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436 拳の使い方

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アラタが協会から帰って来て、仕事に復帰したある日、アタシはミゼルがまたお酒でクリスさんに迷惑をかけたと聞いて、ミゼルの腹にパンチを食らわした。

クリスさんの宿屋はランチもやっている。
昼はキッチンモロニーに行く人が多いけど、アタシはどちらかと言うと、クリスさんのところのランチが好きだ。レイジェスではアタシが一番行っていると思う。

だからなのか、アタシが行くとクリスさんはよくサービスしてくれるのだ。
ポテトサラダがおまけでついたり、ハンバーグに目玉焼きが乗っていたりする。

ご飯につられた訳ではないが、優しいしクリスさんがアタシは大好きだ。
だからミゼルが迷惑をかけたら、アタシはとりあえず腹にパンチしてお説教をする事にしている。

その日もいつも通り、店の裏でお腹を押さえてうずくまるミゼルに、アタシは、もうクリスさんに迷惑かけないように、と言って売り場に戻った。

すると、一部始終を見ていたらしいアラタが、ちょっと引いた感じで話しかけてきたのだ。

「あ、あのさユーリ、キミってなんか分からないけど、魔法使いなのにやたらパンチ重いじゃん?ミゼルさんやリカルド、たまに俺にも腹パンチしてくるけど、手加減しないと本当に怪我するからさ、ちょっと気を付けてほしいかなって」

「ヒールかけるから大丈夫」

「いや、そうじゃなくて、そもそも殴るのやめたらいいんだよ」

「殴られる事をしなければ殴らない」

アラタは本当に困った顔をしていた。
言ってる事はよく分かる。アタシも嫌いだから殴っている訳ではない。
ただ、これが手っ取り早いのだ。

しかし、殴る上でちょっとだけ困っている事がある。
殴り方が悪いのか、自分の手も痛いのだ。拳だけでなく、手首が痛くなる時もある。
フルスイングした時なんか、腰も痛くなった。

「・・・アラタ、交換条件」

「え?・・・・・何?交換、条件?」

「アラタは拳で戦うスペシャリスト。アタシに正しい殴り方を教えてほしい。代わりにアタシは手加減すると約束する」

アラタは目を丸くして、しばらく固まっていた。

「・・・正しいパンチの打ち方を覚えれば、そりゃ怪我はしにくくなるよ。それに威力も上がる。つまりユーリの攻撃力がアップするわけだ。それで手加減って言っても・・・ねぇ?」

「駄目なら力任せに全力で殴るだけ。ミゼルのアバラは粉々になる。アラタのせいだからね」

「ちょっ!待て待て待て!なんでそうなる!?俺関係ないじゃん!」

「教えないアラタが悪い。教えてくれたら怪我しない程度に殴るし、できるだけ骨は狙わないと約束する。アタシも手を傷めないし、ミゼルもリカルドも怪我はしない。アラタも共犯者にならない。みんなハッピー」


アラタは、なんだよそれ!?、と全く納得してなかったけど、結局渋々とアタシに正しいパンチの打ち方を教えてくれた。

そしてパンチには色んな種類があると初めて知った。
相手を牽制しつつ攻撃の起点にする左ジャブ、そして・・・・・

「これが右ストレート・・・うん、今までとは比べ物にならない確かな手応え」


アタシは自分の右拳を見つめる。
今朝アラタが手に巻いてくれたのは、白い包帯だ。なんとかって正式な名前も言っていたけど、覚える気は無かったから知らない。

グルグルと拳のでっぱったところや、手首を重点的に巻いたので、そこだけゴツゴツとしている。なんでも拳を傷めないように保護する役割があるらしい。

そのせいでポケットに手を入れられないのが不満だけど、なるほど、確かに今の全力パンチでも手が痛くない。

【ユーリ、見栄え悪いかもしれないけど、どうせ殴るつもりだろ?ならこれは巻いた方がいいから】

諦めた顔でアタシの手に包帯を巻くアラタを思い出した。

最初はなんだこれ?と思ったけど、この手応えは素晴らしい。
アラタ、気が効くじゃん!と心の中で褒めておく。




「これの、どこが・・・白魔法使い・・・ぐッ!」

体を起こそうと右手を床について力を入れると、激しい痛みに思わず、声を出してしまった。

あまりの痛みに、左手で右の袖を捲り上げると、肘の下が赤紫色に変色して腫れてきていた。
痛みの原因を視認すると、どんどん痛みが増してきて、額から嫌な汗もにじみ出て来た。

「・・・折ったと言うのか?あの小娘の拳で!?」

いくら私が魔法使いと言っても、相手も魔法使い。しかも女だ。
ただの一発で私の腕をへし折るなど、一体どういう事だ?やはり体力型ではないのか?

様々な疑問が頭をよぎるが、まずはこの窮地を脱する事だ。

私は痛む体をなんとか起こし、残った左手に魔力を込めた。


「・・・あの狙いすましたタイミングで私の懐に飛び込んで来た思い切りと判断力、最初から全力でいくべきだったな。油断していたつもりはないが、心に隙があったようだ。この右腕の負傷は、自分を戒める一撃として受け入れよう。そしてその女が体力型か魔法使いか、気になるところだが正体はどうでもいい。魔法も使える体力型という目で見ればいいだけだ」


私の言葉を受け、女が再び私を小馬鹿にしたように溜息をつく。

「受け入れようとか、何カッコつけてんの?自分の怪我だよね?受け入れるしかないよね?それと、アタシは白魔法使い。さっきも言ったでしょ?本当に馬鹿なの?」



「・・・大した口を利く女だ・・・」

左手の人差し指に魔力を込め、天井に向けて放つ。
それは女の頭上で高密度のエネルギーとなり、バチバチと音を立てて爆ぜる。


これが私だけの黒魔法 いかづちだ。


なぜ我がバルデス家が数百年に渡り、クインズベリー城の守護神とまで言われるお役目を培ってこれたか。
単純に魔力が高いからだけではない。
火、氷、風、爆、これら四つの黒魔法以外にもう一つ、雷。

バルデス家の祖先が作り出したこの雷を、代々受け継ぎ国のために使って来たからだ。

魔道具で雷の指輪なる物もあるが、制御が難しく、まともに仕えた者は歴史上少ない。
そして雷の指輪はあくまで指輪から魔力を発揮する物だ。

私のように、魔力を飛ばし雷を落とす始点を決めて、頭上から落とすという事はできない。

この黒魔法雷があるからこそ、我がバルデス家は今日まで四勇士でいられたのだ。

「今度こそ雷に焼かれて死ぬがいい!」


二度目の雷が女の体を貫いた。
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