上 下
546 / 1,298

545 バルカルセルの願い

しおりを挟む
ロンズデール国、大臣バルカルセルの話しはこうだった。

国王リゴベルト・カークランドは現在55歳。バルカルセルより13も歳が下だった。
バルカルセルの父もロンズデールの重鎮だったため、自然とバルカルセルも国のために仕える事が既定路線だった。
15の時から城に入ったバルカルセルは、リゴベルトを幼少の頃から知っている。
リゴベルトは確かに臆病な性格だった。

血を見る事を嫌い、剣の稽古も満足にせず、争う事を嫌い、両親に叱られてもただ黙って嵐が過ぎる事を待つ。

バルカルセルは、臆病を通り越して腰抜けと言われてもしかたのないリゴベルトを見て、これで将来国を背負って行けるのか?そう本気で心配をしていた。

前国王と王妃はなかなか子宝に恵まれず、年を取ってやっと授かったのはリゴベルト一子のみ。
次期国王はリゴベルトしか選択肢はなかった。

これだけを聞けば、ロンズデールの未来は明るいものではないと思えるだろう。
だが、リゴベルトの父と母は、それほど悲観はしていなかった。
自分達の息子は王の器ではなかったかもしれない。しかし、臣下には恵まれていた。

バルカルセルの父は、いかなる時もロンズデールを支えてきた忠義厚い男であり、その心は息子バルカルセルにもしかとい受け継がれていたのだ。

リゴベルトの父は、バルカルセルの忠誠心と愛国心、そして政治の分野でも高い能力を持っている事を見極め、バルカルセルがリゴベルトを支えてくれるならば、ロンズデールも安泰だろう。
そう確信を持っていた。

時が経ち、リゴベルトが即位すると、バルカルセルも同時に大臣に就任した。
今から25年前の話しである。

それからの15年は、バルカルセルが国を動かしていたと言っていいだろう。
帝国の言いなりになっている事に思うところはもちろんある。だが、リゴベルトが首を縦に振らない以上は、自分の勝手で帝国を刺激するわけにはいかない。

ある程度の不利な条件は飲んでも、ここだけは譲らない。
そうした線引きをして、少ないながらも利益は出し、帝国ともうまく付き合ってきた。

クインズベリーとの交流も、この頃は盛んだった。
海と生きる国ロンズデールは、温泉もある事から観光地として人気が高い。
夏は泳ぎに、冬は温泉に。こうして沢山の旅行者が集まって国は潤い、国民の生活も豊かであった。



リゴベルトはお飾りの王だった。
優柔不断で事なかれ主義、人によっては優しいからと見えるかもしれないが、バルカルセルに言わせれば決められないだけ。判断力が無いだけである。
それは妾との間にできたファビアナの扱いを見れば、一目瞭然であった。

15年も大臣として支えて来て・・・いや、リゴベルトが幼少期からを考えれば、人生の大半をリゴベルトのために使ったと言ってもいいだろう。

バルカルセルは時に厳しくリゴベルトを叱った。臣下であるが、バルカルセルに限っては国王であるリゴベルトを叱る事が許されていた。それが許されるだけの事をしているのだから。

実務ができなくてもいい。それは自分が補える。
だが、国民の前に出る時には・・・せめて国民の目には立派な王として映ってほしい。

バルカルセルがリゴベルトに求めたものは、それだけだった。





転機が訪れたのは10年前だった。

その男、ラミール・カーンは、最初こそ大人しいものだった。
城仕えに仕官してきた大勢の内の一人であり、剣士として配属された。
周りに合わせ行動し、目立つ事はなにもない。大臣であるバルカルセルが、名前を覚える必要もない人間だった。


だが、カーンの毒は見えないところで回っていた。

城に入って1年程で、剣士達のまとめ役になり、更に1年後には魔道剣なる、新たな剣と技を確立した。
そして模擬戦で自ら考案した魔道剣を披露し、対戦相手を圧倒すると、その技に大層関心した国王に、側近として隣に立つよう命を受けたのだ。

それは、自分に厳しいバルカルセルを遠ざける狙いもあったのかもしれない。
実力もあり有能な男を手元に置く事で、口うるさい男を牽制する。そういう思惑がリゴベルトにあったのかどうか、今更確認するには遅すぎるが、それが狙いだったとすれば、効果はてきめんだったと言えよう。

わずか二年で国王の側近となったラミール・カーンは、一見すると国王の意のままに動く忠義の徒だった。

だが、この頃から国王の帝国優遇は一層の強まりを見せ始めた。

その最たるものが、帝国の人間というだけで、通常よりはるかに格安で食事と宿を提供される事。

それは国民の生活を大きく締め付け、観光にも甚大な影響を与えた。赤字でも帝国の民をもてなさなければならない。そのしわ寄せは他の客に向く。必然的に帝国以外の人間はロンズデールに足を向けなくなり、結果観光業が衰退していく事になる。



「・・・元々帝国寄りの王だったが、それに拍車をかけたのがカーンだった。誤解されやすいが、国王はなにも、好き好んで帝国の言葉を聞いていたわけではない。陰で散々言われているが、戦争だけはしないという気持ちは、一貫していた。それは自分が怖いからというだけではない・・・」

そう言うとバルカルセルは立ち上がり、窓の前に立って外に目を向けた。

「・・・この美しい景色を護りたいからだ。戦争になれば、街は焼かれ大勢の民が血を流す。それだけは許さない。ワシが国王を今日まで支えてきたのは、国王に確かな愛国心があったからだ・・・しかし・・・」

窓から見える景色は一面の青い海。
その海に浮かぶように見える街並みに、青い空と海に挟まれキラキラと輝いて見える。

背を向けて話すバルカルセル。
慈しみの中に隠れる哀愁。バルカルセルのやるせない気持ちが伝わって来る。

「これまでワシに一任していた実務に、口を挟むようになってきてな、そしてそれはカーンの意志が強く反映されているのだ。可能な限り押さえてはいるが、最後に決定権を持つのは国王。このままでは国が危うい・・・そう思っていたところに今回のクインズベリーの一件があり、そしてワシの前にあなた方が現れた」

振り返ったバルカルセルは、なにかに思いを馳せるように、静かに目を閉じた。

「リンジー達がワシと命運を共にすると覚悟を決める程、あなた方を信頼し懸けた。ならばワシもあなた方を信用する。この国が帝国の支配から脱却するため、そしてクインズベリーと共に、帝国に立ち向かうため、力をお貸しいただけないだろうか」


「・・・大臣、頭をお上げください」

ビリージョーが席を立ち、自分達に向かって腰を曲げているバルカルセルに近付き、そう声をかけた。

「これで二度、大臣に頭を下げていただいてます。お立場をお考えください。大臣ともあろうお方が、そう何度も頭を下げてはいけません」

「しかし、我が国がやった行為・・・そしてクインズベリーに助力を願う以上、礼は尽くさねばなりません」

頭を上げようとしないバルカルセルを見て、ビリージョーは言葉を続けた。

「大臣・・・正直に申し上げて、あなたのやろうとしている事は、クーデターです。普通は他国が協力できる事ではありません。しかし、我が国も帝国から甚大な被害を受けました。そしてこのまま帝国の好きにさせておけば、ロンズデールもいずれ帝国の属国になってしまうでしょう。どこまで力になれるかわかりませんが、この話しを国に持ち帰り、女王に掛け合ってみます」

バルカルセルは顔を上げると、ビリージョの手をしかと握った。

「・・・よろしく、お願いします」

絞り出すような声に、国を想う気持ち、国王を想う気持ち、国民を想う気持ち、帝国への怒り、力足らずの自分への怒り、そしてこれから自分がやろうとしている事への懺悔、様々な思い感じられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家
ファンタジー
 科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。  実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。  無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。  辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)

みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。 ヒロインの意地悪な姉役だったわ。 でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。 ヒロインの邪魔をせず、 とっとと舞台から退場……の筈だったのに…… なかなか家から離れられないし、 せっかくのチートを使いたいのに、 使う暇も無い。 これどうしたらいいのかしら?

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

視力0.01の転生重弩使い 『なんも見えんけど多分味方じゃないからヨシッ!』

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
転生者グレイボーンは、前世でシュールな死に方をしてしまったがあまりに神に気に入られ、【重弩使い】のギフトを与えられた。 しかしその神は実のところ、人の運命を弄ぶ邪神だった。 確かに重弩使いとして破格の才能を持って生まれたが、彼は『10cm先までしかまともに見えない』という、台無しのハンデを抱えていた。 それから時が流れ、彼が15歳を迎えると、父が死病を患い、男と蒸発した母が帰ってきた。 異父兄妹のリチェルと共に。 彼はリチェルを嫌うが、結局は母の代わりに面倒を見ることになった。 ところがしばらくしたある日、リチェルが失踪してしまう。 妹に愛情を懐き始めていたグレイボーンは深い衝撃を受けた。 だが皮肉にもその衝撃がきっかけとなり、彼は前世の記憶を取り戻すことになる。 決意したグレイボーンは、父から規格外の重弩《アーバレスト》を受け継いだ。 彼はそれを抱えて、リチェルが入り込んだという魔物の領域に踏み込む。 リチェルを救い、これからは良い兄となるために。 「たぶん人じゃないヨシッッ!!」 当たれば一撃必殺。 ただし、彼の目には、それが魔物か人かはわからない。 勘で必殺の弩を放つ超危険人物にして、空気の読めないシスコン兄の誕生だった。 毎日2~3話投稿。なろうとカクヨムでも公開しています。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

処理中です...