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【360 ブレンダンとクラレッサ ①】
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「おじいさん、どうして逃げるんですか?」
顔に当たりそうな枝を払いのけ、躓きそうになる足元の太い幹を大股で飛んで躱す。
ブレンダンは追って来るクラレッサに背を向け、森の中をひたすら逃げ続けた。
クラレッサは、決して体力があるわけではない。
むしろ魔法使いの中でも低い方だろう。だが、齢70の老人に引き離される程ではない。
徐々に差を詰めて行った。
「はぁ、はぁ、ここまでくれば・・・よいか」
体力の限界という事もあったが、テレンスとクラレッサを十分引き離せた事を確認し、ブレンダンは足を止めた。
それとほぼ同時にブレンダンのすぐ後ろ、ほんの数メートルの場所でクラレッサも足を止めた。
「おじいさん、ここでお話しするのですか?」
小首を傾げて、年頃の可愛らしい笑顔で話しかけてくるクラレッサを見て、ブレンダンは額の汗をぬぐい、大きく息を付いた。
「ふぅ~・・・まぁ、そうじゃな。戦わんですむのならそれが一番じゃ。クラレッサと言うたな?単刀直入に言うが、この戦いから手を引いてくれんか?お主の悪霊は危険過ぎる」
「おじいさん、私またお会いできて嬉しかったんです。おじいさんは私と同じ霊力をもっているので、私の事を分かってくれると思うんです。私と一緒にいて帝国に来てください」
全く話しが嚙み合わない。それは王宮で会った時と変わらなかった。
クラレッサは聞きたい話ししか聞かない。自分の話したい事だけを話す。最初は理解できず混乱したが、二度目となるとブレンダンも会話のコツを少しばかり掴んでいた。
「相変わらず人の話しを聞かん娘じゃのう・・・ワシは帝国には行かんぞ。むしろ、お前さんがカエストゥスに来んか?ワシの孤児院で面倒を見てやるぞ」
「・・・おじいさんの孤児院?そこに行けば、おじいさんと一緒にいれるのですか?」
会話が成立した事で、ブレンダンは好機と見る。
「うむ、ワシと一緒じゃ。子供達も大勢いるが、みな気持ちの優しい子ばかりじゃ、お前さんもきっと気に入るじゃ・・・」
「子供?どうして私が子供と一緒にいなければならないのですか?」
「む?」
「おじいさん以外は必要ありません。だって、霊力は無いのでしょう?あるのでしたらご一緒でも構いませんが」
「・・・まいったのう・・・何百人も子供を見てきたが、お前さんが一番やっかいじゃ・・・」
ブレンダンは困ったというように、真っ白の髪を二度、三度と掻く。
乱暴な子供もいた。食事をとろうとしない子供もいた。急にいなくなって心配ばかりかける子供もいた。
子育てはいつも大変だった。
だが、どんな子供でも行動には理由があり、きちんと話して向き合う事で解決する事ができた。
しかし、話しが嚙み合わない。できない。
これはクラレッサ以外に経験が無く、しかも刺激してはいけないと言う条件もあり、ブレンダンもどうしていいか答えを出せないでいた。
「・・・おじいさん、やっぱりおじいさんが帝国に来てください。私は、兄さまもおりますので、そちらには行けません。今日、このまま一緒に帰りましょう」
クラレッが一歩前に出る。静けさが耳に痛いほどの静寂に包まれた森の中で、クラレッサが枯れ枝を踏み砕いた音は、やけに高く耳に響いた。
この一歩はただの一歩ではない。
返答次第では強硬手段に出る。そう告げる一歩だった。
「おじいさん、私と一緒に来てください」
そう言ってまるで陶器のように白くなめらかで細い手を差し出す。
自分の誘いが断られる事などまるで疑いもしない、純粋な瞳だった。
純粋に自分に都合の良い、自分の思い通りの絵を見ている瞳だった。
「・・・娘さん。ワシにはなぁ、まだまだ小さい子供が沢山おるんじゃ。親が子供を捨てて勝手に他所に行けるわけなかろう?お断りじゃ」
「なんでそんな事言うんですか?おじいさんは私と同じなのに」
クラレッサの周囲の空気が凍り付くような、冷たく低い声だった。
さっきまでの優しい微笑みは消え、失望したようにブレンダンを見つめている。
「・・・おじいさんには、もう一度私の霊力を見ていただくしかないようですね」
一瞬前まで穏やかに流れていた風がざわめき出す。
クラレッサの身体から、触れるだけで体を蝕まれるような、恐怖を帯びた霊気が発せられた。
「・・・ふぅ・・・お前さんを説得するには・・・やるしかないんかのう」
ローブに手を入れ取り出す物は魔空の枝。
「ハァァッツ!」
魔空の枝に霊力を込め、少しの気合と共に振り払う。
自分に向かい放たれた悪霊の気が、魔空の枝の霊気で相殺する。
「やっぱり私と一緒じゃないですか。おじいさん、帝国に来てください。抵抗すると苦しいですよ?」
表情を変えず、淡々と話すクラレッサに、ブレンダンは魔空の枝を突きつけた。
「いいや娘さん、お主がワシの孤児院に来るんじゃ!このままではお主、地の底に引きずりこまれるぞ!ワシがなんとかしてやる!クラレッサ!」
「聞き分けのないおじいさんですね」
クラレッサの身体から発せられる霊力が一段強まった。
禍々しさを表すように、クラレッサの悪霊は周囲の枝葉を枯らし生命を蹂躙していく。
「苦しいですよ?」
悪霊がブレンダンに襲い掛かった。
顔に当たりそうな枝を払いのけ、躓きそうになる足元の太い幹を大股で飛んで躱す。
ブレンダンは追って来るクラレッサに背を向け、森の中をひたすら逃げ続けた。
クラレッサは、決して体力があるわけではない。
むしろ魔法使いの中でも低い方だろう。だが、齢70の老人に引き離される程ではない。
徐々に差を詰めて行った。
「はぁ、はぁ、ここまでくれば・・・よいか」
体力の限界という事もあったが、テレンスとクラレッサを十分引き離せた事を確認し、ブレンダンは足を止めた。
それとほぼ同時にブレンダンのすぐ後ろ、ほんの数メートルの場所でクラレッサも足を止めた。
「おじいさん、ここでお話しするのですか?」
小首を傾げて、年頃の可愛らしい笑顔で話しかけてくるクラレッサを見て、ブレンダンは額の汗をぬぐい、大きく息を付いた。
「ふぅ~・・・まぁ、そうじゃな。戦わんですむのならそれが一番じゃ。クラレッサと言うたな?単刀直入に言うが、この戦いから手を引いてくれんか?お主の悪霊は危険過ぎる」
「おじいさん、私またお会いできて嬉しかったんです。おじいさんは私と同じ霊力をもっているので、私の事を分かってくれると思うんです。私と一緒にいて帝国に来てください」
全く話しが嚙み合わない。それは王宮で会った時と変わらなかった。
クラレッサは聞きたい話ししか聞かない。自分の話したい事だけを話す。最初は理解できず混乱したが、二度目となるとブレンダンも会話のコツを少しばかり掴んでいた。
「相変わらず人の話しを聞かん娘じゃのう・・・ワシは帝国には行かんぞ。むしろ、お前さんがカエストゥスに来んか?ワシの孤児院で面倒を見てやるぞ」
「・・・おじいさんの孤児院?そこに行けば、おじいさんと一緒にいれるのですか?」
会話が成立した事で、ブレンダンは好機と見る。
「うむ、ワシと一緒じゃ。子供達も大勢いるが、みな気持ちの優しい子ばかりじゃ、お前さんもきっと気に入るじゃ・・・」
「子供?どうして私が子供と一緒にいなければならないのですか?」
「む?」
「おじいさん以外は必要ありません。だって、霊力は無いのでしょう?あるのでしたらご一緒でも構いませんが」
「・・・まいったのう・・・何百人も子供を見てきたが、お前さんが一番やっかいじゃ・・・」
ブレンダンは困ったというように、真っ白の髪を二度、三度と掻く。
乱暴な子供もいた。食事をとろうとしない子供もいた。急にいなくなって心配ばかりかける子供もいた。
子育てはいつも大変だった。
だが、どんな子供でも行動には理由があり、きちんと話して向き合う事で解決する事ができた。
しかし、話しが嚙み合わない。できない。
これはクラレッサ以外に経験が無く、しかも刺激してはいけないと言う条件もあり、ブレンダンもどうしていいか答えを出せないでいた。
「・・・おじいさん、やっぱりおじいさんが帝国に来てください。私は、兄さまもおりますので、そちらには行けません。今日、このまま一緒に帰りましょう」
クラレッが一歩前に出る。静けさが耳に痛いほどの静寂に包まれた森の中で、クラレッサが枯れ枝を踏み砕いた音は、やけに高く耳に響いた。
この一歩はただの一歩ではない。
返答次第では強硬手段に出る。そう告げる一歩だった。
「おじいさん、私と一緒に来てください」
そう言ってまるで陶器のように白くなめらかで細い手を差し出す。
自分の誘いが断られる事などまるで疑いもしない、純粋な瞳だった。
純粋に自分に都合の良い、自分の思い通りの絵を見ている瞳だった。
「・・・娘さん。ワシにはなぁ、まだまだ小さい子供が沢山おるんじゃ。親が子供を捨てて勝手に他所に行けるわけなかろう?お断りじゃ」
「なんでそんな事言うんですか?おじいさんは私と同じなのに」
クラレッサの周囲の空気が凍り付くような、冷たく低い声だった。
さっきまでの優しい微笑みは消え、失望したようにブレンダンを見つめている。
「・・・おじいさんには、もう一度私の霊力を見ていただくしかないようですね」
一瞬前まで穏やかに流れていた風がざわめき出す。
クラレッサの身体から、触れるだけで体を蝕まれるような、恐怖を帯びた霊気が発せられた。
「・・・ふぅ・・・お前さんを説得するには・・・やるしかないんかのう」
ローブに手を入れ取り出す物は魔空の枝。
「ハァァッツ!」
魔空の枝に霊力を込め、少しの気合と共に振り払う。
自分に向かい放たれた悪霊の気が、魔空の枝の霊気で相殺する。
「やっぱり私と一緒じゃないですか。おじいさん、帝国に来てください。抵抗すると苦しいですよ?」
表情を変えず、淡々と話すクラレッサに、ブレンダンは魔空の枝を突きつけた。
「いいや娘さん、お主がワシの孤児院に来るんじゃ!このままではお主、地の底に引きずりこまれるぞ!ワシがなんとかしてやる!クラレッサ!」
「聞き分けのないおじいさんですね」
クラレッサの身体から発せられる霊力が一段強まった。
禍々しさを表すように、クラレッサの悪霊は周囲の枝葉を枯らし生命を蹂躙していく。
「苦しいですよ?」
悪霊がブレンダンに襲い掛かった。
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