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【395 樹々に囲まれた小屋の中で ⑤】

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なぜここまで気が付かなかった?
そう頭に疑問がよぎると同時に、ブレンダンはクラレッサの肩に手をかけ抱き寄せると、結界を張った。

隠れようにも火を起こしている。小屋の中に人がいる事は外から丸見えだった。
ブレンダンは休んでいる間も定期的にサーチを使い、周辺の気配を探っていた。
それだけに不思議でしかたがなかった。

目の前を通り過ぎて行く人影は、数十、数百、いや、それ以上いるかもしれない。
かなりの大人数に見える。
なぜこれだけの大人数を、サーチで捉える事ができなかった?

答えの出ない疑問に頭を悩ませる。
そして、ブレンダンは気付いた。

外は暗闇ため分からなかったが、通り過ぎる人影をよく見ていると、誰も小屋の中に顔を向けないのだ。
窓には穴も開いているのだ、普通視線くらいは向けるものだろう。
しかし通り過ぎる人影は、まるで見えてすらいないかのように、ただ前に足を運んでいるだけだった。

そして、足音が聞こえないのである。
これだけの数が小屋の前を通り過ぎているが、足音はおろか、会話もそれ以外の音も何一つ聞こえないのである。

ありえるのだろうか?


ブレンダンに抱き着くクラレッサは、その胸に顔を埋め震えている。
クラレッサは目の前を通り過ぎる人影に、明らかに恐怖していた。

「おじいさん、おじいさん、怖い、怖い、怖い」

カチカチと歯を鳴らし、小さな声で訴えるクラレッサをブレンダンは強く抱きしめた。

「大丈夫じゃ、ワシの結界は頑丈なんじゃ、誰もクラレッサを傷つける事なんてできやせんよ。安心していいんじゃ」

「右目が・・・右目が、冷たいんです。こんな事今までありませんでした・・・御霊の目が、あの人影に引き寄せられて・・・・・おじいさん!怖い!助けて!助けて!助けて!」

恐怖に耐えきれなくなったのか、突然クラレッサが叫び出した。
ブレンダンの両肩を指が食い込む程強く掴み、目を見開き大声を上げる。

「ク、クラレッサ!落ち着け!落ち着くん・・・なに!?」


ソレらはクラレッサの腰に、足に、しがみ付いていた。

生ある者でない事は一目で分かる。
体中からにじみ出ている黒い瘴気、眼球の無い両目には深く暗い穴だけが覗いており、大きく開けた口からは言葉にならない呪詛のような呻きだけが漏れている。

「くッツ!こ、これは亡者!なぜじゃ!?クラレッサはもう悪霊は使っておらん!猶予はあったはずじゃ・・・」

ソレはクラレッサが悪霊を使う度に、体にまとわりついていた亡者だった。
ブレンダンも、クラレッサの兄テレンスも、いつかクラレッサが地の底に引きずりこまれると危惧していた事である。

泣き叫びながら、必死にブレンダンにすがりつくクラレッサを、ブレンダンもまた必死で抱き締め続けた。
亡者達は痛んで割れている床板から這い出てきては、次々とクラレッサの体にとりついてくる。
ブレンダンの結界など何の障害にもなっていない。
結界を通り抜けクラレッサにしがみつき、そのまま地の底に引きずり込もうとする。

「いやぁぁぁぁぁーーーッ!おじいさん!助けて!お願い!助けて!」

「クラレッサ!くっ、このままでは・・・!」

腕力でどうなるものでもなかった。
クラレッサの足首が床板の割れ目に入り、そのまま腰まで持っていかれそうになる。
ブレンダンもズルズルと引きずられ、クラレッサと一緒に地の底に引きずり込まれるのかと思った時、ブレンダンのローブから、一本の枝が零れ落ちた。


霊力を帯びた魔道具 魔空の枝である。


「・・・そうじゃ!ワシは何をしていたんじゃ、相手は亡者、普通の結界が通用せんのならば!」

素早く魔空の枝を取り、クラレッサにしがみ付く亡者に向け霊力をぶつけると、まるで蒸発するかのように、あっという間に亡者達の姿が霧散し消え去っていく。

「もう大丈夫じゃ!クラレッサ!」

力強く一気にクラレッサの体を引き上げると、ブレンダンは霊力を帯びた結界で自分とクラレッサを包み込んだ。

「うわぁぁぁぁー!おじいさん!おじいさん!」
「怖かったのう、もう大丈夫じゃ。ワシが絶対にクラレッサを護るからな」

泣きながら抱き着いてきたクラレッサを、ブレンダンは小さい子供をあやすように頭と背中を撫でた。



・・・・・帝国から、皇帝から離れた事。
そしてワシが戦わなくていいと言ったからか?
クラレッサの気持ちが少し不安定になっているかもしれん。

泣きじゃくるクラレッサを見て、ブレンダンはクラレッサの精神面の危うさを感じていた。

弱くなっている・・・
最初に会った時は、自分とウィッカーの二人を相手に全く動じる事もなく、攻撃を仕掛けて来た。
次に戦った時も、そしてセシリアがしかけてきた時も、堂々とした立ち振る舞いを見せたはず。
だがここに来て、亡者に恐怖する事は理解できるが、我を忘れる程泣き叫ぶ姿を見て、クラレッサの精神状態を心配していた。


・・・いや、見方を変えれば良い事かもしれん。
戦いから解放されれば、年相応の女の子としての生き方もできよう。
普通の町娘は、亡者なんて見たら泣き出して当たり前じゃ。
クラレッサが普通の女の子になろうとしていると考えれば、この変化は望ましいのかもしれん。
悪霊もこれに通じる力じゃ。二度と力を使おうとは思うまいて。


「クラレッサ、亡者共はこの霊力の結界には入って来れん。安心するんじゃ」

「うぅ・・・はぁ、はぁ・・・はい、おじいさん」

床板の穴から亡者は次々と這い出て来るが、ブレンダンの霊力の結界に触れるだけで、その存在が消滅してしまう。

「・・・今はなんとかなっておるが・・・問題はワシの魔力と霊力がどこまで持つかじゃな」

結界は発動しているだけで魔力を消費していく。
ブレンダンの霊力を帯びた結界は、魔力と霊力のどちらも使用しており、こうしてる間にも常に消費されているのだった。


亡者達には消滅の恐怖が無いのか、這い出て来てはブレンダンの結界に消されていく。
それを繰り返しているとやがて亡者は現れなくなった。


「・・・・・お、おじいさん・・・もう、大丈夫・・・なんでしょうか?」

「いや・・・まだ終わってないようじゃ・・・前を見て見ろ」

亡者が現れなくなった事で、クラレッサが少しだけ落ち着きを取り戻したが、ブレンダンは前を向いたまま緊張を崩さず、その表情は硬いままだった。

クラレッサも追ってブレンダンの視線の先に目を向ける。

そこには、さっきまでは通り過ぎるだけだった無数の人影達が足を止め、窓ガラス越しにこちらに体を向けていた。


「お、おじいさん・・・あれは、もしかして・・・」

「・・・あぁ、さっきは暗くてよう見えんかったが、今は火の明かりでよう見えるわい・・・こやつらは、カエストゥスと帝国の兵士・・・正確には兵士達の霊じゃ」
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