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424 王妃様の作戦

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「・・・よし、みんな揃っているな。二人とも、入ってくれ」

レイチェルに中に入るよう手を向けられて、ヴァンとフェンテスが事務所内に足を踏み入れて来た。

「みんな、面識はあるだろうが、あらためて紹介しよう。治安部隊隊長ヴァン・エストラーダ。隊長補佐のモルグ・フェンテスだ。今回、我々と共に王妃様に付いて戦ってくれる同士だ」

レイチェルが二人に顔を向け一歩下がると、ヴァンとフェンテスは入れ変わるように前に出た。

「ヴァン・エストラーダだ。今回の戦いは過言ではなくこの国の命運を分ける戦いだ。よろしく頼む」

少し伸びた坊主頭を撫で、ヴァンは俺達を見渡した。
俺とレイチェル以外は、ヴァンとは協会で少し顔を会わせた程度だが、俺が協会に投獄されている間にヴァンにとても助けてもらった事を話していたから、みんな笑顔で迎えてくれた。

「モルグ・フェンテスだ・・・以前、元隊長のマルコスとここに乗り込んで来たから、みんな覚えているだろう・・・・・すまなかった。もっと早く、きちんと謝罪に来るべきだったのだが・・・」

180cm以上ある長身を曲げて謝罪の言葉を口にするフェンテスに、みんなが顔を見合わせた。

あの日、俺が協会に連れて行かれた時の事を思い出したのだろう。


「・・・フェンテスさん、頭を上げてください」

カチュアが一歩前に出て、フェンテスに言葉をかけた。その声色はとても優しいもので、フェンテスは意外だったのか、少し驚いた様子で顔を上げた。

「私はカチュア・バレンタインです。あなたはあの時、アラタ君を運んで来てくれましたよね?もし、あなたが運んで来てくれなかったら、アラタ君は助からなかったかもしれない・・・だから私はもう怒ってません。みんなも同じ気持ちだと思います。だから・・・一緒に頑張りましょう」

カチュアの言葉に、フェンテスは目を開いたまましばらく言葉を発せずにいたが、やがてゆっくりと目を閉じて口元に小さな笑みを浮かべた。


「・・・そうか。感謝する」

言葉は少ないが、フェンテスとの間の空気が和み、みんなが優しく微笑んだ。
これで治安部隊とのわだかまりは完全になくなっただろう。

今日来るのはヴァンだけかと思ったが、きっとフェンテスは謝罪をしたかったのだろう。


「フェンテス、カリウスさんはどうしてる?」

マルゴンの前の治安部隊隊長カリウス・クアドラス。
俺達と一緒にマルゴンと戦ってくれた人だ。あの戦い以来会っていないが、元気にしているだろうか。

「あぁ、副隊長の就任を打診したが断られた。まぁ一度隊長を経験した人だし、今は無役の方が動きやすいんだろう。だが、隊長と俺がいない時には実質トップとして行動しているがな」

「そうか・・・なんだかんだまとまっているんだな」

「そうだな。治安部隊はここから変わっていくんだ」

「・・・そうか、うん、良かったよ」

それ以上はお互いも何も口にする事なく、黙って固い握手を交わした。






「・・・あ、映ったぞ。アンリエール様、レイチェルです。聞こえますか?」

前回と同じく、写しの鏡を床に置いて応答を待つ。しばらくすると鏡の上に淡く薄い光の集合体のような映像が浮かび出し、王妃アンリエール様の姿を形作った。

『・・・レイチェル・・・皆さん、ヴァンとフェンテスも来てくれたのですね』

ホログラムを思わせる姿の王妃様は、俺達一人一人に顔を向けた後、ゆっくりと話し出した。

『皆さん、此度のお力添えに感謝いたします。真実の花から作った薬も無事に私の手元に届きました。
これで偽国王の正体を暴く事も可能です。決行日ですが、10月30日、午前6時です。夜が明け始めた頃で、この時間帯は城での警備が一番手薄なのです。門番は信頼できる者を着かせますので、皆さんはスムーズに入城する事ができます。入城されたらそのまま玉座の間を目指してください。リーザを待機させておきますので、そこで合流して王の寝室まで来てください』

「王妃様は偽国王の寝室前で、お待ちになられるのですか?」

レイチェルが流れを確認すると、王妃様は、はい、と頷いた。

『私はもう一人の護衛、リーザの妹ローザと一緒に寝室前で待つ事に致します。この時間、偽国王はまだ起きて来る事はありませんが、万一の時には私とローザで偽国王を足止め致します』

「・・・それは、危険ではありませんか?アンリエール様に万一の事があったら・・・」


レイチェルが王妃様の身を案じると、王妃様は口元に手を当て、どこか楽しそうに目を細めてレイチェルを見つめた。

『ふふふ・・・レイチェル、私はこれでもジャニスの血を継いでいるのです。私、けっこう強いのですよ?』

「・・・失礼しました。ですが、王妃様あってこそ偽国王を倒した後に国家も再建できるのです。どうか、ご無理だけはされないでください」

王妃様の言葉の裏には確かな自信が見える。
レイチェルも王妃様の魔力の高さは知っていたのだろう。できるだけ戦いの場に立たせる事はしたくないようだが、言葉を取り下げた。

『レイチェル、ありがとう。あなたの気持ちはよく分かっております。十分に気を付けるわ』

「王妃様、その日エリザ様はどうされるのですか?」

『・・・エリザは親の贔屓目を抜きにしても、優秀な白魔法使いです。城門の前で待たせますので、みなさんと一緒に行動させてください』


少し硬い声色、そして答えるまでの僅かな間が、王妃様がギリギリまで迷っていた事を察せられた。親として娘を危険な事に巻き込みたくない事は至極当然だ。

だが、俺達レイジェスが命を懸けて戦うのに、自分の娘だけを安全圏に置く事はできなかったのだろう。
王妃様は自分の命はもちろん、娘でさえも私情を挟まず平等に見れる方のようだ。
本心はどうあれ、一国の王妃としてはそうすべき事なのだろう。


「・・・王妃様」

『はい、アラタさん。どうされました?』

俺は王妃様とお会いするのはこれが三回目だ。
直接お会いした事は一度だけで、この鏡を通して今日で三回目。
王妃様の事は、ほとんど何も知らない。

だけど・・・・・

「エリザ様の事は、しっかりお守りします。ご安心ください」

『アラタさん・・・』


子供を心配しない親はいない。


『はい、頼りにさせていただきます』

さっきより硬さが取れた表情で、王妃様は俺に笑いかけてくれた。


俺は親に心配ばかりかけてきた。
そんな俺が親の気持ちを考えても、ただ分かったつもりになっただけかもしれない。

だけど、今の王妃様はエリザ様が心配でしかたないはずだ。

だから俺は、エリザ様を無傷で王妃様へ帰すと誓った。

「・・・王妃様もちゃんとエリザ様のところへ帰ってきてください。エリザ様も、王妃様と同じ気持ちだと思いますから」


王妃様は俺の言葉に驚いたように、少しだけ目を開いた。
レイチェルも案じていたが、俺も王妃様はこの戦いで自分が犠牲になってもいいと考えているように感じていた。

でも、それでは駄目だ。エリザ様が悲しむ。


『・・・アラタさん、あなたは本当にお優しいのですね』


王妃としてではなく、一人の母親として見せてくれた微笑みだった。
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