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409 カチュアの家へ ④
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「あ、トーマスさん」
知り合いのようだ。カチュアは特に表情を変える事も無く、目の前の男の名前を口にする。
トーマスと呼ばれた男は俺を睨みつけると、大股で近づいて来てカチュアの前に立つと見下ろす形で話し出した。
「カチュア、最近あんまり帰ってきてないけど、どうしたんだ?そんなに仕事が忙しいのか?」
「え?仕事はいつも通りですよ。最近はアラタ君の家にお泊りしてるから、あんまり帰ってきてなかったけど」
俺の家に泊まっていると聞くなり、トーマスは頬を引きつらせて俺を睨みつけてきた。
そして俺とカチュアの繋いだ手に視線を移すと、歯をギリギリと音が鳴るほど軋らせた。
「・・・コイツの事だな?おい、お前カチュアの何だよ?」
初対面でこれほど高圧的な態度で来られるとさすがに気分が悪い。
言い返してやろうと一歩前に出ようとすると、カチュアが先に口を開いた。
「アラタ君は私の旦那さんです。トーマスさんには関係ありません」
そう言ってトーマスを睨むと、驚いた顔をしているトーマスを放置して、カチュアは俺の手を引き家の中に入って行った。
普段は控えめだが、カチュアは言う時は言うのだ。
少し強めにドアを閉めるカチュアは、見るからに機嫌が悪い。
「カチュア・・・あの人は何なんだ?」
「・・・近所のトーマスさん。私の五つ上だから、アラタ君より1つ年上かな。昔は面倒見の良い近所のお兄ちゃんって感じだったんだけどね・・・」
あまり口にしたくないのだろう。
前を向いたまま不機嫌に話すカチュアに、俺は気になった事を聞いてみた。
「なにかあったの?その、今の人と・・・」
するとカチュアは俺に顔を向けて、少し言いにくそうに言葉を区切りながら話した。
「・・・一昨年私が16歳の時、その・・・告白されたの。あ、でも、すぐに断ったから安心して。でもね、諦めてくれないの。今もたまに言い寄ってきて・・・」
「・・・そっか、なんだか面倒そうな人だね。あんまりしつこいなら、俺から言っておこうか?」
「うぅん、今はっきりアラタ君の事旦那さんって言ったから、もう大丈夫だと思う。結婚すればさすがに諦めてくれるんじゃないかな」
カチュアはまだ少し眉を寄せて難しい顔をしている。
多分俺に心配かけないようにするための言葉なんだろうけど、自分でもあまり自信がないのだろう。
「おやおや、声がするなと思ったらカチュアじゃないかい。今日は仕事じゃないのかい?」
声のした方に顔を向けると、奥の部屋から年配の女性がスリッパを滑らせるようしながら、ゆっくりと歩いてきた。
「あ、おばあちゃん!ただいま!」
弾んだ声を出してフローリングに上がると、カチュアはおばあさんに抱きついた。
カチュアより背が低く、おそらく150㎝もないかもしれない。
カチュアに抱きつかれると、すっぽり腕の中におさまってしまった。
「はいはい、お帰りなさい。まったく甘えん坊だねぇ」
「いいじゃない。だっておばあちゃん大好きなんだもん」
温かく微笑ましい光景に、俺もつい笑みがこぼれて見ていると、カチュアのおばあさんが俺に目を向けた。
「ところでカチュア、そこの男の人はどなた様だい?」
おばあさんが紹介してくれと言うように尋ねると、カチュアは思い出したように少し慌てて俺にかけよってきた。
「ごめんねアラタ君!上がって上がって」
カチュアに促されて、お邪魔します。と頭を下げてフローリングに上がると、俺はまず簡単に自己紹介を始めた。
「サカキ・アラタと申します。あ、姓がサカキで、名がアラタです。カチュアさんと同じ店で働いてます。今日はご挨拶とお墓参りをさせていただきたくて、おじゃましました」
「あ~、はいはい、あなたがアラタ君ね?カチュアから聞いてますよ。大変だったわねぇ~、体はもういいの?」
おばあさんは少し目を開いて近づいて来ると、頭の上から爪先まで見るかのように、じろじろと俺を見る。
体の事は多分マルゴンとの一戦だろう。
「あ、はい。カチュアさんに食事とか色々助けていただいたので、おかげさまでもうすっかり大丈夫です」
そう答えると、おばあさんは初めて笑顔を見せてくれた。
「それはなによりねぇ。あの時は私もおじいさんも心配でしかたなかったから。あなたが帰って来て、カチュアも元気になって、ほっとしたのよ。あぁ、それとね・・・」
おばあさんは一度カチュアに目をやってから、もう一度俺に向き直ると微笑ましそうに表情を緩めた。
「そんな堅苦しい話し方じゃなくていいのよ。あなたの事はよく聞いてるし、呼び方も私の前だからってさん付けする事はないわ」
そう言っておばあさんは楽しそうに声を出して笑った。
「・・・そう、それで今日帰ってきたのね。レイチェルさんにはよくお礼を言っておいてね」
部屋に通されて、俺とカチュアは並んでソファに腰をかけている。
カチュアのおばあさん、名前はハンナさんと言うようだ。
俺はハンナさんに、今日ここに来た経緯を話した。
「うん。ちゃんと言っておくから」
カチュアがハンナさんの言葉に素直に頷くと、ハンナさんはテーブルを挟んで正面に座る俺に向き直った。
「アラタさん、結婚の話しですが私は賛成ですよ。カチュアが男の人連れてくるなんて初めてだし、あなたの事を話す時は本当に良い笑顔なんです。どうか末永くよろしくお願いします」
ハンナさんが座ったまま頭を下げる。
「いえ、僕の方こそカチュアにはいつも支えられてばかりで、カチュアがいないと駄目な男なんです。でも、絶対に幸せにします。それだけはお約束しますので、こちらこそよろしくお願いします」
俺も頭を下げると、隣に座るカチュアが手をにぎってきた。
なんとなくだけど、喜んでくれてるのかなと思った。
「はい、じゃあ堅苦しいのはここでおしまいね。アラタさん、今日はゆっくりしていってね。あ、お茶のお代わり持ってくるわね」
挨拶がすむと、ハンナさんはいそいそと腰をあげてキッチンへ向かった。
緊張したけど、全く反対されずにむしろ歓迎されているようで良かったと、ほっと一息つく。
「おばあちゃん、ところでおじいちゃんは?」
「あぁ、ちょっと散歩に出ただけだから、そろそろ帰って来るんじゃないかしらね」
キッチンに立ったハンナさんに、カチュアが思い出したように声をかける。
そう言えばカチュアはお祖父さんとお祖母さんの三人暮らしだった。
ハンナさんもお茶を淹れながら、掛け時計をチラリと見て答えたので、もうじき帰ってくるのだろう。
ハンナさんには許可をもらったが、今度はお祖父さんに挨拶だ。
緊張するから、できれば一度ですませたかったと内心思ってしまう。
でも、ハンナさんも好意的だったし、前にカチュアからも反対はしないと思うと聞いているので、楽に考えてもいいかもしれない。
「はい、お待たせ。アラタさんどうぞ」
つい考えこんでしまうと、ハンナさんがお茶を持って来てくれたので、お礼を言って受け取る。
すると、玄関ドアが開く音がしてカチュアを呼ぶ声が聞こえた。
「あ、お祖父ちゃんだ!行って来るね!」
カチュアはソファーから立ち上がると、パタパタとスリッパを鳴らして急ぎ足で出ていった。
部屋に残った俺とハンナさんがお茶に口を付けると、突然大きな声が玄関から聞こえてきた。
ただ事ではないと思い俺はお茶のカップを置くと、急いで部屋から出て玄関に向かった。
「痛い!離してよ!」
「カチュア!あんなヤツより俺の方がお前を分かってるし幸せにできる!」
「トーマス!やめんか!」
そこには、さっき家の前で会った長身の男トーマスが、カチュアの手を掴み険しい顔で何やらわめき散らしていた。
カチュアのお祖父さんと思われる人は、手を離すように懸命にトーマスに呼び掛けて腕を掴んでいるが、小柄なお祖父さんとトーマスでは、体格が全く違くてびくともしないでいた。
「おい、お前何やってんだ?離せよ」
それを目にした瞬間、俺はトーマスに対して怒りが沸き上がり、カチュアの手を掴むトーマスの手を捻り上げた。
「っ!痛ぇな!てめぇ!離せよ!」
トーマスが空いている手でおれの手を掴むが、マルゴンのパワーを味わった俺にはまるで何も感じなかった。
「カチュアは俺の妻だ。出て行け」
更に力を込めて捻ると、トーマスは痛みに声を漏らした。もう少し捻れば折れるだろう。
「待て待て、そこらへんで勘弁してやりなさい」
様子を見ていたカチュアのお祖父さんが止めに入る。
俺は黙って手を離すと、トーマスは恨みのこもった目で俺を睨み、逃げるように出て行った。
「すまなかったね。助かった。ありがとう。家の前で会ってカチュアに用があると言われたから、中に入れたんだが・・・トーマスは、ありゃどうしたんだ?」
首を傾げるお祖父さんに、俺は一から事情を説明した。
知り合いのようだ。カチュアは特に表情を変える事も無く、目の前の男の名前を口にする。
トーマスと呼ばれた男は俺を睨みつけると、大股で近づいて来てカチュアの前に立つと見下ろす形で話し出した。
「カチュア、最近あんまり帰ってきてないけど、どうしたんだ?そんなに仕事が忙しいのか?」
「え?仕事はいつも通りですよ。最近はアラタ君の家にお泊りしてるから、あんまり帰ってきてなかったけど」
俺の家に泊まっていると聞くなり、トーマスは頬を引きつらせて俺を睨みつけてきた。
そして俺とカチュアの繋いだ手に視線を移すと、歯をギリギリと音が鳴るほど軋らせた。
「・・・コイツの事だな?おい、お前カチュアの何だよ?」
初対面でこれほど高圧的な態度で来られるとさすがに気分が悪い。
言い返してやろうと一歩前に出ようとすると、カチュアが先に口を開いた。
「アラタ君は私の旦那さんです。トーマスさんには関係ありません」
そう言ってトーマスを睨むと、驚いた顔をしているトーマスを放置して、カチュアは俺の手を引き家の中に入って行った。
普段は控えめだが、カチュアは言う時は言うのだ。
少し強めにドアを閉めるカチュアは、見るからに機嫌が悪い。
「カチュア・・・あの人は何なんだ?」
「・・・近所のトーマスさん。私の五つ上だから、アラタ君より1つ年上かな。昔は面倒見の良い近所のお兄ちゃんって感じだったんだけどね・・・」
あまり口にしたくないのだろう。
前を向いたまま不機嫌に話すカチュアに、俺は気になった事を聞いてみた。
「なにかあったの?その、今の人と・・・」
するとカチュアは俺に顔を向けて、少し言いにくそうに言葉を区切りながら話した。
「・・・一昨年私が16歳の時、その・・・告白されたの。あ、でも、すぐに断ったから安心して。でもね、諦めてくれないの。今もたまに言い寄ってきて・・・」
「・・・そっか、なんだか面倒そうな人だね。あんまりしつこいなら、俺から言っておこうか?」
「うぅん、今はっきりアラタ君の事旦那さんって言ったから、もう大丈夫だと思う。結婚すればさすがに諦めてくれるんじゃないかな」
カチュアはまだ少し眉を寄せて難しい顔をしている。
多分俺に心配かけないようにするための言葉なんだろうけど、自分でもあまり自信がないのだろう。
「おやおや、声がするなと思ったらカチュアじゃないかい。今日は仕事じゃないのかい?」
声のした方に顔を向けると、奥の部屋から年配の女性がスリッパを滑らせるようしながら、ゆっくりと歩いてきた。
「あ、おばあちゃん!ただいま!」
弾んだ声を出してフローリングに上がると、カチュアはおばあさんに抱きついた。
カチュアより背が低く、おそらく150㎝もないかもしれない。
カチュアに抱きつかれると、すっぽり腕の中におさまってしまった。
「はいはい、お帰りなさい。まったく甘えん坊だねぇ」
「いいじゃない。だっておばあちゃん大好きなんだもん」
温かく微笑ましい光景に、俺もつい笑みがこぼれて見ていると、カチュアのおばあさんが俺に目を向けた。
「ところでカチュア、そこの男の人はどなた様だい?」
おばあさんが紹介してくれと言うように尋ねると、カチュアは思い出したように少し慌てて俺にかけよってきた。
「ごめんねアラタ君!上がって上がって」
カチュアに促されて、お邪魔します。と頭を下げてフローリングに上がると、俺はまず簡単に自己紹介を始めた。
「サカキ・アラタと申します。あ、姓がサカキで、名がアラタです。カチュアさんと同じ店で働いてます。今日はご挨拶とお墓参りをさせていただきたくて、おじゃましました」
「あ~、はいはい、あなたがアラタ君ね?カチュアから聞いてますよ。大変だったわねぇ~、体はもういいの?」
おばあさんは少し目を開いて近づいて来ると、頭の上から爪先まで見るかのように、じろじろと俺を見る。
体の事は多分マルゴンとの一戦だろう。
「あ、はい。カチュアさんに食事とか色々助けていただいたので、おかげさまでもうすっかり大丈夫です」
そう答えると、おばあさんは初めて笑顔を見せてくれた。
「それはなによりねぇ。あの時は私もおじいさんも心配でしかたなかったから。あなたが帰って来て、カチュアも元気になって、ほっとしたのよ。あぁ、それとね・・・」
おばあさんは一度カチュアに目をやってから、もう一度俺に向き直ると微笑ましそうに表情を緩めた。
「そんな堅苦しい話し方じゃなくていいのよ。あなたの事はよく聞いてるし、呼び方も私の前だからってさん付けする事はないわ」
そう言っておばあさんは楽しそうに声を出して笑った。
「・・・そう、それで今日帰ってきたのね。レイチェルさんにはよくお礼を言っておいてね」
部屋に通されて、俺とカチュアは並んでソファに腰をかけている。
カチュアのおばあさん、名前はハンナさんと言うようだ。
俺はハンナさんに、今日ここに来た経緯を話した。
「うん。ちゃんと言っておくから」
カチュアがハンナさんの言葉に素直に頷くと、ハンナさんはテーブルを挟んで正面に座る俺に向き直った。
「アラタさん、結婚の話しですが私は賛成ですよ。カチュアが男の人連れてくるなんて初めてだし、あなたの事を話す時は本当に良い笑顔なんです。どうか末永くよろしくお願いします」
ハンナさんが座ったまま頭を下げる。
「いえ、僕の方こそカチュアにはいつも支えられてばかりで、カチュアがいないと駄目な男なんです。でも、絶対に幸せにします。それだけはお約束しますので、こちらこそよろしくお願いします」
俺も頭を下げると、隣に座るカチュアが手をにぎってきた。
なんとなくだけど、喜んでくれてるのかなと思った。
「はい、じゃあ堅苦しいのはここでおしまいね。アラタさん、今日はゆっくりしていってね。あ、お茶のお代わり持ってくるわね」
挨拶がすむと、ハンナさんはいそいそと腰をあげてキッチンへ向かった。
緊張したけど、全く反対されずにむしろ歓迎されているようで良かったと、ほっと一息つく。
「おばあちゃん、ところでおじいちゃんは?」
「あぁ、ちょっと散歩に出ただけだから、そろそろ帰って来るんじゃないかしらね」
キッチンに立ったハンナさんに、カチュアが思い出したように声をかける。
そう言えばカチュアはお祖父さんとお祖母さんの三人暮らしだった。
ハンナさんもお茶を淹れながら、掛け時計をチラリと見て答えたので、もうじき帰ってくるのだろう。
ハンナさんには許可をもらったが、今度はお祖父さんに挨拶だ。
緊張するから、できれば一度ですませたかったと内心思ってしまう。
でも、ハンナさんも好意的だったし、前にカチュアからも反対はしないと思うと聞いているので、楽に考えてもいいかもしれない。
「はい、お待たせ。アラタさんどうぞ」
つい考えこんでしまうと、ハンナさんがお茶を持って来てくれたので、お礼を言って受け取る。
すると、玄関ドアが開く音がしてカチュアを呼ぶ声が聞こえた。
「あ、お祖父ちゃんだ!行って来るね!」
カチュアはソファーから立ち上がると、パタパタとスリッパを鳴らして急ぎ足で出ていった。
部屋に残った俺とハンナさんがお茶に口を付けると、突然大きな声が玄関から聞こえてきた。
ただ事ではないと思い俺はお茶のカップを置くと、急いで部屋から出て玄関に向かった。
「痛い!離してよ!」
「カチュア!あんなヤツより俺の方がお前を分かってるし幸せにできる!」
「トーマス!やめんか!」
そこには、さっき家の前で会った長身の男トーマスが、カチュアの手を掴み険しい顔で何やらわめき散らしていた。
カチュアのお祖父さんと思われる人は、手を離すように懸命にトーマスに呼び掛けて腕を掴んでいるが、小柄なお祖父さんとトーマスでは、体格が全く違くてびくともしないでいた。
「おい、お前何やってんだ?離せよ」
それを目にした瞬間、俺はトーマスに対して怒りが沸き上がり、カチュアの手を掴むトーマスの手を捻り上げた。
「っ!痛ぇな!てめぇ!離せよ!」
トーマスが空いている手でおれの手を掴むが、マルゴンのパワーを味わった俺にはまるで何も感じなかった。
「カチュアは俺の妻だ。出て行け」
更に力を込めて捻ると、トーマスは痛みに声を漏らした。もう少し捻れば折れるだろう。
「待て待て、そこらへんで勘弁してやりなさい」
様子を見ていたカチュアのお祖父さんが止めに入る。
俺は黙って手を離すと、トーマスは恨みのこもった目で俺を睨み、逃げるように出て行った。
「すまなかったね。助かった。ありがとう。家の前で会ってカチュアに用があると言われたから、中に入れたんだが・・・トーマスは、ありゃどうしたんだ?」
首を傾げるお祖父さんに、俺は一から事情を説明した。
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