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【303 帝国の情報 ②】

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「呪われた兄妹?どういう事だ?」

「・・・テレンス・アリーム。クラレッサ・アリームだったな?人違いという事はないだろう。俺が知るその名前の兄妹は、帝国で兵士を数十人、いや百人を超えていたかもしれんな・・・虐殺した兄妹だ。もう10年は昔の話しになるか・・・俺は現場を見たわけではない。話しに聞いただけだが事実としてあった事だ」


ウィッカーがそのままの疑問を口にすると、ベン・フィングはやや天井を見上げるように首を動かし、記憶を思い起こすように話し出した。

「アリーム兄妹は浮浪孤児だったそうだ。兄のテレンスが毎日ゴミをあさったり、パンを盗んでは食いつないでいたらしい。だが、ある日とうとう捕まって兄妹揃って連行されて行くんだが・・・その道中で事件は起きた」


ベン・フィングはそこで言葉を切ると、鉄格子を挟んで立つウィッカーとジョルジュに向き直り、声のトーンを一つ下げて言葉を続けた。

「連行されて行く途中、兵士の一人がテレンスに暴力を振るったらしい。殴ったのか、蹴ったのか、まぁとにかく暴力だ。大方、犯罪をおかした浮浪孤児なんてどう扱ってもいいと思っての事だろう。
だが、その直後だ。テレンスを攻撃したその兵士が首を押さえて苦しみ出すと、それを皮切りに次々と周りの兵士達が倒れていったらしい。全員窒息死だったそうだ」



「・・・それは、悪霊か?」

それはロペスから聞いた話し一致していた。
ロペスは王位継承の儀でクラレッサと目が合った瞬間、なにか得体の知れない攻撃を受け、呼吸ができなくなったという。

そして師ブレンダン曰く、それは悪霊という力だと。


「・・・ほぅ、知っているのか?・・・あぁ、そうか。ブレンダンの魔空の枝も霊力だからな。悪霊という呼び方までは知らんが、霊力という類だ。その力でクラレッサは増援に来た兵士達も次々に殺していった。凄まじい光景だったそうだぞ。なんせ、クラレッサに睨まれればそれで終わりなのだからな」

「・・・それで、どうなったんだ?」

ウィッカーが話しの続きを促すと、ベン・フィングは大きく息を付いて続きを口にした。


「兵士が100人そこら殺された時には、もう誰も向かおうとはしなくなったようだ。近づけないが、逃げ出す訳にもいかない。遠巻きにアリーム兄妹を囲んで膠着状態に陥った。
その時、皇帝が現れたらしい。近づく者を問答無用で殺すクラレッサに、兵士達は危険だからと訴えたが、皇帝は意に介さず、むしろ笑顔で近づいたって話だ。
皇帝から敵意を感じなかったからか、どうかは分からんが、クラレッサは皇帝を攻撃せず、皇帝は何か話しかけたそうだ。皇帝とクラレッサの間で、なにかの取引があったのかもしれんな。皇帝はそのまま片手でクラレッサを抱き上げると、空いたもう片方の手でテレンスと手を繋ぎ、そのまま城へ連れ帰ったそうだ」


「・・・そんな事が、本当にあるのか?自国の兵士を100人も殺しておいて、そのままお咎めなしなのか?」

ウィッカーが眉を寄せ、疑いを含んだ言葉を口にすると、ベン・フィングは肩をすくめた。

「・・・奇妙な光景だったそうだ。100人余りの兵士の死体が横たわるなか、皇帝はまるで自分の子供と散歩でもするかのように、和やかに歩いて戻ったというのだからな・・・信じる信じないはお前の勝手だ」

ベン・フィングの言葉が区切られると、ジョルジュが確認の言葉をかけた。

「それは10年前の話しだと言ったな?当時クラレッサは7歳という計算になるが、つまりクラレッサは、その年で右目に御霊ごりょうの目を入れていたという事なんだな?」


「・・・御霊の目も知っているのか?よくそこまで情報を集めたもんだ。そうだ。皇帝と出会った時には、すでにクラレッサの右目は御霊の目だったらしい。俺は皇帝がその二人を拾ったという事までしか聞いていなかったから、それから先、あの二人がどうなったかは分からなかったが・・・そうか、魔法兵団長になっていたか」

「・・・なるほど、兵士100人も睨みつけただけで殺していれば、呪われた兄妹とも呼ばれるわけか。兄の方はどうなんだ?なにか知っている事はないのか?」

「残念だが、アリーム兄妹の事はこれ以上は何も知らん。ただ、俺が知っているミラー以外の魔法兵団長も驚異的な魔力を持っていた。その二人に取って代わったのだから、テレンスの実力も相当なものだと思っておけ」

ジョルジュはウィッカーに目を向け、自分は納得したと伝えるように軽く頷いてみせた。

「・・・分かった。それじゃあ次は皇帝だ。黒魔法使いという事は分かっている。そして、お前もここにいて見えただろうが、あの日の爆発は皇帝の光源爆裂弾だ・・・あれ程の魔力とはな。皇帝は何者だ?」


「・・・フッ、ハッハッハ・・・カエストゥスで一番の黒魔法使いと言われるお前だ。肌で感じて分かったんだろ?皇帝はお前より強いぞ」


挑発するようなベン・フィングの言葉に、ウィッカーは鋭く睨み付けたが、感情的な言葉は飲み込んだ。

「・・・無駄話しはいいと言っただろ。要点だけを話せ」

「・・・ふん、つまらんヤツめ。まぁいい、皇帝の能力だが、俺の知る限り特殊なものはない。セシリアの血狂刃や、ルシアンのナパームインパクト、あぁいう道具を使った技は無い。この6年の間に変わった可能性はあるがな。皇帝は純粋に強い、それこそタジームで無ければ相手にならんだろうな。お前では無理だ!」

ベン・フィングはあえて最後の一言は言葉を強く言い放った。ウィッカーの自尊心を傷つけるように。

ベン・フィングの指摘はウィッカーも感じていた。
皇帝の放った光源爆裂弾は圧倒的だった。黒魔法ではこの国で一番、いや大陸一とさえ囁かれていたウィッカーだったが、自分を超えるであろう魔力を目にしたのは、タジーム・ハメイド以外では初めてだった。

言葉を返せずにいるウィッカーを見て、ベン・フィングは以前と変わらない下卑た笑みを浮かべた。

「ふはははは!ウィッカーよ、どうした?俺は事実を口にしただけだぞ?お前では皇帝には勝てんよ。だが、タジームならば可能性はある!なんせアイツは化け物だ!あの黒渦は人間が使える魔法では無い!勝ちたければタジームを戦場へ連れて行け!化け物に化け物の自覚を与えてやるんだな!」


「て、てめぇ・・・!?」

ベン・フィングのあまりの暴言に、ウィッカーが怒りを見せ拳を振り上げようとすると、それより早くジョルジュが右手を牢の中に入れ、ベン・フィングの顔をワシ掴みにしていた。


「ぐ、むぐぅ!う、ぐむっ!」

ベン・フィングはうめき声をあげながら、なんとかジョルジュの腕を離そうと両手で力いっぱいに掴むが、ジョルジュの腕はびくりともしなかった。


「・・・おい、一度しか言わないからよく聞けよ。まず、俺はウィッカー程甘くはない。そして俺はお前は今すぐ殺すべきだと思っている。それでも殺さずにいるのは、この取引が成立しているからというだけだ。お前への命の保証という条件でな。だがな・・・・・俺自身はそんな取引無効でいいと思っている。だから、お前がこれ以上俺の友へ暴言を吐くと言うのならば、俺はお前を殺す。
分かったら言葉に気を付けて細心の注意を払え。いいな?俺がこの手を離した瞬間からだ」


そう言ってジョルジュはベン・フィングを底冷えするような冷たい目で睨み付けた。

ベン・フィングは、ジョルジュの目を見ると黙って頷いた。ジョルジュの本気が分かったのだろう。
額には汗の粒が浮かび上がっている。


ベン・フィングの反応を見てジョルジュは手を離した。

「ぐっ!・・・はぁッ!はぁッ!・・・はぁ・・・」

その場に座り込み、荒れた呼吸をするベン・フィングの事など気にも留めず、ジョルジュはウィッカーへ顔を向けた。


「ウィッカー、確かに皇帝はお前よりも強い。それは認めなければならん事実だ」

「・・・・・」

実力の差を仲間のジョルジュにもハッキリと告げられ、ウィッカーは言葉を返せず悔しそうに目を下に落とした。

「だが、今の時点では皇帝が上というだけだ。俺はお前なら皇帝すら超える事ができると信じている。お前は俺から弓を学んだ。リンダから剣を学んだ。お前は誰よりも努力を重ねてきた。今負けているからといってそれがなんだ?ならばこれから皇帝を超える努力をすればいい。そうだろう?」

「・・・ジョルジュ」

ジョルジュのアイスブルーの瞳が真っすぐにウィッカーを見る。

ウィッカーは顔を上げ、ジョルジュの目を真っすぐに見返すと、一度短く目を閉じもう一度開いた。
そして強く言葉を返した。

「あぁ、もちろんだ!すぐに皇帝を超えてやるさ!」

ウィッカーの力ある言葉を聞き、ジョルジュは笑った。


「それでこそ俺の友だ」
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