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【390 時間】

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セシリアの炎が夜の闇を消して、眩しい程に空と大地を照らしていたが、今は月明りだけが樹々の葉を抜けて僅かに差し込むだけである。

俺が駆けつけた時最初に目に入ったのは、ヤヨイを抱き締めながら泣き叫ぶジャニスの姿だった。

そして力無くジャニスにもたれかかるヤヨイを見て全てを察した。

風が無い・・・


「・・・ジャニス」

隣に腰を下ろし声をかけるが、ジャニスはヤヨイの名を呼びながら、ただ涙を流すだけだった。

「・・・ヤヨイ」

まるで眠っているようだ。
体中傷だらけではあるが、穏やかで安らいだ顔をしている。

ヤヨイ・・・6年前のあの日、初めてできた俺の友達。
キミは俺に沢山の事を教えてくれた。

キミがいなければ今の俺はいなかった。


もう、起きてくれないのか?
俺とジャニスにも子供ができたんだ。
子育ての先輩として、また色々教えてくれないか?
そしてまたみんなで遊びに行こう・・・・・


なぁ・・・頼むよ・・・・・ヤヨイ・・・・・・起きてくれ


「ぐっ・・・ぐう・・・うっ・・・うぅぅ・・・」


ジョルジュは力いっぱいに地面を拳を叩きつける。そして初めて泣いた。


これが悲しいという事か・・・ヤヨイ、なぜ・・・なぜキミが死ななければならない・・・

どれだけ強く歯を食いしばっても、嗚咽が止まらない。
頭の中はくちゃぐちゃだし、胸が苦しくて呼吸も満足にできない。

ただ・・・ただひたすら、やり場の無いこの悲しみが辛く苦しい・・・・・


「ジョ、ジョルジュ・・・」

あまりに悲しみに満ちた悲痛な声だった。
初めて耳にする夫の泣き声に、ジャニスは胸が締め付けられた。


「・・・ジョルジュ・・・う、うぅ・・・ぐすっ・・・ジョルジュ・・・・」

「ジャニス・・・オ、オレは・・・帝国が許せん・・・こんなに怒りを感じた事は初めてだ・・・」

その目には怒りと憎しみ、復讐の色が宿っていた。
精霊と共に生きて来たジョルジュにとって、初めて心に宿した深く黒い負の感情だった。

こいつらが戦争なんて始めなければ・・・・・
今すぐにでも帝国に乗り込んで、皇帝の首を取ってやりたい!
だが・・・・・


【ジョルジュさん、ジャニスさんは本当はすごく繊細なの。だからちゃんと傍で支えてあげてね】


ヤヨイ・・・・・分かってる・・・キミが望んでいるのはこんな復讐ではない。

憎しみに捕らわれそうになったジョルジュの心を、ヤヨイの言葉が、積み重ねてきた絆が救った。

俺はジャニスを背中から抱きしめた。

「ジャニス・・・俺は・・・俺は絶対にキミの傍から離れない・・・ヤヨイも・・・心は一緒だ」


俺も涙が止まらなかったが、それでもジャニスの心の痛みを少しでも受け止めたくて、強く抱き締め続けた。





大将であるセシリア・シールズが倒され、ジャミール・ディーロもいなくなった事で、残された帝国兵には動揺が広がりまとまりを欠いた。

対してカエストゥス軍は、ヤヨイの光輝く風の刃がセシリアを討った事を見て、一気に士気が高まった。
エリンが指揮を執り、一致団結して攻勢をかけるカエストゥス軍に対し、帝国兵はじわじわと追い込まれ、ついには撤退を余儀なくされた。

二度目の東の戦いは、カエストゥス軍の勝利で終わりを迎えた。




東の戦いから数日後、各方面をまかされていた主力達は首都エンスウィル城に集まっていた。

一番被害が大きかった西のセインソルボ山からも、ウィッカーが戻って来ていた。
それはセインソルボ山の拠点から、距離にして丸一日かかる範囲には、帝国兵の姿が見えない事を確認できたからである。
物資と兵の補充もでき、多少の余裕がでてきた事から、今後の事を話し合うために今戻る必要性があると判断しての事だった。


南のブローグ砦からは、ペトラとエロールの二人が戻っていた。
砦の指揮はエリンに任せられる事と、やはり他に比べ余裕があった事が大きかった。
周辺に帝国兵の姿も見えず、今なら二人が抜けても大丈夫だと見ての事である。


そして北の街メディシングからは、パトリックが一人戻って来ていた。

今でこそ落ち着きを取り戻しているが、つい昨日までは誰も何も言葉をかける事ができない程に憔悴していた。

ジョルジュとジャニスは東から戻ると、最初に写しの鏡でパトリックへ連絡を入れた。

ヤヨイの戦死を聞いたパトリックはすぐにエンスウィル城へ駆けつけ、そしてヤヨイの亡骸と対面した。

そこからは先はとても見ていられなかった。


パトリックは食事もとらず、ただベッドに寝かせられているヤヨイの遺体に寄り添い続けた。
時折思い出話しでもするように一人言を口にする事もあったが、ほとんどヤヨイの手を握り、その頭を撫でているだけであった。

遺体は白魔法のヒールで傷を消し、保存の青魔法セーブをかけた事により、まるでただ眠っているだけのように、綺麗なものだった。

本当は死んでなどいない。ただ眠っているだけだ。
この時のパトリックは現実から目を背け、そう思い込もうとしていた。


それが一日、二日と続き、三日目の朝

部屋に閉じこもったまま、ほとんど飲まず食わず眠らずで三日。
これ以上はパトリックの体が危険だと考えたジャニスが、パトリックの部屋に入ろうとした時、
突然ドアが開いて、パトリックが三日ぶりに部屋から出てきた。


予想外の事にジャニスが驚き固まってしまうと、パトリックは小さく笑って、ごめん心配かけたね、そう言いジャニスに頭を下げた。


あまりに突然の変化に、ジャニスがパトリックの顔を観察するように眺めると、パトリックは精神を疑われていると思ったのか、小さく首を横に振った。


「・・・大丈夫だよ。俺は・・・ヤヨイの分も生きて、子供達を護らなきゃいけないから・・・・・・昨日、ヤヨイにそう言われたんだ」


「・・・ヤヨイさん、来てくれたんですか?」

「あぁ・・・子供達を頼むって・・・・・ヤヨイの最後の願いだから、俺はいつまでも泣いていられない」




それは三日も寝ずにいたため、意識が朦朧としての夢だったのかもしれない。
だけどパトリックは、確かにヤヨイはいたと確信していた。

ヤヨイの手を握り、ただ悲しみに暮れているパトリックの背中に、優しく温かいなにかがふれた。
そしてパトリックは抱きしめられた。

姿は見えない、ただパトリックはその温もりを知っていた。


・・・ヤヨイ・・・キミ、なのか?


・・・パトリック・・・テリーとアンナをお願い・・・・・私はずっとあなたと一緒よ





「・・・ヤヨイは、俺の心の中にずっと一緒にいてくれるんだ。だから・・・・・頑張るよ」

目頭から零れそうな涙を堪え、パトリックはジャニスに笑って見せた。

「・・・パトリックさん、はい!一緒に頑張りましょう!」


大切な人を失った悲しみを乗り越えるには時間がかかる。

現実と向き合う事も辛く苦しい。

だけど一緒に過ごした時間を忘れなければ、自分の心の中でいつまでも一緒にいる事はできる。




そして今、大臣エマヌエル・ロペスを中心に、今後の対策が話し合われようとしたその時、会議室のドアがノックも無しに開けられ、息を切らせた兵士が駆けこんで来た。

「何事だ!?」

ただならぬ様子の兵士を見て、ロペスが鋭く言葉を発した。


「ほ、報告いいたします!ブ、ブレンダン様がお戻りになられました!」
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