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【329 ヤヨイとルチル】

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「・・・そんな・・・ルチル・・・ルチルーッツ!」

北の街メディシング、軍の拠点の一室では、増援として駆け付けたヤヨイが、ルチルの亡がらの前で両手で顔を覆い泣き崩れていた。

「近くにいた兵の話しでは・・・敵の大将と相打ちだったらしい・・・この街が護れたのは、ルチルのおかげだ」

パトリックはやりきれなさに目を伏せ、悔しさを滲ませながら言葉を続けた。

「ヤヨイ・・・ルチルはキミの話しをよく聞かせてくれた。ペトラとキミと三人で食事をして、買い物をして、コーヒーを飲んで話す時間が、一番好きだと言っていたよ・・・・・す、すまな・・・い・・・・オ、オレが・・・オレが・・・ついて・・・いながら・・・・・・」


こらえきれず右手で目を押さえ、嗚咽交じりに言葉を絞り出すパトリック。
ヤヨイとパトリックの泣き声だけが、静まり返った部屋に響いた。





「・・・落ち着いたか?」
「・・・・・うん」

どれくらい時間が経っただろうか、窓の外は暗闇に閉ざされている。

カエストゥス国首都バンテージからの援軍が到着し、現在はメディシングの警備についている。
帝国軍は撤退をしたが、パトリックにはあの遠距離攻撃のマイリスが、このまま引き下がるとは思えなかった。

「・・・ヤヨイ、話した通り、おそらく帝国はもう一度攻めてくる。あの遠距離攻撃のヤツが帝国の核のはずだ。今回はルチルのおかげで撤退させられたが、次は分からない。壁も突破されるかもしれない・・・」

「パトリックが、そこまで言う相手なのね・・・」

「あぁ・・・2,000メートルだ。確認したが、2,000メートルの距離からこの街まで攻撃を届かせるんだ。しかも針の穴を通す程の正確さだ。魔力量も桁外れに多い。ハッキリ言って、俺を含め、ここにいる魔法使いでは攻撃を届かせる事はできない。距離を詰めようにも、それまでに逃げられてしまうだろう。非常にやっかいな相手だ・・・」


パトリックがその先の言葉を言いよどむと、ヤヨイはパトリックの考えを見抜いていると言うように、言葉を返した。

「分かったわ。私の風なら普通に走るよりずっと早い。それに姿が見えなくてもどこにいるか感じ取れる。だから、その敵は私が倒すわ。いい?」

悲し気な顔で笑うヤヨイを見て、パトリックもいたたまれなくなる。

「・・・ヤヨイ、辛い時に本当にすまない。だが、この場であの敵を逃がさず倒す事ができるのは、キミだけだろう・・・」

ヤヨイの手を取り、そう告げるパトリックの目を見つめ、ヤヨイは小さく首を横に振った。

「・・・大丈夫。ここで頑張らなきゃ、ルチル、に・・・怒られちゃうわ・・・」


ルチルの名前を口にすると泣きそうになる。
でも、いつまでもくよくよしていたら、それこそルチルに怒られてしまう。

この戦場での自分の役目、それはパトリックの言う遠距離攻撃の魔法使い。


「ねぇ・・・今夜は私、ここにいるわ。ルチル一人じゃ・・・寂しいでしょ」

「・・・分かった。俺は兵の様子を見たら休むとするよ。ヤヨイ・・・無理はしないようにね」

黙って頷くヤヨイを見て、パトリックは部屋を出た。



一人部屋の残ったヤヨイは、ルチルの隣でイスに腰をかけたまましばらくその顔を見つめていた。


「・・・綺麗・・・どこも怪我なんてしてないみたい。ねぇ、ルチル・・・覚えてる?お洋服、手直ししなきゃって言ってたの・・・あれから忙しくなって、まだ持ってきてなかったよね?この戦争が終わったら、一緒に・・・いっしょに・・・・・おさいほう・・・・・うぅ・・・」


それ以上言葉を続ける事ができなかった。
涙は枯れたと思っていた。堪えなければと我慢していた。
だが溢れ出た涙は後から後から零れ落ちる。

ペトラとルチル、思えばあの試合をして以来、二人はよくレイジェスと孤児院に遊びに来てくれた。
この五年余り、三人で出かける事も多かった。沢山の思い出が出来ていた。

胸が締め付けられ、何も考える事が出来なくなる。




「・・・ルチル・・・あなたが護ったこの街は、私がきっと護り抜くから」

空が白み始めた頃、ヤヨイは立ち上がりルチルの頬をそっと撫でると部屋を後にした。

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