上 下
418 / 1,253

417 クリスの宿屋で ②

しおりを挟む
「へぇ、ここが噂のクリスさんの宿屋か」

木造三階建ての大きな宿屋だった。レイジェスより大きい。
居酒屋も兼営しているからか、日が暮れかかったこの時間でも次々に人が入って行く。

「アラタは初めてだったよな?今日は難しい事忘れて、楽しく飲もうぜ」

宿を見上げていると、ミゼルさんが俺の肩に手を置いて中に入ろうぜと促してきた。

「大きいですね。ここがミゼルさんの恋人が働いている宿なんですね?」

俺としては特に他意の無い言葉だったのだが、ミゼルさんにとっては違ったらしい。
なんだか決まりが悪そうに、視線を逸らして意味も無く頬を搔きだした。

「あ~、まぁ、そんな感じかなぁ~、ほら、早く入ろうぜ」

「え?あ、はい・・・」

歯切れが悪く、これ以上その話題はしたくないというオーラを出しているので、俺は空気を読んでそこで話しを終わらせたが、女性陣にそれは通用しなかった。

「いらっしゃいませー、ご予約ですか?」

「あぁ、予約しているレイジェスだ。クリスさんはいるかな?挨拶がしたくてね」

玄関に入ると店員の女性が出迎えてくれたのだが、開口一番レイチェルはクリスさんを指名した。

「お、おいおい、レイチェル、後で合流するんだろ?何も今呼ばなくても・・・」

ミゼルが非難じみた言葉をむけると、レイチェルはジロリとミゼルを睨みつけた。

「何を言ってるんだ?今日の昼に急な予約をお願いしたにもかかわらず、快く対応してくれたんだぞ?まずは挨拶をすべきだろう?」

「うっ・・・」

ミゼルさんが言い返せずに言葉を詰まらせると、シルヴィアさんも口を挟んできた。

「そうそう、それにミゼルの恋人じゃない?恋人に会いたくないのかしら?」

「い、いや・・・そういうわけじゃ・・・」

歯切れの悪いミゼルさんを、ユーリが下から見上げる感じで睨みつけた。

「まさか・・・またクリスさんに迷惑かけた?お酒?それともギャンブル?」

「い、いやいやいやいやいやいや!そ、そんなこたぁしてねぇですよ!」

女性三人に囲まれてタジタジになっているミゼルさんを、一歩後ろでカチュアとケイトが呆れた様子で眺めている。


「あらら、全くミゼルはこれだから・・・ありゃ、また酒かギャンブルでクリスさんに迷惑かけたな」

「う~ん、ミゼルさん良い人なんだけどね。お酒とギャンブルがねぇ・・・」

いつまでも玄関で立っているのも邪魔になるだろうと、俺達はとりあえず玄関から上がる。
奥の方からワインレッドのバンダナを巻いて、白いシャツに黒い前掛けを付けた女性が小走りに駆けてきた。


「あ!レイチェルさん、みなさんこんばんはー!」

「やぁ、クリスさん、今日はお世話になります」

レイチェルが軽い会釈をすると、みんなも挨拶しながら会釈をするので、俺もそれに倣った。

バンダナの下からは、フワっとした金色の髪が肩まで伸びている。
思っていた以上に背は高かった。なんとなく小柄なイメージを持っていたが、175cmの俺とあまり変わらない。2~3cm俺の方が高いだろうけど、意外と長身だった。

180cmのミゼルさんとは背丈のバランスは良いと思う。
ニコニコしていてとても愛想が良く、初対面でも話し安そうな雰囲気があった。なんとなく猫っぽい感じだ。


「クリスさん、紹介しよう。うちの新入りでサカキ・アラタだ。防具を担当している。昼にも少し話したが、今日は彼の祝勝会や歓迎会、婚約おめでとうパーティとか色々なんだ」

レイチェルが俺の背中を軽く押して前に出させる。
クリスさんは俺に目を止めると、両手をパン!と打ち合わせて、少し高い声を出した。

「あなたがあのサカキ・アラタ君ね!すごいなー、マルゴンをやっつけたんでしょ?うちの店でもいまだに話題なのよ!私も仕事が終わったら合流するから、その時色々教えてね!」


好奇心ありありの眼差しを俺に向ける。やはり、まだまだこの話題は引っ張られるようだ。

それからクリスさんはミゼルさんに顔を向けると、やや大股で近づいた。


「ミゼル君!約束守ってる?」

「あ、あぁ・・・もちろんだよ。飲んでない飲んでない!」

「・・・・・嘘。ミゼル君は嘘つくと目が泳ぐから分かる」

「ぐっ・・・いや、ほんのワンカップだぜ!ワンカップ!」

「・・・・・嘘。ミゼル君はバレても少なめに言うの知ってるから」

「ぐぬっ・・・いや、だってよ、付き合いってもんが・・・」

「もぉー!今日みたいな日はいいけど、毎日毎日飲んでたら体壊しちゃうよ!心配だから言ってるの!反省して!」

「・・・・・ごめんさい」

ミゼルさんは頭の後ろを掻きながら、首だけ曲げる形で頭を下げた。

「ごめん・・・さい?」

ふざけた態度に、クリスさんが少しだけピリっとした声を出す。

「すみませんでした!」

腰を90度曲げた見事な謝罪に、クリスさんは腕を組んで溜め息をついた。

「・・・本当にミゼル君は心配でしかたないなぁ。あ、みんなごめんね!つい話しこんじゃった!お部屋に案内するから着いてきて。あ、それとラムナリンさんってご家族が先に入って待ってるよ」

都合の良い時にレイジェスに手伝いに来てくれている女の子、エル・ラムナリン。
以前、ディーロ兄弟がレイジェスを襲って来た時に、ユーリが助けた事をきっかけにした縁だ。
エルちゃんも立派なレイジェスのメンバーなので、レイチェルが誘ったのだ。


クリスさんの後に続いて俺達は部屋に案内された。

クリスさんを先頭に女性陣が前を歩く。
俺は最近ちょっと感じていた事を、隣のジャレットさんに聞いてみた。

「・・・ジャレットさん、この世界って女の人が強いんですかね?」

「・・・アラやんも気が付いたか。ニホンはどうだか知らないが、うちの店の女見てれば分かるだろ?あぁ、でもカッちゃんは別だな。カッちゃんは控えめだし尽くすタイプだから貴重だぞ。アラやん大事にするんだぞ?って言われるまでもねぇか?」

ジャレットさんは小声で俺に耳打ちしてきた。
さっきのクリスさんを見ても、ミゼルさんが尻に敷かれているのは明白だ。
ユーリは俺達男性陣に遠慮なくパンチしてくるし、ジャレットさんもシルヴィアさんには手玉に取られていた。
ケイトとジーンも主導権はケイトにあるようだし、店のリーダーはレイチェルだ。


最近ちょっとイジられるけど、カチュアは基本的に俺を立ててくれてる気がするし、食事の時も俺には座って待っててと言ってくれる。マルゴンの戦いの後はずっと看病して、朝昼晩と食事を作りに通ってくれた。

「・・・ジャレットさん、俺カチュアの事本当に大事にします」

「お、おぉ、いい心がけだ」

あらためてカチュアがどれだけ俺の事を想ってくれてるのか感じて、俺はジャレットさんの目を見て力強く答えた。そんな本気の言葉が返ってくると思わなかったのか、ジャレットさんは一瞬たじろいだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...