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428 10月30日 朝

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10月30日 午前4時00分。偽国王と戦う当日。

「・・・あれ、みんなもう起きてたんだ?早いね」

一緒に馬車で城へ向かう事と、夜明け前は家から出る事ができない事を考え、前日の29日も全員で店に泊る事になったのだ。

寝起きは体が満足に動かない。
城内突入は6時だから、俺は2時間前の4時には起きて、しっかり体も起こしていこうと考えた。
多分一番早起きだろうと思っていたのだが、事務所に入ると女性達はすでに全員起きて、料理をしていたのだ。

「あ、アラタ君!おはよう!あのね、今みんなで朝ごはん作ってるんだ。もう少しかかるから、ゆっくりしててね」

カチュアは俺に気付くと、作ったおにぎりを皿に置いて笑顔を向けてくれた。

「おはよう。すごいな、何時に起きたの?」

「えっと、私は30分前くらいかな、一番早かったのはレイチュエルだよね?私が事務所に入ったらもう料理してるんだもん。あ、この卵焼きはレイチェルだよ」


事務所のコンロ台でフライパンを持っているレイチェルに顔を向けると、レイチェルは顔半分だけ俺に振り返った。

「おはようアラタ。キミも早いな・・・ふふ、そう言えばキミがこの世界に来た時、私が食事を用意したんだったな。なんだか懐かしいよ」

レイチェルは出来上がった卵焼きを等分に切ると、皿に乗せていく。

「うん、そう言えばそうだったね・・・レイチェル・・・あの時はありがとう」

「ははは、何をあらたまってるんだい?ほら、アラタも暇してるんなら、できたものをテーブルに運んで、みんなの食器を用意くれ。しかし、やっぱり事務所の間に合わせのキッチンではやりづらいな」

そう言ってレイチェルは俺に皿を渡してくる。
レイチェルはいつもと変わらない、今日が決戦当日だなんて思えないくらいだ。

「ケイトとシルヴィアさんはサンドイッチか、あ、ユーリはリンゴ剥いてんの?」

「ん・・・私もリンゴの皮くらいは剥ける」

テーブルに卵焼きを乗せた皿を置いて声をかけると、ユーリは俺を見ないで返事をする。
以前料理はしないと言っていたけど、クルクルとリンゴを回して、器用にリンゴの皮を剝いていく手つきを見ると、不器用というわけではないようだ。

「アラタ・・・意外そうに見てる?」

俺の考えを読み取ったかのように、ユーリはナイフを持つ手を止めて、俺をじっと見てくる。

「い、いやいや、そんな事ないよ!」

「ふふふ、アラタ君、ユーリはね魔道具作り私より上手なんだよ。手先がとっても器用なの。だからリンゴの皮も、実を沢山残して綺麗な丸い形で剝けるんだよ」

カチュアがおにぎりに海苔を巻きながら、楽しそうに話してくる。

「そうなのか?そう言えば、魔力回復の薬はユーリが作ってるんだっけ?」

「そう・・・正確には、魔力回復促進薬。魔力を瞬間的に回復させる事は不可能。だから自然回復の速さを促進する薬。これは私が作ってる。品質はこの国一番の自信がある」

ユーリはリンゴを等分に切りながら、淡々と話しているが、その表情には揺るがない自信のようなものが見えた。

「この国一番って、そりゃすごいな」

「それはそうよ。だって店長から教わったレシピだものね」

ユーリの自信に少し驚いた声を出すと、シルヴィアさんが言葉を挟んできた。

「バリオス店長がユーリに教えてくれたのよ。私ね、他の店で売っている物と比べてみた事あるけど全然違ったわ。ユーリ、褒めてもらってたわよね?調合が上手って」


「・・・うん。店長・・・褒めてくれた」

・・・驚いた。ユーリって、こんな風に笑うんだ。

そりゃ、カチュアと話している時に笑っているのを見た事はある。
だけど、それはなんと言うか・・・友達との笑顔?とでも言えばいいのだろうか。

今の笑顔はそうだな・・・穏やか?うん、とても優しくて穏やかな笑顔だった。

「・・・アラタ?どうかした?」

「・・・あ、いや、その・・・なんでもない」

見た事のないユーリの一面に、ちょっとぼんやりしてしまったようだ。
ユーリが不思議そうに首を傾げている。

「・・・店長さんの事、すごく信頼してるんだね?」

「・・・うん。店長は優しい。とっても・・・優しい。だけど、いつも寂しそう・・・・・エリザ様が言ってた、店長は心に深い傷を負ってるって・・・・・なんとか、してあげたい」


ユーリは切ったリンゴを皿に置くと、視線を下に落とし口をつぐんでしまった。

カチュアもシルヴィアさんケイトも手を止める。
レイチェルは料理の手を止めて、俺達に背を向けたままキッチンに立っている。


「・・・アタシもね、店長の事・・・店長の心の傷は、なんとかしてあげたいって思ってるよ。はっきりした事は分からないけど・・・アタシはあの山で店長の傷に少しだけ触れた・・・本当に辛いものを抱えてるのは分かった・・・」

沈黙の中、ケイトが明るいベージュ色の髪を掻き揚げて、誰に言うでもなく呟いた。

ケイトは真実の花を取るため店長と二人、セインソルボ山に数か月入っていた。
その時、店長の過去を少しだけ聞いたらしい。
思い悩むように目を伏せている。ケイトも店長の事を考え胸を痛めているようだ。


「・・・店長の優しさって、悲しみの裏返しっていう感じがするの・・・とっても辛い経験をしているから、その分だけ周りに優しさをあげてるような・・・上手く言えないんだけど、私も店長に優しくしてもらった分、店長を助けたいって思う」

ケイトの言葉を続けるように、カチュアも自分が感じていた事を言葉にした。

「・・・みんなそうよ。私もレイジェスっていう居場所をくれた店長のためなら、なんだってできるわ。待ちましょう・・・いつか店長が話してくれる日まで」

シルヴィアさんは皆の気持ちをまとめるように話しを区切ると、まだ背中を向けているレイチェルに目を向けた。


レイチェルは何も言わなかった。
俺達の話しは聞こえているだろう。だけどその背中からは、今のレイチェルの気持ちは感じ取れない。
前を向いたまま、ただずっと黙っていた。


なんとなくだけど、レイチェルと店長には、他のみんなよりも深い絆があるように感じた。


「・・・・・アラタ、すまないがそろそろ残りの男連中を起こしてきてくれないかい?」

少しの沈黙の後、振り返ったレイチェルの顔はいつもと変わらない。
だけどほんの少しだけ、目元が赤くなっていた。
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