上 下
343 / 1,298

【342 ペトラ 対 モズリー②】

しおりを挟む
「むっ!」

モズリーとペトラ、対峙する二人の距離は数メートル開いている。
その場で剣を振るっても届かせる事はできない。数歩間合いを詰めてやっと剣が届く距離である。

だが、ペトラはその場で剣を走らせ、地面から空へ向かい高々と振り上げた。
地面から抉られた衝撃で、大量の石と土がモズリーに向け飛ばされる。



・・・がっかりさせてくれる。
ワシの兜を叩き割った女だ。それなりの力量の持ち主かと思ったが、そのままの一撃とは・・・
どうやら買いかぶっていたようだ。

モズリーは深紅の鎧の炎をより強く発する。ペトラが放った石と土などまるで気にも留めずに一歩大きく踏み込んだ。

「この石と土ごと、我が槍で粉砕してくれ・・・」


槍を握る両手に力を込め、ペトラの体ごと薙ぎ払おうと腰を捻ったその時、モズリーの経験が本能に訴えた。

躱せ!

無理な体勢だったが本能が命じるまま、モズリーは右足の軸先を正面から左へ変え飛んだ。

正面から受け止めた上で粉砕する。
そう決断したモズリーの判断を覆す事になったが、結果その判断は正しかった。

「むぅッ・・・!?」

無理な体勢で回避したため、完全には躱しきれなかった。
石と土は問題ない。深紅の鎧の炎により完全に防がれた。
しかし、それ以外のなにかが鎧の肩に当たり、左肩の装甲を真っ二つに切断していたのだ。


「これは・・・」
僅かな時間、綺麗に切り落とされた肩当てを目に、モズリーは逡巡する。
攻撃の正体は全く見えなかった。だが、このペトラという女は、石と土以外にも何かを飛ばしたのだ。

それは目に見えないなにか。しかし、この切り口を見るからに、鋭利な刃の類だろう。
それも、この炎すらものともせず切り裂いてくるほどの。

モズリーがその考えに至るまでに、ペトラは距離を詰めていた。





この勢いのまま一気に仕留める!
よほど勘がいいのか、初見でアレを躱された事には驚いた。
だが、向かい合ってディーン・モズリーが私より格上なのは分かっていた。

驚きはしたけど、予想外とまではいかない。

少なくともディーン・モズリーの気を逸らすことはできた。
私が主導権を握っているうちに、実力差が如実に表れる前に、この勢いのままコイツを倒す!


上段からの斬り落とし、打ち下ろしからの脛斬り、そのまま喉元を狙った突きあげ。
ペトラの勢いに乗った連続攻撃だが、モズリーは紙一重で身を翻し躱すと、大きく後ろに飛んで脛斬りを回避し、突き上げを槍で弾き防いだ。


ペトラの奇襲による動揺はすでに無い。
今ペトラは、モズリーとの大きな実力差を、息もつかない連続攻撃でかろうじて埋めている。

だが、選択する連続攻撃、突くか?払うか?振り下ろすか?
頭か?胸か?腕か?足か?

その一手を誤った時、モズリーの槍にその体を貫かれるだろう。



さすがだ、ディーン・モズリー。私はこの五年で自分が強くなったと思っている。
師団長のコバレフとの戦いでも、敗れはしたがそれなりには戦えた。

だが、数十年に渡り帝国を支えた本物の武人である貴様とは、ここまでの差があったのか。


ペトラが何十と繰り出す斬撃もモズリーにかする事すらできない。
だが、この五年、休まず修練に明け暮れたペトラは体力の消耗をまるで見せず、その攻撃は止まる気配が無い。

そして常に最適な一撃を選択しているため、モズリーは反撃しようにも、反撃に移るための一瞬を作る事ができなかった。


まるで当たらない。嫌になってくるよ。
でも、いいさ・・・私は体力には自信があるんだ。
あんたはどうだい?技は健在でも、年齢による衰えはあるんじゃないのか?

私が攻撃の手を誤るか、あんたのスタミナが切れるのが先か・・・勝負だ!






娘、いや剣士ペトラよ。なかなかの腕前だ。

このワシに反撃の間を与えぬ連続性、そしてここまで何十と剣を振るいながら、技の選択を誤らぬのは称賛に値する。
僅かでも甘い剣を撃つならば、即座にその首を落としてやるところだが、この局面で限界を見極め振るってくる気迫も大したものだ。

そして、ここまでの連撃の中で、初撃以外まだあの技を出していない。
その不気味さが、ワシに更なる警戒を与え、慎重にさせている。

おそらく勝負所にとっておくつもりだろうが、ここまで出さぬ事で牽制になっている。
剣だけでなく頭も切れる。総大将に相応しい器を持っているか。

いいだろう。目を見れば分かる。これだけ剣を出しても当たらないのに、貴様の目は諦めていない。
力の差に絶望していない。それどころか勝機有りと見ている。

剣を振り続ければいつか当たると思っているのか?いや、そんな願望ではないな。
確実に当てるつもりだ。根競べか?

貴様がワシに反撃の一手の与えぬまま、ワシの体力が尽きるその時まで剣を振るい続けるというのか?

・・・・・クックック・・・面白い・・・実に面白い!

久しく忘れていたぞ、この感覚!
力が周知されていくと、誰もが挑んでこなくなった。
ルシアンとて、ワシには敵わんと分かっているから、鍛錬はしても勝負は挑んでこない。

いつしかワシも、ただ若手に指導をつけるだけのぬるま湯にどっぷり浸かっていたようだ。

剣士ペトラよ!感謝する!
貴様のような命を懸けて挑んでくる強者を待っていた!

ワシと貴様の意地、そして命を懸けたこの勝負!全力を持って応えよう!





モズリーの身に纏う空気が変わった事を、ペトラは敏感に感じ取った。

・・・へぇ、どうやら本気になったみたいだね。
ディーン・モズリー、あんた今、自分がどんな顔してるか分かってる?

嬉しそうに笑ってんじゃん?
私を認めてくれたんだね?

なら・・・剣士として私もその期待に応えないとね!

「ハァァァァァッツ!」

ペトラの剣圧が増した。

気合と共に繰り出される剣は、先程までより速く鋭い。
炎も斬り裂くペトラの剣が、とうとうモズリーの頬をかすめた。

振り抜いた剣の切っ先から、その赤い血が飛ばされる。





「ぬぅっ!」

ここに来て、ペトラの剣がついにモズリーを捉え始めた。
モズリーは頬に感じる微かな痛みに片眉を上げた。


ワシの気に対抗するように、気を入れ直したようだが、それだけではない。
タイミングが合ってきている。
そして、最小限の動きで躱しているが、こやつ!ワシの動きを読んでいるのか?

この戦いの中で成長しているというのか!?

・・・フハハハ・・・剣士ペトラよ!素晴らしいぞ!
やってみせろ!その体力が尽きる前に見事ワシを斬ってみせろ!

ギラギラとした闘争心剥きだしの目、強敵に出会えた隠しきれない喜び・・・指揮官としてではない。

一戦士としてのディーン・モズリーがその顔を見せた。





モズリーのプレッシャーが増した・・・!
ここからはもっと速く・・・もっと正確に・・・より厳しい技が求められる・・・

すでに百を軽く超える剣を振っている。
私の剣もモズリーに届くようになってきた。だが、モズリーの動きも速くなった。

剣を振り終わるか終わらないかの間で、モズリーは反撃の体勢に入っている。
そこで打たせずに、かろうじて私が攻撃の主導権を握れているのは、初撃からの連続攻撃、流れを手離していないからだ。


これまでで一番深い斬撃がモズリーの右肩に入り、モズリーの肩の装甲を斬り飛ばした。


いける!ここで刃を横に寝かせ薙ぎ払う!
振り下ろした剣をモズリーの左脇腹に目掛けて、振り抜く!



「剣士ペトラ・・・焦ったか?」



ペトラの刃がモズリーの腹に食い込むかと思われた時、ペトラは確かにモズリーの声を聞いた。

まるで時が圧縮されたかのように、一瞬一瞬がハッキリと見える。

数百という剣撃の選択を誤る事なくこれまで振るってきた。
だが、深い一撃が入り、勝機が見えた事で、ペトラの剣に、ここで勝てるという僅かな焦りが出る。

モズリーの炎の槍がペトラの胸元目掛け突き出される。
それはペトラの後から放った一撃だが、それでもペトラより速い一撃だった。



槍の穂先が迫る。
ペトラは両手で握っている剣の柄から左手を離し、迫りくる槍に向けその腕を付ける盾を向けた。

「笑止!我が一撃!そんな盾もろとも貫いてくれるわ!」


炎の槍がペトラの盾にぶつかった。

その一撃は盾を砕き、ペトラの胸を貫くはずだった。
だが、槍はまるで氷の上を滑らされるかのように、盾にその力を受け流される。

「なにっ!?」

仮に盾を砕けなかったとしても、それはまだ予想できる事態だ。
だが、砕くどころかまるで衝撃を感じず受け流される事に、モズリーの体勢は崩され前のめりになる。


流水の盾
それは前剣士隊隊長・ドミニク・ボーセルが使用していた全てを受け流す盾。
両手持ちの大剣を使うペトラは、左腕にはめれるようにベルトを付け装着していた。


槍を受け流したペトラは、素早く剣を持ち直すと、体が右に流れた事をそのまま生かし、右足で地面を踏みしめ、腰を左に捻り、渾身の一撃を放った。

「ヤァァァァーッツ!」





剣士ペトラよ!
こんな奥の手を持っていたか!
だが、ワシがこれまでどれほどの死線を潜り抜けてきたと思う!
まだっ・・・間に合う!槍を犠牲にすれば躱せるぞ!


ペトラの大剣がモズリーの喉元目掛け、右から左へ振り斬られる。
モズリーは後ろへ飛び退きながら、槍の腹を前に出し防御に入る。
防がれる事をいとわず、ペトラの剣はそのままモズリーの槍を真っ二つに斬り裂いた。

二つに分かれた槍のうち、穂先が付いた方を振り被り、モズリーはそのままペトラに投げつけようとする・・・

だが・・・・

「ぐ、カッ、ハァッ・・・・」

突如モズリーの首が半分に斬り裂かれ、真っ赤な血が噴水のように吹き出した。


「な・・・ぜ・・・・」

血を吐き出し、歯を食いしばり、震えながらペトラを睨み付ける。


斬空閃ざんくうせん・・・風の刃だ」

肩で息をし、両目はしっかりとモズリーの視線を受け止める。

「ぐぅ・・・く、はは・・・み、みごと・・・だ」


最後にニヤリと笑うと、モズリーはそのまま後ろに倒れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家
ファンタジー
 科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。  実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。  無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。  辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~

白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。 日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。 ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。 目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ! 大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ! 箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。 【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

処理中です...