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470 マルゴン 対 フェリックス

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肩から胴体を覆う厚みのあるダークブラウンのボディアーマー。

肘から手首、膝から足首にかけても同素材のプロテクターを装備されている。
右手には、治安部隊の大振りのナイフが握られていた。

身長はフェリックスと同じ160cmも無いくらいに見えるが、筋肉の塊と言っていい程の体の厚みは雲泥の差だった。

口元に笑みを浮かべているが、フェリックス見据える眼差しは鋭い。

短く刈り込んだ黒髪と男らしさを表す太い眉、チョコレート色の肌。

マルコス・ゴンサレスは、投獄前と変わらぬ姿で現れた。




「マ、マルゴン!ど、どうしてここに!?」

フェリックスだけではない、戦いを見守っていたアラタも驚きのあまり声を上げた。

「お久しぶりですね。サカキ・アラタ、あなたもヴァンを助けようと飛び出しそうになっていましたが、いけませんねぇ。ゴールド騎士のフェリックス・ダラキアンを相手にして、力を使い果たすおつもりですか?やらねばならない事があるのでしょう?」

マルコスはにこやかな表情を崩さず、まるで子供に言い聞かせるような優しい口調で話し出した。

「王女様、フェリックスの相手は私がやりましょう。ヴァンとフェンテスから離しますので、その間に二人にヒールをかけていただけませんか?彼らには、この国を護るという役目がありますので、このまま失う訳にはいきません」

アラタの後ろで、やはり驚きに目を丸くしているエリザベートに、マルコスは少しだけ頭を下げて言葉をかけた。

「・・・・・分かりました。マルコス・ゴンサレス、色々気になりますが、時間がありません。あなたを信じましょう。フェリックスの相手はお願いいたします」

僅かな時間、様々な考えが頭に浮かんだが、エリザベートはどうする事が最善かを考えた。
そして、マルコス・ゴンサレスを信じるという答えを選んだ。

「お任せください。時間が無いでしょうから、二人へのヒールは、危険な状態を脱するところまでで結構です。サカキ・アラタ、あなたは王女様のヒールが終わり次第、王女様を連れて二階へ上がりなさい。私とレイチェル・エリオットが必ず道を作ります。よろしいですね?」

「・・・分かった。お前の言う通りにしよう」

ここにマルコスが現れるなど、頭の片隅にも考えはなかった。落ち着いた言葉を返したエリザベートも、内心の動揺は大きいだろう。
だが、ヴァンが殺されそうになったところを助けたのは確かにこの男であり、アラタが力を温存しなければならない以上、フェリックスと戦えるのは、このマルコス・ゴンサレスだけだった。

だが、アラタがマルコスに任せようと思った理由は、もう一つあった。

あの日、アラタは騎士団本部の牢に投獄されていたマルコスと言葉を交わした。
いびつだったとしても、マルコスの国を護ると言う気持ちは本物だった。

それを感じたからこそ、アラタはこの場をマルコスに任せる事に抵抗は無かった。

「いい返事です。サカキ・アラタ」

お待たせしましたね、そう呟きマルコスは視線をフェリックスへと戻した。


「・・・まさか、マルコスが現れるとはね。なんでここに?、と聞きたいところだけど、答えてはくれないんだろうね?まぁ、いいか・・・やる気になってるようだし、この国最強と言われた実力を、見せてもらおうか」

言葉こそ軽い感じだったが、フェリックスの全身から放たれる闘気は、ヴァンとフェンテスを相手にしていた時より一層強く、マルコスを前にして本気になった事を理解するのに十分過ぎるものだった。

「その傷、けっこうなダメージに見えますが、ヴァンとフェンテスもあなたに一矢報いた
わけですね。この私を相手に、その傷は大きなハンデかと思いますが、よろしいのですか?」

マルコスは、フェリックスの右肩から左脇腹にかけての斬り傷を指した。
それは、ヴァンの魔道具、反射のナイフによってつけられた傷だった。

「ふん、この程度なら問題はないよ。僕は土の精霊の強い加護を受けているからね。土の寝間着には回復効果があるだろう?その回復の加護をより強く受けていると言えば分かるかな?」

そう話すフェリックスの表情からは、確かに傷による痛みを感じているようには見えなかった。
そして、傷口からの出血はすでに止まっているように見える。


「なるほど、それなら結構。栄えあるゴールド騎士との戦いですからねぇ、できれば私も全力のあなたと戦いたかったのです。では、私を満足させてくださいね」

そう言うなり、足元の床を踏み砕く大きな音が広間に響き渡り、マルコスはまるで大砲から撃ち出された球のように、勢いよくフェリックスへと突っ込んで行った。



それはフェリックスの想定を上回るスピードだった。
一瞬でフェリックスの懐に入り込んだマルコスは、突っ込んだ勢いそのままに、右のナイフでフェリックスの首筋を狙い斬りつける。

だが、マルコスのナイフが首に届く寸前で、フェリックスは幻想の剣を立てて受け止める。

「ほう!」

マルコスは手首を返すと、止められたナイフを滑らせて、そのままフェリックスの右腿を目掛けてナイフを振り下ろす。

フェリックスはこれも右足を後ろに引いて躱すと、引いた動きで体が開いた事を利用し、左拳をマルコスの右の頬に打ち付ける。

だがマルコスはフェリックスの左拳が右頬に触れた瞬間、自分から顔を左に振り、衝撃のほとんどを受け流した。

顔を左に振ったマルコスからは、フェリックスの姿は見えない。
だが、これだけ近ければ見なくても場所は掴める。

マルコスは顔を左に振った勢いを利用し、腰を右後ろに捻りその丸太のような右足を蹴り放った。

狙いは的の大きい胴体。
直撃は難しくとも、マルコスの蹴りであれば防御させるだけでも、相手に十分なダメージを与える事は可能だった。

無論フェリックスもそれは分かっていた。
対峙した時から、マルコスの体から発せられる凄まじい闘気は感じていた。
そして一目でわかる鍛え抜かれた体。
一撃でも受ければただではすまない。

マルコスの蹴りは、申し分のない間合い、そしてタイミングだった。
躱す事は不可能。フェリックスの選択肢は受ける事しかなかった。

だからフェリックスは両腕を盾にマルコスの蹴りを受け、その衝撃が体に伝わる瞬間に自ら後ろへ飛んだ。マルコスの蹴りの衝撃を受け流し無効化する刹那のタイミング。

蹴り込んだ足に伝わる衝撃の軽さから、マルコスも受け流された事を瞬時に理解した。

数メートル後方に軽やかに着地したフェリックスは、腕に付いた砂を払いながら、余裕を見せるようにマルコスに笑いかけた。

「さすがだよ。ただの怪力自慢じゃないみたいだね、まさかアルベルト以外に僕とここまでやれるヤツがいるなんてね」

マルコスもまた、ゆっくりと足を下ろしフェリックスに体を向けると、左腰に付けた鞘からナイフを抜いて左右二刀になる。

「あなたも大したものですよ。技量では私と互角でしょうかね、本当に素晴らしい。ですが、最初のコンタクトは私の勝ちですね」

にこやかな笑みを浮かべるマルコスに、フェリックスは言葉の意味が理解できずに眉をひそめた。


「王女様!御覧の通りフェリックスを二人から離しました!さぁ、回復をお願いします!」

マルコスは振り返らずに声を上げた。
マルコスの後方に立ち、タイミングを伺っていたエリザベートは、その声が聞こえるなり走り出した。

数メートル離したとはいえ、フェリックスにとってそれは一瞬で埋める事のできる距離。
睨み合うマルコスとフェリックスは、お互いに射程圏内である。

この距離は依然危険帯である事に変わりはない。
戦闘力のないエリザベートが巻き込まれれば、一瞬でその命を散らす空間。

ではなぜマルコスが、この状況でエリザベートを呼んだか?
一つは、ヴァンとフェンテスの体力がこれ以上持ちそうになかったからである。
今すぐにヒールをかけなければならない。マルコスの判断だった。

そしてもう一つ・・・・・


エリザベートがヴァンとフェンテスの間に膝を着き、二人の体に触れて同時にヒールをかける。
淡い光が二人の体を包み、その傷を癒し始める。

そしてエリザベートがヒールに入ったその瞬間、フェリックスは幻想の剣をかかげ、マルコスに迫った。

「ほう!これはこれは、なかなかの踏み込みですね」

「・・・へぇ、このスピードに付いてこれるんだ?」

振り下ろされた幻想の剣を、マルコスは左のナイフ一本で受け止めていた。
そして力を込めてフェリックスを押し返すと、マルコスはまたも笑顔で口を開く。

「技量はなかなか素晴らしいものを持っていますが、パワーが足りません。その程度では私の守りは抜けませんねぇ」


そしてもう一つ・・・・・
マルコスはフェリックスの攻撃を全て受け止める、絶対の自信があったからに他ならない。
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