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【298 戦いの後 ②】
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「・・・・・・・う・・・」
目を開けると石造りの天井が目に入った。
すぐに状況が理解できず、少しの間そのまま天井に目を向けたままでいると、だんだんと意識がハッキリとしてくる。
少し頭を動かすと、胸の辺りまで白い毛布がかけられている事が分かる。
ベットに寝かされている事を理解するが、体を起こそうとすると、頭が強く痛み、そのままマクラの上に頭が倒れこむ。
首だけ動かして辺りを見回すと、自分の寝ているベットの脇にパイプ椅子と小さな物置台、そしてもう一台のベットが置かれているだけの、簡素な部屋だった。
「・・・俺は・・・」
自分は森にいたはずだ。
エロール・タドゥランは森でジャック・パスカルと戦っていた事を思い出した。
かろうじて勝ちを得たが、薄氷を履むが如し紙一重の勝利だった。
魔力の最後の一滴まで出しきったエロールは、ジャックの死を確認した後その場に倒れ意識を失ったのだ。
あのまま倒れていたらどうなっていたか分からない。
自分が今こうしてベットに寝ているという事は、運よく誰かに助けられたのだろう。
そう理解したところで、ドアノブが回る音がした。
「・・・さてと、体拭いてあげなきゃ」
左手に銀色のボウルを持った女性が、ドアをゆっくり開けて入ってきた。
エロールはその女性に知っていた。
エロールより2歳年下で同じ白魔法使いの、フローラ・ラミレス。
三年前に魔法兵団に入団して、目を見張る勢いで実力を伸ばしている有望株である。
やや内側に跳ねたクセのあるピンク色の髪は、一見すると寝ぐせのようにも見えるが、本人いわく無造作ヘアとの事で、丁度肩口までの長さだ。
少し金色がかったクリッとした目が可愛らしい印象だ。
身長165cmのエロールより一回り小柄で、背は155cm程、華奢なエロールより更に細く、周りからはもっと肉を食べたらと言われる事も多い。
白地に深い緑色のパイピングがあしらわれている、カエストゥス国の白魔法使いのローブを着ている。
フローラはエロールのベットの脇のパイプ椅子に腰を下ろすと、枕元にある木製の小さな台に銀色のボウルを置く。強く置いた訳ではないが、はずみで水が少しだけ零れる。
「あ、下ぬれちゃったかなぁ?」
「いや、床には零れてねぇみたいだ」
「そっか、良かった。ありがとうございますエロールせんぱ・・・えー!?」
床を確認しようと屈んだところで声をかけられたフローラだったが、寝ていると思ったエロールが起きていた事に驚き思わず大きな声を上げた。
「せ、先輩!いつ起きたんですか!?ってか、どこか痛くないですか!?頭は大丈夫ですか!?」
大声で詰め寄ってくるフローラに、エロールは両手を顔の前に出し少し声を荒げた。
「うっせぇなぁ!近けぇぞクセっ毛!頭大丈夫ってなんだよ?馬鹿にしてんのか?」
「うわっ!ひっどい!私がどれだけ心配したと思ってるんですか!」
フローラが顔を赤くして猛抗議する。
「んな事知らねぇよ、がーがーうるせ・・・ん?」
そこでエロールは気が付いた。
フローラがこれ以上迫ってこないように両腕を前に出しているが、両腕はジャックに潰されたはずだった。
感触を確かめるように何度か指を動かし、拳を握り締めてみる。
いつも通りで違和感は無かった。
「・・・クセっ毛、俺の腕を治したのはお前か?」
「だから!これは無造作ヘアだっていつも言ってるじゃ・・・」
「答えろ」
エロールの有無を言わさぬ視線と低い声に、フローラはたじろいだ。
何か言葉を探すように宙に視線をさまよわせるが、やがて観念したように俯いて口を開いた。
「・・・はい。私が先輩を治しました」
「やっぱりお前か。あの状態の俺の腕を、完全に回復できるヤツは限られてるからな」
「・・・勝手に治して・・・ごめんなさい。でも・・・でも、私・・・あのままの先輩をほうっておくなんてできない!」
強い意思を持った目でエロールを見るフローラ。
その視線を受けて、エロールは少しだけ口の端を上げて笑った。
「ハハッ・・・ちげぇよ。責めてるんじゃねぇ。俺がお前に今まで言ってきたのはな、お前の成長が早ぇからだ。お前、去年まで骨折治すの12分かかってたよな?今は何分だ?」
「え?・・・えと、先月計った時は、10分でした」
ヒールで骨折を治すには、一般人で約30分、王宮仕えの魔法使いで平均15分。
この15分は一つの壁であり、ここから時間を短くしていく事は並々ならぬ修練と努力が必要である。
10分という数字は非常に優秀だった。
突然のエロールに問いに、戸惑いながらフローラが答えると、エロールは頭を押さえながら上半身を起こした。
「痛っ・・・」
「せ、先輩!まだ寝てないとだめですよ!」
フローラが身を乗り出すと、エロールがその肩に手を置いた。
「・・・ふぅ・・・あ~、痛ってぇ・・・お前、俺の腕治した後、今の俺みたく頭痛くなっただろ?」
「あ、はい・・・先輩を治した後、なんかすごい頭痛くなってしばらく動けなかったです。なんで分かったんですか?」
「お前の成長が早ぇんだよ。それはいいんだ。成長が早いのは喜んでいいんだよ。でもなクセッ毛、お前は体が細ぇんだ。魔力の受け皿であるお前の体が、ちょっとばかし追いついてねぇんだよ。だから俺がお前の体の成長に合わせて、魔力の使い方を教えてたんだ。加減が分からねぇで強い魔力を使うと、ひでぇ頭痛を起こすからな。分かっただろ?」
「・・・そう、だったんですか?私、いつも先輩が口うるさく、魔力の制御について言ってくるの、小姑みたいだなって思ってました」
「ぶっ飛ばすぞクセッ毛」
エロールが睨み付けると、フローラはクスリと笑って、そっとエロールの背に手を当てながら、ゆっくりと体を寝かせた。
「おい、クセッ毛・・・なんのつもりだ?」
「まだ寝てないと駄目です。ロビン団長が見たところ、魔力の枯渇どころじゃなかったそうです。それこそ、命を削ってたんじゃないかって言ってました。だから・・・寝て・・て、くだ・・・さい」
エロールの頬に涙が落ちた。
「・・・クセッ毛?」
「わ、私、せんぱいが・・・死んじゃったら・・・どうしようって・・・う、うぅ・・・ぐすっ」
唇を震わせ、ボロボロと涙をこぼすフローラを見て、エロールは目をつむった。
「・・・分かった。大人しく寝てるよ・・・だから泣くな。腕、ありがとなクセッ毛」
「フローラ・・・エロールは?」
エロールが寝付いてしばらくすると、部屋にヨハンとターニャが入って来た。
「あ、ヨハンさん、ターニャさん・・・一度起きたんですが、まだ頭が痛そうで・・・顔色も良いとは言えませんでしたから、寝かしつけました」
「あはは、寝かしつけたって言うと、なんだかエロール君が赤ちゃんみたいね」
フローラの言い方にターニャが笑うと、フローラは溜息をついてあきれた口調で話し出した。
「本当にそうですよ!先輩って私がいないと、全然ダメなんです!ご飯だってお腹に入ればいいって菓子パンばかりなんです!だから私がお弁当作ってきてあげてるのに、感謝してるのかどうなのやらだし!
目の下に隈作ってるから、夜更かしばかりして寝不足なんです!だから早く寝てくださいねって毎日言って、やっと隈が取れたと思ったら、隈が取れたからもういいだろって、また夜更かしして隈作って!なんなんですかねこの人!」
眉を寄せて不満を口にするフローラに、ヨハンとターニャは微笑ましいものを見るように表情を緩めた。
「フローラ・・・ところで、ドミニクさんの事は話したかい?」
ヨハンが話しを向けると、フローラは表情を暗くして俯いた。
「・・・言えませんでした。その、タイミングもですけど・・・すみません。私、自分から伝えるって言ったのに・・・」
か細い声で話すフローラの背中を、ターニャが優しく撫でた。
「いいのよ。気にしないでね。言えなくて当然よ・・・ドミニクさん、誰にでも優しかったから・・・エロール君だって、心を開いていたから・・・辛い役目を頑張って引き受けてくれてありがとう。あとはまかせて・・・」
「うん。フローラ、ずっとエロールに付きっ切りであまり寝てないでしょ?僕たちが交代するから、そこの空いてるベットで少し休んだらどうだい?」
ヨハンの言葉に、フローラは少しだけ考えるように口を閉じ、そして小さく頷いた。
「・・・ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて休みます。でも・・・先輩が先に起きたら、起こしてくれますか?」
少し照れた様子で話すフローラに、ヨハンとターニャはまた少し笑みを見せて頷いた。
目を開けると石造りの天井が目に入った。
すぐに状況が理解できず、少しの間そのまま天井に目を向けたままでいると、だんだんと意識がハッキリとしてくる。
少し頭を動かすと、胸の辺りまで白い毛布がかけられている事が分かる。
ベットに寝かされている事を理解するが、体を起こそうとすると、頭が強く痛み、そのままマクラの上に頭が倒れこむ。
首だけ動かして辺りを見回すと、自分の寝ているベットの脇にパイプ椅子と小さな物置台、そしてもう一台のベットが置かれているだけの、簡素な部屋だった。
「・・・俺は・・・」
自分は森にいたはずだ。
エロール・タドゥランは森でジャック・パスカルと戦っていた事を思い出した。
かろうじて勝ちを得たが、薄氷を履むが如し紙一重の勝利だった。
魔力の最後の一滴まで出しきったエロールは、ジャックの死を確認した後その場に倒れ意識を失ったのだ。
あのまま倒れていたらどうなっていたか分からない。
自分が今こうしてベットに寝ているという事は、運よく誰かに助けられたのだろう。
そう理解したところで、ドアノブが回る音がした。
「・・・さてと、体拭いてあげなきゃ」
左手に銀色のボウルを持った女性が、ドアをゆっくり開けて入ってきた。
エロールはその女性に知っていた。
エロールより2歳年下で同じ白魔法使いの、フローラ・ラミレス。
三年前に魔法兵団に入団して、目を見張る勢いで実力を伸ばしている有望株である。
やや内側に跳ねたクセのあるピンク色の髪は、一見すると寝ぐせのようにも見えるが、本人いわく無造作ヘアとの事で、丁度肩口までの長さだ。
少し金色がかったクリッとした目が可愛らしい印象だ。
身長165cmのエロールより一回り小柄で、背は155cm程、華奢なエロールより更に細く、周りからはもっと肉を食べたらと言われる事も多い。
白地に深い緑色のパイピングがあしらわれている、カエストゥス国の白魔法使いのローブを着ている。
フローラはエロールのベットの脇のパイプ椅子に腰を下ろすと、枕元にある木製の小さな台に銀色のボウルを置く。強く置いた訳ではないが、はずみで水が少しだけ零れる。
「あ、下ぬれちゃったかなぁ?」
「いや、床には零れてねぇみたいだ」
「そっか、良かった。ありがとうございますエロールせんぱ・・・えー!?」
床を確認しようと屈んだところで声をかけられたフローラだったが、寝ていると思ったエロールが起きていた事に驚き思わず大きな声を上げた。
「せ、先輩!いつ起きたんですか!?ってか、どこか痛くないですか!?頭は大丈夫ですか!?」
大声で詰め寄ってくるフローラに、エロールは両手を顔の前に出し少し声を荒げた。
「うっせぇなぁ!近けぇぞクセっ毛!頭大丈夫ってなんだよ?馬鹿にしてんのか?」
「うわっ!ひっどい!私がどれだけ心配したと思ってるんですか!」
フローラが顔を赤くして猛抗議する。
「んな事知らねぇよ、がーがーうるせ・・・ん?」
そこでエロールは気が付いた。
フローラがこれ以上迫ってこないように両腕を前に出しているが、両腕はジャックに潰されたはずだった。
感触を確かめるように何度か指を動かし、拳を握り締めてみる。
いつも通りで違和感は無かった。
「・・・クセっ毛、俺の腕を治したのはお前か?」
「だから!これは無造作ヘアだっていつも言ってるじゃ・・・」
「答えろ」
エロールの有無を言わさぬ視線と低い声に、フローラはたじろいだ。
何か言葉を探すように宙に視線をさまよわせるが、やがて観念したように俯いて口を開いた。
「・・・はい。私が先輩を治しました」
「やっぱりお前か。あの状態の俺の腕を、完全に回復できるヤツは限られてるからな」
「・・・勝手に治して・・・ごめんなさい。でも・・・でも、私・・・あのままの先輩をほうっておくなんてできない!」
強い意思を持った目でエロールを見るフローラ。
その視線を受けて、エロールは少しだけ口の端を上げて笑った。
「ハハッ・・・ちげぇよ。責めてるんじゃねぇ。俺がお前に今まで言ってきたのはな、お前の成長が早ぇからだ。お前、去年まで骨折治すの12分かかってたよな?今は何分だ?」
「え?・・・えと、先月計った時は、10分でした」
ヒールで骨折を治すには、一般人で約30分、王宮仕えの魔法使いで平均15分。
この15分は一つの壁であり、ここから時間を短くしていく事は並々ならぬ修練と努力が必要である。
10分という数字は非常に優秀だった。
突然のエロールに問いに、戸惑いながらフローラが答えると、エロールは頭を押さえながら上半身を起こした。
「痛っ・・・」
「せ、先輩!まだ寝てないとだめですよ!」
フローラが身を乗り出すと、エロールがその肩に手を置いた。
「・・・ふぅ・・・あ~、痛ってぇ・・・お前、俺の腕治した後、今の俺みたく頭痛くなっただろ?」
「あ、はい・・・先輩を治した後、なんかすごい頭痛くなってしばらく動けなかったです。なんで分かったんですか?」
「お前の成長が早ぇんだよ。それはいいんだ。成長が早いのは喜んでいいんだよ。でもなクセッ毛、お前は体が細ぇんだ。魔力の受け皿であるお前の体が、ちょっとばかし追いついてねぇんだよ。だから俺がお前の体の成長に合わせて、魔力の使い方を教えてたんだ。加減が分からねぇで強い魔力を使うと、ひでぇ頭痛を起こすからな。分かっただろ?」
「・・・そう、だったんですか?私、いつも先輩が口うるさく、魔力の制御について言ってくるの、小姑みたいだなって思ってました」
「ぶっ飛ばすぞクセッ毛」
エロールが睨み付けると、フローラはクスリと笑って、そっとエロールの背に手を当てながら、ゆっくりと体を寝かせた。
「おい、クセッ毛・・・なんのつもりだ?」
「まだ寝てないと駄目です。ロビン団長が見たところ、魔力の枯渇どころじゃなかったそうです。それこそ、命を削ってたんじゃないかって言ってました。だから・・・寝て・・て、くだ・・・さい」
エロールの頬に涙が落ちた。
「・・・クセッ毛?」
「わ、私、せんぱいが・・・死んじゃったら・・・どうしようって・・・う、うぅ・・・ぐすっ」
唇を震わせ、ボロボロと涙をこぼすフローラを見て、エロールは目をつむった。
「・・・分かった。大人しく寝てるよ・・・だから泣くな。腕、ありがとなクセッ毛」
「フローラ・・・エロールは?」
エロールが寝付いてしばらくすると、部屋にヨハンとターニャが入って来た。
「あ、ヨハンさん、ターニャさん・・・一度起きたんですが、まだ頭が痛そうで・・・顔色も良いとは言えませんでしたから、寝かしつけました」
「あはは、寝かしつけたって言うと、なんだかエロール君が赤ちゃんみたいね」
フローラの言い方にターニャが笑うと、フローラは溜息をついてあきれた口調で話し出した。
「本当にそうですよ!先輩って私がいないと、全然ダメなんです!ご飯だってお腹に入ればいいって菓子パンばかりなんです!だから私がお弁当作ってきてあげてるのに、感謝してるのかどうなのやらだし!
目の下に隈作ってるから、夜更かしばかりして寝不足なんです!だから早く寝てくださいねって毎日言って、やっと隈が取れたと思ったら、隈が取れたからもういいだろって、また夜更かしして隈作って!なんなんですかねこの人!」
眉を寄せて不満を口にするフローラに、ヨハンとターニャは微笑ましいものを見るように表情を緩めた。
「フローラ・・・ところで、ドミニクさんの事は話したかい?」
ヨハンが話しを向けると、フローラは表情を暗くして俯いた。
「・・・言えませんでした。その、タイミングもですけど・・・すみません。私、自分から伝えるって言ったのに・・・」
か細い声で話すフローラの背中を、ターニャが優しく撫でた。
「いいのよ。気にしないでね。言えなくて当然よ・・・ドミニクさん、誰にでも優しかったから・・・エロール君だって、心を開いていたから・・・辛い役目を頑張って引き受けてくれてありがとう。あとはまかせて・・・」
「うん。フローラ、ずっとエロールに付きっ切りであまり寝てないでしょ?僕たちが交代するから、そこの空いてるベットで少し休んだらどうだい?」
ヨハンの言葉に、フローラは少しだけ考えるように口を閉じ、そして小さく頷いた。
「・・・ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて休みます。でも・・・先輩が先に起きたら、起こしてくれますか?」
少し照れた様子で話すフローラに、ヨハンとターニャはまた少し笑みを見せて頷いた。
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