上 下
452 / 1,277

451 余力

しおりを挟む
「やる気を出せと言っても、やる気のある人間は言われなくてもだすからな。ミゼル、お前にやる気がない以上、俺が無理に教える事は無い」

「え、店長、それって俺を見捨てるって事ですか?」

そりゃ確かに訓練にはいまいち力が入っていないけど、見捨てられるのはさすがに困る。
そもそも俺が面倒くさがりなのは店長も知ってるだろう。
それを今更つけ放されても・・・・・

「ははは、見捨てるなんて事はしないさ。今まで通りだよ。ただ、訓練はやる気になるまでやらなくていい。ミゼルの気が向いたらその時にやろうか」


今思えばずいぶん自分勝手な言い分だったが、店長はそんな俺にも変わらず接してくれた。

その日から俺は魔法の訓練をしなくなった。
レイジェスの仕事だけやって、訓練はしないで酒を買って家に帰る日々。

そもそも、俺は戦いをしたいわけじゃない。店長が俺を拾ってくれた事には感謝している。
色々隠し事も多いけど、その人間性は尊敬もしている。
けれど俺は金がほしくて働いているわけで、魔法を覚えて戦いたいわけじゃない。

だから、店長がどういうつもりで魔法を教えてくれのか分からないけど、乗り気でないにはそれなりの理由もあるんだ。






「・・・ぐぅっ・・・ははは、甘えていた報いだな・・・帰ったら・・・店長に鍛えて・・・もらわねぇと・・・な」

俺は自分の左腕に深く突き刺さるナイフを見ていた。
腕を貫通して、真っ赤な血に濡れた刃先が目に映る。危なかった・・・なんとか間に合ったが、タイミングがずれていたら、胸を抉られていただろう。


一人、倒しきれなかった。
俺が体に纏う灼炎竜に躊躇なく飛び込み、炎に焼かれながら体ごと俺にぶつかってきた。

行動不能になるまで襲ってくる・・・・・痛みを感じない分身体だからできる事だ。
一瞬で炭になるほどに焼き払わなければ、これほど体が焼かれても向かってくるのか。

俺の左腕にナイフを突き立てたクアルトの分身体は、焼かれながらも表情一つ変える事はない。しかし力尽きたのか、ナイフから手が離れるとその場に膝から崩れ落ち、二度と立つ事は無かった。


「・・・はぁ、はぁ・・・くそっ!こんなに、痛ぇのか、よ・・・」

左腕の刺さったナイフを引き抜いて投げ捨てる。血が勢いよく流れ出るが、まだ戦いは続いている。
クアルトから目を離す訳にはいかない。


「へぇ、なかなか気持ちが強いんだね?まぁ、頭か腹を狙ったんだけど、結局腕だしね。戦意も衰えて無さそうだ」

全ての分身体を灰にすると、クアルトが両手を叩き合わせてにこやかに、楽しそうな声を出した。

「・・・ふん、このくらいで・・・俺達は命懸けてきてんだ!なめんなよ!」

痛みで額から汗があふれ出て来る。だが、傷薬を塗る余裕はない。
さっき俺がクアルトを待ったように、クアルトが俺を待つ保証はどこにもない。
視線を切った瞬間、なんらかの攻撃を受ける可能性は十分ある。

しかし、このまま放置すれば、もって数分のうちに、出血多量で戦闘不能になるだろう。
動けるうちに決着をつけなければならない。

最悪相打ちでも構わない。
俺は残りの魔力を全開し、灼炎竜の力を高めた。


「へぇ・・・まだ灼炎竜でくるの?」

「俺は炎が得意なんでな・・・俺の弱点に気付いたようだが、分身体を失ったお前にまだ勝ち目はあるのかな?」

「・・・これならどうかな?」

クアルトの様子から、まだ何かあるだろうとは思っていた。
手の内を全て出したとは思えない余裕が見えたからだ。

だが、それは俺の予想の範囲をはるかに裏切っていた。


さっきの倍は優に超えているであろう、数十人の分身体がズラリと並び立ち、同じく全員が俺に向けナイフを構えた。


「・・・てめぇ、一体何人出せるんだよ?」

「魔力が許す限りだ。試した事はないが、百は軽く出せるだろうな。ここが狭い室内で良かったな?」

「なにっ!?」

俺だって魔法使いの端くれだ。自分で使った事はないが、この実体を作り出す魔道具に、どれほどの魔力を使う想像はできる。

・・・これだけの数を出して、まだ余力があるというのか・・・?


「さぁ、おじゃべりはお終いだ・・・その出血でどこまでやれるか見せてもらおうか!」


クアルトが俺に指先を突きつけると、数十個もの殺意を持った目が一斉に俺に向けられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

処理中です...