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【330 弥生とパトリック】
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「ヤヨイ・・・眠れたか?」
午前9時を少し過ぎた頃、石壁の上で昨日と同じように立つパトリックの元に、ヤヨイが階段を上がり近づいて来た。
今日は日差しは良いが風がある。11月下旬の冷たい風は肌に突き刺さるようだ。
「うん、大丈夫だよ。ちょっと、起きるの遅くなったけどね・・・まぁ、体調はいいよ。いつでもいけるから」
「もう切り替わってるのか」
結婚して五年、パトリックはヤヨイの元の人格、弥生が急に表れてもごく自然体であった。
用事という用事が無い限り、弥生はパトリックの前には出てこない。それは、パトリックの妻はあくまでもう一人のヤヨイだという認識だからである。
パトリックもそれを察しているが、パトリックの考えでは、人格は違えどヤヨイも弥生も妻である。そのため弥生が出た時も変わらない態度で接している。
「うん。ここからはアタシの領分だからね。いつ来てもいいようにさ」
「今日来るとは限らないぞ」
「分かってる。でも、多分来るよ・・・凄い憎しみを感じるから」
「それは、風か?」
「うん、そう。風だよ。アタシとジョルジュにしか分からない感覚だけどね」
少し強い風が吹き、弥生の腰まである黒く長い髪が、風にあおられはためかせられる。
「・・・寒いだろ」
パトリックは着ていた深緑色のローブを脱ぐと、弥生の肩にそっと掛ける。
「え、いいよいいよ、パトリックこそ寒いでしょ?」
掛けられたローブを掴んで取ろうとすると、パトリックは少し力を入れて弥生の肩を押さえた。
「いいから着てくれよ。少しは旦那に格好つけさせてくれ」
「ふ~ん・・・そういう事なら、遠慮なく着させてもらおっかな」
目を細め、パトリックのローブを両手で抱きしめるように羽織る。
「・・・ヤヨイ、キミは昨日まで首都にいたんだろ?子供達はどうしてる?」
パトリックがここメディシングに来て数週間が立っている。
毎日見ていた子供達の顔が見れず、様子が気になっていた。
「テリーもアンナも元気だよ。お義母さんが見てくれてるから、安心していい。二人ともパパに会いたがっていたからさ・・・早く帰って顔見せてやらなきゃね」
「そうか・・・うん、しばらく会ってないからな・・・早く帰りたいよ」
パトリックと弥生は顔を見合わせ、少しだけ笑い合う。穏やかな空気が流れ、一時だが戦場という事を忘れさせた。
「・・・来た」
それから一時間の後、石壁の上に立つ弥生は、この街に向けられる強い憎しみの風を感じ取った。
「・・・やっぱり僕が戻って来る事を想定していたようですね。それに、昨日よりずっと人数も増えている。備えは十分みたいですね」
帝国軍 指揮官 マイリス・グラミリアンは、この一日でその表情を冷たいものに変えていた。
愛嬌のあった瞳は凍り付くような殺気をたたえ、小さく愛らしく、いつも微笑みを浮かべていた唇は、笑う事を忘れたように、一の字に固く結ばれていた。
昨日の戦闘で、全体の2割近くの兵を減らしていたが、それでも今のカエストゥス軍よりは多い。
パトリックの圧倒的な強さと、ヘリングの死による精神的な動揺に前戦が崩れた前回とは違い、今回はマイリスの気持ちは固まっていた。
「・・・ヘリングさん・・・見ていてください。この戦場は僕が帝国を勝利に導いてみせます」
この命と引き換えにしてもカエストゥスを全滅させる。
殺意に満ちた魔力を滲ませ、マイリスは低く呟いた。
その一発を最初に察知したのは弥生だった。
数キロ先から向けられる憎しみの風を捉えていた弥生は、いつ、どのタイミングで攻撃されても対応できるように、神経を集中させ前方を見据えていた。
「撃って来たぞ!結界を張れ!」
弥生の掛け声でいつでも結界を張れるよ体制を敷いていたカエストゥス軍は、弥生が言い終わるかという時には、すでに結界を発動させていた。
数秒の後、結界にマイリスの攻撃魔法が直撃し爆ぜるが、体勢を整え、十分な人数で重ね掛けした結界は、マイリスの攻撃魔法を防ぎ切った。
「よし、タイミングは完璧だ。初撃も問題なく防げたな。だが、コイツの怖いところは連射と正確性だ。お前達、どうだ?防ぎきれるか?」
一歩後ろで結果を見たパトリックは、手ごたえを感じ拳を握る。
だが、マイリスはこの攻撃を無尽蔵とも思える魔力で連射し、恐ろしい程の正確性で狙い撃ちにして来る。たった一発防いだとて、まだまだこれからであった。
「パトリック様、昨日は意表をつかれ、上手く連携もとれずに追い込まれてしまいましたが、今日は大丈夫です」
「はい、絶対に護り抜いてみせます!ご安心ください」
「ここの結界は我々にお任せください!」
自信に満ちた目と、力強い言葉を返す兵達の顔を見て、パトリックは、分かった、と頷き弥生に向き尚あった。
「弥生、行こう!」
「オッケー!夫婦の力ってのを見せてやろうか」
正面から合わさる目、そこに映るのは信頼と絆。
弥生とパトリック、風を纏い二人は石壁から飛び降りた。
午前9時を少し過ぎた頃、石壁の上で昨日と同じように立つパトリックの元に、ヤヨイが階段を上がり近づいて来た。
今日は日差しは良いが風がある。11月下旬の冷たい風は肌に突き刺さるようだ。
「うん、大丈夫だよ。ちょっと、起きるの遅くなったけどね・・・まぁ、体調はいいよ。いつでもいけるから」
「もう切り替わってるのか」
結婚して五年、パトリックはヤヨイの元の人格、弥生が急に表れてもごく自然体であった。
用事という用事が無い限り、弥生はパトリックの前には出てこない。それは、パトリックの妻はあくまでもう一人のヤヨイだという認識だからである。
パトリックもそれを察しているが、パトリックの考えでは、人格は違えどヤヨイも弥生も妻である。そのため弥生が出た時も変わらない態度で接している。
「うん。ここからはアタシの領分だからね。いつ来てもいいようにさ」
「今日来るとは限らないぞ」
「分かってる。でも、多分来るよ・・・凄い憎しみを感じるから」
「それは、風か?」
「うん、そう。風だよ。アタシとジョルジュにしか分からない感覚だけどね」
少し強い風が吹き、弥生の腰まである黒く長い髪が、風にあおられはためかせられる。
「・・・寒いだろ」
パトリックは着ていた深緑色のローブを脱ぐと、弥生の肩にそっと掛ける。
「え、いいよいいよ、パトリックこそ寒いでしょ?」
掛けられたローブを掴んで取ろうとすると、パトリックは少し力を入れて弥生の肩を押さえた。
「いいから着てくれよ。少しは旦那に格好つけさせてくれ」
「ふ~ん・・・そういう事なら、遠慮なく着させてもらおっかな」
目を細め、パトリックのローブを両手で抱きしめるように羽織る。
「・・・ヤヨイ、キミは昨日まで首都にいたんだろ?子供達はどうしてる?」
パトリックがここメディシングに来て数週間が立っている。
毎日見ていた子供達の顔が見れず、様子が気になっていた。
「テリーもアンナも元気だよ。お義母さんが見てくれてるから、安心していい。二人ともパパに会いたがっていたからさ・・・早く帰って顔見せてやらなきゃね」
「そうか・・・うん、しばらく会ってないからな・・・早く帰りたいよ」
パトリックと弥生は顔を見合わせ、少しだけ笑い合う。穏やかな空気が流れ、一時だが戦場という事を忘れさせた。
「・・・来た」
それから一時間の後、石壁の上に立つ弥生は、この街に向けられる強い憎しみの風を感じ取った。
「・・・やっぱり僕が戻って来る事を想定していたようですね。それに、昨日よりずっと人数も増えている。備えは十分みたいですね」
帝国軍 指揮官 マイリス・グラミリアンは、この一日でその表情を冷たいものに変えていた。
愛嬌のあった瞳は凍り付くような殺気をたたえ、小さく愛らしく、いつも微笑みを浮かべていた唇は、笑う事を忘れたように、一の字に固く結ばれていた。
昨日の戦闘で、全体の2割近くの兵を減らしていたが、それでも今のカエストゥス軍よりは多い。
パトリックの圧倒的な強さと、ヘリングの死による精神的な動揺に前戦が崩れた前回とは違い、今回はマイリスの気持ちは固まっていた。
「・・・ヘリングさん・・・見ていてください。この戦場は僕が帝国を勝利に導いてみせます」
この命と引き換えにしてもカエストゥスを全滅させる。
殺意に満ちた魔力を滲ませ、マイリスは低く呟いた。
その一発を最初に察知したのは弥生だった。
数キロ先から向けられる憎しみの風を捉えていた弥生は、いつ、どのタイミングで攻撃されても対応できるように、神経を集中させ前方を見据えていた。
「撃って来たぞ!結界を張れ!」
弥生の掛け声でいつでも結界を張れるよ体制を敷いていたカエストゥス軍は、弥生が言い終わるかという時には、すでに結界を発動させていた。
数秒の後、結界にマイリスの攻撃魔法が直撃し爆ぜるが、体勢を整え、十分な人数で重ね掛けした結界は、マイリスの攻撃魔法を防ぎ切った。
「よし、タイミングは完璧だ。初撃も問題なく防げたな。だが、コイツの怖いところは連射と正確性だ。お前達、どうだ?防ぎきれるか?」
一歩後ろで結果を見たパトリックは、手ごたえを感じ拳を握る。
だが、マイリスはこの攻撃を無尽蔵とも思える魔力で連射し、恐ろしい程の正確性で狙い撃ちにして来る。たった一発防いだとて、まだまだこれからであった。
「パトリック様、昨日は意表をつかれ、上手く連携もとれずに追い込まれてしまいましたが、今日は大丈夫です」
「はい、絶対に護り抜いてみせます!ご安心ください」
「ここの結界は我々にお任せください!」
自信に満ちた目と、力強い言葉を返す兵達の顔を見て、パトリックは、分かった、と頷き弥生に向き尚あった。
「弥生、行こう!」
「オッケー!夫婦の力ってのを見せてやろうか」
正面から合わさる目、そこに映るのは信頼と絆。
弥生とパトリック、風を纏い二人は石壁から飛び降りた。
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