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529 追跡 ⑧

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「レイチェルもああいう事やるんだな?なんかちょっとイメージと違ったよ」

テーブル席に三人で腰をかけ、運ばれてきた魚料理に手をつける。
料理の名前は分からないが、甘しょっぱく煮込んである魚を口にしてみると、なんだか子供の頃田舎で祖母が作ってくれた魚の煮込みを思い出した。
もちろん使われている魚は違うし、味付けも違うのだが、どこか懐かしさを感じて少し感動してしまった。こんなところで日本を感じられるとは思わなかった。

「ああいう事とはなんだい?もしかして、さっきの受付けの人との会話かな?」

レイチェルは小魚を一匹丸ごと揚げてあるものをかじりながら、俺に言葉を返してくる。
とぼけているが、自覚しているようだ。確信犯だな。

「上手い事聞き出すもんだよ。あの人が何か知ってるという確信でもあったのか?」

ビリージョーさんがお茶をすすり、話しに入って来る。

「いや、そんなものはないですよ。まぁ、宿の受付なら、あちこちから情報が入る立場かなとは思いましたけど、最初の一人で有益な情報を得られたのはラッキーでしたよ」

「ラッキーねぇ、どこまで計算してるんだか?この三年で腕っぷし以外もだいぶ成長したみたいで驚かされるよ」

「上手く乗せて、サラリと聞き出すんだもんな。俺はああいうの苦手だから、すごいなと思って聞いてたよ」

俺とビリージョーさんが口々に褒めると、やめてくれ、とレイチェルが少し困ったように顔の前で手を振った。
どうやらほめ殺しは苦手なようだ。


「それで、明日はどうする?水月亭に張り込むのか?」

それぞれが目の前の皿を食べ終えたタイミングで、ビリージョーさんがレイチェルに明日の行動を聞く。レイチェルの考えている事は察しが付く。

リンジーさん達はおそらく水月亭に泊っている。
帝国との繋がりを疑っているレイチェルからすれば、水月亭でリンジーさん達と帝国の人間が会っている事なんて、考えてしかるべきだ。
俺だってその可能性は考えている。個人的な感情とは分けて考えるべき事だ。
帝国の軍人が何日も泊っているというだけで、誰かを待っている事は簡単に想像できる。

「あぁ、朝一番で水月亭に行くぞ。できれば戦闘は回避したいが、一人やたら感覚が鋭いヤツがいる。私もビリージョーさんも一度感づかれたヤツだ。おそらく気配は悟られるだろう。そこで仕掛けてこなければそのままでいい。だが、向かってくるならばやらねばならないだろう」

昨日はレイチェル、今日はビリージョーさんが追跡の際に気付かれた。
意識を向けるだけでも分かるなんて、尋常じゃない察知能力だ。リンジーさんかガラハドさんのどちからだが、あそこまで感覚が鋭いと、明日はいくら気配を殺しても悟られると考えておいたほうがいいだろう。

「分かった。その覚悟で行こうじゃないか。本当は、ここでお前達を帰したいんだがな。あんな強硬手段を迷わずとるくらいだから、俺が何を言っても聞かないんだろ?」

ビリージョーさんがチラリとレイチェルに目を向ける。
国境の門で、ビリージョーさんは引き返せと説得したが、レイチェルはそれを聞かずに番兵に顔を見られる事無く倒してのけるという離れ業をやって見せた。

ビリージョーさんはそれで、とことん付き合うしかないと覚悟を決めたらしい。

「まぁまぁ、それはもういいじゃないですか。この国のためなんですから。それにビリージョーさんがいてくれるなら、成功率も上がるってものです」

軽い調子で答えるレイチェルに、ビリージョーさんは一つ息を付くと、それ以上は何も言わなかった。

それから、明日の集合時間と段取りを打ち合わせして、俺達は部屋に戻り体を休めた。





翌日、朝食はパンとコーヒーだけで手早く済ませ、日の出と共に宿を出た。
しかし、この日は朝霧がとても濃く、数メートル先も見えないくらいだった。

「・・・まいったな、今日に限ってこれか」

さすがのレイチェルも霧までは予想できず、立ち込める濃霧に眉を潜めた。

「大丈夫だ。俺に任せろ」

しかし、そんなレイチェルとは対照的に、ビリージョーさんは前に出ると俺達に向かって自分の能力を話し出した。

「忘れたか?俺の目は相手の温度を捉える事ができるんだ。水月亭の出入り口を見張ってれば、どんなに濃い霧でもあいつらが出てきた時に分かる。お前達は見えない分耳に集中すればいい。拾えるだけの会話は拾うんだ」

自信に満ちたビリージョーさんの言葉に、レイチェルがニカっと歯を見せて笑った。

「なるほど、さすがビリージョーさんですね。頼りになります。じゃあ、行きましょうか。場所は昨日聞いておいたので分かります」

俺とビリージョーさんは、レイチェルの後について走った。
数分も行くと、立ち並ぶ宿の中で、一際大きな宿が目についた。

「ここか。この霧でもぼんやりと外観が分かるな。ふむ、確かに高そうな宿だ」

「おい、レイチェル、近づきすぎだ。連中もいつ出て来るか分からない。もう少し離れろ」

ビリージョーさんに肩を掴まれると、レイチェルは素直に分かったと返事をし頷いた。
そのまま俺達三人は、十数メートル程離れた角に身を隠した。

ビリージョーさんだけは、顔を半分出して、左目の義眼で宿を注視している。
リンジーさん達が出てくれば、体温を形としてとらえる事ができるから、まず間違う事はないそうだ。

「レイチェル、宿の人が話してた帝国の軍人だけど、そいつとも戦う事になったら、本当にやっていいのか?」

「今更だね。昨日話したじゃないか?やっていいよ。やらなければやられる。それが戦いだ。帝国との関係も気にしないでいい。もう信頼関係は築けないところまできてるからね。アラタももう分かってるはずだ」

レイチェルのスッパリと断言した言葉に、俺も覚悟を決めた。
そうだな、確かに今更だ。まだ俺の中に迷いがあったみたいだけど、この世界の戦いは、甘さを捨てなければ自分がやられるだけだ。

俺の表情を見て、レイチェルは納得したように頷き、軽く胸を叩いて来た。

「頼りにしてるよ、アラタ」

任せとけ、俺がそう言葉を返したところで、ビリージョーさんが小さく言葉を発した。

「出て来たぞ」
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