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【387 好敵手】

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「モニカおばあちゃん、パパとママはいつ帰ってくるの?」

テリーの声だ。
もう寝たと思ったけれどやはり不安なのだろう。
私はベッド脇のテーブルに置いたランプに明かりを付けた。
テリーは体を起こし、寂しそうに下を向いている。

孫のテリーは息子のパトリックによく似ている。
パトリックと同じシルバーグレーの髪を、少し短めの男の子らしい感じにしているのは、義娘のヤヨイさんの好みだ。
私は彼女が大好きだ。一緒に編み物をしていると、時間を忘れて話し込んでしまい、夫と息子に一言言われてしまうなんて毎度の事だ。

お料理もできるし、お洗濯や掃除、家事もしっかりこなす。その上バリバリお仕事もやって子育てもぬかりない。
本当に良い人をお嫁にもらってくれたと、我が息子ながら感心してしまう。


「テリー、パパとママはね、今お仕事が忙しいの。おじいちゃんも一緒にお城に行ってて、なかなか帰って来れないんだって。でもね、パパとママはテリーとアンナが大好きだから、きっとお仕事を早く終わらせなきゃって頑張ってると思うよ」

ニコリと笑って見せるけど、テリーは納得しきれていないようだ。
口をへの字に曲げて、不満を見せる。

「でもさ、昨日も一昨日も、もうずっとずっと帰って来てないんだよ?ママのご飯が食べたい!パパと遊びたい!僕だって寂しいよ!」

テリーの大きな声に、隣で寝ていたアンナが目を覚まし泣き出した。
ママー!ママー!と涙を零しながら声を上げている。

私はアンナを抱き起こした。上半身にアンナの体重をかけて、リズムを付けて指先で軽く背中を叩きつつ優しく撫でる。
大丈夫、大丈夫、おばあちゃんがいるからね、そう言葉をかけながらあやすと、少しづつ落ち着いていき、やがて泣きつかれたのか寝息を立て始めた。

パトリックが小さい時は夜泣きが多く、よくこうしてあやしたものだ。

アンナは甘えん坊だ。いつもヤヨイさんにべったりくっついている。
だから今の離れ離れの状態は、寂しくてしかたないのだろう。

なんとか会わせてあげたい。心からそう思う。だけど、今この国は帝国と戦争をしている。
夫のロビン、息子のパトリック、そして義娘のヤヨイさんは、この国の平和を護るために戦っているのだ。どんなに歯がゆくても待つしかない・・・・・


「・・・ごめんなさい」

眠ったアンナをそっとベッドに戻すと、テリーが消え入りそうなくらい小さな声で呟いた。
大声を出してしまった事を反省しているようだ。

私はテリーの隣に腰を下ろす。二人分の重さでベッドが少し軋んだ。

「テリーは偉いわね」

「え、僕が偉いの?」

怒られるのかと思ったようだ。テリーは驚いたように顔を上げた。

「えぇ、とっても偉いわ。アンナを起こしちゃった事、ちゃんと謝れたもの」

「でも・・・いけない事したら、ごめんなさいは普通でしょ?」

きょとんとした顔のテリーを見ると、ヤヨイさんの教育がよく見てとれる。
きちんと善悪を教えているようだ。

「そう、普通なの。でもね、普通の事を普通にするのって、けっこう難しいの。だって、テリーも今ごめんなさいする時、勇気を出して頑張ったでしょ?」

「・・・うん、怖かったけど、ごめんなさいしないと駄目だから、僕頑張ったよ」

私はテリーの頭を撫でた。
突然撫でられてテリーはちょっとだけびっくりしたようだけど、くすぐったそうに、おばあちゃん急にどうしたの?と笑顔を向けてくる。


「・・・じゃあ、今日はもうお休みなさいしようね。パパとママもおやすみなさいしてると思うわよ」

「うん。おばあちゃん、お休みなさい」


枕に頭を乗せ目をつむるのを見て、私はランプの明かりを消した。
テリーの胸を軽くポンポンとしていると、すぐに寝息が聞こえてくる。


・・・パトリック、ヤヨイさん・・・この子達にはあなた達が必要よ・・・
お願いだから、どうか無事に帰ってきて・・・


僅かに差し込む月明りで照らされるテリーとアンナの顔を見つめ、私は目を閉じて祈った。






「ヤァァァァァーッツ!」

セシリアの頭上から振り下ろされる斬撃に合わせ、アタシは足元から新緑を振り上げる。
ぶつかり合う金属音が響き、互いの武器が跳ね返される。

上半身が流されるが、流れに逆らわず体を回転させると、勢いをそのまま利用し右足で大地を蹴って前へ出る。

セシリアもまた同じ事をやっていた。
着地と同時に強く大地を蹴り、血狂刃の切っ先をアタシに向けて真っすぐに突っ込んでくる。

「ヤヨイ!受けてごらんなさい!」

触れれば骨まで燃やされそうな程に恐ろしい火力を剣にのせて、セシリアの突きが繰り出される。

私は新緑の刃に光を集中させた。

「光よッツ!」

一層強い光を纏った新緑を、セシリアの突きに合わせて振るう。


「なっ・・・!?」

血狂刃の先端に新緑の刃先を当て、突きを受け止めた。
セシリアの目が驚愕に開かれる。

「すごいじゃない!こんな形で止めるなんて、どこまで私を楽しませてくれるの!」

だが、一瞬の驚きの後すぐに口の端が上がる。
合わせた刃先から嬉々として体を震わせている事が伝わって来る。
アタシという敵に出会えた事を心から喜んでいるんだ。

アタシの光とセシリアの炎は互角、でも互角では勝てない。このままではいずれアタシが負ける。

「はぁ・・・はぁ・・・アタシは、あんたを楽しませる、つもりなんて、ないよ」

大きく息を付いて新緑を薙ぎ払い、セシリアの血狂刃を弾き返す。

口から吐く息は白い。冬の夜だ、気温は相当低いはず。当然だ。
だが、とてもそうは思えないほど、アタシの体は全身から汗が吹き出ている。

原因は分かっている
今はまだ互角だ。だが、そろそろ・・・

「私を前にして考え事なんて、余裕じゃない!」

セシリアが距離を詰め、アタシの喉元目掛けて血狂刃を振るう。
顔を振り紙一重で躱すが、燃え盛る深紅の刃に当てられた髪が、千切れて宙を舞い燃え尽きる。

「はぁっ・・・はぁっ・・・」

一歩大きく後ろに飛ぶ。
心臓の鼓動がやけに耳に付く、胸が苦しい。体が沢山の酸素を求め呼吸が早くなる。
でも視線は外さない。新緑をセシリアに向け構える。どんなに辛くても気持ちは決して切らさない。


「うふふ・・・ねぇ、ヤヨイ、ずいぶんキツそうね?あなたのその力、けっこうえげつないのね?一時的にすごい力を得るようだけど、代わりにすごい勢いであなたの体力が落ちているのが分かるわ。もう時間がないんでしょ?」

全身血濡れで赤い髪を逆立てながら微笑みを見せるセシリア・・・その姿はまるで赤鬼だ。

小さいころのアタシは、おとぎ話に出て来る鬼が怖かった。

村を襲ったり、人を食べたり、お金や食べ物を奪ったり、そんな鬼がアタシは怖かった。
臆病で怖がりで小さかったアタシは、よくお母さんに泣きついたものだ。

記憶の中の一番古い思い出は・・・・・大声で泣くアタシを優しく抱きしめて、頭を撫でてくれるお母さんだった。


弥生・・・鬼はね、人の心の中にいるの。
だから怖いって思わなければ、人は鬼にも勝てるんだよ。
だって、弥生が鬼になんか負けないって思えば、弥生の勝ちなんだから。



「・・・はは、セシリア・・・あんたはまるで赤鬼だ」

急に笑い出したアタシを見て、セシリアは少しだけ首を傾げた。

「・・・何を言っているのかわからないわ。アカオニ?」


アタシは新緑を上段に構え目を閉じた。

お母さん・・・アタシ、負けないよ。
・・・さぁ、鬼退治だ!


セシリアの言う通り、おそらくあと一分も持たないだろう。
北の街での戦いでも感じたが、この光の力はアタシの力を爆発的に高めてくれる。

だけど代償として、アタシの生命エネルギーを奪っていく。

この光の力があるから、アタシはこのセシリア・シールズとも互角に戦う事ができた。
だけど裏を返せば、この光の力が無くなればアタシは一瞬で殺されるだろう。

ならば勝負をかけるのは今しかない!

光よ・・・アタシに力を・・・コイツに、セシリア・シールズに勝てる力を・・・家族を、子供達を、みんなを護れる力をちょうだい!


「なっ!?」

弥生の体を纏う光が大きく膨れ上がる。
セシリアは自分の炎をはるかに上回るその力を目の当たりにし、本能的に両手を顔の前で交差し防御の体勢を取った。

そしてそれは正しかった。

深紅の片手剣、血狂刃で受けられたのは運が良かった。
咄嗟に両手を交差し刃を体の前に出していなければ真っ二つだっただろう。

だが上段から撃ち込まれた斬撃は、セシリアの血狂刃でも受け止めきれずその体を地面に叩きつけられる。

「ぐッ・・・はぁッツ!」

全身が痺れるような、凄まじい衝撃が体を突き抜けた。
体力が底を尽き、さっきまで死に体寸前だったとはとても思えない。気力に満ちた一撃だった。

あまりの威力に一瞬息が止まるが、セシリアに思考を割く余裕はなかった。
体が跳ね上がったセシリアの胴体を狙い、弥生の新緑が再び上段から振り下ろされる。

必死に腕を振るい血狂刃をぶつけ合わせるが、弥生の新緑に軽々と薙ぎ払われ弾き飛ばされる。
地面を転がされ、樹に背中を打ち付けやっと動きを止めると、片手剣を地面に刺し体重を預けながら起き上がる。
一方的だったさっきまでとは真逆の展開だった。

そしてその一方的な展開にセシリアは・・・



「・・・いいわ・・・最高よ!最高じゃない!」

感情をむき出しにして笑うと、大地を蹴って高く、高く飛び上がった。
ダメージは大きい。だが、精神の高揚がそれを上回っている。


「見せてあげるわ!真っ赤な太陽を!


血狂刃を頭上に高々と振り上げる。全身から発せられる炎が切っ先に集まり出す。
それは夜の闇を吹き飛ばす程に大きく、触れたものは一瞬で塵となる程に激しく、血のように真っ赤に染まった太陽のようだった。


「・・・ふん、似た者同士・・・なのかもしれないね」

弥生は小さく笑うと、薙刀の刃を地面に当て、目を閉じて刃に力を集中させた。
新緑がこれまで以上に大きく強い光を纏う。その力と輝きは周囲で二人の戦いを見守っているカエストゥス軍と、帝国軍の戦いを止めさせ釘付けにする程だった。


・・・光よ・・・そして風よ・・・これが最後・・・・・私にありったけの力をかして


「え・・・あれって・・・風の精霊?」

戦いを見ていたジャニスの目に飛び込んできたのは、突然弥生の周りに浮かび現れた、大小様々な緑色の炎だった。

かつてブレンダンとベン・フィングとの試合の最後に見た、あの緑の炎が現れた。
そして無数に出現した炎は、まるで弥生を護るかのように寄り添って見えた。




・・・ありがとう
・・・アタシに力をくれて・・・
・・・この一撃で・・・終わらせる!



「血狂刃!全てを焼き尽くしなさい!」
上空からセシリアのプロミネンスが撃ち放たれた。



「新緑!全てを出し尽くせ!」
研ぎ澄まされた風、そして莫大な光の力を纏った刃を、弥生は空に向かって振り上げ撃ち出した。


弥生とセシリア、二人の戦いに決着の時が来た
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