296 / 1,370
【295 乱れ打ち】
しおりを挟む
「これからどうなっちゃうのかな?」
魔法兵団の宿舎では、受付や書類整理を業務としている、戦力として数えられない者達は待機を命じられていた。
城から伝令に来た兵士によって、すでにラシーン前国王が殺害された事は周知されていた。
戦闘訓練を受けている魔法兵団の団員は、街で暴虐をつくしている帝国兵の鎮圧に出ていた。
「ターニャ、大丈夫だよ。エロール君が心配するなって言ってたから」
ヨハン・ブラントは、不安気な声で話しかけてきた女性、ターニャにいつもと変わらない柔らかい口調で言葉を返した。
「・・・う~ん、ヨハンって本当にエロール君と仲良いよね?」
「うん。親友だもん」
あっけらかんと笑って話すヨハンの顔を見て、ターニャもつられたように口元に笑みを浮かべ、一つ軽い息をついた。
「もぅ・・・なんか妬けちゃうなぁ。彼女の私より分かり合ってない?」
ターニャは肩の下で揃えた艶のある青い髪を指でくるくるといじりながら、金色の瞳でヨハンを少し睨む。
「エロールとは付き合い長いからね。でも、ターニャとも同じくらい分かり合えてると思うよ」
「・・・なんか、微妙なフォローじゃない?」
全く悪気の無い表情で話すヨハンに、ターニャはまた一つ溜息を付いた。
一つ年下で21歳のヨハンと交際して二年。
結婚も意識するようになっていたが、ヨハンとの付き合いが深くなればなるほど、ヨハンとエロールの関係に妙な勘ぐりもしたくなった。
「あはは、ターニャ、また僕とエロールに変な勘違いをしてるね?」
「だって、仲良すぎない?そりゃそんな事ないとは思うけど・・・・・いっつも二人でいるし」
ターニャが何か探るような目を向けてくる。
本気で口にしているわけではなさそうだが、あえて言葉にする事で意地悪をしたいようだ。
「・・・うん。エロールはね、あの性格だから誤解されやすいけど、とっても優しいんだよ。本当に誰よりも信頼できる。エロールは自分が認めた相手は絶対に裏切らないし、きっとその相手が困っていたら、何をしてでも助ける。そのくらい情が深いんだ」
「・・・誰よりもって、ヨハン、それ私よりエロールを信頼してるって事?」
ターニャが眉を寄せ不満気にヨハンを睨むが、ヨハンはそんなターニャの視線にも動じず、小さく首を横に振った。
「そんな事ないよ。男同士の友情の表現さ。僕はターニャをとっても大事に思ってるし心から信頼している。誤解させてごめんね」
素直に頭を下げるエロールに、ターニャは口を少し尖らせながらも、しかたないという風に息を付く。
「ん~・・・ヨハンって、もぅ・・・そういうとこなんかずるい」
「え?どういう事?」
「なんでもないわよ。それで、エロールがすごく信頼できるのは分かったけど、そういうとこが気に入って仲良くしてるって事?」
首を傾げているヨハンに、ターニャは話しの続きを促した。
「まぁ、そういう事だね。あぁいう男だから、僕もエロールに応えたいって思うんだ。僕もエロールを絶対に裏切らないし、真っすぐ付き合っていきたいと思ってる。エロールが困っていたら、きっと僕はなんでもするだろうね」
真っすぐに自分を見つめて語るヨハン。ターニャはその想いの強さにすぐに言葉を返せなかった。
「・・・男同士でこういうの、変かな?」
声のトーンを落とし、やや俯き加減にそう話すヨハンを見て、ターニャは察した。
「・・・うぅん、良いんじゃないかな?そこまで大事に思える友情って、素敵だと思うよ」
「本当!?」
エロールと違ってヨハンは、それなりに周りとうまく付き合えていた。
だが、ヨハンの趣味は少し個性的だった。
大半の人間は面倒に思う書類整理を好み、記録付けや日記を書く事が趣味だった。
同僚に歴史を語る事があり、最初のうちは相手も付き合いで聞いてはくれるが、所詮話半分に流している。
ヨハンは良いヤツだけど、ちょっと変わっている。
周りからはそう認識され、当たり障りの無い付き合いをされてきた。
だが、エロールだけは違った。
いつも文句を口にしているし、ヨハンの話しにもストレートに、興味ねぇよ!と告げるのだが、最後まできちんと話しを聞くのだ。
「・・・本当よ。あなた達二人の関係、私は好きよ。でも、彼女の私が嫉妬しないように、もう少し愛情表現してほしいかな」
「ターニャ・・・ありがとう。うん、もちろんだよ。僕にとってキミは一番大切な人だから」
ヨハンとエロールの関係は、これまで心無い言葉を受けた事があるのだろう。
変わり者と嫌われ者がつるんでいる。そんな言い方をされたりもしたのかもしれない。
だから、ターニャの言葉は心に響いたのだろう。
真っすぐにターニャを見つめ、素直に愛情を伝えてくれたヨハンに、ターニャも頬を赤く染める。
「い、いきなりすごい事言ってくれるのね。そ、そりゃ嬉しいけど」
ヨハンは体を近づけターニャを抱きしめた。
「ターニャは僕が絶対に護るから」
「・・・うん」
ヨハンは窓の外へ目を向けた。
遠くに見える街が赤く染まっている。火の手が上がっているのだろう。
ヨハンは思い出していた。
エロールが護衛として城に入る前に言い残した言葉を。
【ヨハン、お前は心配しないでいい・・・・・俺に任せておけ】
ラシーン前国王が殺害され、街に入っている帝国の兵士千人が暴れまわっている。
カエストゥス国の剣士隊と魔法兵団が鎮圧に乗り出しているし、エロールの実力も知ってはいるが、やはり不安はあるし、どうしても心配にはなってしまう。
だが、信じよう。
俺に任せておけと言った友を。
「エロール、キミを信じている。だから、生きて帰って来い」
大の字に倒れ伏すジャックに、エロールは追撃はかけなかった。
首に巻く水色のマフラーは全長で2メートル程あり、一般的なマフラーよりも長い。
その理由は単純に射程距離が欲しかった。
反作用の糸は、魔力を込めると高質化し、投げ飛ばす事が攻撃方法の主軸になる。
鎖鎌のように、左手で端の方を持ち、右手で周し遠心力を付けて投げ飛ばす。
あまりに長すぎると戻す時に不備がでる可能性と、躱されればやはり致命傷になりかねないと考えたため、この長さで落ち着いたのだ。
「・・・なるほどなぁ・・・そのマフラー、片端が攻撃、もう片端が防御ってことだな?」
エロールが追撃をかけなかった理由、それはジャックに意識があり、反撃できる体力が十分に残っているだろう事を察していたからだ。
「フン、さっさと起きろよ。ダセーな」
ジャックの問いには答えず、エロールは鼻で笑い飛ばし中傷の言葉を吐いた。
ジャックは仰向けのまま下半身を持ち上げると、反動を付けて上半身を飛び起こし立った。
深紅の鎧の胸の部分は破損し、鎧の下の鍛え上げられた逞しい筋肉が露出している。
少しの裂傷があるが、ダメージはほとんどないように見えた。
「深紅の鎧を破壊する程だ。生身で喰らえば危なかったな・・・」
「次はその生身の部分に喰らわしてやるよ」
ジャックは左手に持つ斧を頭上に掲げると、両手で回し始めた。
回転の速度が上がるにつれ、ジャックの周囲の風が渦巻きだした。
「お前の事を甘く見ていたよ。お詫びに俺の技を見せてやる!」
深紅の鎧から炎が噴き出すと、ジャックの周囲で渦巻く風が炎を取り込みだす。
頭上で回す斧もどんどん速さを増していき、比例して火力も上がっていく。
それはジャックを中心とした、炎を纏う竜巻だった。
炎は猛々しくその火を飛ばし、草木を焼いていく。
「そのマフラー、片方は結界なんだろ?俺の斧を止めるくらいだから物理耐性が高いのは分かった。だが、これはどうだ?」
高速で回転させていた斧をエロールに向け振るうと、炎渦巻く風がまるでエロールを呑み込むかのように襲い掛かった。
エロールのマフラーはおそらく対物理のみ。
それがジャックの見解だった。
ジャックが斧を振り下ろした時、エロールが左手でマフラーを振り上げると、驚く事に柔らかいだけのマフラーが高質化し、ジャックの斧を受け止めたのだ。
衝撃の一切を無効化したそれは、紛れもなく物理に特化した結界だった。
そしてジャックがエロールのマフラーを対物理のみと推測したもう一つの理由に、マフラーという道具を用いる以上、その形状から魔法や炎から全身を防ぐ手立てが考えられない事があった。
長さはあるが、面積が足りない。広範囲の攻撃からとてもカバーしきれるものではなかった。
「防げるもんなら防いでみやがれぇぇぇッツ!」
ジャックの叫びと共に、渦巻く業火、ジャックの火炎旋風がエロールを呑み込んだ。
一瞬前までエロールが立っていた場所が、あっという間に燃え盛る炎で焼かれている。
斧を下ろし火炎旋風を解くと、その光景にジャックは嬉々として声を上げた。
「アーハッハッハ!やっぱこんなもんかよ?まぁ、俺の鎧を破壊したり、ちょっとはおどろかされたけどよ。やっぱ白魔法使いが戦闘なんてできるわけねぇん・・・・・なっ!?」
業火の中、焼き尽くしたはずの男が悠々と歩き出てきた。
「よぉ、物理結界だけだと思ったか?そんな半端な魔道具のわけねぇだろ」
エロールの正面には、マフラーが端と端を合わせた円を形どり、青く光り輝く結界となって存在していた。エロールは結界を張ったまま、まるで恐れる事なくジャックに向かい歩を進めて来る。
「ば、バカな!?なんだその魔道具は!?」
打撃も炎も防がれたジャックの顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。
「・・・さっき言っただろ?俺の魔道具は・・・」
結界を解いたエロールは鎖鎌の要領で、左手でマフラーの片方の先端を、右手は魔力を流し高質化させジャックに向かい投げ放った。
「くっ!」
咄嗟に両手を盾にしたが、黒魔法の破壊の魔力に変換したエロールのマフラー、反作用の糸を受け、再びジャックの体が後方に吹き飛ばされた。
「攻防一体の反作用の糸だってなぁッツ!」
師団長一の腕力、100キロを超える二丁の斧を背に担ぐ体幹を持つジャックでさえ、踏ん張りがきかず吹き飛ばされる程の威力。
「ぐ、はぁッ!」
吹き飛ばされた勢いで、背後の樹に背を打ち付けられる。
ジャックが体勢を立て直そうと正面に顔を向けると、エロールの追撃はすでに眼前に迫っていた。
「ウォォォォォォォーッツ!」
高質化させた反作用の糸による乱れ打ち。
マフラーの長さ2メートル内に距離を詰め、魔力の続く限り変換させた破壊の魔力を叩きこむ。
これがエロールの描いた勝利の道筋だった。
エロールが反作用の糸を振るう度に、打ち付けられたジャックの体から爆発が起こり、爆破による煙とともに爆音が森に響き渡る。
「が!うぐ、ぐぅッツ!」
エロールの乱れ打ちに対してジャックの取った対抗策は、亀のように体を丸め耐える事だった。
ジャックの頭には、エロールの魔力が切れるまでの持久戦に持ち込もうという考えも浮かんだが、
一発一発を受ける度に、深紅の鎧の装甲が吹き飛ばされ、多大なダメージを与えていくその威力に、自分が長くは持たないと判断した。
格下と見ていたエロールに対し、これだけの攻撃を受けジャックのプライドはボロボロだったが、頭は冷えていた。
最終的に勝てばいい。
ではどうすれば勝てるか?ジャックとて、師団長に上り詰めるまで数多の修羅場を潜り抜けて来た。
最初からこの腕力を手にしていたわけでもない。
体格的に劣る自分が勝ち続けるために、知恵を絞った事も数知れない。
ジャックの頭はこれまでの戦歴から、ここからの逆転に頭を回転させていた。
最初の攻防でエロールのマフラーが、何等かの方法で攻撃と防御の二つの性質を備えている事は見抜いた。
そしてそれには使い手の魔力を用いている事も分かった。
そして一撃で自分を吹き飛ばす程の威力も備えている事から、おそらく消費している魔力は膨大であろう事も読めた。
この乱れ打ちは長くは続かない。
エロールはおそらく短期決戦で臨んでいる。ならば魔力が切れるまで耐え続けられればいいが、そこまでは自分が持たないだろう。
こうして耐えている間にも爆破によるダメージ受け続け、すでにジャックの鎧はほぼ全て破壊され、むき出しの体に攻撃を叩きこまれていた。
すでに全身血まみれにされており、盾とした両腕ももう持ちそうにない。
ジャックの出した答えは、息継ぎだった。
エロールの攻撃を受け続けたジャックは、その攻撃のリズムを体で覚えていた。
体力の少ない魔法使いが、これほど魔力を込めて打ち続けている。
そのためだろう。
数回に一度、僅かな時間攻撃の間隔に遅れが出るのだ。
それはなぜか?呼吸をするためだろう。
エロールの猛攻を受けながら、ジャックは冷静に数を数えていた。
1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・
次だ・・・次に息継ぎをするために攻撃の間隔が空いた時・・・その時が貴様の・・・
6・・・・
エロールの攻撃に僅かな間が生まれる。
「最後だァァァァァッツ!」
全精力を振り絞りジャックが飛び出した。
魔法兵団の宿舎では、受付や書類整理を業務としている、戦力として数えられない者達は待機を命じられていた。
城から伝令に来た兵士によって、すでにラシーン前国王が殺害された事は周知されていた。
戦闘訓練を受けている魔法兵団の団員は、街で暴虐をつくしている帝国兵の鎮圧に出ていた。
「ターニャ、大丈夫だよ。エロール君が心配するなって言ってたから」
ヨハン・ブラントは、不安気な声で話しかけてきた女性、ターニャにいつもと変わらない柔らかい口調で言葉を返した。
「・・・う~ん、ヨハンって本当にエロール君と仲良いよね?」
「うん。親友だもん」
あっけらかんと笑って話すヨハンの顔を見て、ターニャもつられたように口元に笑みを浮かべ、一つ軽い息をついた。
「もぅ・・・なんか妬けちゃうなぁ。彼女の私より分かり合ってない?」
ターニャは肩の下で揃えた艶のある青い髪を指でくるくるといじりながら、金色の瞳でヨハンを少し睨む。
「エロールとは付き合い長いからね。でも、ターニャとも同じくらい分かり合えてると思うよ」
「・・・なんか、微妙なフォローじゃない?」
全く悪気の無い表情で話すヨハンに、ターニャはまた一つ溜息を付いた。
一つ年下で21歳のヨハンと交際して二年。
結婚も意識するようになっていたが、ヨハンとの付き合いが深くなればなるほど、ヨハンとエロールの関係に妙な勘ぐりもしたくなった。
「あはは、ターニャ、また僕とエロールに変な勘違いをしてるね?」
「だって、仲良すぎない?そりゃそんな事ないとは思うけど・・・・・いっつも二人でいるし」
ターニャが何か探るような目を向けてくる。
本気で口にしているわけではなさそうだが、あえて言葉にする事で意地悪をしたいようだ。
「・・・うん。エロールはね、あの性格だから誤解されやすいけど、とっても優しいんだよ。本当に誰よりも信頼できる。エロールは自分が認めた相手は絶対に裏切らないし、きっとその相手が困っていたら、何をしてでも助ける。そのくらい情が深いんだ」
「・・・誰よりもって、ヨハン、それ私よりエロールを信頼してるって事?」
ターニャが眉を寄せ不満気にヨハンを睨むが、ヨハンはそんなターニャの視線にも動じず、小さく首を横に振った。
「そんな事ないよ。男同士の友情の表現さ。僕はターニャをとっても大事に思ってるし心から信頼している。誤解させてごめんね」
素直に頭を下げるエロールに、ターニャは口を少し尖らせながらも、しかたないという風に息を付く。
「ん~・・・ヨハンって、もぅ・・・そういうとこなんかずるい」
「え?どういう事?」
「なんでもないわよ。それで、エロールがすごく信頼できるのは分かったけど、そういうとこが気に入って仲良くしてるって事?」
首を傾げているヨハンに、ターニャは話しの続きを促した。
「まぁ、そういう事だね。あぁいう男だから、僕もエロールに応えたいって思うんだ。僕もエロールを絶対に裏切らないし、真っすぐ付き合っていきたいと思ってる。エロールが困っていたら、きっと僕はなんでもするだろうね」
真っすぐに自分を見つめて語るヨハン。ターニャはその想いの強さにすぐに言葉を返せなかった。
「・・・男同士でこういうの、変かな?」
声のトーンを落とし、やや俯き加減にそう話すヨハンを見て、ターニャは察した。
「・・・うぅん、良いんじゃないかな?そこまで大事に思える友情って、素敵だと思うよ」
「本当!?」
エロールと違ってヨハンは、それなりに周りとうまく付き合えていた。
だが、ヨハンの趣味は少し個性的だった。
大半の人間は面倒に思う書類整理を好み、記録付けや日記を書く事が趣味だった。
同僚に歴史を語る事があり、最初のうちは相手も付き合いで聞いてはくれるが、所詮話半分に流している。
ヨハンは良いヤツだけど、ちょっと変わっている。
周りからはそう認識され、当たり障りの無い付き合いをされてきた。
だが、エロールだけは違った。
いつも文句を口にしているし、ヨハンの話しにもストレートに、興味ねぇよ!と告げるのだが、最後まできちんと話しを聞くのだ。
「・・・本当よ。あなた達二人の関係、私は好きよ。でも、彼女の私が嫉妬しないように、もう少し愛情表現してほしいかな」
「ターニャ・・・ありがとう。うん、もちろんだよ。僕にとってキミは一番大切な人だから」
ヨハンとエロールの関係は、これまで心無い言葉を受けた事があるのだろう。
変わり者と嫌われ者がつるんでいる。そんな言い方をされたりもしたのかもしれない。
だから、ターニャの言葉は心に響いたのだろう。
真っすぐにターニャを見つめ、素直に愛情を伝えてくれたヨハンに、ターニャも頬を赤く染める。
「い、いきなりすごい事言ってくれるのね。そ、そりゃ嬉しいけど」
ヨハンは体を近づけターニャを抱きしめた。
「ターニャは僕が絶対に護るから」
「・・・うん」
ヨハンは窓の外へ目を向けた。
遠くに見える街が赤く染まっている。火の手が上がっているのだろう。
ヨハンは思い出していた。
エロールが護衛として城に入る前に言い残した言葉を。
【ヨハン、お前は心配しないでいい・・・・・俺に任せておけ】
ラシーン前国王が殺害され、街に入っている帝国の兵士千人が暴れまわっている。
カエストゥス国の剣士隊と魔法兵団が鎮圧に乗り出しているし、エロールの実力も知ってはいるが、やはり不安はあるし、どうしても心配にはなってしまう。
だが、信じよう。
俺に任せておけと言った友を。
「エロール、キミを信じている。だから、生きて帰って来い」
大の字に倒れ伏すジャックに、エロールは追撃はかけなかった。
首に巻く水色のマフラーは全長で2メートル程あり、一般的なマフラーよりも長い。
その理由は単純に射程距離が欲しかった。
反作用の糸は、魔力を込めると高質化し、投げ飛ばす事が攻撃方法の主軸になる。
鎖鎌のように、左手で端の方を持ち、右手で周し遠心力を付けて投げ飛ばす。
あまりに長すぎると戻す時に不備がでる可能性と、躱されればやはり致命傷になりかねないと考えたため、この長さで落ち着いたのだ。
「・・・なるほどなぁ・・・そのマフラー、片端が攻撃、もう片端が防御ってことだな?」
エロールが追撃をかけなかった理由、それはジャックに意識があり、反撃できる体力が十分に残っているだろう事を察していたからだ。
「フン、さっさと起きろよ。ダセーな」
ジャックの問いには答えず、エロールは鼻で笑い飛ばし中傷の言葉を吐いた。
ジャックは仰向けのまま下半身を持ち上げると、反動を付けて上半身を飛び起こし立った。
深紅の鎧の胸の部分は破損し、鎧の下の鍛え上げられた逞しい筋肉が露出している。
少しの裂傷があるが、ダメージはほとんどないように見えた。
「深紅の鎧を破壊する程だ。生身で喰らえば危なかったな・・・」
「次はその生身の部分に喰らわしてやるよ」
ジャックは左手に持つ斧を頭上に掲げると、両手で回し始めた。
回転の速度が上がるにつれ、ジャックの周囲の風が渦巻きだした。
「お前の事を甘く見ていたよ。お詫びに俺の技を見せてやる!」
深紅の鎧から炎が噴き出すと、ジャックの周囲で渦巻く風が炎を取り込みだす。
頭上で回す斧もどんどん速さを増していき、比例して火力も上がっていく。
それはジャックを中心とした、炎を纏う竜巻だった。
炎は猛々しくその火を飛ばし、草木を焼いていく。
「そのマフラー、片方は結界なんだろ?俺の斧を止めるくらいだから物理耐性が高いのは分かった。だが、これはどうだ?」
高速で回転させていた斧をエロールに向け振るうと、炎渦巻く風がまるでエロールを呑み込むかのように襲い掛かった。
エロールのマフラーはおそらく対物理のみ。
それがジャックの見解だった。
ジャックが斧を振り下ろした時、エロールが左手でマフラーを振り上げると、驚く事に柔らかいだけのマフラーが高質化し、ジャックの斧を受け止めたのだ。
衝撃の一切を無効化したそれは、紛れもなく物理に特化した結界だった。
そしてジャックがエロールのマフラーを対物理のみと推測したもう一つの理由に、マフラーという道具を用いる以上、その形状から魔法や炎から全身を防ぐ手立てが考えられない事があった。
長さはあるが、面積が足りない。広範囲の攻撃からとてもカバーしきれるものではなかった。
「防げるもんなら防いでみやがれぇぇぇッツ!」
ジャックの叫びと共に、渦巻く業火、ジャックの火炎旋風がエロールを呑み込んだ。
一瞬前までエロールが立っていた場所が、あっという間に燃え盛る炎で焼かれている。
斧を下ろし火炎旋風を解くと、その光景にジャックは嬉々として声を上げた。
「アーハッハッハ!やっぱこんなもんかよ?まぁ、俺の鎧を破壊したり、ちょっとはおどろかされたけどよ。やっぱ白魔法使いが戦闘なんてできるわけねぇん・・・・・なっ!?」
業火の中、焼き尽くしたはずの男が悠々と歩き出てきた。
「よぉ、物理結界だけだと思ったか?そんな半端な魔道具のわけねぇだろ」
エロールの正面には、マフラーが端と端を合わせた円を形どり、青く光り輝く結界となって存在していた。エロールは結界を張ったまま、まるで恐れる事なくジャックに向かい歩を進めて来る。
「ば、バカな!?なんだその魔道具は!?」
打撃も炎も防がれたジャックの顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。
「・・・さっき言っただろ?俺の魔道具は・・・」
結界を解いたエロールは鎖鎌の要領で、左手でマフラーの片方の先端を、右手は魔力を流し高質化させジャックに向かい投げ放った。
「くっ!」
咄嗟に両手を盾にしたが、黒魔法の破壊の魔力に変換したエロールのマフラー、反作用の糸を受け、再びジャックの体が後方に吹き飛ばされた。
「攻防一体の反作用の糸だってなぁッツ!」
師団長一の腕力、100キロを超える二丁の斧を背に担ぐ体幹を持つジャックでさえ、踏ん張りがきかず吹き飛ばされる程の威力。
「ぐ、はぁッ!」
吹き飛ばされた勢いで、背後の樹に背を打ち付けられる。
ジャックが体勢を立て直そうと正面に顔を向けると、エロールの追撃はすでに眼前に迫っていた。
「ウォォォォォォォーッツ!」
高質化させた反作用の糸による乱れ打ち。
マフラーの長さ2メートル内に距離を詰め、魔力の続く限り変換させた破壊の魔力を叩きこむ。
これがエロールの描いた勝利の道筋だった。
エロールが反作用の糸を振るう度に、打ち付けられたジャックの体から爆発が起こり、爆破による煙とともに爆音が森に響き渡る。
「が!うぐ、ぐぅッツ!」
エロールの乱れ打ちに対してジャックの取った対抗策は、亀のように体を丸め耐える事だった。
ジャックの頭には、エロールの魔力が切れるまでの持久戦に持ち込もうという考えも浮かんだが、
一発一発を受ける度に、深紅の鎧の装甲が吹き飛ばされ、多大なダメージを与えていくその威力に、自分が長くは持たないと判断した。
格下と見ていたエロールに対し、これだけの攻撃を受けジャックのプライドはボロボロだったが、頭は冷えていた。
最終的に勝てばいい。
ではどうすれば勝てるか?ジャックとて、師団長に上り詰めるまで数多の修羅場を潜り抜けて来た。
最初からこの腕力を手にしていたわけでもない。
体格的に劣る自分が勝ち続けるために、知恵を絞った事も数知れない。
ジャックの頭はこれまでの戦歴から、ここからの逆転に頭を回転させていた。
最初の攻防でエロールのマフラーが、何等かの方法で攻撃と防御の二つの性質を備えている事は見抜いた。
そしてそれには使い手の魔力を用いている事も分かった。
そして一撃で自分を吹き飛ばす程の威力も備えている事から、おそらく消費している魔力は膨大であろう事も読めた。
この乱れ打ちは長くは続かない。
エロールはおそらく短期決戦で臨んでいる。ならば魔力が切れるまで耐え続けられればいいが、そこまでは自分が持たないだろう。
こうして耐えている間にも爆破によるダメージ受け続け、すでにジャックの鎧はほぼ全て破壊され、むき出しの体に攻撃を叩きこまれていた。
すでに全身血まみれにされており、盾とした両腕ももう持ちそうにない。
ジャックの出した答えは、息継ぎだった。
エロールの攻撃を受け続けたジャックは、その攻撃のリズムを体で覚えていた。
体力の少ない魔法使いが、これほど魔力を込めて打ち続けている。
そのためだろう。
数回に一度、僅かな時間攻撃の間隔に遅れが出るのだ。
それはなぜか?呼吸をするためだろう。
エロールの猛攻を受けながら、ジャックは冷静に数を数えていた。
1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・
次だ・・・次に息継ぎをするために攻撃の間隔が空いた時・・・その時が貴様の・・・
6・・・・
エロールの攻撃に僅かな間が生まれる。
「最後だァァァァァッツ!」
全精力を振り絞りジャックが飛び出した。
0
お気に入りに追加
220
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました
おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。
※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。
※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・)
更新はめっちゃ不定期です。
※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる