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543 売られた喧嘩

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「さっきガラハドを見かけた。これから大臣と面会か?」

「・・・あなたには、関係の無い事でしょう・・・」

「クインズベリーに行って成果はあったのか?いい加減にお前も考えをあらためたらどうだ?自分が少数派なのは分かってるんだろう?国王陛下の意にそぐわない行動は慎むべきだ」

カーンと呼ばれた男は、俺達の事などまるで眼中に無いとばかりに、つらつらとリンジーさんに言葉を並べている。困ったように表情を曇らせているリンジーさんを見て、俺は二人の間に体を入れて無理やり話しを止めた。

「あの、その辺にしませんか?リンジーさん困ってますよ」

「・・・誰だお前は?今はリンジーと話している。関係無いヤツは引っ込んで・・・!?」

露骨に眉間にシワを寄せ、苛立ちまじりに言葉を発する。
カーンは俺を押しのけようと、右手で俺の左肩を掴んだ。

ここで初めて、カーンは俺に興味を持ったようだ。
右の片眉だけを上げて俺に顔を向ける。僅かだが驚きが見て取れた。


「・・・少しはやるようだな」

俺を押しのけようとしたが、ビクリとも動かせなかった事が意外だったようだ。

「争う気はありません。ただ、リンジーさんが困ってるのに、黙って見てる事はできません。俺達はこれから用事があるので、これで終わりにしてもらえませんか?」

カーンから目を離さずにそう告げる。
カーンは口を閉ざし、俺の力を推し量るように目を据えてくるが、やがて俺の肩から手を離した。


「・・・いいだろう。名を聞いておこうか?」

「坂木新・・・クインズベリーから来ました」

「なに!?」

俺の名前を聞いた途端、カーンはハッキリと両目を開き、驚きに一段高い声を上げた。


「クインズベリーのサカキ・アラタ・・・だと?まさか、お前があのマルコス・ゴンサレスを・・・?」

明かにカーンの顔付きが変わり、俺を見るその黒い目には鋭く警戒色が宿った。

「・・・俺一人の力じゃないですけど、勝った事は間違いありません」

「・・・本当に勝ったのか・・・」

カーンが俺の言葉をどう受け止めたかは分からないが、もう一度観察するように上から下まで俺を見やると、やがて背を向けて、一言も言わずに黙って歩き去って行った。






「・・・アラタ君、あの、ありがとう」

カーンの姿が見えなくなると、リンジーさんが申し訳なさそうにお礼を口にして、頭を下げて来た。

「あ、いや、そんな頭下げないでくださいよ。ほら、俺達友達じゃないですか?握手したでしょ?」

慌てて明るい口調でそう話すと、リンジーさんは顔を上げて、目をパチパチさせた。

「・・・アラタ君て、本当に優しいのね」

桜色の唇は小さな微笑みを浮かべ、髪より少し薄いグレーの瞳でじっと見つめくるリンジーさんに、つい顔が赤くなってしまう。
するとレイチェルが間に入って、俺とリンジーさんをグイっと引き離した。

「はいはい、離れて離れて。駄目だぞアラタ、カチュアがいるのに他の女に気移りしちゃ。もしそうなったら私はキミをボコボコにしなければならない。そう・・・ボコボコにだ」

顔の横で拳を握り、冗談とも本気ともつかない顔で俺を見据えてくるレイチェルに、待ったをかけるように両手を前に出して、慌てて弁明する。

「ま、待って待って!そんな気は無いけど、女の人に至近距離で見つめられたら、男ならドキっとするのはしかたないって!生理現象だって!」

「えー、アラタ君、私の前でそんなにハッキリ言うの?」

「リンジーさん黙っててください!今ヤバイから!」

俺があんまり必死に弁明するからか、脇でなりゆきを見ていたビリージョーさんが、しかたないなと言うように笑って、レイチェルの肩に手を置いた。

「その辺にしといてやれ。俺はまだアラタ君とは数日の付き合いだが、この歳の男にしちゃ、めずらしいくらい真面目だぞ。浮気なんかするようにはとても見えない。お前の方が付き合いは長いんだ。本当は分かってんだろ?」

ビリージョさんにたしなめられると、レイチェルはすぐに拳を下ろし、いたずらが見つかった子供のような笑顔で、後ろ手に頭を掻いた。

「いやぁ、ごめんごめん。アラタのニヤケ顔を見たら、ついムカっとしちゃってね。カチュアは私の大事な友達なんだ。釘を刺しておこうと思ってさ。けどまぁ、やり過ぎたかな。すまない。ゆるしてくれ」

どうやら本気で怒っていたわけではないようだが、レイチェルの戦闘力を知ってるだけに心臓に悪い。
そしてニヤケていない事は、はっきり断っておく。

「・・・勘弁してくれよな、本当に。リンジーさんもですよ?」

恨みがましい目で軽く睨むと、リンジーさんも両手を合わせて、少し眉を下げて謝罪を口にした。

「あはは、アラタ君ごめんね。ちょっと調子に乗っちゃったかな」

「はい、もう大丈夫です」

「でも、優しいと思ったのは本当よ」

「リンジーさん!」

俺が許した傍から、そんな事を言って思わせぶりな目を向けるので、レイチェルから殺気が向けられたのは言うまでもない。





「さて、冗談はこれくらいにしておいて・・・アラタ、肩を見せてみろ」

レイチェルは俺の左肩を指すと、肩をまくれと顎で促した。

「・・・気付いてたか・・・」

リンジーさん、ビリージョーさん、ファビアナさんは、俺達のやりとりが掴めずに、レイチェルの指が向けられている、俺の左肩に黙って視線を送っている。


「・・・なに?」
シャツをまくって左半身を出して肩を見せると、ビリージョーさんが驚きに声をもらし、一歩近づいてまじまじと俺の肩を見る。

リンジーさんとファビアナさんは、言葉を失ったかのように黙りこくっているが、それでも目を開いて俺の肩から視線を外せずにいる事が、いかに二人が驚いているかをあらわしていた。


「・・・もしやと思ったが、これは想像以上だな。骨は?」

「骨まではいってないと思う。ただ、痛いと言うより痺れてる感じかな・・・」


レイチェルは俺の左肩につけられた手形を見て、眉を潜めた。
五本指の痕が、赤い色をつけてハッキリと見える。じんじんとした痛みと言うか、痺れのために感覚がよく分からない。


「ふむ・・・これはずいぶんな事をしてくれたものだ。喧嘩を売ってるね。リンジー、あの男は何者だい?」


いつもと変わらぬ口調ではあるが、レイチェルの周りの空気が一気に冷えた。
リンジーさんもレイチェルの怒りを感じ取ったのか、慎重に言葉を選ぶように話し出した。


「・・・あの者は、ラミール・カーン。国王側近の魔道剣士です。そして、帝国との協定を最も強く支持している一人です」
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