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538 ロンズデールの歴史 ③

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「ふふ、じゃあ、そろそろ行きましょうか・・・」

リンジーさんが立ち上がると、それに続きみんな立ち上がる。

「おう、ファビアナ。それじゃ前見えねぇだろ?上げろ上げろ!!」

ガラハドさんが笑いながら、ファビアナさんの帽子を掴み取ると、ボフっと頭に乗せる。

馬車へ戻る三人の背中を見ながら、俺達は顔を見合わせた。

「まるで親子だな」

レイチェルが微笑ましいもの見るような表情でそう呟く。

「うん、本当に仲が良いんだろうな」

「・・・それにしても、さっきの話しは胸糞悪かったな。ロンズデールの国王によ、母親以上にムカついちまったよ。虐待が何年も続いてたんなら、気付かねぇわけないよな?たまにでも会いに行ってたんならよ?なんで助けねぇんだよ」

ビリージョーさんが苛立ちを隠さず、吐き捨てるように言う。

「・・・無関心だったわけでは・・・ないと思います。多分、事なかれ主義なんでしょう」

「事なかれ主義?」

思わず口をついて出た言葉に、ビリージョーさんが問い返してくる。

「はい。騒ぎ立てなければ、少なくとも自分はこのままの関係で落ち着いていられる。母親との関係を維持するため、子供に対しての行いに気付かないふりをしたんです・・・・・推測なので、本当のところは分かりませんが・・・」


・・・俺自身の経験から、そうなのかもしれないと思った。

日本にいた時、定職につかず、バイトも辞めてばかりいてブラブラしていた俺に、母親がそういう態度で接していたからだ。

父親は俺を諦めたように無関心になったが、母親は違った。
俺が何度バイトを辞めても、なにも変わらずに接してくれた。

いつもと変わらずおはようと言って
いつもと変わらずご飯を出してくれる

ドラマがどうの、スーパーで特売品がどうの、いつもと変わらない会話

なにも変わらない


ただ・・・・・バイトを辞めた事には一切触れなかった



プレッシャーをかけてはいけない。自分でやる気になるのを待つ。
そういう事情もあったかもしれない。
だが、態度を見ていればなんとなく分かる。

母は怖がっていたのだ。

迂闊にその話題を出して、自分まで俺と気まずくなっては、この家はどうなってしまうのだろうと。

ファビアナさんの虐待とはケースが違うが、母を思い出すと、ロンズデール国王もそれに似た心境だったのではと思えた。

自分がファビアナさんの味方をして、この歪な家族関係を更にこじらせてしまってはと・・・
子供への虐待、それを見逃している時点で、何を言い訳にしようと、決して許される事ではないが・・・


「・・・アラタ、暗い顔をしてどうした?」

「ん・・・あぁ、なんでもないよ。ただ、少しだけ昔を思い出してた」

「・・・そうか・・・・・」

レイチェルはそれ以上なにも聞かなかった。

ビリージョーさんも、俺の雰囲気から何かを感じ取り、それ以上この話しを広げる事はしなかった。



母さん・・・・・ごめんなさい
今更だけど、もっと話したかった



「・・・さぁ、俺達も行こう」

心の中で母を想う。
最近は家族の事を思い出すのも少なくなってきた。
それだけこの世界になじんできたという事だろうか・・・・・

少しだけ目を閉じて、ゆっくりと開ける。
すでに馬車の前で待つリンジーさん達を指して、俺は足を急がせた。






それから何時間走っただろうか。
俺達は馬車の中で色々話し合った。お互いの国の事が中心だったけれど、他愛のない事も沢山話した。
日が暮れかけてやっとロンズデール首都についた頃には、ずいぶん分かり合えたと思う。

話しには聞いていたが、ここはやはり観光地だ。
どこもかしこも、酒場宿。しかし、ナック村やレフェリとは違い、温泉という表記がどの宿にも付いていた。

街並みも、温泉のある宿場町、という雰囲気がある。
この時間帯だから、人通りもやや少ないが、日中は観光客でごった返しているのではないだろうか。


「日没まであと30分くらいか・・・リンジー、俺は明日スムーズに話しがいくように、このまま城に行って大臣に話しを通しておく。お前は、彼らの宿の面倒を見てやれ」

「そうですね。ではガラハド、そちらはお任せしましたよ。皆さんは私に付いて来てください。この辺りの宿なら、大海の船団かな・・・」

「あれ、青の船団じゃないんですか?」

てっきりロンズデールの組み合いは、青の船団が全て取りまとめているかと思っていたが、他の名前が出てきたので、つい疑問が口を突いて出た。

「そうですね。確かに青の船団が国一番の組織なのは間違いありません。それに次ぐのが大海の船団です。まぁ、二番手とは言っても大海の船団は、首都から外に勢力を伸ばせる程の力はありませんから、レフェリなんかは青の船団一強ですけどね。宿代は安いので一人旅の方には人気があるんですが、料理や部屋は値段相応ですね。家族連れや恋人には、青の船団の宿が人気ですよ。あ、あれが大海の船団の組合証です」

そう言ってリンジーさんが近くの宿の玄関先を指すので、そこに目を送ると、大波に立ち向かう船のマークが入った銀色のプレートが、掲げられていた。

「首都の入口付近は、大海の船団がほとんど占めてるんです。う~ん、少し歩きますがやっぱり青の船団の宿にしましょう」

こっちです。そう言って前を歩くリンジーさんに付いて歩く。


「リンジーさん、思い出したんですけど、レイジェスのミゼルさんが、昔一年くらいロンズデールに住んでいた事があったそうで、その時に大海の船団で働いていたそうなんです」

大海の船団という名前に、どこかで聞いた気がして一生懸命頭を絞ると、やっと答えが出てきた。
以前、海の宝石でミゼルさんに質問をした時に、ミゼルさんが話してくれた昔の仕事先だ。

「えっと、あぁ、あのボサボサ頭の男性ですね。大海の船団で?どうしてですか?」

リンジーさんは少し考えたが、ミゼルさんの名前と顔が一致し、両手を軽く叩き合わせる。

「えっと、なんでそこで働いたかは分からないんですが、人間関係とか仕事が合わなくて辞めたみたいですよ。やり方が気に入らないみたいな事言ってましたから」

先頭を歩くリンジーさんの隣に並びそう話すと、リンジーさんはちょっとだけ眉を下げて、残念そうな声を出した。

「・・・分からなくはないですね。ご存じかもしれませんが、大海の船団は利権主義で海の宝石ばかりを捕るんです。そのせいで年々収穫量が減って来ていて・・・強引なやり方に、反発する声も少なくはありません」

リンジーさんの話しは、イメージしやすいものだった。
海の宝石は、海の中の石が太陽と月の光を吸収してできるものらしいが、それは光を吸収する性質のある、特別な石でなければ駄目らしい。資源は限られているのだ。

それを売れるからとむやみやたらに取り続ければ、当然収穫量は減っていく一方だろう。
遠くない未来に底を突くのは目に見える。

「それにランクだってあるんです。1年目で捕れた石と、3年、5年と寝かせて獲った石では輝きが違うのです。だから、質を見極め考えながら捕る事が望ましいのです。でも、大海の船団は数を売って利益を上げる方法を選びました。当然青の船団がそれをいつまでも黙って見ているとは思えません。このままでは、いずれ青の船団とぶつかる事になるでしょう」

怒りと苦悩、その二つが入り混じった瞳だった。
この国のために、二つの勢力がぶつかる事をなんとか食い止めたい。そう思い悩んでいる。
この国の問題は、帝国との事だけではないのだ。


「・・・俺にできる事があれば、力になります。なんでも言ってくださいね」

「・・・ありがとうございます」

噛みしめるようにそう言葉にする。
今、リンジーさんの置かれている立場は、相当厳しいだろう。
今回の一件で、更に追い込まれる事も予想できる。反帝国の大臣がどう繋いでくれるのか。それにかかっているのかもしれないが、帝国に反意を示した事は、今のこの国の内情を鑑みれば、糾弾されてしかたのない事だろう。


「アラタ、なに一人でカッコつけてるんだい?リンジー、私達もいるんだ。あまり一人で考えこむんじゃないよ?」

俺とリンジーさんの間に、レイチェルが後ろから体を入れて来た。

「レイチェルさん・・・」

「あはは、そろそろさ、その堅苦しい話し方やめようよ。レイチェルでいい。こっちもアラタって呼び捨てなよ。私もそうしてんだからさ」

右手の親指を俺に向けて、レイチェルはリンジーさんに笑いかけた。


「・・・うん、分かった。よろしく頼むわね。二人とも」


裏表のない自然な笑顔で、リンジーさんは笑った。
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