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488 王女の決断

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よし!このまま一気に決める!

トレバーを殴り飛ばしたアラタは、拳に残るその感触に確かな手ごたえを感じた。

闇の波動を弾き飛ばした時も、アラタには自信があった。
自分の光の拳なら、この闇に対抗できる・・・いや、打ち勝つ事ができる!

そしてその自信は今の一撃で確信へと変わった。

殴り飛ばされたトレバーを追いかけるように、アラタは着地するなり、もう一度強く地面を蹴って飛んだ。

自分の光の拳はトレバーの闇を上回っている。
それは確かだった。

しかし、アラタには一つだけ懸念があった。

それは時間である。
おそらく3分・・・3分を過ぎても光の力を使い続ければ、マルコスと戦った時と同様に、戦闘の後、自分は指の一本も動かす事ができなくなるだろう。

この戦いに挑むにあたって、アラタはレイジェスのみんなと約束をしていた。
3分という限られた時間で、偽国王を倒す。
そのために力を温存してここまで来た。

しかし今、このトレバーと戦えるのは自分しかいない。
ならばできるだけ早く、トレバーを倒さなければならない。
ここで時間を使い切るわけにはいかない。

「うぉぉぉぉぉぉぉーッツ!」

殴り飛ばしたトレバーに追いつくと、アラタは光輝く左の拳をトレバーの右脇腹にめり込ませた。

「ぐはぁッツ!」

トレバーの顔が苦痛に歪み、うめき声が漏れる。

「シッ!」

腹への一撃でトレバーの体が前に折れると、間髪入れずにアラタの右のショートアッパーがその顎を撃ち抜いた。

光の拳が当たった箇所は、まるでその体を散らすかのように、闇の瘴気が霧散していく。

「オォォォォォッツ!」

連打!アラタは左右の拳をトレバーの体に撃ち込んでいく。
胸に腹に、止まらないアラタの光の拳を、トレバーは防御すらできないまま棒立ちでくらい続ける。

「ラァッツ!」

左フックがトレバーの右の頬を撃ち抜いた。首がねじ切れるのではと思える程、頭を激しく左に振られ、ダメ押しとばかりに右アッパーで顎を撃ち上げる。

足が浮く程の威力。
身体中から闇の瘴気を撒き散らし、トレバーは力なくその背中を地に付けた。

「・・・ふぅ・・・」

軽く息を付いて、アラタは両手の光を消した。
ボクサーであるアラタの体感では、ここまででおよそ10秒。
残り2分50秒が、光の力を使える活動限界である。

偽国王の力がどれほどのものか測りかねる今、これ以上時間を使う訳にはいかなかった。

倒れるトレバーを見下ろすと、もはやとても戦える状態には思えなかった。
10秒とはいえ、闇の天敵とも言える光の拳で滅多打ちにされたのだ。そのダメージは甚大である。

さっきまで体から溢れていた闇の瘴気も急速に勢いを衰えさせ、体が一回り縮んだかのようにも見える。

だが、まだ生きている。

僅かに残っていた顔の右半分の人の皮も、今の攻撃ではぎ取られ、もはや全身が闇に染まっていたが、不思議と目や口、輪郭は残っていて表情が分かる。

そこから読み取れる情報で、もう虫の息という事は察せられたが、すでにトレバーは人ではない。
人間であればこのまま放置しても害はないだろう。
だが、相手は人ではなく闇なのだ。

「・・・エリザ様、どうしますか?このまま放っておいても、回復してまた襲われる危険はあります。多分あと一発叩きこめば殺せるでしょう・・・」

トレバーという名前を聞いて、アラタは思い出した。
この男がエリザベートとの婚約者になる予定だった男だと。
エリザベートはこの男を嫌がっていた。婚約も断るという事で話していたし、それは確実だ。

だが、さっき大穴を調べた時、エリザベートが見せた悲し気な表情。
この闇の主は知っている人だと思う。そう口にしたエリザベートは、おそらくトレバーと考えていたのではないだろうか。


婚約はしないにしても、少なからずの情はあったのではないだろうか?
このトレバーという男と言葉を交わし、接してきた時間に、楽しかった事の一つも無かったわけではないのだろう。

そう思いいたったアラタは、酷かもしれないがエリザベートに生殺与奪の判断をゆだねた。

アラタは誰かの命を奪った経験はない。
例え闇だとしても、トレバーは元は人間である。姿形も人のものである以上、ここでトレバーの命を奪えば、殺人という意識は間違いなくアラタに残るだろう。

数か月前まで日本人として生きていたアラタには、重いものだった。


「・・・アラタさん」

エリザベートの表情には、あきらかな迷いが見て取れた。
エリザベートは、もしアラタが問答無用でトレバーに止めを刺していれば、責める事はしなかった。
しかたがない。これは戦いなのだと自分に言い聞かせ、それで終わりにしていたであろう。

だが、自分の一言でトレバーの生死が決まる。
この責任に、エリザベートは迷った。
ズルイ考えかもしれない。しかし、当然と言えば当然の考えとも言える。

「エリザ様、この男がエリザ様の婚約者になったかもしれない男なんですよね?だから、俺は自分の判断だけで止めはさせません。でも、覚悟は決めました。この世界でいきていく以上、こういう事もしなければいけない。協会でマルコスと戦って、一度は死んで・・・分かったつもりです。だから、エリザ様の判断を聞かせてください。俺も・・・俺も一緒に背負いますから」


エリザベートの迷いを察し、アラタは自分の考えを口にした。
それはここでトレバーを殺すべきと、そう言っていると同然の言葉だった。

ここで、エリザベートが並の王女であれば、逃げていたかもしれない。
口をつぐんで黙っていれば、そのうちアラタが意図を読んで行動してくれる。
そういう考えもできた。

だが、エリザベートは王女として決断した。

「アラタさん・・・闇である以上、ここで絶たねばなりません。トレバーに止めをお願いします」


一つ呼吸をついて、そう発したエリザベートの目は、確かな意思、決断した覚悟が見えた。

その眼差しを受け止めて、アラタは黙って頷いた。

そして右の拳に光を宿すと、倒れているトレバーの胸にその拳を叩きこんだ。
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