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494 風と共に現れた男

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「ぐっ・・・うぐぅ・・・がはぁっ!」

殴り飛ばされたマウリシオは、左頬を押さえながら、苦し気に呻いているが、その充血した真っ赤な目だけは、憎悪を込めてアラタを睨みつけていた。

光の拳を受けた左の頬からは、まるで水が蒸発するかのように、黒い蒸気が立ち昇っている

明確なダメージを見て取ったアラタは、このまま一気に決めようと再びマウリシオに向かって駆けた。
だが、ここでアラタは思い知る事になる。

青魔法を極めた者だけが使えると言われる変身魔法。
その変身魔法を治めたマウリシオの魔力は、桁違いであったと。

「なにッ!?」

まだ立ち上がる事が出来ず、腰を落としたままの姿勢のマウリシオ。
そのマウリシオに向けて放ったアラタの左ストレートは、青く輝く結界によって完璧に阻まれた。

「俺は青魔法使いだぞ!闇だけが武器だと思ったか!?」

この時、マウリシオの言葉通り、アラタは闇にだけ目が奪われ、マウリシオが青魔法使いであるという事は失念していた。
自らの失態に気付いたアラタの動きが一瞬止まり、その隙にマウリシオはアラタの周囲の闇を動かした。

「くそッツ!」

再び闇に掴まれると思ったアラタは、すぐにその場を飛び退こうと床を蹴ったが、右足首を闇の触手にからめ捉られてしまう。

「しまっ・・・!」
「叩き潰してやらぁぁぁーーーッツ!」

マウリシオの叫びに合わせるように、闇の触手はアラタの右足を持ち上げる。
足を掴まれ体ごと空中に振り上げられたアラタは、予想しうる衝撃に備え、とっさに両手で抱え込むように頭を護った。

次の瞬間アラタの体は、まるでハンマーでも叩きつけるかのように振り下ろされ、全身を床に強く打ち付けられた。

「ぐぅッツ!」

その威力は石造りの床を砕き、アラタの体をめり込ませる程のものだった。

「まだまだまだぁーーーーーッツ!」

一撃だけで終わらない!二度、三度と、何度もアラタを振り上げては叩きつける!

地震かと思わせる程に足場を揺らし、砕けた床石が飛び散る。
その中で、壊れた人形のように力無く振り上げられ、一切の容赦もなく叩きつけられていくその様に、動きを封じられながらも、リーザはその身をよじりながら声を上げた。


「アラターーーーーッツ!」

「フハハハハハ!どうした!?もう死んだのか!?」

最後に一度、これまでより高くアラタを振り上げ、止めとばかりにより勢いをつけて床へ叩きつけると、そのまま右足に闇の触手を巻き付けたまま、逆さづりにしてアラタを自分の目の前に運んだ。

ぐったりとして、力無く顔の横で垂れ下がった両手、そして真っ赤に染まったシャツが、アラタのダメージがどれほどなのか物語っていた。

「アラタ!起きろ!お前はエリザ様が見込んだ男なのだろう!?その程度で死んでるんじゃない!」

「フハハハハ!リーザよ、人の心配より自分の心配をしたらどうだ?次はお前がこうなる・・・」

リーザの必死の呼びかけに顔を向け、充血した目で横たわるリーザを見下し嘲笑したその時、マウリシオの耳が確かに聞いた。

「・・・まだ、10カウントじゃ・・・ねぇぞ」

か細いその声に反応し、マウリシオが顔を正面に戻すほんの一瞬の間に、アラタは自由の利く左足に光を集め、右足首を掴んでいる闇の触手を蹴り付け消滅させた。

「なんだと!?」

闇の触手を蹴り付けた衝撃を利用し、体を捻り着地すると、驚愕の表情を浮かべているマウリシオに向かい、アラタは光を集中させた右の拳を真っすぐに突き出した。



くっ!この野郎!あれだけ叩きつけられて、まだ動けるのか!?
しかし、惜しかったな!
お前の光の拳が俺の闇を打ち砕ける事は分かった。だが、それは光と闇の相性の問題だろう?
事実、貴様の光の拳は、青魔法使いとしての俺の結界には通用しなかった!
ならば貴様がいくら拳を振るおうと、同じことの繰り返しだ!


マウリシオの前に、青く輝く結界が張り巡らされそうになったその時・・・・・

「ヤァァァァァァーーーーーッツ!」

突然背後から聞こえた声に、マウリシオの注意が一瞬逸らされる。

「!?貴様ッツ!」

振り返ったマウリシオの目に映ったものは、両手に持った剣を振り被った第一王子マルスが、マウリシオに向けてその剣を振り下ろすところだった。

「なに!?」

突然の乱入者に、アラタの拳が止まった。
マウリシオの注意が逸れた事で、その拳をマウリシオに撃ち込むことはできる。
だが、このまま殴り飛ばせばマルスさえ巻き込むからだった。



「・・・え!?」

マルスの振り下ろした剣は、マウリシオの左の肩を斬り付けた。
だが肉を斬り裂くはずのその刃は肩口で止まり、マウリシオの体に僅かばかりも食い込むことはなかった。

剣で人を斬れない。それはマルスの常識ではありえない事だった。
驚きのあまり言葉を失うマルスを、マウリシオは哀れみさえ浮かぶ目で見つめ溜息を付いた。

「はぁ~、マルスよ、お前は本当に・・・・・」

「ッ!?よせ!やめろーーーッツ!」

マウリシオがマルスの胸に右手を当てると、何をするか気付いたアラタが声をあげ止めに入ったが、一歩遅かった。


「馬鹿だなぁぁぁぁぁーーーーーッツ!」


闇の波動がマルスの胸を撃ち、その体を宙に飛ばした。
その口から吐き散らした血が、砕かれた胸から噴き出る血が、赤い雨を降らせる。

「お兄様ーーーーーッツ!」

兄がマウリシオに撃たれた瞬間を見たエリザベートが、目を見開き絶叫した。

「マルス様ーーーッツ!」

リーザもまた声を上げる。
自分の使える王妃、アンリエールの息子が撃たれたのだ。リーザはその怒りに身をまかせ、マウリシオの闇の拘束を引き千切ろうと力の限り体を振るう。


「フハハハハハ!大人しく引っ込んでおればよかったものを!所詮貴様は妹にも劣るお飾りの王子なん・・・!?」


高々と飛ばされたマルスが、頭から真っ逆さまに落下してくる。
そのまま落ちれば頭蓋が砕け、無残な姿をさらしていただろう。

だが、そうはならなかった。
深い黒色の生地に茶色のパイピングをあしらったクインズベリー国、黒魔法使いのローブが風に揺れる。
肩よりも長い金色の髪、一見すると少し線が細く見えるが、その実は魔法使いとは思えない程に鍛え上げられた体。
そして、ややたれ目がちなその男が、一陣の風と共に現れ、マルスを抱きとめたからだ。


「・・・ひどいな」

血まみれのマルスを見て、男は眉を寄せ一言そう呟くと、その胸に手を当てた。
淡い光がマルスを包み、その傷を癒し始める。

「・・・貴様・・・バリオス!」

突如現れ、瀕死のマルスを救ったその男は、レイジェスの店長バリオス。

自分に向けられたマウリシオの鋭い声に、バリオスも視線を向けた。


「・・・正体を見せたか」
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