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503 最後の一欠けら

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それから先の決着までは、僅か10秒と短いものだった。

だが、光と闇、相反する二つの力を持つ両者の、全てを出し尽くす覚悟で交わされた拳と技は、途方もない時間を感じさせるほどに高密度の攻防となった。

攻撃手段が拳だけのアラタは、どうしても距離を詰めなければならない。
だが、すでにそれを承知しているマウリシオは、闇の波動の連射でアラタを突き離そうとした。

トレバーは闇の波動を撃つために、5秒の溜めを必要とした。
しかし、トレバーよりもはるかに闇の力が強いマウリシオは、一切の溜めを必要としない。
何発でも続けて撃つ事ができるため、マウリシオは両手から矢継ぎ早に闇の波動を撃ち続けた。

確かに早い。だが今のアラタの目をもってすれば、10メートル以上離れて撃たれる波動など、躱す事は容易い事だった。

ボクシングのジャブ。
相手の息遣いが聞こえる位置から放たれるあの左ジャブに比べれば、なんとのんびりした攻撃だろうか。
加えて、協会で戦ったマルコス・ゴンサレスの突き、あのスピードを見てしまった以上、今のアラタにとっては、ただ真っ直ぐ撃たれるだけの波動など、足止めにもならなかった。


飛び込めば拳が届く!
闇の波動をかいくぐり、そこまでアラタが距離を詰めた時、マウリシオの顔に浮かんだ表情は、追い詰められた者の焦りではなく、獲物を罠にはめた時のニヤリとした笑みだった。



馬鹿め!ここまで不用意に突っ込んで来るとはな!
俺の攻撃は手段は闇の波動だけではないとまだ分からないか!?
闇全てが俺なのだ!この体から発する瘴気は全て自在に動かす事ができる!
俺の瘴気に触れる場所にいるという事は、貴様はすでに拘束されているという事だ!


マウリシオの懐に入り込んだアラタは、やや腰をかがめ、左から右へと体全体をぶつけるように腰を捻り、その左拳をマウリシオの右わき腹へと目掛けて繰り出した!

しかし・・・あと少し、もうほんの数センチで、光を纏ったその拳が入るという距離で、アラタの全身が闇の瘴気に捕まり、微動だにできない程に固められてしまう。


「勝った!死ねぃッツ!」

アラタを拘束したマウリシオが両手に闇を集める。
この一撃で勝負をつける!確実に撃ち殺す!
それだけの執念を込めたマウリシオの闇がアラタに向けられ、今まさに放たれようとしたその瞬間、アラタの全身から放たれた光が闇の拘束を吹き飛ばした。



ここで決着を付ける!
何が何でも、是が非でもコイツは倒す!
その執念はアラタとて同じだった。
この場に立つために、仲間がみんなその身を盾にしてくれたのだ。
それも全て、自分ならこの偽国王、闇の化身を倒せると信じて!

光とは心の強さである。
仲間の想いを胸に抱いたアラタの光がより一層強く輝き、その拳に力を宿した。

「光よォーーーーーッツ!」

アラタの渾身の右ストレートが繰り出された。



まだだ!
マウリシオにとって、アラタが闇の瘴気による拘束を解いた事は決して意外ではない。
実際にアラタはその光の力で、何度も闇を消し飛ばしているのだ。

本気で拘束したこの闇を吹き飛ばした事には少し驚かされたが、想定の範囲内だ。
ようはこの両手に集めた、正真正銘全力の闇の波動を食らわせる事ができればそれでいい!
それで決着なのだ!
そのための一瞬、ほんの瞬き程の一瞬動きを止める事ができればそれでいいのだ!

そんな光など・・・

「消し飛ばしてくれるわぁぁぁァァァァーーーーッツ!」

マウリシオは両手を合わせると闇の波動を撃ち放った。




・・・初めてサンドバックを叩いた時の事を思い出した。

天井から鎖に繋がってぶら下がっているソレは、本当にそんなに重いのかと疑問を感じたものだった。

村戸さんはそんな俺の心を読んだかのように、試しに一発殴ってみろ、そう言って使い古しのグローブを渡してくれた。
きっと、このジムの練習生が毎日毎日これで殴ったのだろう。
初めて手を通したグローブは、なんだか湿っていて妙に柔らかかった。

こんなの全力で叩けば簡単に跳ね上がるだろ?

そう思って見様見真似の右ストレートを打ち込んだ。

自分の拳が跳ね返される程の弾力、少しは揺らす事ができたが、跳ね上げるなんてとんでもない。
重く頑丈で、自分がどれだけ殴っても壊す事はできないだろう。
そう思えるものだった。


そして今、アラタの光の拳とぶつかり合う闇の波動は、あの時の感触を思い出させた。

「ぐっ!うおぉぉぉっ!」

拳を通じて感じる圧力に歯を食いしばる。
一瞬でも気を抜けば、拳を弾かれてしまうだろう。
この波動がマウリシオの最後の一撃だと感じとり、アラタも闘志を燃やす!

負けられない!
絶対に負けるわけにはいかない!

俺の光に全てがかかっているんだ!
こんな闇に負けてたまるかぁーーーーーッツ!

レイジェスの仲間達の顔が頭に浮かび、アラタの拳に一層強い光が宿った。



馬鹿な!?
お、押されているだと!?
俺の全力の闇の波動だぞ!それが、それがこんな光なんぞにぃぃぃぃーーーーッツ!

両手から放っている闇の波動が押し戻され、伸ばした腕が曲げられていく・・・そして・・・



アラタの光の拳が、闇の波動を押し返し打ち消した。

「ウォォォォーーーーッツ!」

最後の波動は消した!もはやマウリシオには手はない!
俺はそのまま右拳を真っすぐに突いて、マウリシオの顔面を撃ち抜い・・・

「うぐぁッ!・・・あ、が・・・」



突然腹に受けた鋭い痛み、それは背中まで貫いた。
あまりの痛みに顔を下げ腹に目をやると、血が滲みだし白いシャツを真っ赤に染めていく。

マウリシオに目をやる。
すでに闇はほとんど散らされ、マウリシオ自身を黒く染めていた闇も薄くなっている。
力を使い果たした事は明らかだった。

だが、ならばこの攻撃は?・・・なにをされた?

「ぐ、こ・・・れは・・・」

あまりの痛みに膝が曲がり、腰を下ろしそうになるが、唇を噛みしめ耐えた。
この痛みはまずい・・・一度膝を着けば、二度と立てなくなる・・・・・

額に大粒の汗を浮かべながらマウリシオを睨み付けると、マウリシオは勝利を確信したようにニヤリと口の端を持ち上げた。


「結界刃・・・俺の魔道具だ」

その名には聞き覚えがあった。
200年前の戦争で、カエストゥスのロビンと戦った、ジャキル・ミラーが持っていたという、直径20cm程の円盤型の魔道具だ。

結界刃は、ロビンでさえ捉えきれなかったというスピードで放たれる。
そして結界さえすり抜けて対象を斬り裂く刃には、防御方法が無かった。

闇の力を使い果たしたマウリシオの最後の切り札は、祖先から受け継いできた魔道具だった。

そして結界刃はただ速いだけではなく、もう一つ、単純だが厄介な性能が付いていた。


「ぐぅ・・・う・・・」

歯を食いしばる懸命に耐えるが、アラタの意思とは関係なく膝から力が抜けていく。

「結界刃ッ!止めだ!」

アラタの体が前のめりに崩れ、頭も下がった事を見ると、マウリシオは叫んだ!

結界刃のもう一つの性能、それは使い手の元に戻ってくる事である。

結界刃は使い手の魔力で操れる。
アラタの腹を切り裂いたその円盤型の刃は、マウリシオの魔力に引かれ戻ってくる。

マウリシオは結界刃を操作する右手を、アラタの首の前で広げる。
結界刃は回転しながらブーメランの如き軌道を描き、アラタの背後からアラタの首に目標を付け、マウリシオの元へと超スピードで戻って来る!


あと一撃!ここが分水嶺!その首を斬り落として終わりだ!







「アラタ!ヤヨイさんは何があっても最後まで諦めなかったぞ!」

ふいに耳に届いたその声に、アラタの体の中の最後の一欠けら・・・光が力を宿す。

ほとんど倒れかけたその体勢から、右足に力を入れギリギリで踏みとどまった。
その体勢から上半身ごと叩きつけるように繰り出した左のボディブローは、マウリシオの右脇腹に深く突き刺さった。

大口を開けて声にならない叫びをあげ、胃液まで吐き散らしたマウリシオだが、その目はまだ死んでいない!
執念で操作した結界刃の魔力は解かない。

死ね!

恐ろしいまでの殺意で研ぎ澄まされた超高速の刃が、アラタの首を今!後ろから・・・・・

「ッツ!な、んだとォォォォォッッツ!?」

絶たれて宙を舞ったのは、アラタの左腕だった。

背後に迫る結界刃を感じ取り、体を捻り左半身を後ろに流して左腕を犠牲にした。

覚悟があれば耐えられる!

痛みにもがくよりも、アラタはそのまま腰を回し、一連の動きで繰り出したのは右拳。
アラタの最後の光が宿った右拳が、マウリシオの顎を撃ち抜いた。
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