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【344 エロール 対 ルシアン】

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時は少しだけ遡る。

ルシアンは前線で戦っているモズリーからの合図を待っていた。
制圧したならば赤い発光弾、厳しい情勢ならば青い発光弾、そして不測の事態が起きた時は黄色の発光弾を打ち上げる。

「・・・黄色、だと?」

純粋に剣や槍、技を競えば自分よりも上であり、師とも言えるディーン・モズリーは、当然カエストゥスを制圧し、赤の発光弾を上げると信じていた。

だが、実際に上がった発光弾の色は黄色だった。
黄色は不測の事態を意味し、それは青の発光弾よりも緊急性を要する。

緊急性には、モズリーの戦闘不能も含まれている。


「まさか・・・あのモズリーが、敗北したと言うのか?」

それはルシアンには到底信じられない事だった。

だが、現実として打ち上げられた発光弾は黄色である。
それは、戦局を見ていた帝国兵に大きく動揺をあたえ、士気にも影響を及ぼしていた。

「・・・しかたあるまい。これはこれで受け止めねばな」

素早く頭を切り替え、ルシアンは最前列まで進むと、帝国軍に向き直り大きく声を張り上げた。

「聞けぃ!ディーン・モズリーの生死は不明だが、あの色が上がった以上は我らの出番だ!これより総攻撃をかける!私に続け!帝国の強さをみせてやる!」

ルシアンの深紅の鎧から炎が発せられ、一万を超える軍勢の最後尾までハッキリと見える程、高く激しく燃え上がった。

帝国の象徴とも言える炎。
ルシアンが発する力強いを炎を目にし、一時は士気を下げられかけた帝国軍だったが、より気力を漲らせ立ち上がった。

「おお!そうだ!我々にはルシアン様がいる!」
「ルシアン様に続け!」
「カエストゥスなど恐るるにたらん!」

軍の動揺を吹き飛ばすため、自身の力量を示す強い炎を見せ立て直す。
そして軍をより強く奮起させたルシアンは、一軍の将として紛れもなくふさわしい男だった。




「全軍!突撃だ!」

ルシアンが号令を上げたその時、帝国軍めがけて、いくつもの攻撃魔法が撃たれた。

「む!?結界だ!結界を張れ!」
一早く察知したルシアンの号令で、帝国の青魔法使い達が素早く結界を張る。

帝国に向け撃たれた中級魔法の爆裂空破弾、地氷走り、双炎砲、その全てが帝国の結界に阻まれた。

帝国軍を覆うように張られた青い輝きを放つ結界からは、爆発による煙と火の粉が舞い散っている。


「ふん、敵襲か・・・総員!防御だ!護りを固めろ」

ルシアンの号令で、青魔法使い立ちが前に出て帝国陣営に結界を張りめぐらせる。
周囲およそ400メートルはサーチで警戒していたが、この攻撃はサーチに掛からない範囲から撃たれた。

ならば少なくとも、400メートル以内には敵はいないという事。

「今の魔法、全てが我が陣営を的確に捉えていた。こちらの位置を把握しているという事は、カエストゥスには、帝国より上手のサーチを使える魔法使いがいるという事になるな」

ルシアンの分析は当たっていた。
カエストゥスは魔法大国として名をはせている。魔法使い全体のレベルは、帝国より一枚上である。
カエストゥスの青魔法使いには、400メートル以上のサーチができる者もいる。

「だが、こうして結界を張った以上、遠距離から攻撃魔法を放ったとして通らん事は、敵も承知しているだろう。どう出る?」

護りを固めながら、カエストゥスの次の行動を待つ。


「ル、ルシアン様!敵です!我らのサーチにかかりました!」

サーチをかけていた青魔法使いの一人が、カエストゥスの動きを掴み声を上げるが、その声はなぜか困惑しているようだった。
ルシアンがその数を問いただすと、更に戸惑いながら言葉を発する。

「ひ、一人です」

「なに!?」

「一人です!たった一人でこちらに向かって来ています!」

報告を受け、ルシアンは信じられないというように、文字通り開いた口が塞がらずにいた。

誰だか知らないが、たった一人でこの一万を超える軍勢に向かッて来る。
師団長の、このルシアン・クラスニキもいるこの軍勢にたった一人で。

それほどの自信があるというのか?
たった一人でこの帝国軍をなんとかできるというのか?


緊張感が高まってきた頃、結界の周囲を覆っていた爆発による煙と火の粉が消える。

視界を防ぐものがなくなったその時、ルシアンの目の前に現れたのは、ダークグリーンの髪の、少年と見紛うような小柄な男だった。



「よぉ、ダミアンって言ったか?王位継承の儀以来だな」


「・・・ルシアンだ。ルシアン・クラスニキだ。二度と間違えるな」

開口一番の挑発。
額に青筋を浮かべ、ルシアンはエロールを睨み付けた。

「あぁ、悪ぃ悪ぃ、ルシアンねルシアン。まぁお前の名前なんかどうでもいいんだけど、覚えた覚えた。それでお前が大将だろ?ぶっ殺してやるからかかってこいよ。ちなみに俺は戦闘に一番向かない白魔法使いだ。怖けりゃ仲間と一緒に来てもいいんだぜ?ドリアン」


右手人差し指を突きつけた後、かかって来いと言うように、自分にむけて指先をくいっと曲げる。

エロールが指先を曲げると同時に、炎の槍がエロールの顔面目掛けて突き放たれていた。

「間違えるなと言っただろぉぉぉぉぉーッツ!」

エロールとルシアンの距離は、5~6メートル程離れていた。
いかに射程の長い槍と言えど、その場で振るって届かせられる物ではない。
だが、ルシアンは一歩で槍の射程まで距離を詰めていた。


「なに!?」

ルシアンの突きは、エロールの顔を突き刺すはずだった。
完全に捉えており、同レベルの相手ならばともかく、身体能力で大きく劣る白魔法使いに躱せるものではない。

だが・・・

「大した事のねぇ突きだな」

エロールの首に巻いている水色のマフラーが、青い輝きを放ちながらルシアンの突きを止めていた。

驚愕の表情を浮かべるルシアン。
その一瞬の硬直をエロールは見逃さなかった。

「覚えとけ、俺の魔道具は攻防一体の反作用の糸だ」


次の瞬間、ルシアンの身体は爆音とともに吹き飛ばされた。
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