517 / 1,298
516 ロンズデールからの使者 ①
しおりを挟む
ベン・フィング。
それは俺も知っている名前だった。
パスタ屋でジェロムの父の夢の世界に入り、そして飛び込んだ闇の中で聞いた名前であり、ジャレットさんから聞いたカエストゥスの戦争の話しでも、出てきた人物だったからだ。
しかし、その男が今回の黒幕とはどういう事だ。
当然200年という時間の流れで死んでいるはずだ。もしや、ベン・フィングも店長さんと同じく、なんらかの方法で生き永らえているのか?
俺の疑問を察してか、店長さんは答えを口にした。
「闇だ。ベン・フィングはもう人ではない。ヤツもすでに闇の化身となっている。そして今、ヤツはブロートン帝国にいる。帝国の現皇帝ダスドリアンは危険な思想を持っている。偽国王を倒してから沈黙を守っているが、このままですむはずがない。アラタ、レイチェル、俺はベン・フィングを倒し、王子の魂を救い、この世界の夜を支配する黒渦を消す。それが俺の目的だ」
沈黙が降りた。
レイチェルも初めて聞いたのだろう。一言も発せずに黙っている。
店長さんの目的は途方もなく大きなものだった。そして俺は理解した。
この人は・・・ウィッカー・バリオスは、このためだけに200年も生きてきたんだと。
それがどんな方法かは分からない。
けれど繋がった。
今この世界で起こっている事、過去の戦争、そしてこれから起こるであろう戦い、それら全てが繋がった。
そしてその物語りの中心に、今俺も入ろうとしている。
いや・・・すでに入っているのかもしれない。
「あまり時間をとれなくてすまないな。店のみんなにもよろしく言っておいてくれ」
「はい。店長さ、あ、店長とお話しできて良かったです。では俺はこれで」
店長との顔合わせと話しは終わった。
店長さんという呼ばれ方は他人行儀な感じだし、あまり好ましくなかったようで、さん付けはいらない。店長と呼んでくれと言われたので、そうする事にした。
「アラタ、今日話した事は店のみんなにも伝えてくれて大丈夫だ。明日、私が帰った時にもあらためて話そうと思うが、前もってキミからも話しておいてくれ」
レイチェルもこのまま残るので、俺は一人で帰る事になる。
「アラタさん、ロンズデールの使者の事、お伝えいただいてありがとうございます。来るという前提でこちらも準備しておきます」
「はい、面倒事でなければいいんですが。俺で力になれる事があったら、いつでも呼んでください」
そう言葉を返すと、エリザ様は、はい、と微笑んでくれた。
一階の正門の前まで、店長とレイチェルとエリザ様が見送りに出てくれたので、俺は三人に軽く会釈をして、それじゃあまた、と言って正門を開けて出た。
中庭を進み一人で城門まで行くと馬車が用意されていて、門番の兵士が乗るように言ってくる。
多分エリザ様だろう。帰りの事を考えて馬車を用意していてくれるなんてありがたい。
城から店までは馬車で30分程の距離なので、もし歩いて行くとなると1時間以上普通にかかる。
俺は兵士にお礼を言って馬車に乗った。
俺は昼過ぎに店に戻り、その日はそのまま仕事に入った。
そして夕陽が町を赤く染め、閉店が近くなった頃にその女性は来た。
「すみません。まだお時間大丈夫ですか?」
「あ、はい。四時半閉店なので、あまり時間がありませんがどうぞ。もうじき暗くなりますから時間には気を付けてください」
一瞬、銀髪か?と思ったが違うようだ。銀と言うより灰色だな。
腰まであるその長い髪は、首元から左右に分けて結ばれており、髪の先には宝石のような小ぶりで丸い玉がリボンで付けられていた。
背180cmは無さそうだが、175cmの俺より少し高い。20代前半くらいに見える。
髪より少し薄い灰色のパッチリとした瞳で俺を見て、桜色の唇には友好的で柔和な笑みを浮かべている。
民族衣装?と言うのがパッと見た印象だった。
黒い生地の一枚布に、青や桃色で幾何学的なタッチの沢山の刺繍が施されている。
腰には太い青色の布が巻かれていて、ベルトの役目をしているようだ。
首から下げた革紐のネックレスには、沢山の青い石が付いている。
この辺りでは見ない服装だったが、日本人の感覚では民族衣装だ。
「私の顔に何か付いてますか?」
そんな俺の視線に気付いたようで、女性は微笑んだまま自分の顔を指差した。
「あ、いえ、すみません。その、この辺りでは見ない服装だなと思って」
ジロジロと失礼だったなと思い頭を下げると、その女性は、なるほど、と言って自分の服に目を落とした。
「確かにそうですね。この国の人は私とは全く服装が違ってました。浮いてますか?」
「あ、いやいや!全然そんな事ないですよ!素敵な服だと思います」
特に気にしているというわけではなさそうな感じだが、ついフォローをしてしまうのは、やはりサービス業をしているがゆえの職業病かもしれない。
しかし、実際に色使いが綺麗というのは俺の正直な感想だ。正直な気持ちが伝わったのか、女性はまた明るく笑って、ありがとう、と言ってくれた。
「これ、ロンズデールの水の衣っていう伝統衣装なんです。ロンズデールでは正装なんですよ」
「え?あの、ロンズデールの方なんですか?」
最近よく話しにあがるロンズデールという言葉に、俺はつい前のめりに反応してしまった。
そんな俺に、目の前の女性は笑顔を崩さず、胸の手を当てて自分の名前を口にした。
「初めまして。私はリンジー・ルプレクト。ロンズデールから使者の役を担って来ました」
それは俺も知っている名前だった。
パスタ屋でジェロムの父の夢の世界に入り、そして飛び込んだ闇の中で聞いた名前であり、ジャレットさんから聞いたカエストゥスの戦争の話しでも、出てきた人物だったからだ。
しかし、その男が今回の黒幕とはどういう事だ。
当然200年という時間の流れで死んでいるはずだ。もしや、ベン・フィングも店長さんと同じく、なんらかの方法で生き永らえているのか?
俺の疑問を察してか、店長さんは答えを口にした。
「闇だ。ベン・フィングはもう人ではない。ヤツもすでに闇の化身となっている。そして今、ヤツはブロートン帝国にいる。帝国の現皇帝ダスドリアンは危険な思想を持っている。偽国王を倒してから沈黙を守っているが、このままですむはずがない。アラタ、レイチェル、俺はベン・フィングを倒し、王子の魂を救い、この世界の夜を支配する黒渦を消す。それが俺の目的だ」
沈黙が降りた。
レイチェルも初めて聞いたのだろう。一言も発せずに黙っている。
店長さんの目的は途方もなく大きなものだった。そして俺は理解した。
この人は・・・ウィッカー・バリオスは、このためだけに200年も生きてきたんだと。
それがどんな方法かは分からない。
けれど繋がった。
今この世界で起こっている事、過去の戦争、そしてこれから起こるであろう戦い、それら全てが繋がった。
そしてその物語りの中心に、今俺も入ろうとしている。
いや・・・すでに入っているのかもしれない。
「あまり時間をとれなくてすまないな。店のみんなにもよろしく言っておいてくれ」
「はい。店長さ、あ、店長とお話しできて良かったです。では俺はこれで」
店長との顔合わせと話しは終わった。
店長さんという呼ばれ方は他人行儀な感じだし、あまり好ましくなかったようで、さん付けはいらない。店長と呼んでくれと言われたので、そうする事にした。
「アラタ、今日話した事は店のみんなにも伝えてくれて大丈夫だ。明日、私が帰った時にもあらためて話そうと思うが、前もってキミからも話しておいてくれ」
レイチェルもこのまま残るので、俺は一人で帰る事になる。
「アラタさん、ロンズデールの使者の事、お伝えいただいてありがとうございます。来るという前提でこちらも準備しておきます」
「はい、面倒事でなければいいんですが。俺で力になれる事があったら、いつでも呼んでください」
そう言葉を返すと、エリザ様は、はい、と微笑んでくれた。
一階の正門の前まで、店長とレイチェルとエリザ様が見送りに出てくれたので、俺は三人に軽く会釈をして、それじゃあまた、と言って正門を開けて出た。
中庭を進み一人で城門まで行くと馬車が用意されていて、門番の兵士が乗るように言ってくる。
多分エリザ様だろう。帰りの事を考えて馬車を用意していてくれるなんてありがたい。
城から店までは馬車で30分程の距離なので、もし歩いて行くとなると1時間以上普通にかかる。
俺は兵士にお礼を言って馬車に乗った。
俺は昼過ぎに店に戻り、その日はそのまま仕事に入った。
そして夕陽が町を赤く染め、閉店が近くなった頃にその女性は来た。
「すみません。まだお時間大丈夫ですか?」
「あ、はい。四時半閉店なので、あまり時間がありませんがどうぞ。もうじき暗くなりますから時間には気を付けてください」
一瞬、銀髪か?と思ったが違うようだ。銀と言うより灰色だな。
腰まであるその長い髪は、首元から左右に分けて結ばれており、髪の先には宝石のような小ぶりで丸い玉がリボンで付けられていた。
背180cmは無さそうだが、175cmの俺より少し高い。20代前半くらいに見える。
髪より少し薄い灰色のパッチリとした瞳で俺を見て、桜色の唇には友好的で柔和な笑みを浮かべている。
民族衣装?と言うのがパッと見た印象だった。
黒い生地の一枚布に、青や桃色で幾何学的なタッチの沢山の刺繍が施されている。
腰には太い青色の布が巻かれていて、ベルトの役目をしているようだ。
首から下げた革紐のネックレスには、沢山の青い石が付いている。
この辺りでは見ない服装だったが、日本人の感覚では民族衣装だ。
「私の顔に何か付いてますか?」
そんな俺の視線に気付いたようで、女性は微笑んだまま自分の顔を指差した。
「あ、いえ、すみません。その、この辺りでは見ない服装だなと思って」
ジロジロと失礼だったなと思い頭を下げると、その女性は、なるほど、と言って自分の服に目を落とした。
「確かにそうですね。この国の人は私とは全く服装が違ってました。浮いてますか?」
「あ、いやいや!全然そんな事ないですよ!素敵な服だと思います」
特に気にしているというわけではなさそうな感じだが、ついフォローをしてしまうのは、やはりサービス業をしているがゆえの職業病かもしれない。
しかし、実際に色使いが綺麗というのは俺の正直な感想だ。正直な気持ちが伝わったのか、女性はまた明るく笑って、ありがとう、と言ってくれた。
「これ、ロンズデールの水の衣っていう伝統衣装なんです。ロンズデールでは正装なんですよ」
「え?あの、ロンズデールの方なんですか?」
最近よく話しにあがるロンズデールという言葉に、俺はつい前のめりに反応してしまった。
そんな俺に、目の前の女性は笑顔を崩さず、胸の手を当てて自分の名前を口にした。
「初めまして。私はリンジー・ルプレクト。ロンズデールから使者の役を担って来ました」
0
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~
月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。
「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。
そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。
『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。
その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。
スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。
※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。)
※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~
白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。
日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。
ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。
目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ!
大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。
【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】
異世界で『魔法使い』になった私は一人自由気ままに生きていきたい
哀村圭一
ファンタジー
人や社会のしがらみが嫌になって命を絶ったOL、天音美亜(25歳)。薄れゆく意識の中で、謎の声の問いかけに答える。
「魔法使いになりたい」と。
そして目を覚ますと、そこは異世界。美亜は、13歳くらいの少女になっていた。
魔法があれば、なんでもできる! だから、今度の人生は誰にもかかわらず一人で生きていく!!
異世界で一人自由気ままに生きていくことを決意する美亜。だけど、そんな美亜をこの世界はなかなか一人にしてくれない。そして、美亜の魔法はこの世界にあるまじき、とんでもなく無茶苦茶なものであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる