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484 王妃の威厳

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「・・・ローザ、待たせたな・・・いけるぞ!」

レイマートの体からは充実した闘気が漲っている。
それはゴールド騎士にも引けをとらないものであった。
そしてその右手は最も闘気が満ち溢れ、眩い程に輝き空気を震わせていた。

「はぁ、はぁ・・・本当に、待ったわ・・・ふぅ・・・・・いい?ここまでアイツの攻撃を受けて一つ分かったわ。連続して撃ってるけど、だいたい五つ数えるくらいの感覚なのよ。つまり、アイツは五秒に一発しか撃てない可能性が高いわ。次の波動を止めたら行きなさい。いい?五つ数える間に仕留めるのよ?」

額に玉のような汗を浮かべているが、その目は力強く、レイマートを信じここまで耐えて来た様子が窺えた。

「分かった・・・五秒でケリを付ける」

レイマートが腰を低くし、その意識全てを前方に向ける。
狙うはトレバーの首。不死身のような回復力だが、頭を無くして生きている生物はいない。

この一撃で決める!
この一撃に全てがかかっている!

レイマートの目が鋭さを増し、その集中力が臨界点に達したその時、闇の波動がローザの結界に直撃し爆ぜた。

「ぐっ!今よ!」

地震でも起きたかのよう衝撃に結界ごと足元を揺さぶられるが、レイマートは揺れなどものともせず、ローザの掛け声と同時に結界から飛び出した。





弱みを見せず、気丈にここまで耐えたローザだったが、すでにその魔力は限界だった。
この五秒でレイマートが必ずトレバーを仕留める。
それだけを信じここまで気力を振り絞った。

そしてその役目を果たしたローザは、立っている事もできずその場に座り込んだ。
魔力の限界を教えるかのように結界も解ける。

「・・・た、頼んだ・・・わよ」

精も魂も尽き果てようとしているが、それでもこの戦いの決着だけは見届ける。
残った意地で顔を上げ、ローザはレイマートの背中を目で追った。




「レイマァァァートォォォォォーーーッツ!」

それから先の攻防は時間にして僅か五秒という短いものだった。

自分に向かって一直線に駆けて来るレイマートに、トレバーもまた照準を合わせていた。

ローザが張った結界に向けて、闇の波動を撃ち続けてトレバーだったが、結界内で高まっていくレイマートの闘気は当然察知していた。

そして、ただ黙って終わるはずがない。
なにかを仕掛けて来る。

それは予測して当然の事であった。



レイマートよ。
このタイミングで突っ込んで来るという事は、闇の波動の間隙を縫ったという事だな?
つまり次弾を撃てるまでの時間、およそ五秒に感づいたというわけか?

貴様かあの青魔法の女かは知らんが、戦いの中でよく見抜いたな?
だがな!読まれる事を俺が読んでいたとは考えなかったのか?
貴様がこうして特攻をかけて来る事は、この俺の予想の範囲内だったという事だ!

「なめるなレイマァァァァァートォォォォォォーーーーーーーッツ!」

左腕をレイマートに向けると、闇の集合体とも言えるトレバーの深く黒い手から、五本の指が鋭く伸びてレイマートに襲い掛かった!

「むっ!?」

「闇の波動しか攻撃手段がないと思ったか!?くたばれレイマァートォォォーーーーッツ!」

襲い掛かる闇の指は、数メートルまでの距離に迫ったレイマートの眼前に一瞬で迫った。
レイマートの目に映るそれは、レイマートの纏う闘気を貫ける程の威力を持っていると一目で分かった。



どうする!?
この右手を使わねば死ぬ・・・だが、この右手でなければトレバーは討ち取れない・・・

ならば道は一つ!
トレバーの攻撃を全て受けた上で、右手を叩きこむ!

ローザ・・・アンリエール様・・・レミュー・・・あとは頼むぞ!

「ウォォォォォォォーーーーーーッツ!」

レイマートの覚悟が気力を高め、更に加速してトレバーの指に自ら突撃しようとした瞬間、レイマートの隣に並ぶ影があった。

金色の長髪をなびかせ、剣を構えるその男はレミューである!
レイマートと同じく闘気を全身から漲らせ、トレバーに向かい特攻を仕掛けている!

それはほんの一瞬だった。
視線を合わせた・・・いや、視線がすれ違った程度の一瞬だった。

だが、まだ年端もいかない頃から共に騎士団で厳しい訓練を積み、共に汗を流し、共に笑い共に泣いた二人だからこそ、その一瞬にも満たない時間で通じ合った。

今この時、レミューが隣に並んだと言う事は、レミューが道を作るという事!

レイマートはレミューを信じ右手を構えた・・・それはトレバーの闇の手に向けたものではない!

トレバーの首を取るための構え!



「オォォォォォーーーッツ!」

闘気を纏ったレミューの剣が、トレバーの5本の指を一太刀の元に全て斬り落とした!

「なにッツ!?」

すでに戦闘不能だったレミューの驚異的な復活の早さ、そして闇の手を斬り落とされた事で、トレバーに動揺が走る!

「いけぇぇぇぇぇーーーッツ!レイマートォーーーーッツ!」

役目を果たし、レイマートに繋げたレミューが喉の奥から声を張り上げた。
動揺したトレバーは、向かってくるレイマートを迎撃するための動きに、一手遅れがでる。

もはやゴールド騎士の領域に入りつつあるレイマートを相手に、それは致命的な遅れだった。

「終わりだ!トレバーーーーーーッツ!」


それは万が一剣をうしなった時の戦闘手段として、レイマートが長い年月をかけて編み出した必殺技だった。

騎士団でもごく親しい者しか見た事のない、レイマートの切り札。
それは獅子が鋭い前足を振るい、獲物を切り裂く様に似ている事からこう呼ばれていた。


レオンクロー


「くッツ!」

その手の平は獅子の前足を彷彿させるように、爪が立てられていた。
凄まじい闘気を纏ったレイマートのレオンクローが、トレバーの首を刈り取るように迫りくる!

トレバーも分かった。
これをくらえば死ぬ!

まだトレバーの肉体は全てが闇に変わったわけではない。
頭や胴体は生身を残している。
その状態でレイマートのレオンクローには耐えきれない!

「ウォォォォォォォォォーーーーッツ!」

雄叫びはトレバーの覚悟!

頭も胴体も生身を残している以上、どちらも致命傷になるだろう。
だが、どちらか比べた時、胴体で受けた方が生き残れる確率は高いのではないだろうか?

そう判断したトレバーは、後方に飛び退きながらも首を仰け反らせ、まるで差し出すかのように両手をレイマートの前に出した。



結果論だが、トレバーの両手はレイマートの顔を遮る事に成功した
トレバーはレイマートとの間合いを開けるため、少しでも距離を稼ぐために両手を前に突き出したのだが、偶然にもそれはレイマートの顔の前であり、それによってレイマートは視覚を封じられる。

そしてほんの僅かでも遠ざけたいというように首を仰け反らせ、その反面打ってこいと言うように胴体は無防備にさらしている。

この時、的が見えていれば、レイマートはトレバーの首を無理やりにでも奪っていた
しかし、視覚を遮られた事で目標を見失ったトレバーは、狙いを変えざるを得なかった

ここでの最悪とは空振りに終わる事。
的の大きい胴体であれば入れる事は可能。ならば打ち込む以外に選択はない。

レイマートは頭上に掲げた右手を、刈り取るように振り下ろした!




「うぐあぁぁぁぁぁぁーーーーーッツ!」

それは削り取ったという表現が適切だろう。
レイマートのレオンクローは、トレバーの左肩から腰までを、言葉通り縦に削り取った。

肩から切断された左腕が地面に転がるが、すでに闇そのものの集合体と化していたその左腕からは、血が出る事も無く、腕の形をした黒いなにかが転がっているようにしか見えなかった。

「はぁッ!はぁッ!・・・どうだ!?」

大技を放ったレイマートは、膝が崩れそうになるが気力で耐えた。
まだ戦いは終わっていない。

予想はしたが、やはりトレバーを仕留める事はできなかった。

しかし、これまで剣で斬りつけた時とは違い、明らかなダメージが見て取れた。
闘気によって削られたトレバーの左半身の傷口からは、闇の瘴気が漏れ出しているが、同時に真っ赤な血も吹き出していた。
そして痛みにもがき地面を転がる姿には、もはや戦意さえも失っているように思えた。

「まだ・・・人間の、生身も残っているという事か・・・ならば!」

剣は後ろに置いてきた。
だが、取りに戻る事はできない。
この状況で敵に後ろを見せるわかにはいかない!

そう判断したレイマートは、再び右手に闘気を集中させた。

今と同じ威力は打てない。
溜めも無い状態では威力はたかが知れている。
だが、それでもトレバーに回復の時間を与えなければ・・・・・

「オォォォォォーーーッツ!」

最後の力を振り絞り駆けだしたレイマート!
そしてそのすぐ後ろに続くのは、闘気を纏ったレミュー!

そう、レミューが止めを刺す!
レイマートはレミューが自分の後に続くと信じていた!
その期待通り、レイマートの心を読んだかのようにレミューは走った!



そしてレイマートとレミューは思い知った

闇とは自分達が思っている以上に強大だったと





レイマートの右の拳が、レミューの剣が、トレバーに刺さろうかとしたその時!

左半身をごっそりと斬り落とされ、転げまわっていたトレバーのその傷口から、闇の瘴気が勢いよく噴き出し、レイマートとレミューの体を掴み空中に持ち上げた!

「ぐぁッ!な、なんだと!?」

「うぐぅ、こ、これは!?」

自分の意思とは無関係だったのだろう。
一瞬遅れて、自分の左半身から噴き出る瘴気に気が付き、トレバーが顔を上げた。

「・・・ふっ・・・はーはっはっはっは!そうか!闇は俺をかってに護ってくれるのか!惜しかったなぁ!レイマート!レミュー!いいところまでいったが、最後に勝つのはこの俺だぁぁぁぁーーーッツ!」

高笑いをするトレバー。
レイマートとレミューは何とか闇から脱出しようと闘気を発するが、闇の瘴気は二人の闘気を上回る強さだった。

「ここまでだ・・・まぁ、よく戦ったよお前らは・・・死ね」

残った右手を空中に捉えている二人に向ける。
それはつまり、闇の波動を撃つための時間が過ぎたという事だった。


「待ちなさい!トレバー!」

今まさに闇の波動が二人に向かって放たれようとしたところで、アンリエールが声を上げた。


「・・・アンリエール」

左半身から噴き出る闇の瘴気は、そのままトレバーの体も浸食して、すでに顔の左半分も深く黒く染まっていた

「なんだ?こいつらを殺した後でゆっくり相手をしてやるから、大人しくしていろ」

歪んだ笑みを浮かべそう話すトレバーは、もはや完全に人ならざる者へと変わっていた

「・・・トレバー、私を連れて行きなさい。一切の抵抗はしません。ですがレイマートとレミューは離しなさい」

左半身から闇の瘴気を噴き出し、その体を闇そのものへと変えているトレバーを見て、アンリエールは僅かに悲しみの目を向けた。
だが、すぐに感情を振り払い、毅然とした態度でトレバーの前に立つ。

「・・・アンリエール、俺に交渉できる立場か?戦えない白魔法使いのお前が、今の俺と対等に話しができると思ってるのか?その気になれば、お前なんて一撃で殺せるんだぜ」

そう言って、トレバーは体から滲みでる闇の瘴気をアンリエールに向ける。

しかし、今にもアンリエールの肌に触れそうになった闇の瘴気が、寸前で動きを止める。


「・・・本能、というものでしょうか?よく止まりましたね。私が本気を出せば、あなたを道連れにする事は可能なのですよ?」

「てめぇ・・・アンリエール!」

アンリエールの秘めた力を察し、トレバーの闇の瘴気は動きを止めた。
もし触れていれば、ただではすまなかっただろう。
動揺したトレバーにたたみかけるように、アンリエールは口を開き鋭く言葉を発した。

「さぁどうします!レイマートとレミューを離し私を連れて行くか、それともここで私と共に死ぬか!選びなさいトレバー!」

自分よりはるかに大きく、凶悪な闇の瘴気を放つトレバーを睨み付けるアンリエールは、一国の王妃としての威厳に満ち、トレバーを圧倒した。


「・・・いいだろう。国王から生死は問わないと言われている。このままお前を連れて行っても、俺は役目を果たした事になるからな」

少しの逡巡の後、トレバーは左半身からの闇の瘴気で掴まえているレイマートとレミューを下に降ろした。

「ぐっ、ゲホッ!ゴホッ!お、王妃、様・・・い、いけません!私、たちの事は・・・」

「ゲホッ!はぁ、はぁ・・・そ、そうだ!行っては、駄目です!」

レミューとレイマートが息を切らしながら、なんとか体を起こし、懸命にアンリエールに呼びかける。

そんな二人に、アンリエールは小さく笑って見せた。


「レイマート、レミュー・・・よいのです。あなた方のような騎士がこの国に仕えてくれた事を、私は誇りに思っております」

そう話すアンリエールの体に、トレバーの闇の瘴気が絡みつく。

「おしゃべりは終わりだ。さっさと行くぞ」

胴体も両足も黒く染まったトレバーの姿は、もはや顔の右半分しか人の皮が残っていなかった。

その体を宙に浮かすと、天井に向かって闇の波動を放つ。
爆音と共に天井には大穴が空き、埃と砕かれた石が降り注いでくる。


「ふははははは!命拾いをしたな!貴様らはそこで王妃を守れなかった己の無力を噛みしめているといい!はーはっはっはっは!」


天井に開けた大穴へ入りその姿を消したトレバー。
レイマートもレミューも闇の瘴気に締め上げられたため、痛みと痺れで体が動かずアンリエールの後を追う事ができなかった。

「くっ!トレバーーーーーーッツ!」

「絶対に許さんぞーーーーーッツ!」


皮肉にもトレバーの言葉通り、二人は己の無力さに心を抉られ、ただ叫び声を上げる事しかできなかった。
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