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【393 樹々に囲まれた小屋の中で ③】

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クラレッサの口から聞かされた話しは、ブレンダンが予想していたものとは少し違う内容だった。

霊力を持っているクラレッサを、皇帝が欲しがるのは当然であろう。
そして浮浪孤児である事を考えれば、生活の保障を条件に、その力を貸せという交渉になるのは十分予想できる。

だが力を提供するための交換条件が、帝国民の生活を豊かにする。
これはブレンダンの頭には無い発想だった。

「・・・なぜ、そんな条件を?」

当然の疑問を口にすると、クラレッサの瞳が悲し気に揺れた。

「・・・おじいさんは、孤児院で大勢の子供達を育ててきたのですよね?」

「あぁ、そうじゃ。何百人とな」

「・・・私は、みんなの生活が豊かになれば、孤児そのものがいなくなるのではと思いました。だから皇帝にお願いしてみたのです。私は帝国のために働くから、もうお腹を空かせたり、お家が無くて困る人がいないようにしてくださいと」


それは二年間、浮浪孤児としてひもじさに苦しみ、冷たい風にさらされ辛い思いをしてきたクラレッサの願いだった。

皇帝がなぜクラレッサの頼みを聞き入れたか、それは打算だけだったとは思えなかった。
クラレッサとテレンスの二人だけを保護すればそれで充分であっただろう。

だが、クラレッサの願いを聞き入れた結果として、今や帝国での皇帝の支持は非常に高い。
兵士達も皇帝のためならばと、命さえ惜しまない働きをする。

皇帝がこの結果を予測していたかは分からない。
試しに国民の生活を手厚く保障してみて、その結果次第で今後の政策をどうするかという考えだったのかもしれない。

いずれにしろ、結果は皇帝に望ましいものとなった。
国民の生活は潤い誰もが皇帝を尊敬の眼差しであがめる。
兵士の士気も高く、軍事力も上がった。
そしてクラレッサという、類まれなる才能を持つ魔法使いも手に入れた。


「・・・そうじゃったのか・・・クラレッサ、お主は本当に優しくて心の綺麗な子じゃな」

ブレンダンはクラレッサの前に立つと、また頭を撫でた。

「えらいのう」

「・・・でも、皇帝を裏切ってしまいました・・・どうすればいいでしょうか?」

すでに皇帝に見限られている事は、セシリアが命を狙ってきた事からも分かる。
そしてその原因となったのは、自分自身の行動によるものだとも。
クラレッサは今、大恩ある皇帝に対しどう考えていいか分からず、思い悩んでいた。


「クラレッサのやりたいようでいいんじゃよ」

ブレンダンはクラレッサの頭を撫でたまま、優しく微笑んだ。

「・・・私の、やりたいように・・・ですか?」
言葉の真意がつかめず、少しだけ目を開いてブレンダンを見つめる。

「そうじゃ、クラレッサが皇帝への恩を大事にしている事はよう分かった。命を狙われてもそう感じておるのじゃろ?ワシはカエストゥスの人間じゃから、皇帝とは戦う道しかない。
じゃが、クラレッサは違うじゃろ?クラレッサは無理に戦わんでいいんじゃ。ワシと一緒にカエストゥスに来ても戦いは強要せん。クラレッサの好きにしていいんじゃ」

「・・・でも、おじいさんはそれでいいんですか?私の霊力と白魔法は、大きな力になるんじゃ・・・」

クラレッサの言葉に、ブレンダンはクラレッサの頭を軽くポンポンと叩いた。

「いいんじゃよ。ワシはクラレッサに、自由に楽しく生きて欲しいんじゃ。だから、戦う必要はないんじゃ。戦わなければ皇帝に反意した事にはならんのではないか?」

「・・・そう、なのでしょうか?」

いまいち納得しきれていないクラレッサに、ブレンダンは笑ってその両肩に手を乗せた。

「そうじゃよ。難しく考えんでいい。少なくとも、帝国と戦わんでいいと考えたら、少しは気持ちが楽にならんか?」

「・・・・・はい。確かに少し楽になりました・・・・・分かりました。やっぱりおじいさんはすごいです。私、帝国とは戦いません。まずは孤児院でゆっくりしようと思います」

クラレッサの返事に、ブレンダンは満足そうにうなずいて見せた。


「うむ。それでいいんじゃ」
・・・テレンスもそれを望んでおる。
クラレッサはもう戦いの場に立ってはならんのじゃ。




それから二人で黙って首都を目指して歩いた。
クラレッサは一見迷いが無くなったように見える。だが視線は下に向いており、心の中の棘は抜けていないようだ。
ブレンダンもそれに気づいていたが、説得するように言葉だけ続けるものではないと思い、それ以上は何も言わずクラレッサの隣を黙って歩く。

静寂に包まれた森の中で、時折枝葉を踏む二人の足音だけがやけに大きく響いた。




「・・・おじいさん、この森なんだかおかしいです」
しばらく歩き進むと、クラレッサが立ち止まり警戒するように低い声を出した。

「クラレッサも気付いたか、ワシが結界を張っておくが、万一の時は自分の身を護れるように注意だけはしておくんじゃぞ」

それはブレンダンも感じていた事だった。
サーチを使用したが、周囲に人の気配はない。そして動物か何かに敵意を向けられているわけではない。

ただ、何かがおかしかった。

辺りを見回しても、目に映るものは物言わぬ樹々と緩やかに流れる川。
顔を上げ空を仰ぐ。陽はまだ高く、冬の寒さを和らげるように暖かい恵みをそそいでくれる。
小屋で魚を食べてからどのくらい経っただろうか、少なくとも30分は歩いたと思う・・・・・
そう、体感ではあるが、30分は歩いたはずだ・・・・・


「・・・のう、クラレッサ、この道はさっきも歩かんかったか?」

ブレンダンは、感じていた違和感の正体を口にした。

森の中は同じような景色ではある。
一本一本の樹を覚えているわけではないし、意識しながら歩いているわけでもない。
だが、ここはさっきも通ったのではないか?
無意識化で感じていたその疑問がハッキリと形になって、ブレンダンの口を突いて出た。


「・・・はい、私も同じ道を歩いているように感じてます。気のせい・・・でしょうか?」

不安が声に乗っている。
クラレッサは少し落ち着かなそうに、きょろきょろと周りを見渡しながら、言葉を返した。


「・・・クラレッサ、離れんようにもう少し近づいて歩こう。油断するでないぞ」

「はい・・・おじいさん」

お互いの腕が触れる程に近い距離に並んで、もう一度歩き出す。

二人の間に言葉はなかった。
ただ、前だけを見て歩いた。



「・・・あ!」

突然クラレッサが足を止めて前方を指差した。
その声に足を止め、ブレンダンもクラレッサの指先を目で追う。


そこには出発した時と同じ半壊した小屋があった。

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