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【375 残りの脅威】

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カエストゥス国首都バンテージ。

東のブリッジャー渓谷での敗戦の知らせを受けたロペスは、幹部クラスを集め大部屋で対策会議を行っていた。

「全滅だと言うのか!?マーヴィン・マルティネス、ブレンダン・ランデル、あの二人がいて全滅だと言うのか!?どうするんだ!?ロペス、策はあるんだろうな!?東以外は勝利しているのであろう?ウィッカーは呼び戻せんのか!?セシリアに一度勝利しているのだろう!?」

大柄で肥えた男がテーブルを叩き、正面に座るロペスをまくし立てる。

「マカブ卿、ウィッカー達にはすでに写しの鏡で連絡はしております。確かに一度は勝利を治めました。ですが、こちらも無傷だったわけではありません。特に西のセインソルボ山は壊滅に近い、ギリギりの勝利でした。敵の指揮官クラスの女が兵を逃がすために撤退をしたとの事でしたが、折りを見て再び進軍してくる可能性もあります。今すぐウィッカーを動かす事は厳しいでしょう」

「なんだと!?使えんヤツめ!ならば北と南はどうなんだ!?確かパトリックの嫁がなかなかの使い手だと言うではないか?それに南は余力を残して勝利したと聞いておるぞ?パトリックの嫁か、南からジョルジュを戻せばいいだろう!」

「パトリックの妻はヤヨイと言います。今は北でパトリックとともに指揮をとっております。
確かに西よりは幾分マシと言える状況ですが、副官のルチルが戦死し、兵も多数の死傷者をだしております。物流にも影響がでておりますので、今はできるだけ動かしたくありません。
ですので、ご指摘の通り一番余力を残している南から、ジョルジュとジャニスに帰還命令を出しました。明日には戻って来るでしょう」

「おぉ~、そうかそうか!ふむ、史上最強の弓使いか・・・昔は何を考えているか分からんヤツだったが、ここ数年は話しが分かるようになってきた。ブレンダンもよく教育したものだな。それにジャニスがいればどれだけ怪我をしようと、一瞬の内に回復して戦いに戻れる。いいではないか!」

ジョルジュとジャニス、主力の二人が帰還すると聞き、マカブは満足したように勢いよく腰を下ろしふんぞり返った。

「マカブ卿、ジョルジュはブレンダンの孤児院で子供達と触れ合い、友を作り、その中で意識が変わってきたのです。ブレンダンが特別何かしたというわけではありませんよ」

ブレンダンが教育したという言葉に引っかかりを覚えたロペスが指摘すると、マカブはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「ふんっ、そんな細かい事はどうでもいい!とにかくだ!今、我が国は帝国を相手に、四か所の防衛ラインで三勝をあげているのだ!だが、たった一つ!東が敗戦し、そこから攻め込まれているという事実が問題なのだ!ジョルジュとジャニスが戻ったら、直ちにセシリアの迎撃に向かわせろ!」

「・・・まぁ、二人が戻りましたらなるべく早く、東に向かわせますよ。セシリアの率いる軍勢が首都に到着するまで、まだ数日の猶予はあります。その間にこちらも体勢を整える事はできる。マカブ卿のおっしゃる通り、三か所で勝利しているのです。懸念は当然ですが、もう少し落ち着いて話し合いましょう」


ロペスはこの男、ズイード・マカブ侯爵が苦手だった。
この戦争において多くの貴族達が兵や物資、資金を出しているが、このマカブは受けた恩は忘れても、与えた物は絶対に忘れないタイプだった。

こうして対策会議に参加し口を出してくるのも、自分が援助している以上、勝利した暁には倍にして取り返すため、どこで何を勝ち取り、どこで金が動いているか等を把握するためである。



会議が終わると、マカブは大きく足音を立てながら部屋を出て行った。

「ロペス、苦労をかけますね。あなたがいて本当に助かります」

長いテーブルの正面に座るのはカエストゥス国、新国王のマルコ・ハメイド。
軍事面は経験も知識も足りず、全てロペスに任せていた。

「もったいないお言葉です。しかし、陛下はこの国難に対してとてもしっかりと民を考え護っていらっしゃいます。お一人で全てを見る事を難しいものです。軍事面は私におまかせください」

「・・・ロペス、頼りにしております」

「はい。そして・・・タジーム様、陛下をよろしくお願いいたします」


ロペスはマルコに向けていた視線を隣に座る男、マルコの兄タジーム・ハメイドに移した。

黒い短髪をツンツンと上に立て、聞いているのかいないのか、無表情にロペスの視線を受け止めている。
180cm程と魔法使いにしては長身で、相変わらず飾り気のない無地で地味な服を着ている。

「・・・あぁ、任せろ」

愛想は悪く表情も豊かではないが、決して人に関心が無いわけではない。
孤児院での生活がタジームを変えた。


「俺がここにいる限り、マルコには指一本触れさせん」


強い眼差しには、確かで強固な意思が宿っていた。






「ロビン・・・ビボル・・・太い柱を失った。ルチル・・・若くこれからの新しい芽が散った・・・、マーヴィンとブレンダンの死体は発見されていないが、東が制圧された事を考えれば生存は現実的ではないかもしれんな・・・」

やがて、マルコとタジームも退室し、一人部屋に残ったロペスは、目を閉じ一人呟いた。

四か所の戦いで、三つ勝てたのは大きい。それだけを見ればカエストゥスが優勢に見える。

そしてブロートン帝国は主力の大半を失い、残りは第一師団長のセシリア・シールズ。
東から進行してきており、今最も警戒しなければならない相手だ。

そして生死の確認はとれていないが、あの白い髪の悪霊使いクラレッサ・アリームと、その兄テレンス・アリーム。この二人が生きていれば、ブレンダン無しでは相当厳しいだろう。


「まだこちらには、ウィッカー、ジョルジュ、ヤヨイ、ジャニスがいる。そしてペトラとエロールも頼れる存在になった。主力では決して帝国に引けをとらないだろう」

ウィッカーは一度セシリアを相手に、勝利同然の成果を上げている。
そう考えれば、なんとかなる相手だとは思う。
だが、元大臣ベン・フィングの情報では、セシリアの血狂刃にはもう一つ上の力が存在する。
決して侮る事はできない。

そして、やはり最大の脅威は皇帝だろう。

「あの日の光源爆裂弾・・・あれを防げる者がいるだろうか・・・とてつもない魔力だった。おそらくブレンダン様の天衣結界でも防げないだろう・・・」

たった一人で勝敗を左右しかねない力を持つ皇帝。
今がいかに優勢であったとしても、最終的には皇帝を倒す事ができるかどうかになってくるだろう。


やはりタジーム王子しか・・・

何度考えても唯一勝てる見込みがある人物は、タジーム・ハメイドしか思い浮かばない。

ウィッカー、ジョルジュ、ヤヨイ、ジャニスの四人で挑めば勝算はあるだろう。
しかし、都合良く四人が揃って戦いの場に立てるだろうか?

タジームに皇帝のみを標的として動いてもらった方が現実的だろう。


すでにロペスはタジームに、話し事態は通してある。

タジームも皇帝の打倒について、分かった、と一言で了承をしてくれた。

だが、ロペスの心には一つだけ拭いきれない懸念があった。


闇魔法 黒渦


六年前のあの日、空に渦巻く巨大な闇。

数百憶のバッタを、生命を蹂躙したあの闇にタジームの深い心の闇を感じた。

あの日以来、タジームが黒渦を使った事は一度もない。
今のタジームを見れば、むしろずいぶんと心を開いてくれていると思う。

もう心の闇は晴れたのではないだろうか。

だけどそう思う反面、なにか一つ間違ってしまえば、再びあの闇が顔を覗かせるかもしれない。

ロペスはその考えをどうしても払拭できなかった。

皇帝打倒の要請をしておいて矛盾しているかもしれないが、できればこの戦争で、タジームが出陣しなければならない事態は避けたかった。

今、弟のマルコと一緒にいるタジームは、見た目には分かりにくいが、心穏やかにしているように感じる。
できればこのままずっと静かに平穏でいて欲しい。


それが辛い境遇で育ったタジームへのロペスの願いだった。

「私も、覚悟を決めておかねばな・・・」

いつか自分も戦う日がくるだろう。
それは予感ではなく、確信に近いものがあった。


「ビボル、ロビン・・・その時は、力を貸してくれよな」

自分以外に誰もいない・・・たった一人残った部屋で、ロペスは瞼の裏に友の顔を思い起こした。
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