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【366 兄と妹】

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「フン、いかにブレンダンと言えども、初見で僕の幻の腕は防げなかったようだな」

飛ばした右肘から先を戻してはめると、テレンスはゆっくりと地上へ降り立った。
自身が放った爆裂空破弾による爆煙がまだ立ち込めているため、ブレンダンの生死は確認できないが、近距離で爆発魔法を顔面にぶつけられれば、生きていられるはずがない。


すぐ隣に密着してクラレッサがいたため、上級魔法を使用する事はできなかった。
そこでテレンスが考えた手段は、あくまで外からの連射で意識を外に向けさせ、爆裂空破弾で体勢を崩すと共に視界を防ぐ程の爆煙を上げる。

そして完全に注意が逸れたところで、幻の腕を結界内に飛ばし一撃で仕留める事だった。


「クラレッサ、邪魔者は消した。これで・・・」

爆煙が晴れてきた。

ブレンダンの死体を確認し、クラレッサを連れて帰る。それで全て元通りだ。
そう思いテレンスは足を一歩前に出し、そしてそれ以上進めなくなった。


「・・・クラ、レッサ・・・」


信じられなかった。

煙が晴れて目にしたものは、ブレンダンをかばうように両手を広げて立つ妹の姿だった。

「・・・兄さま。やめてください」






危ないところじゃった。
間一髪という言葉は、正にこういう状況の時に使うのだろう。

ワシの顔面に向けて放たれたあの一発。
あれは回避不可能じゃった。

突然目の前に現れた腕。
腕だけが宙に浮いている。そのあまりに異様な光景に理解が追い付かず、一瞬だが思考が止まってしまった。

そして放たれた爆発魔法。直撃していればおそらく命はなかったじゃろう。

じゃが、ワシが攻撃を受ける寸前で、なにかが間に入り爆発魔法を受け止めた。
目と鼻の先の事で、衝撃に体が後ろに飛ばされたが、それでも顔を吹き飛ばされはしなかった。


そして今、ワシの前にはクラレッサが両手を広げて立っておる。
体から見える煙のように立ち昇るそれは霊気。

ワシを護ったのはクラレッサじゃった。



「クラレッサ・・・すまんかったな。おかげで助かった」

腰を上げ背中に声をかけるが、クラレッサは振り向かない。
十数メートル程先に立つ白い髪の男は、クラレッサの兄テレンス。

二人は目を合わせたまま距離を詰める事もせず、そのまま口を閉ざしていた。

ブレンダンも口を挟める状況ではない事を察し、それ以上言葉を懸ける事はしなかった。
だが、もしもの時にはすぐにクラレッサのカバーに入れるように、テレンスに対して注意は切らさずに目を向ける。

ほんの一分足らずだったと思うが、永遠に感じる程の長い時間だった。
そして緊張感が高まり切ったその時、テレンスが口を開いた。


「・・・やめてくださいって・・・どういう、事だい?」

表情は平静を装っているが、その声色には冷たい響きが含まれていた。

「兄さま、このおじいさんは私のお友達です。攻撃しないでください」

そう答えるクラレッサの表情も、ブレンダンにしがみついていた時に見せた、か弱そうな目は鳴りを潜め、いつものように表情の無い平坦なものだった。

「・・・クラレッサ・・・そこをどくんだ。何を言われたかはわからないが、ブレンダンは危険だ。僕の言う事を聞くんだ。帝国に帰ろう・・・皇帝も待っている」

返された言葉にわずかに眉を潜めたが、それでもすぐに優し気な声で笑いかける。


「・・・皇帝」

クラレッサから感じる微かな心の揺らめき、皇帝はクラレッサにとって特別な存在だった。

「クラレッサ・・・皇帝は約束を守った。だから、僕達も皇帝との約束を守らなければならない。今クラレッサが感じている事は一時の気の迷いだ。こっちへ来るんだ。ブレンダンを助けた事は問題だが、今ここで僕が始末すればそれで解決だ。いまなら戻れるんだ」


テレンスが手を差し伸べる。


「兄さま・・・」
差し出されたその手は、クラレッサの目にあの日の光景をよみがえらせた。

あの日何があったのか・・・思い出そうとすると、頭の中に霧がかかったように記憶がぼやけてしまう。

だけど、きっと私がパパとママを殺したんだ。
この御霊の目を使って・・・

あのままカエストゥスに残っていたら、どうなっていたんだろう。

力尽きるまで誰かを殺していたのだろうか。

いずれにしても長くは生きていれなかっただろうし、悲惨な最後を迎えていたと思う。


私を連れ出してくれたのは・・・兄さま・・・・・



「・・・おじいさん、ごめんなさい。私、やっぱり兄さまと帝国に帰ります」


ブレンダンに背を向けたまま、クラレッサは一歩前に足を踏み出した。


「・・・クラレッサ、謝らんでええ・・・家族を取るのは当然じゃ。じゃがな、忘れんでくれよ。ワシとお主は友達じゃぞ・・・ワシはお主を助けると約束した。約束は守るからな」


「・・・はい。おじいさんと私は友達です。必ず・・・必ずもう一度お会いしましょう」


前を向いたままそう言葉を返し、クラレッサはテレンスの手を取った。

「よし、クラレッサ、後は僕にまかせて、後ろに行ってるんだ。ブレンダンは僕が始末する」

「兄さま、おじいさんを攻撃しないでください」

淡々とした口調だったが、一歩も引く事はない強さがあった。
テレンスもそれを感じ取ったのか、黙ってクラレッサの目を見つめている。


この時、テレンスの心の中では葛藤があった。

妹、クラレッサの願いを聞き、この場でブレンダンを見逃す事。

皇帝のために戦い続ける事。



「・・・うっ」

すまない、そう小さく呟くと、テレンスの拳がクラレッサの腹にめり込んだ。
そのまま意識を失い倒れるクラレッサを受け止めると、テレンスはブレンダンに背中を向け、後ろの木陰にクラレッサを横たわらせた。

敵であるブレンダンに背を向ける。
ブレンダンがクラレッサを巻き込む攻撃はしない事を信用しての事である。

敵であるブレンダンを信用する。
矛盾した気持ちをかかえ、テレンスもわずかながらに複雑な胸中であった。



「・・・待たせたな」

「・・・テレンスと言うたな?それでよいのか?」


振り向き近づいてくるテレンスに、ブレンダンは悲し気な声で尋ねる。

「何を勘違いしている?妹から何を聞いたか知らんが、僕も妹も、貴様に憐れんでもらう理由はない。僕は帝国の魔法使いで、貴様はカエストゥスの魔法使い。そしてここは戦場だ。黙って戦え」


「・・・正論じゃ。ぐうの音もでんわ。じゃが、それでも言わせてもらおう。ワシはクラレッサを助けると約束した。じゃが、クラレッサはずっとお主を気にかけておってな、お主と離れ離れはどうしても嫌と言うておる。じゃから、お主もカエストゥスのワシの孤児院に来んか?」


「・・・なんだと?」


言葉だけで人を殺せそうな程、恐ろしく低く冷たい声が森に響き、テレンスの周囲の空気が凍り付く。


「言葉通りじゃ。ワシは孤児院で大勢の子供を養っておる。これまで何百人も育ててきた。クラレッサも誘ったぞ。まるで関心がないわけではなさそうじゃったが、やはりお主の事が気がかりのようでな。
どうじゃ?兄妹で来んか?ワシから見ればお主達には心のゆとりが足りん。お主達の過去も聞いた。カエストゥスには思い出したくない事もあろう。じゃが、過去と向き合い乗り越える事で見えるものもあるぞ」


黙って聞いていたテレンスの身体から、敵意に満ちた魔力がブレンダンに向け放たれる。

「・・・やはり、そう簡単には聞いてくれんよな」


「黙って聞いていれば好き勝手な事を・・・・・分かったような事を言うな!僕とクラレッサの人生にお前は邪魔なんだよォォォーッツ!」

腹の底から吐き出すような絶叫と共に、テレンスの身体から発せられる魔力が炎に代わり、炎は竜へと姿を変える。


「灼炎竜か・・・」


魔空の枝をテレンスへ向けて構えた。
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