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【373 逃走経路】
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生い茂る樹々を走り抜ける。
土を盛り上げている幹に足を取られそうになったが、クラレッサが支えてくれて転ばずにすんだ。
年齢から考えれば動ける方だと思っているが、70歳の魔法使いで走り続ける事はどうしても無理がある。
薄暗さを感じて空を見上げると陽はだいぶ傾いていた。
さっきまで葉の隙間から差し込んでいた夕陽の明かりも消えかかっており、もうじき夜の闇に包まれるだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・クラレッサ、すまんな。足を引っ張ってしまって」
「いいえ、そんな事ありません。おじいさんと私はお友達じゃないですか」
白く長い髪が汗を吸い少し束になっている。ワシ程ではないが、クラレッサも息は上がってきておる。
当たり前じゃ、クラレッサも魔法使い。言うまでももなく体力は少ない。疲れてはいるんじゃ。
ワシは自分の両腿を、気合を入れる様に強く叩いた。
気持ちでごまかせばまだ走る事はできそうじゃ。
「痛くないのですか?」
ワシが自分の腿を叩いた事が不思議だったようじゃ。きょとんとした顔をしておる。
「これはな、気合をいれとるんじゃよ。そうじゃな・・・自分に負けるな、という気を引き締めるためじゃな」
「そうなのですか・・・では、私もやります」
そう言うとクラレッサもローブの上から、えい!と言う掛け声と共に、自分の両腿を手の平で叩いた。
「・・・痛いですね。でも、なんだか頭が冴えたような気がします」
「ほっほっほ、クラレッサは面白い娘じゃのう」
「・・・おじいさんの言ってる事がよく分かりません。なにが面白いのですか?」
おそらく同年代の子供との付き合いが足りないのじゃ。
そして、大事にされていたとは言うが、それは軍事力のためのもの。
温かい食事、寝心地の良いベッド、くつろげる部屋があったとしても、そこに人と人との付き合いは無かったのではないじゃろうか?
多分無かったのだろう。
戦いのためだけに育てられたとしたら、人間の心、喜怒哀楽というものが今一つ分からんのかもしれんな。
「クラレッサが素直で優しい子という事じゃよ」
「・・・そう、なのですか?」
あまり納得していないようじゃが、とりあえず返事をくれたのでこの話しはここまでにするとしよう。
「ところで、カエストゥス軍の拠点までは、あとどのくらいなのですか?」
「ここまでくればもうすぐじゃ。あの切り株があるじゃろ?そこを曲がって少し道なりに進めば着く」
前方を指すと、クラレッサもそれにつられて目を向ける。
この時、ワシは油断しておったのかもしれん。
今までがサーチに頼り過ぎていたというのもあるじゃろう。
声をかけられるまで、その気配に全く気が付く事ができなかった。
「そう、よく分かったわ。道案内ご苦労様」
背筋が凍るとは、こういう時に使う言葉なのだろう。
心臓が跳ね上がりそうな程に反応した。
冬場だが、ここまで走ってきたため全身に汗を掻いていた。
暑いくらいに体温が上がっていたが、一瞬で震える程に体が冷えた。
ワシとクラレッサ、二人はその声を耳にした瞬間、同時に振り返った。
視線の先、数メートルに、全身を真っ赤に濡らした女が、ギラギラと狂気に満ちた目をこちらに向けて立っていた。
「セ、セシリ・・・!」
声を上げた時にはすでに遅かった。
セシリアの赤い瞳に灯った火を見てしまった。
「ぐっ・・・はぁぁ・・・」
一瞬の出来事だった。
セシリアと視線を合わせた。そう認識したと同時に、突如体が内側から焼かれているような、とてつもない熱さに蝕まれた。
喉の奥もまるで焼かれているかのような熱さにやられ、呼吸をする事さえできない程の苦しさに、ワシは立っていられず喉を押さえ膝を落とした。
「うふふ・・・ブレンダン、どう?わたしの瞳の力は?体の内側から熱で破壊されるのって、なかなか辛いでしょ?」
「セシリア・・・お前、よくも兄様を・・・おじいさんまで・・・」
隣に立っていたクラレッサから、赤黒い波動がにじみ出てくる。
いかん!頭では抑えなければと分かっていても、感情が追いつかんのじゃ!
無理もない、こやつは・・・セシリアは、自分の兄の仇なんじゃ・・・目の前にして抑えられようはずがない!
「あら、クラレッサ私とやる気?いいわ!かかってきなさいよ!」
「殺してや・・・!?」
「駄目じゃクラレッサッツ!」
赤黒い波動を噴出させ、セシリアに飛び掛かろうとしたクラレッサを全力で力いっぱいに抱きしめ、腹の底から声を振り出した。
「駄目じゃ!ぐっ・・・ワ、ワシは大丈夫じゃ!クラ、レッサ・・・戻ってこい!戻ってくるん・・・ぐあッ!」
突如背中に鋭い痛みが走る。
一瞬遅れて焼けるような痛みが全身を駆け抜け、前のめりに倒れ伏してしまう。
「あら?真っ二つにするつもりだったけど・・・結界を張っていたのね?でも、もうほとんど魔力が残ってないのね。ほとんど抵抗なく剣が入ったわ。うふふ・・・でも、戦いの最中に私に背中を向けるなんて・・・ブレンダン、私を舐めてない?」
捕食者が獲物を前にした喜びを隠しきれないような、妖しくも恍惚とした声が頭の上からかけられる。
「おじいさんッツ!」
「ぐ・・・うぅ・・・ク、クラレッサ・・・に、逃げる、んじゃ!」
斬られた背中の痛みが和らぐ、温かく傷を癒すこの力は白魔法のヒール。
「嫌です!おじいさんが一緒でなきゃ嫌です!」
「クラ、レッサ・・・」
膝を着き、ワシの背中に手を当て癒しの力を使うその姿は、慈愛と優しさに満ちていた。
やはり、今のその姿こそがお主の本当の姿なんじゃな・・・
「うふふ・・・クラレッサ、今のあなたの姿を見たら、皇帝はなんておっしゃるかしら?私でさえ寒気を覚えたあの氷のように冷たいあなたはどこにいったの?・・・あなたとも戦ってみたかったけど、もういいわ・・・二人一緒に死になさい」
今しがたブレンダンを斬り、その血が伝う刃を振りかざしたその時、風の刃、破壊の弾、鋭く尖った氷の弾、何十発もの攻撃魔法がセシリア目掛けて撃ち込まれた。
「くッ!?」
とっさに両腕を交差させ防御の体勢をとったが、全弾直撃しセシリアの動きが止まった。
「ブレンダン様!ご無事ですか!?」
倒れているブレンダンに剣を携えた一人の男が駆けつける。
「お、おぬし・・・」
「マーヴィン様より、拠点を任されております。ルーカスと申します。近くを警備中になにやら争うような声が聞こえたので来てみましたが、間に合ったようで良かった」
ブレンダンの窮地を救ったのは、深緑色のローブを身に纏ったカエストゥス軍の魔法使い達、そして剣士隊だった。その数は数十人にもおよぶ。
「休むな!撃ち続けろ!」
ルーカスの合図で魔法使い達は攻撃を続ける。
全面に魔法使いが立ち並び、その脇を剣士隊で固めている。
「に、逃げろ・・・敵は、セシリアじゃ。お主達では敵わん・・・」
「・・・申し訳ありません。そのご命令は聞けません。おい!お前達、ブレンダン様を安全な場所まで運べ!・・・こちらは?」
ルーカスが、ブレンダンの背に手を当てているクラレッサに目を向ける。
「ク、クラレッサじゃ・・・孤児院の・・・ワシの娘じゃ・・・」
「・・・左様でしたか。では、ご一緒に避難を」
ルーカスはクラレッサの顔を見つめた後、何か言いかけたがその言葉は飲み込んだ。
特徴的な白い髪、そしてなにより身に纏っているのは、帝国軍でも限られた者しか着る事のできない深紅のローブなのだ。
そしてクラレッサは王位継承の儀が執り行われた際に、カエストゥスへ来ている。
拠点を任されているという事は、それなりの地位の男。
ルーカスはクラレッサを知っていてもおかしくない。いや、知らなかったとしてもこれだけの要素があれば、不審に思って当然である。
「・・・ブレンダン様、一度だけ確認させてください。大丈夫なのですね?」
二人の兵士がブレンダンの体を両脇から抱えた時、その背中にルーカスの言葉がかけられる。
「何も問題はない。ブレンダン・ランデルの名に懸けてじゃ」
顔を半分だけ向けて、ハッキリと迷いなく答えたブレンダンの言葉を聞いて、ルーカスは目を閉じて頷いた。
「そちらのお嬢様もご一緒だ!ブレンダン様の娘様だ、丁重にお連れしろ!」
ブレンダンの隣に寄り添うように付くクラレッサに、ブレンダンを抱えている兵士達も困惑していたが、ルーカスの指示でクラレッサへの対応も一変し丁寧なものになった。
「おじいさん、痛くないですか?大丈夫ですか?」
「あぁ、クラレッサのおかげでなんとか大丈夫じゃ。だが、もう魔力が無い・・・満足に歩く事もできん」
背中の傷は癒えた。だが、もう魔力は底を尽き一人で歩く事もおぼつかない程に消耗していた。
兵士に連れて行かれるブレンダン、そしてその隣のクラレッサの後ろ姿を一瞥すると、ルーカスは正面に向き直った。
セシリアは今この瞬間も、絶え間ない攻撃魔法に晒されている。
火、風、氷、爆発、様々な力がセシリアにぶつけられる。その攻撃の余波は周囲の木々をへし折り、地面をえぐる。何十発、何百発とぶつけた攻撃魔法は、砂埃を高く舞い上げ、カエストゥス兵とセシリアの間の視界を防いだ。
このまま撃ち続ければ押しきれるのではないか?
一瞬だがそう思った。
ふいに胸に熱を感じ顔を下に向ける。
「が・・・あ、な、なにぃッ!?」
自分の胸突き刺さるそれは炎。
鋭い炎がルーカスの胸を貫き、そして燃え上がった。
「うがあぁぁぁぁぁーーーッ!」
「ルーカス隊長!」
「な、なにが!?」
「なっ!?そんな馬鹿な!」
全身を焼かれ倒れるルーカスを目にし、魔法使い達の攻撃の手が一瞬止まる。
その一瞬で距離を詰めたセシリアは、まず正面の魔法使いの喉を斬り裂いた。
そのまま反応できていない周りの魔法使いも一太刀で斬り伏せると、両脇から斬りかかってきた剣士の斬激を一歩引いてかわすと、真紅の片手剣に炎を集中させた。
その炎は片手剣を被うように鋭く燃え上がる。
「斬られながら燃えなさい!」
セシリアが剣を振るうと、ルーカスを突き刺したものと同じ、炎の刃が剣士達に襲いかかる。
「うわあぁぁーッ!」
「ぐあぁぁーッ!」
そこから先はセシリアの一方的な蹂躙だった。
「・・・さて、そろそろ鬼ごっこも終わりにしましょうか。逃がさないわよ、ブレンダン、クラレッサ」
やがて自分以外に立っている者がいなくなると、セシリアはカエストゥス軍の拠点に向かって走り出した。
土を盛り上げている幹に足を取られそうになったが、クラレッサが支えてくれて転ばずにすんだ。
年齢から考えれば動ける方だと思っているが、70歳の魔法使いで走り続ける事はどうしても無理がある。
薄暗さを感じて空を見上げると陽はだいぶ傾いていた。
さっきまで葉の隙間から差し込んでいた夕陽の明かりも消えかかっており、もうじき夜の闇に包まれるだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・クラレッサ、すまんな。足を引っ張ってしまって」
「いいえ、そんな事ありません。おじいさんと私はお友達じゃないですか」
白く長い髪が汗を吸い少し束になっている。ワシ程ではないが、クラレッサも息は上がってきておる。
当たり前じゃ、クラレッサも魔法使い。言うまでももなく体力は少ない。疲れてはいるんじゃ。
ワシは自分の両腿を、気合を入れる様に強く叩いた。
気持ちでごまかせばまだ走る事はできそうじゃ。
「痛くないのですか?」
ワシが自分の腿を叩いた事が不思議だったようじゃ。きょとんとした顔をしておる。
「これはな、気合をいれとるんじゃよ。そうじゃな・・・自分に負けるな、という気を引き締めるためじゃな」
「そうなのですか・・・では、私もやります」
そう言うとクラレッサもローブの上から、えい!と言う掛け声と共に、自分の両腿を手の平で叩いた。
「・・・痛いですね。でも、なんだか頭が冴えたような気がします」
「ほっほっほ、クラレッサは面白い娘じゃのう」
「・・・おじいさんの言ってる事がよく分かりません。なにが面白いのですか?」
おそらく同年代の子供との付き合いが足りないのじゃ。
そして、大事にされていたとは言うが、それは軍事力のためのもの。
温かい食事、寝心地の良いベッド、くつろげる部屋があったとしても、そこに人と人との付き合いは無かったのではないじゃろうか?
多分無かったのだろう。
戦いのためだけに育てられたとしたら、人間の心、喜怒哀楽というものが今一つ分からんのかもしれんな。
「クラレッサが素直で優しい子という事じゃよ」
「・・・そう、なのですか?」
あまり納得していないようじゃが、とりあえず返事をくれたのでこの話しはここまでにするとしよう。
「ところで、カエストゥス軍の拠点までは、あとどのくらいなのですか?」
「ここまでくればもうすぐじゃ。あの切り株があるじゃろ?そこを曲がって少し道なりに進めば着く」
前方を指すと、クラレッサもそれにつられて目を向ける。
この時、ワシは油断しておったのかもしれん。
今までがサーチに頼り過ぎていたというのもあるじゃろう。
声をかけられるまで、その気配に全く気が付く事ができなかった。
「そう、よく分かったわ。道案内ご苦労様」
背筋が凍るとは、こういう時に使う言葉なのだろう。
心臓が跳ね上がりそうな程に反応した。
冬場だが、ここまで走ってきたため全身に汗を掻いていた。
暑いくらいに体温が上がっていたが、一瞬で震える程に体が冷えた。
ワシとクラレッサ、二人はその声を耳にした瞬間、同時に振り返った。
視線の先、数メートルに、全身を真っ赤に濡らした女が、ギラギラと狂気に満ちた目をこちらに向けて立っていた。
「セ、セシリ・・・!」
声を上げた時にはすでに遅かった。
セシリアの赤い瞳に灯った火を見てしまった。
「ぐっ・・・はぁぁ・・・」
一瞬の出来事だった。
セシリアと視線を合わせた。そう認識したと同時に、突如体が内側から焼かれているような、とてつもない熱さに蝕まれた。
喉の奥もまるで焼かれているかのような熱さにやられ、呼吸をする事さえできない程の苦しさに、ワシは立っていられず喉を押さえ膝を落とした。
「うふふ・・・ブレンダン、どう?わたしの瞳の力は?体の内側から熱で破壊されるのって、なかなか辛いでしょ?」
「セシリア・・・お前、よくも兄様を・・・おじいさんまで・・・」
隣に立っていたクラレッサから、赤黒い波動がにじみ出てくる。
いかん!頭では抑えなければと分かっていても、感情が追いつかんのじゃ!
無理もない、こやつは・・・セシリアは、自分の兄の仇なんじゃ・・・目の前にして抑えられようはずがない!
「あら、クラレッサ私とやる気?いいわ!かかってきなさいよ!」
「殺してや・・・!?」
「駄目じゃクラレッサッツ!」
赤黒い波動を噴出させ、セシリアに飛び掛かろうとしたクラレッサを全力で力いっぱいに抱きしめ、腹の底から声を振り出した。
「駄目じゃ!ぐっ・・・ワ、ワシは大丈夫じゃ!クラ、レッサ・・・戻ってこい!戻ってくるん・・・ぐあッ!」
突如背中に鋭い痛みが走る。
一瞬遅れて焼けるような痛みが全身を駆け抜け、前のめりに倒れ伏してしまう。
「あら?真っ二つにするつもりだったけど・・・結界を張っていたのね?でも、もうほとんど魔力が残ってないのね。ほとんど抵抗なく剣が入ったわ。うふふ・・・でも、戦いの最中に私に背中を向けるなんて・・・ブレンダン、私を舐めてない?」
捕食者が獲物を前にした喜びを隠しきれないような、妖しくも恍惚とした声が頭の上からかけられる。
「おじいさんッツ!」
「ぐ・・・うぅ・・・ク、クラレッサ・・・に、逃げる、んじゃ!」
斬られた背中の痛みが和らぐ、温かく傷を癒すこの力は白魔法のヒール。
「嫌です!おじいさんが一緒でなきゃ嫌です!」
「クラ、レッサ・・・」
膝を着き、ワシの背中に手を当て癒しの力を使うその姿は、慈愛と優しさに満ちていた。
やはり、今のその姿こそがお主の本当の姿なんじゃな・・・
「うふふ・・・クラレッサ、今のあなたの姿を見たら、皇帝はなんておっしゃるかしら?私でさえ寒気を覚えたあの氷のように冷たいあなたはどこにいったの?・・・あなたとも戦ってみたかったけど、もういいわ・・・二人一緒に死になさい」
今しがたブレンダンを斬り、その血が伝う刃を振りかざしたその時、風の刃、破壊の弾、鋭く尖った氷の弾、何十発もの攻撃魔法がセシリア目掛けて撃ち込まれた。
「くッ!?」
とっさに両腕を交差させ防御の体勢をとったが、全弾直撃しセシリアの動きが止まった。
「ブレンダン様!ご無事ですか!?」
倒れているブレンダンに剣を携えた一人の男が駆けつける。
「お、おぬし・・・」
「マーヴィン様より、拠点を任されております。ルーカスと申します。近くを警備中になにやら争うような声が聞こえたので来てみましたが、間に合ったようで良かった」
ブレンダンの窮地を救ったのは、深緑色のローブを身に纏ったカエストゥス軍の魔法使い達、そして剣士隊だった。その数は数十人にもおよぶ。
「休むな!撃ち続けろ!」
ルーカスの合図で魔法使い達は攻撃を続ける。
全面に魔法使いが立ち並び、その脇を剣士隊で固めている。
「に、逃げろ・・・敵は、セシリアじゃ。お主達では敵わん・・・」
「・・・申し訳ありません。そのご命令は聞けません。おい!お前達、ブレンダン様を安全な場所まで運べ!・・・こちらは?」
ルーカスが、ブレンダンの背に手を当てているクラレッサに目を向ける。
「ク、クラレッサじゃ・・・孤児院の・・・ワシの娘じゃ・・・」
「・・・左様でしたか。では、ご一緒に避難を」
ルーカスはクラレッサの顔を見つめた後、何か言いかけたがその言葉は飲み込んだ。
特徴的な白い髪、そしてなにより身に纏っているのは、帝国軍でも限られた者しか着る事のできない深紅のローブなのだ。
そしてクラレッサは王位継承の儀が執り行われた際に、カエストゥスへ来ている。
拠点を任されているという事は、それなりの地位の男。
ルーカスはクラレッサを知っていてもおかしくない。いや、知らなかったとしてもこれだけの要素があれば、不審に思って当然である。
「・・・ブレンダン様、一度だけ確認させてください。大丈夫なのですね?」
二人の兵士がブレンダンの体を両脇から抱えた時、その背中にルーカスの言葉がかけられる。
「何も問題はない。ブレンダン・ランデルの名に懸けてじゃ」
顔を半分だけ向けて、ハッキリと迷いなく答えたブレンダンの言葉を聞いて、ルーカスは目を閉じて頷いた。
「そちらのお嬢様もご一緒だ!ブレンダン様の娘様だ、丁重にお連れしろ!」
ブレンダンの隣に寄り添うように付くクラレッサに、ブレンダンを抱えている兵士達も困惑していたが、ルーカスの指示でクラレッサへの対応も一変し丁寧なものになった。
「おじいさん、痛くないですか?大丈夫ですか?」
「あぁ、クラレッサのおかげでなんとか大丈夫じゃ。だが、もう魔力が無い・・・満足に歩く事もできん」
背中の傷は癒えた。だが、もう魔力は底を尽き一人で歩く事もおぼつかない程に消耗していた。
兵士に連れて行かれるブレンダン、そしてその隣のクラレッサの後ろ姿を一瞥すると、ルーカスは正面に向き直った。
セシリアは今この瞬間も、絶え間ない攻撃魔法に晒されている。
火、風、氷、爆発、様々な力がセシリアにぶつけられる。その攻撃の余波は周囲の木々をへし折り、地面をえぐる。何十発、何百発とぶつけた攻撃魔法は、砂埃を高く舞い上げ、カエストゥス兵とセシリアの間の視界を防いだ。
このまま撃ち続ければ押しきれるのではないか?
一瞬だがそう思った。
ふいに胸に熱を感じ顔を下に向ける。
「が・・・あ、な、なにぃッ!?」
自分の胸突き刺さるそれは炎。
鋭い炎がルーカスの胸を貫き、そして燃え上がった。
「うがあぁぁぁぁぁーーーッ!」
「ルーカス隊長!」
「な、なにが!?」
「なっ!?そんな馬鹿な!」
全身を焼かれ倒れるルーカスを目にし、魔法使い達の攻撃の手が一瞬止まる。
その一瞬で距離を詰めたセシリアは、まず正面の魔法使いの喉を斬り裂いた。
そのまま反応できていない周りの魔法使いも一太刀で斬り伏せると、両脇から斬りかかってきた剣士の斬激を一歩引いてかわすと、真紅の片手剣に炎を集中させた。
その炎は片手剣を被うように鋭く燃え上がる。
「斬られながら燃えなさい!」
セシリアが剣を振るうと、ルーカスを突き刺したものと同じ、炎の刃が剣士達に襲いかかる。
「うわあぁぁーッ!」
「ぐあぁぁーッ!」
そこから先はセシリアの一方的な蹂躙だった。
「・・・さて、そろそろ鬼ごっこも終わりにしましょうか。逃がさないわよ、ブレンダン、クラレッサ」
やがて自分以外に立っている者がいなくなると、セシリアはカエストゥス軍の拠点に向かって走り出した。
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