。
汗の一つもかかないのだから、あっさりと言われても何も不思議ではなかった。


「レイチェルがこんな風に誰かを称賛するのは初めて見るな」

「それだけ尊敬してるって事だ。バリオスさんが稽古を付けているところを何度か見た事があるが、まるで相手になっていなかった。何年も前だから、今とは比べられないだろうが、バテバテなのに何度も立ち向かっていく姿は、やっぱり強い信頼があってこそだろう」

誰に言うでもなく呟いた声を拾ったのは、ビリージョーだった。
バリオスとレイチェルの話す距離感を眺め、どこか懐かしむように目を細める。

「・・・できる事なら、レイチェルの気持ちも届くといいんだがな」

「え?どういう事ですか?」

アラタの問いかけに、ビリージョーは小さく頭を振った。

「・・・いや、なんでもない。行こうか、アラタ君」

前を歩き出すビリージョーに、一歩遅れてアラタも歩き出した。






「ベナビデス公爵が闇に・・・本当ですか?」

オズベリー・ベナビデスを縛り上げ、城の地下牢に入れた後、アラタ達は玉座の間に召集された。
一連の騒動の報せを受けた女王アンリエールが、すぐに呼び出したのである。

「はい。光魔法の浄化で消滅させましたが、かなり浸食されておりました。まだしばらく目は覚まさないでしょう。シルバー騎士を二名、監視に付けておきました。ベナビデス卿自身、かなりの魔力をもっておりますが、闇は浄化させましたし、魔道具も取り上げておきましたので、もし暴れたとしても、シルバーが二名いれば取り押さえる事はできるでしょう」

バリオスはレッドカーペットの上で片膝を着き、数段高い位置から問いかける女王アンリエールに、事の顛末を淀みなく答えた。

「そうですか・・・バリオス殿がそうおっしゃるのでしたら、問題ないでしょう。それにしても、城内でそんな馬鹿なマネをすればどうなるかくらいわかるでしょうに・・・いくら憎しみに駆られても、闇とはそこまで我を忘れさせる程なのでしょうか?」

「それが闇なのです。完全に闇に呑まれたトレバーを、女王陛下もご覧になってますでしょう。闇は大きな力をもたらします。そして心を毒されれば、その力を欲望のままに、憎しみのままに使う事でしょう。あの時のベナビデス卿には、息子を殺した憎い仇を討つ。それが全てだったのです」

バリオスの返答に、静寂が降りた。
女王アンリエールも、その両隣に立ち並ぶ護衛のリーザとローザも、赤い絨毯の両脇を挟むようにして立つ騎士達も、バリオスの語る闇の力を、闇という存在に、ただ飲み込むしかできなかった。


「女王陛下、ベナビデス公爵家について提案があります」

「・・・聞きましょう」

沈黙を破ったのはバリオスだった。
闇に呑まれたトレバー。そして城内で攻撃魔法を使ったオズベリー。
ベナビデス家は、存続の危機といっていい状態にあった。

「今回の件は多くの命を危険にさらす許しがたい行為です。そして、トレバーの件で女王陛下が寛大な処置を与えた事に対する裏切りでもある。それらを考えればベナビデス家は取り潰しが妥当です。しかしベナビデス公爵は、領主としては非常に優秀でした。多くの領民から慕われている事は、広く周知されている事です。帝国の脅威に備えなければならない今、ベナビデス公爵家を取り潰す事は、大きな混乱を招くでしょう。帝国につけ入る隙を与えかねない・・・」

「なるほど・・・では、どうすると言うのでしょう?」

誰もがバリオスの言葉に耳を傾けていた。
本来であれば、即刻取り潰しになるはずが、現在クインズベリー国がおかれている状況を考えれば、このままベナビデス公爵を取り潰す事は、より国難を招きかねないという事だ。

しかし、ここまでの事態を引き起こしておいて、お咎めなしというわけにもいかない。
ならばどうするのか?


「ベナビデス卿には、まだ二人息子がいましたね。次男は三兄弟で一番聡明だと聞いております。次男に跡を継がせましょう。そして三男は、父親譲りの高い魔力をもっているようです。レイチェル達に同行して、ロンズデールに行ってもらいましょうか。汚名の返上、国のために戦ってもらうのです」
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