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495 マルスの決意

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あまりにキツく剣を握っていた事で、両手の指が固まってしまったのではないかと思う程離れそうになかった。
その場から離れる事もできず、マルスはただ目の前で起こっている光景に、呆然と目を向けていた。


一体なにが起こっている?
なにかの液体を浴びた父様が苦しみ出したかと思うと、見る間に姿形が変わって別人になってしまった。

そして今、母様の護衛だったリーザ・アコスタと、もう一人、誰だか知らないが光のオーラを纏った男が父様と戦っている。

これはいったいどういう事だ?

「・・・やはり・・・やはり母様が正しかったのか?・・・いや!そんなはずはない!あれが父様に化けていたのなら、本当の父様は・・・絶対になにかの間違いだ!」


そう叫んだ時、そっと背中越しに声をかけられて振り返ると、弟のオスカーが目に涙を溜めて、じっと私をを見つめていた。

「兄様・・・目の前で起こっている事実で判断してください。母様が正しかったのです」

「・・・オスカー・・・」

小柄で自分より10cm以上も背の低いオスカーは、長い金色の髪を首の辺りで一本に束ねて結んでいる。
今にも涙が溢れそうになっているその瞳は、辛い現実でもしっかりと受け入れて前を見ていた。

「兄様・・・やはり、母様の言う通りだったのです・・・あれはもう・・・父様ではありません。僕も戦います・・・母様とエリザを助けましょう」

「オスカー・・・分かった。だけど、それは私の役目だ。お前はここで待っていろ。決して部屋から出るな。もし、私もエリザも死んだら・・・お前が次の王だ」

オスカーの目を真っ直ぐに見てそう伝えると、オスカーは強く首を横に振り、自分も戦うと訴えた。だが、それは聞く訳にはいかなかった。

「兄様!僕も戦えます!どうか、どうか一緒に戦わせてください!」

「ダメだ。王位継承権を持つ者が三人揃って戦場に出るわけにはいかない。エリザはすでにあの場にいるし、私が出たら残る者はお前しかいないんだ。これも王族として産まれた者の宿命だ。オスカー・・・分かってくれ」

オスカーは気持ちを押し殺すように両の拳を強く握り締め、そして唇を噛みしめながらも、一度だけハッキリと頷いた。

「・・・分かりました。兄様・・・どうか、ご無事で」

私はオスカーに、行ってくる、とだけ伝えると、握り締めた剣を掲げ、先刻まで父の姿をしていた偽者に向かって駆けだした。



そこから先は意識が朦朧としている。

確か私は偽者を斬りつけたような・・・だが、斬る事ができず、その後は?

苦しい・・・胸が熱くて痛い、喉になにか詰まったような、この鉄臭い込み上げて来るものはなんだ?

苦しい・・・誰か・・・助けて・・・・・


「マルス様・・・もう、大丈夫ですよ」

体が温かいなにかに包まれたと感じると、息苦しさも無くなり、痛みも和らいでいった。
この声は誰だ?この声の主が、私を助けてくれたのか?


「・・・お、まえ・・・は・・・」


ゆっくりと目を開けると、そこには20代後半、30手前くらいだろうか、見覚えのある男が私の顔を見て微笑んでいた。

「バリオスです。お久しぶりですね。マルス様」

起きれますか?と問われ、私はバリオスに背を抱えられている事に気付く。

「あ、あぁ・・・大丈夫、だ」

バリオスの手が背中を離れ、支えがなくなると少しだけ頭がクラリとした。
傷はバリオスが治してくれたようだが、おそらくかなりの血を流したのだろう。

上半身はほぼ裸だった。焦げたシャツの切れ端が肩から下がっているのに気づき、自分は相当危険な状態だったのだろうと察する事ができた。

「はっ!バリオス、ヤツは!?」

「ご安心ください」

そう言って、バリオスは後ろに目を向けた。
バリオスの視線の先を追って、私は驚きに目を開いた。

あの黒髪の見知らぬ男が、偽国王を圧倒していたのだ。
しかも信じられない事に素手だった。



「オラァァァァーーーッツ!」

アラタの左フックがマウリシオの鳩尾にめり込む。
体をくの字に曲げ、吐しゃ物をまき散らすマウリシオに、右フックが追撃をかけ、マウリシオの左頬を撃ち抜く。
ねじ切れるかと思える程に首を回されたマウリシオの顎を、アラタの左アッパーが撃ち上げた。


いける!闇の瘴気に阻まれて決定打を与えられていないが、それでも俺の光は確実にコイツの闇を削っている!

マウリシオの体から発せられる闇は明らかに小さくなっていた。
光の拳で打たれた箇所は、まるで水が蒸発するかのように、煙をあげている。

だが、もう時間がない・・・ここで決めなければ時間切れだ。
約束は3分。それ以上は体への負担が大きすぎる。
だから残り僅かなこの時間で決めきらなきゃならねぇ!

アラタの右ストレートがマウリシオの左頬を撃ち抜いた。



「す、すごい・・・あの闇を相手に・・・バリオス、彼は何者だ?」

アラタの戦いを目にし、強大な闇を素手で圧倒するその姿に、マルスは驚きを隠せなかった。

「・・・彼は、サカキ・アラタ・・・闇を倒せる光の力を持った男です」


アラタを見るバリオスの目には、ほんの僅かだが涙が浮かび、懐かしさと悲しみ、そして喜びがあった。
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