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537 ロンズデールの歴史 ②
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陽が高くなり、正午に差しかかったと思われた頃、俺達は街道沿いの草原で馬車を止め、昼食のための休息を取っていた。
御者は馬にエサをやるために、俺達と離れている。
俺達6人は自然と草原の上に並び座り、レフェリを出立する前に、それぞれの宿で調達していた弁当を食べていた。
弁当と言っても、幕の内やら海苔弁といった日本人になじみ深い弁当ではない。
まさか、仲良く6人で食べれるとは想像もしていなかったので、追跡中でも片手で食える事を考え、パンと竹筒に入った水を用意してもらったのである。
「・・・シルヴィアさんのパンが懐かしいや・・・」
決してマズイわけではないが、シルヴィアさんのパンには遠く及ばない。
ぼんやりとコッペパンをかじって呟くと、レイチェルが声を出して笑った。
「あはははは!アラタ、帰ったらそれ言ってやりな。シルヴィア絶対喜ぶぞ」
口の中のパンを水で流し込み、レイチェルに笑って返す。
「シルヴィアか、相変わらずパンばっか作ってんのか?」
ビリージョーさんが懐かしそうに笑みを浮かべ、話しに加わって来た。
「あ、はい。みんなよくパン貰ってますね。特にリカルドかな。アイツは週に6日はパン貰ってますよ。最近は朝、昼、夜の三食分とか言ってましたね。めっちゃ嫌がってますけど」
「・・・マジ?そりゃ俺も嫌だな。三食パンを週6日って、嫌がらせかよ?え?リカルドのヤツ、シルヴィアになんかしたの?」
ビリージョーさんの楽しそうだった笑顔が、パンで引きつったものに変わった。
「・・・ふふ、レイジェスの皆さんは、とても仲が良いんですね?」
俺達の様子を見ていたリンジーさんが、笑いをこらえるように口元を押さえて声をかけてきた。
「あぁ、そう思うぞ。手を焼かせられる事もあるが、深い所での結びつきは確かなものだと確信している」
レイチェルが笑ってそう答えると、リンジーさんは両脇に座る、ガラハドさんとファビアナさんに目を向けた。
「ふふ、私達もですよ。ガラハドとファビアナ、私達三人も強い絆で結ばれてます」
「おや、なかなか負けず嫌いなようだね?」
「ふふふ、あなたがあんまりハッキリ言うものだから、ちょっと触発されました」
そう話すと、リンジーさんは食事の手を止めてファビアナさんを見た後、少しあらたまった様子でもう一度俺達に顔を向けた。
「・・・ファビアナの事情を話しておきましょう」
ファビアナ・マックギー。19歳。
ロンズデール国王の妾の子である。ロンズデールでは伝統的に王位継承権は持たない。
国王は決してファビアナをないがしろにはしなかったが、常に一定の距離を持ち、必要以上に近づく事はしなかった。
ファビアナの母は、王宮から離れた一軒家を与えられ、そこでファビアナと二人、慎ましく生活を送っていた。
ファビアナの母は嫉妬深く、そして執念深い性格だった。
ファビアナが産まれてから、国王が会いに来る事が極端に減ると、ファビアナの母は子供ができたからだと考えた。
自分に子供がいなければ、国王は会いに来てくれるのに。
一度そう考えてしまうと、幼いファビアナが途端に重荷になった。
やっと言葉を話し始めたばかりのファビアナの体に、痣ができるのまでにはそう時間はかからなかった。
助けを求めようにも、自分は母と二人暮らし。そして暮らす家は城からも町からも離れた一軒家。
ファビアナは一日一日を、母の機嫌を損ねないように、じっと息をひそめやり過ごすようになっていった。
いつも人の顔色ばかり見て、極端なまでに気を使った言葉を選び話すのは、幼い頃のこの経験が原因である。
ファビアナが8歳になった時、転機が訪れる。
窓を開けていると、一匹の蝶が部屋に迷い込んで来た。とても色鮮やかで、綺麗な羽をした蝶であった。
私も空を飛べたら、ここを出ていけるのかな?
そう考えたファビアナは。紙で蝶を折った。
不格好で、なんとか蝶に似せただけの蝶だったが、ファビアナはその蝶に願いをかけて、窓から外へ飛ばした。
この時、ファビアナ自身が意識してやった事ではないが、ファビアナの魔力が紙の蝶に宿り、それは空を舞い町へと飛び立って行った。
これこそが、後に作る魔道具、魔蝶の原型となった物である。
それから数日後、ファビアナは当時14歳のリンジーに助け出される。
すでに城仕えだったリンジーは、ファビアナの家に入るなり母親に警告を与え、今後ファビアナに近づかない事を条件に、これまでの虐待に目を瞑ったのだ。
【あなたがこの蝶を折ったのね?ちゃんと受け取ったわ。これからは私と一緒にいましょう】
人に安心感を与える優しい笑顔で差し出されたその手には、あの日ファビアナが折った、不格好な蝶があった。
「それ以来、ファビアナは私達と一緒に行動をするようになりました。だいぶ良くなったのですが、心の傷は深く、人見知り・・・いえ、人間に対しての恐怖心が強く、慣れない人とはなかなか話す事はできません。あなた方も、これから私達と行動をするにあたって、ファビアナにもどかしさを覚える事があるかもしれません。ですが、こういう事情があるという事を、知っておいてほしいのです」
真剣な表情でそう話すリンジーさん。
ファビアナさんのおどおどした態度の背景を知って、俺達は黙って頷いた。
「・・・しかし、正直意外でした。ビリージョーさんとおっしゃいましたね?ファビアナは、あなたと二人きりだったのに、色々と話したのですよね?」
唐突に話しを向けられ、ビリージョーさんは言葉の意味を図るように眉を寄せた。
「慣れない人とはなかなか話せないといいましたが、それも私かガラハドが傍にいて、やっと会話ができるんです。色々ファビアナから聞いたようですが、よく話しができたなと、正直驚いてます」
そう言ってリンジーさんがファビアナさんを見ると、つられたように、全員の視線がファビアナさんに集まった。
「・・・・・み、見ないで・・・・・ください」
一斉に注目を集めた事で、顔を真っ赤にしたファビアナさんは、帽子を深く前に下げて顔を隠すと、体を丸めてそのまま小さくなった。
御者は馬にエサをやるために、俺達と離れている。
俺達6人は自然と草原の上に並び座り、レフェリを出立する前に、それぞれの宿で調達していた弁当を食べていた。
弁当と言っても、幕の内やら海苔弁といった日本人になじみ深い弁当ではない。
まさか、仲良く6人で食べれるとは想像もしていなかったので、追跡中でも片手で食える事を考え、パンと竹筒に入った水を用意してもらったのである。
「・・・シルヴィアさんのパンが懐かしいや・・・」
決してマズイわけではないが、シルヴィアさんのパンには遠く及ばない。
ぼんやりとコッペパンをかじって呟くと、レイチェルが声を出して笑った。
「あはははは!アラタ、帰ったらそれ言ってやりな。シルヴィア絶対喜ぶぞ」
口の中のパンを水で流し込み、レイチェルに笑って返す。
「シルヴィアか、相変わらずパンばっか作ってんのか?」
ビリージョーさんが懐かしそうに笑みを浮かべ、話しに加わって来た。
「あ、はい。みんなよくパン貰ってますね。特にリカルドかな。アイツは週に6日はパン貰ってますよ。最近は朝、昼、夜の三食分とか言ってましたね。めっちゃ嫌がってますけど」
「・・・マジ?そりゃ俺も嫌だな。三食パンを週6日って、嫌がらせかよ?え?リカルドのヤツ、シルヴィアになんかしたの?」
ビリージョーさんの楽しそうだった笑顔が、パンで引きつったものに変わった。
「・・・ふふ、レイジェスの皆さんは、とても仲が良いんですね?」
俺達の様子を見ていたリンジーさんが、笑いをこらえるように口元を押さえて声をかけてきた。
「あぁ、そう思うぞ。手を焼かせられる事もあるが、深い所での結びつきは確かなものだと確信している」
レイチェルが笑ってそう答えると、リンジーさんは両脇に座る、ガラハドさんとファビアナさんに目を向けた。
「ふふ、私達もですよ。ガラハドとファビアナ、私達三人も強い絆で結ばれてます」
「おや、なかなか負けず嫌いなようだね?」
「ふふふ、あなたがあんまりハッキリ言うものだから、ちょっと触発されました」
そう話すと、リンジーさんは食事の手を止めてファビアナさんを見た後、少しあらたまった様子でもう一度俺達に顔を向けた。
「・・・ファビアナの事情を話しておきましょう」
ファビアナ・マックギー。19歳。
ロンズデール国王の妾の子である。ロンズデールでは伝統的に王位継承権は持たない。
国王は決してファビアナをないがしろにはしなかったが、常に一定の距離を持ち、必要以上に近づく事はしなかった。
ファビアナの母は、王宮から離れた一軒家を与えられ、そこでファビアナと二人、慎ましく生活を送っていた。
ファビアナの母は嫉妬深く、そして執念深い性格だった。
ファビアナが産まれてから、国王が会いに来る事が極端に減ると、ファビアナの母は子供ができたからだと考えた。
自分に子供がいなければ、国王は会いに来てくれるのに。
一度そう考えてしまうと、幼いファビアナが途端に重荷になった。
やっと言葉を話し始めたばかりのファビアナの体に、痣ができるのまでにはそう時間はかからなかった。
助けを求めようにも、自分は母と二人暮らし。そして暮らす家は城からも町からも離れた一軒家。
ファビアナは一日一日を、母の機嫌を損ねないように、じっと息をひそめやり過ごすようになっていった。
いつも人の顔色ばかり見て、極端なまでに気を使った言葉を選び話すのは、幼い頃のこの経験が原因である。
ファビアナが8歳になった時、転機が訪れる。
窓を開けていると、一匹の蝶が部屋に迷い込んで来た。とても色鮮やかで、綺麗な羽をした蝶であった。
私も空を飛べたら、ここを出ていけるのかな?
そう考えたファビアナは。紙で蝶を折った。
不格好で、なんとか蝶に似せただけの蝶だったが、ファビアナはその蝶に願いをかけて、窓から外へ飛ばした。
この時、ファビアナ自身が意識してやった事ではないが、ファビアナの魔力が紙の蝶に宿り、それは空を舞い町へと飛び立って行った。
これこそが、後に作る魔道具、魔蝶の原型となった物である。
それから数日後、ファビアナは当時14歳のリンジーに助け出される。
すでに城仕えだったリンジーは、ファビアナの家に入るなり母親に警告を与え、今後ファビアナに近づかない事を条件に、これまでの虐待に目を瞑ったのだ。
【あなたがこの蝶を折ったのね?ちゃんと受け取ったわ。これからは私と一緒にいましょう】
人に安心感を与える優しい笑顔で差し出されたその手には、あの日ファビアナが折った、不格好な蝶があった。
「それ以来、ファビアナは私達と一緒に行動をするようになりました。だいぶ良くなったのですが、心の傷は深く、人見知り・・・いえ、人間に対しての恐怖心が強く、慣れない人とはなかなか話す事はできません。あなた方も、これから私達と行動をするにあたって、ファビアナにもどかしさを覚える事があるかもしれません。ですが、こういう事情があるという事を、知っておいてほしいのです」
真剣な表情でそう話すリンジーさん。
ファビアナさんのおどおどした態度の背景を知って、俺達は黙って頷いた。
「・・・しかし、正直意外でした。ビリージョーさんとおっしゃいましたね?ファビアナは、あなたと二人きりだったのに、色々と話したのですよね?」
唐突に話しを向けられ、ビリージョーさんは言葉の意味を図るように眉を寄せた。
「慣れない人とはなかなか話せないといいましたが、それも私かガラハドが傍にいて、やっと会話ができるんです。色々ファビアナから聞いたようですが、よく話しができたなと、正直驚いてます」
そう言ってリンジーさんがファビアナさんを見ると、つられたように、全員の視線がファビアナさんに集まった。
「・・・・・み、見ないで・・・・・ください」
一斉に注目を集めた事で、顔を真っ赤にしたファビアナさんは、帽子を深く前に下げて顔を隠すと、体を丸めてそのまま小さくなった。
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