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526 追跡 ⑤
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「今出たあの馬車だ。条件に該当する三人が乗っている。追うぞ」
ビリージョーさんが指す先には、一台の茶色のワゴンの馬車があった。
取り立てて豪華な装飾でもなく、御者も一般の村人のような装いだ。
一国の使者が乗るような馬車ではない。
「昨日、クインズベリーから出た時の馬車とは違うな。しかもランクダウンしてるぜ」
俺が疑問をそのまま口にすると、レイチェルが答えた。
「偽装かな。やはり追跡者の存在に気付いているのだろう。昨日の馬車では、自分達の居場所を教えているようなものだからな。だが好都合だ。偽装するという事は、昨日のあの蝶は出さないだろう。向こうもあの蝶が、私達に感づかれた可能性は考えているはずだ。だから出さないだろうな。おかげで追跡がしやすくなった」
昨日、俺達が馬車を追跡していた時、突然どこからか黒い蝶が現れた。
そしてその蝶は、とても蝶とは思えない速さと規則的な動きで、この村まで付いて来たのだ。
レイチェルが言うには、おそらく偵察型の魔道具との事だ。
見つかれば術者、今回はファビアナに情報が伝わる仕組みなのだろう。
「あの蝶がいないんならずいぶん楽になるな。頭の上に注意しながら追跡するのは倍疲れるからな」
走る馬車に付いて行くだけでも大変なのに、蝶に見つからないように気を使って走るのは、体力だけでなく精神面でもかなりの負担だった。それがないだけで今日の追跡はずいぶん楽になるだろう。
「おい、そろそろ行こうぜ。馬車が見えなくなっちまうぞ?」
ビリージョーさんに促され、俺とレイチェルは、了解、と頷いた。
「・・・今日の夕方には、国境を越えれますね」
馬車の中では、リンジーが誰に言うでもなく、窓から景色を見ながらそう呟いた。
「あぁ、このペースで順調に行けば、四時くらいにはロンズデール領内だろう。だが、まだ城までは行けないな。今日は国境沿いの町、レフェリで一泊だ」
「・・・あそこで、帝国の人と、落ち合うん、ですよね?」
「そうだが・・・なんだ、ファビアナ?嫌そうだな?」
低い声でボソボソ話すファビアナに、正面に座るガラハドが言葉とは裏腹に、優しい声で話しかける。
「い、いえ・・・そんな、私・・・」
「いいんだぞ、正直に言って。俺も嫌だからな」
俯いていたオドオドしていたファビアナだったが、ガラハドの発言に驚き、勢いよく顔を上げた。
「お、久しぶりに目があったな?」
「あ・・・」
ニヤリと笑ってファビアナを見るガラハドに、ファビアナは顔を赤くして帽子を掴み下げ、また顔を下に向けた。
「ふはははは!ファビアナ、顔を上げろよ、別に取って食いやしねぇって。せっかく可愛い顔してんのにもったいねぇなぁ」
「い、いえ!そ、そんな!わ、私なんて別に・・・」
「ガラハド、あんまりファビアナをいじっちゃ駄目ですよ」
真っ赤になった顔を帽子でスッポリと隠し、ファビアナは完全に黙り込んでしまった。
リンジーがガラハドに注意し、ガラハドが笑いながら謝る。いつもの三人の雰囲気だった。
馬車の中は和やかな空気が流れるが、ガラハドがふいに鋭い目つきで背後を睨みつけた。
頭の後ろは板張りのため、なにかあっても目視する事はできない。
だがガラハドの目は、その板を通して見る事のできない何かを捉えていた。
「・・・ガラハド、どうやら確実にいるようですね」
「あぁ、また一瞬だったが昨日に続いて二度目だ。間違いない。絶対に追跡者がいる。リンジー、どうする?」
振り返る事無く、ガラハドはリンジーに判断を委ねた。
その言葉の意味は、リンジーも十分に承知している。
ここで戦うか否か。
少しの沈黙の後、リンジーは答えを出した。
「・・・今はやめましょう。馬車の御者さんも巻き込んでしまいますし、相手も手練れなのでしょう。人数も分かりませんし、不安要素が多いです。それに、私達の任務はレフェリで帝国の使いに結果を報告し、ロンズデールに帰る事です。できるだけ戦闘は避けましょう」
迷いを払拭したように話すリンジーに、ガラハドは一言、そうか、とだけ言葉を返して正面を向き、イスに座り直した。
「ファビアナ、大丈夫?」
リンジーがそっと肩に手を置くと、ファビアナは小さな声で、はい、と返事をして頷いた。
「厳しい事を言うわね。できるだけ戦闘は避けるけど、もしもの時はあなたも戦わなきゃ駄目よ。分かった?」
リンジーの声は諭すような優しいものだったが、覚悟を決める様に伝える強さもあった。
ファビアナもそれを感じ取り、また小さな声だったが、口を開きハッキリと言葉に出して答えた。
「・・・はい。分かりました」
その様子を見ていたガラハドは、ほんの少しだが口の端を上げ、満足そうに頷いた。
良いチームだ・・・
ガラハドはリンジーとファビアナを見て、心からそう思った。
能力はあるが自由奔放なリンジーにガラハドがお目付け役と付き、細かいところのサポートに、気弱で会話も満足にできないが、事務仕事や探索能力に優れたファビアナがあてられた。
最初はこれで大丈夫かと思ったが、意外に良くまとまってもう3年以上も三人で行動を共にしている。
自分に子供がいれば、このくらいの歳だろう。
このままずっといれればいい・・・
ガラハドはリンジーとファビアナを見つめ、少しだけ笑みを浮かべた。
そして馬車は進み、クインズベリーとロンズデールの国境が見えてきた。
ビリージョーさんが指す先には、一台の茶色のワゴンの馬車があった。
取り立てて豪華な装飾でもなく、御者も一般の村人のような装いだ。
一国の使者が乗るような馬車ではない。
「昨日、クインズベリーから出た時の馬車とは違うな。しかもランクダウンしてるぜ」
俺が疑問をそのまま口にすると、レイチェルが答えた。
「偽装かな。やはり追跡者の存在に気付いているのだろう。昨日の馬車では、自分達の居場所を教えているようなものだからな。だが好都合だ。偽装するという事は、昨日のあの蝶は出さないだろう。向こうもあの蝶が、私達に感づかれた可能性は考えているはずだ。だから出さないだろうな。おかげで追跡がしやすくなった」
昨日、俺達が馬車を追跡していた時、突然どこからか黒い蝶が現れた。
そしてその蝶は、とても蝶とは思えない速さと規則的な動きで、この村まで付いて来たのだ。
レイチェルが言うには、おそらく偵察型の魔道具との事だ。
見つかれば術者、今回はファビアナに情報が伝わる仕組みなのだろう。
「あの蝶がいないんならずいぶん楽になるな。頭の上に注意しながら追跡するのは倍疲れるからな」
走る馬車に付いて行くだけでも大変なのに、蝶に見つからないように気を使って走るのは、体力だけでなく精神面でもかなりの負担だった。それがないだけで今日の追跡はずいぶん楽になるだろう。
「おい、そろそろ行こうぜ。馬車が見えなくなっちまうぞ?」
ビリージョーさんに促され、俺とレイチェルは、了解、と頷いた。
「・・・今日の夕方には、国境を越えれますね」
馬車の中では、リンジーが誰に言うでもなく、窓から景色を見ながらそう呟いた。
「あぁ、このペースで順調に行けば、四時くらいにはロンズデール領内だろう。だが、まだ城までは行けないな。今日は国境沿いの町、レフェリで一泊だ」
「・・・あそこで、帝国の人と、落ち合うん、ですよね?」
「そうだが・・・なんだ、ファビアナ?嫌そうだな?」
低い声でボソボソ話すファビアナに、正面に座るガラハドが言葉とは裏腹に、優しい声で話しかける。
「い、いえ・・・そんな、私・・・」
「いいんだぞ、正直に言って。俺も嫌だからな」
俯いていたオドオドしていたファビアナだったが、ガラハドの発言に驚き、勢いよく顔を上げた。
「お、久しぶりに目があったな?」
「あ・・・」
ニヤリと笑ってファビアナを見るガラハドに、ファビアナは顔を赤くして帽子を掴み下げ、また顔を下に向けた。
「ふはははは!ファビアナ、顔を上げろよ、別に取って食いやしねぇって。せっかく可愛い顔してんのにもったいねぇなぁ」
「い、いえ!そ、そんな!わ、私なんて別に・・・」
「ガラハド、あんまりファビアナをいじっちゃ駄目ですよ」
真っ赤になった顔を帽子でスッポリと隠し、ファビアナは完全に黙り込んでしまった。
リンジーがガラハドに注意し、ガラハドが笑いながら謝る。いつもの三人の雰囲気だった。
馬車の中は和やかな空気が流れるが、ガラハドがふいに鋭い目つきで背後を睨みつけた。
頭の後ろは板張りのため、なにかあっても目視する事はできない。
だがガラハドの目は、その板を通して見る事のできない何かを捉えていた。
「・・・ガラハド、どうやら確実にいるようですね」
「あぁ、また一瞬だったが昨日に続いて二度目だ。間違いない。絶対に追跡者がいる。リンジー、どうする?」
振り返る事無く、ガラハドはリンジーに判断を委ねた。
その言葉の意味は、リンジーも十分に承知している。
ここで戦うか否か。
少しの沈黙の後、リンジーは答えを出した。
「・・・今はやめましょう。馬車の御者さんも巻き込んでしまいますし、相手も手練れなのでしょう。人数も分かりませんし、不安要素が多いです。それに、私達の任務はレフェリで帝国の使いに結果を報告し、ロンズデールに帰る事です。できるだけ戦闘は避けましょう」
迷いを払拭したように話すリンジーに、ガラハドは一言、そうか、とだけ言葉を返して正面を向き、イスに座り直した。
「ファビアナ、大丈夫?」
リンジーがそっと肩に手を置くと、ファビアナは小さな声で、はい、と返事をして頷いた。
「厳しい事を言うわね。できるだけ戦闘は避けるけど、もしもの時はあなたも戦わなきゃ駄目よ。分かった?」
リンジーの声は諭すような優しいものだったが、覚悟を決める様に伝える強さもあった。
ファビアナもそれを感じ取り、また小さな声だったが、口を開きハッキリと言葉に出して答えた。
「・・・はい。分かりました」
その様子を見ていたガラハドは、ほんの少しだが口の端を上げ、満足そうに頷いた。
良いチームだ・・・
ガラハドはリンジーとファビアナを見て、心からそう思った。
能力はあるが自由奔放なリンジーにガラハドがお目付け役と付き、細かいところのサポートに、気弱で会話も満足にできないが、事務仕事や探索能力に優れたファビアナがあてられた。
最初はこれで大丈夫かと思ったが、意外に良くまとまってもう3年以上も三人で行動を共にしている。
自分に子供がいれば、このくらいの歳だろう。
このままずっといれればいい・・・
ガラハドはリンジーとファビアナを見つめ、少しだけ笑みを浮かべた。
そして馬車は進み、クインズベリーとロンズデールの国境が見えてきた。
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