上 下
367 / 1,298

【366 兄と妹】

しおりを挟む
「フン、いかにブレンダンと言えども、初見で僕の幻の腕は防げなかったようだな」

飛ばした右肘から先を戻してはめると、テレンスはゆっくりと地上へ降り立った。
自身が放った爆裂空破弾による爆煙がまだ立ち込めているため、ブレンダンの生死は確認できないが、近距離で爆発魔法を顔面にぶつけられれば、生きていられるはずがない。


すぐ隣に密着してクラレッサがいたため、上級魔法を使用する事はできなかった。
そこでテレンスが考えた手段は、あくまで外からの連射で意識を外に向けさせ、爆裂空破弾で体勢を崩すと共に視界を防ぐ程の爆煙を上げる。

そして完全に注意が逸れたところで、幻の腕を結界内に飛ばし一撃で仕留める事だった。


「クラレッサ、邪魔者は消した。これで・・・」

爆煙が晴れてきた。

ブレンダンの死体を確認し、クラレッサを連れて帰る。それで全て元通りだ。
そう思いテレンスは足を一歩前に出し、そしてそれ以上進めなくなった。


「・・・クラ、レッサ・・・」


信じられなかった。

煙が晴れて目にしたものは、ブレンダンをかばうように両手を広げて立つ妹の姿だった。

「・・・兄さま。やめてください」






危ないところじゃった。
間一髪という言葉は、正にこういう状況の時に使うのだろう。

ワシの顔面に向けて放たれたあの一発。
あれは回避不可能じゃった。

突然目の前に現れた腕。
腕だけが宙に浮いている。そのあまりに異様な光景に理解が追い付かず、一瞬だが思考が止まってしまった。

そして放たれた爆発魔法。直撃していればおそらく命はなかったじゃろう。

じゃが、ワシが攻撃を受ける寸前で、なにかが間に入り爆発魔法を受け止めた。
目と鼻の先の事で、衝撃に体が後ろに飛ばされたが、それでも顔を吹き飛ばされはしなかった。


そして今、ワシの前にはクラレッサが両手を広げて立っておる。
体から見える煙のように立ち昇るそれは霊気。

ワシを護ったのはクラレッサじゃった。



「クラレッサ・・・すまんかったな。おかげで助かった」

腰を上げ背中に声をかけるが、クラレッサは振り向かない。
十数メートル程先に立つ白い髪の男は、クラレッサの兄テレンス。

二人は目を合わせたまま距離を詰める事もせず、そのまま口を閉ざしていた。

ブレンダンも口を挟める状況ではない事を察し、それ以上言葉を懸ける事はしなかった。
だが、もしもの時にはすぐにクラレッサのカバーに入れるように、テレンスに対して注意は切らさずに目を向ける。

ほんの一分足らずだったと思うが、永遠に感じる程の長い時間だった。
そして緊張感が高まり切ったその時、テレンスが口を開いた。


「・・・やめてくださいって・・・どういう、事だい?」

表情は平静を装っているが、その声色には冷たい響きが含まれていた。

「兄さま、このおじいさんは私のお友達です。攻撃しないでください」

そう答えるクラレッサの表情も、ブレンダンにしがみついていた時に見せた、か弱そうな目は鳴りを潜め、いつものように表情の無い平坦なものだった。

「・・・クラレッサ・・・そこをどくんだ。何を言われたかはわからないが、ブレンダンは危険だ。僕の言う事を聞くんだ。帝国に帰ろう・・・皇帝も待っている」

返された言葉にわずかに眉を潜めたが、それでもすぐに優し気な声で笑いかける。


「・・・皇帝」

クラレッサから感じる微かな心の揺らめき、皇帝はクラレッサにとって特別な存在だった。

「クラレッサ・・・皇帝は約束を守った。だから、僕達も皇帝との約束を守らなければならない。今クラレッサが感じている事は一時の気の迷いだ。こっちへ来るんだ。ブレンダンを助けた事は問題だが、今ここで僕が始末すればそれで解決だ。いまなら戻れるんだ」


テレンスが手を差し伸べる。


「兄さま・・・」
差し出されたその手は、クラレッサの目にあの日の光景をよみがえらせた。

あの日何があったのか・・・思い出そうとすると、頭の中に霧がかかったように記憶がぼやけてしまう。

だけど、きっと私がパパとママを殺したんだ。
この御霊の目を使って・・・

あのままカエストゥスに残っていたら、どうなっていたんだろう。

力尽きるまで誰かを殺していたのだろうか。

いずれにしても長くは生きていれなかっただろうし、悲惨な最後を迎えていたと思う。


私を連れ出してくれたのは・・・兄さま・・・・・



「・・・おじいさん、ごめんなさい。私、やっぱり兄さまと帝国に帰ります」


ブレンダンに背を向けたまま、クラレッサは一歩前に足を踏み出した。


「・・・クラレッサ、謝らんでええ・・・家族を取るのは当然じゃ。じゃがな、忘れんでくれよ。ワシとお主は友達じゃぞ・・・ワシはお主を助けると約束した。約束は守るからな」


「・・・はい。おじいさんと私は友達です。必ず・・・必ずもう一度お会いしましょう」


前を向いたままそう言葉を返し、クラレッサはテレンスの手を取った。

「よし、クラレッサ、後は僕にまかせて、後ろに行ってるんだ。ブレンダンは僕が始末する」

「兄さま、おじいさんを攻撃しないでください」

淡々とした口調だったが、一歩も引く事はない強さがあった。
テレンスもそれを感じ取ったのか、黙ってクラレッサの目を見つめている。


この時、テレンスの心の中では葛藤があった。

妹、クラレッサの願いを聞き、この場でブレンダンを見逃す事。

皇帝のために戦い続ける事。



「・・・うっ」

すまない、そう小さく呟くと、テレンスの拳がクラレッサの腹にめり込んだ。
そのまま意識を失い倒れるクラレッサを受け止めると、テレンスはブレンダンに背中を向け、後ろの木陰にクラレッサを横たわらせた。

敵であるブレンダンに背を向ける。
ブレンダンがクラレッサを巻き込む攻撃はしない事を信用しての事である。

敵であるブレンダンを信用する。
矛盾した気持ちをかかえ、テレンスもわずかながらに複雑な胸中であった。



「・・・待たせたな」

「・・・テレンスと言うたな?それでよいのか?」


振り向き近づいてくるテレンスに、ブレンダンは悲し気な声で尋ねる。

「何を勘違いしている?妹から何を聞いたか知らんが、僕も妹も、貴様に憐れんでもらう理由はない。僕は帝国の魔法使いで、貴様はカエストゥスの魔法使い。そしてここは戦場だ。黙って戦え」


「・・・正論じゃ。ぐうの音もでんわ。じゃが、それでも言わせてもらおう。ワシはクラレッサを助けると約束した。じゃが、クラレッサはずっとお主を気にかけておってな、お主と離れ離れはどうしても嫌と言うておる。じゃから、お主もカエストゥスのワシの孤児院に来んか?」


「・・・なんだと?」


言葉だけで人を殺せそうな程、恐ろしく低く冷たい声が森に響き、テレンスの周囲の空気が凍り付く。


「言葉通りじゃ。ワシは孤児院で大勢の子供を養っておる。これまで何百人も育ててきた。クラレッサも誘ったぞ。まるで関心がないわけではなさそうじゃったが、やはりお主の事が気がかりのようでな。
どうじゃ?兄妹で来んか?ワシから見ればお主達には心のゆとりが足りん。お主達の過去も聞いた。カエストゥスには思い出したくない事もあろう。じゃが、過去と向き合い乗り越える事で見えるものもあるぞ」


黙って聞いていたテレンスの身体から、敵意に満ちた魔力がブレンダンに向け放たれる。

「・・・やはり、そう簡単には聞いてくれんよな」


「黙って聞いていれば好き勝手な事を・・・・・分かったような事を言うな!僕とクラレッサの人生にお前は邪魔なんだよォォォーッツ!」

腹の底から吐き出すような絶叫と共に、テレンスの身体から発せられる魔力が炎に代わり、炎は竜へと姿を変える。


「灼炎竜か・・・」


魔空の枝をテレンスへ向けて構えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家
ファンタジー
 科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。  実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。  無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。  辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~

白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。 日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。 ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。 目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ! 大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ! 箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。 【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】

異世界で『魔法使い』になった私は一人自由気ままに生きていきたい

哀村圭一
ファンタジー
人や社会のしがらみが嫌になって命を絶ったOL、天音美亜(25歳)。薄れゆく意識の中で、謎の声の問いかけに答える。 「魔法使いになりたい」と。 そして目を覚ますと、そこは異世界。美亜は、13歳くらいの少女になっていた。 魔法があれば、なんでもできる! だから、今度の人生は誰にもかかわらず一人で生きていく!! 異世界で一人自由気ままに生きていくことを決意する美亜。だけど、そんな美亜をこの世界はなかなか一人にしてくれない。そして、美亜の魔法はこの世界にあるまじき、とんでもなく無茶苦茶なものであった。

処理中です...