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523 追跡 ②

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ナック村。
クインズベリー国首都から、南西へ馬車で4~5時間の場所にあるこの村は、人口およそ2000人程度の小さな村だった。

村の主な収益は宿と酒場である。
国を行き来する際には必ずと言って程、ナック村で宿を取る必要がでるため客足が絶える事はない。
新鮮な海の幸を卸しに来るロンズデールの行商人もいるため、食料品に不自由する事もなく、小さいながらも豊かな村である。



「おやおや、どうしたんだいアラタ?ずいぶん息が上がってるね?体力に自信はあったんじゃないのかい?」

「はぁっ、はぁっ・・・ぜぇ、ぜぇ・・・レ、レイチェル・・・化け物、かよ?」

走り続けて約5時間。村の入口から少し離れた木陰で、アラタは大の字で倒れ、荒い呼吸に胸を上下させていた。
同じ距離を同じ速さで走ったのにも関わらず、レイチェルは対照的に涼しい顔で、両手を腰に当てアラタを見下ろしている。
多少の汗はかいてはいるが、その表情を見ると、運動の後の気持ちの良い汗という印象である。

「・・・う~ん、アラタ、私もね女なんだよ。化け物はひどくないかい?いや、キミの言いたい事は分かるよ。体力の事を言ってるんだよね?それは分かるよ。でも、女性に対して化け物はひどいと思うんだ。キミの態度次第では、今日の夕食は悲惨な事になるけど・・・どうする?」

レイチェルのそれは、とても怖い笑顔だった。

「・・・レイチェルさん・・・ごめんなさい・・・」

「うん、許してあげよう。さて、だんだん日も暮れて来た。もう少し休ませてあげたいところだが、宿を確保しておきたいんだ。立てるかい?」

気圧されたアラタが、さん付けで謝ると、レイチェルはいつもの雰囲気に戻り、アラタに手を差し伸べた。

「・・・けっこう怖いんだな」

「なにか言ったかい?」

「いや、なんでもないです」

それなら行こうか。笑ってそう告げると、レイチェルは親指をクイっと向けて村を指した。





「・・・あの蝶、もういないみたいだね?」

アラタは空を見上げると、そのまま首を回し周囲を見回した。
途中まで上空を飛んでいた、薄っすらと紫色に輝く蝶はもう見当たらない。

「あぁ、安心していい。リンジー達が村へ入ると、そのまま蝶も行ってしまったよ。あの規則的な動きと、馬車に付いてここまで飛んでくるスピードは魔道具としか考えられない。ファビアナという魔法使いの物だろうな。あぁ、蝶は消えたがリンジー達とバッタリ出くわしたら台無しだ。くれぐれも周囲に気を付けてくれよ」

村に入りレイチェルと並んで歩く。
人口2000人程度の小さな村と聞いたけど、酒場を兼ねた宿がいくつもあり、中から漏れ聞こえて来る賑わいが、この村の栄えている印象を伝えて来る。

「すげぇ賑やかだね?まだ夕方だけど、もう飲んでんだ」

物珍しそうに辺りに目を向けるアラタに、レイチェルが軽く笑う。

「はは、私は何度か来た事があるが、ここはいつもこうだぞ。ここに来るのはほとんどが行商人か旅行者だから、飲み食いがメインなんだよ。昼間から宴会は当たり前だぞ」

「そりゃすごいな。ニホンじゃ考えられないや。あ、ところで宿はどこにするんだ?リンジーさん達はどこに泊まるんだろう?かぶったらマズイよな」

「安心しろ。こういう時のために、国家ご用達の宿があるんだ。今日はそこへ泊るぞ」

こっちだ。
そう言ってレイチェルは、アラタの前をスタスタと歩いて行った。




入り組んだ道を進み、人通りが少なくなってくると、何軒かの民家に混じって小さな宿が見えた。

宿と言う形をとっているが、日本でいう民宿のようなものだった。
小さな看板に、一泊5000イエンと書いてあるが、おそらく初見では見過ごしてしまうだろう。
まるで客をとる気がないようにも見える。

「・・・レイチェル、ここ?」

「そうだ。ここだ。イメージと違ったか?」

国家ご用達なんて言うから、高級旅館をイメージしていたが、全くの正反対だった。
俺のそんな考えを見透かしたレイチェルは、フッと笑って宿の玄関を指さした。

「まぁ一泊すれば分かるさ。私もそうだったからな」




宿の中はいくつかのカウンター席と、テーブル席が一つだけで、小ぢんまりとした小料理屋という感じだった。

「いらっしゃい。おや、レイチェルじゃないか?」

「ご無沙汰してます。ビリージョーさん」

カウンター内で火を使っていた、長身で細身の男性がこちらに顔を向ける。
白に近い短い金色の髪、堀の深い顔立ちで、黒に近いダークブラウンの瞳は、友好的にレイチェルを見つめていた。

ビリージョーと呼ばれたその男性は、火を消してカウンター内から出てきた。紺色のシャツの袖をまくり、腰から前掛けを下げている。聞くまでもなく料理中だったようだ。

「三年ぶりくらいか?少し背が伸びたんじゃないか?」

レイチェルの頭に手を乗せ、笑いかける。
どうやらかなり良好な関係のようだ。

「16からの三年ですからね、背くらい伸びますよ」

「それもそうだな。今くらいの年は一年でガラリと変わるからな。ところで、こっちの彼は?まさかレイチェルの男か?」

ビリージョーさんはそこで俺に顔を向け、レイチェルに問いかけた。

「あははは!いやぁ、違いますよ。私じゃなくてカチュアの婚約者ですよ。サカキ・アラタって聞いた事ないですか?」

レイチェルが俺に親指を向けて紹介すると、ビリージョーさんは目を丸くして、驚きの声を上げた。

「え!?サカキ・アラタ!?マルゴンを埋めたっていう、あのサカキ・アラタか!?」

「違いますから!いや、サカキ・アラタですけど、埋めたってなんですか!?あいつ生きてますからね!」

即否定をする必死な俺を見て、ビリージョーさんは笑いながら俺の肩に手を乗せた。

「はははは!そうかそうか、まぁどっちでもいいな。俺はビリージョー・ホワイト。このホワイト亭の主だ。ここにレイチェルが来たって事は、面倒事なんだろ?まぁ座れ。丁度スープができたところだ」

からかうように笑うビリージョーさんに促され、俺達はカウンター席に腰を下ろした。
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