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【287 火の粉を浴びる赤い女】

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「・・・ドミニク?」

名前を呼ばれた気がしてリンダは後ろを振り返った。

城を出て皇帝達を追跡していたが、ウィッカーは一人先を行き、ジョルジュも街に出ると建物の屋根に上がり、屋根伝いに飛びながら進んで行った。

エロールやロビンはまだ後方でリンダには追い付けていないが、カエストゥス側はバラバラになっていた。

城を出てかなりの距離を走ったが、まだ皇帝や師団長達には追い付けていない。
クラレッサの悪霊による足止めで、かなりの時間をとられたようだ。

先ほど城から、天にも届きそうな程はるか高い火柱が上がった時、コバレフを相手に一人残ったドミニクの身を案じた事を思い出す。


嫌な予感がした。
だが、頭を振って考えないようにする。

リンダは前に向き直り再び足を動かした。

街に入ると、いたるところで火の手が上がっていた。
帝国の兵士はいつでも動けるように準備をしていたのだろう。

剣に槍、武器を持った兵士は逃げ惑う町民に襲い掛かり、魔法兵は建物に爆発魔法や火魔法を放ち暴れまわっていた。闇夜を照らすのは街を焼く炎の明かりだった。

街の警備にあたっていたカエストゥスの兵士達が応戦しているが、帝国兵に押されている。


「フッ!」

一つ息を吐き、地を蹴った。

帝国の兵士とは数十メートルは離れていた。
だが、帝国の兵士が気が付いた時にはリンダは兵士の懐に入り込み、胸を一突きで仕留めていた。

「・・・考えるな、今は街を護るだけだ」

リンダはそのまま周囲の帝国兵を一人、また一人と斬り伏せていく。

リンダの武器は刃渡り40cm程の諸刃の短剣で、ナイフより少し長い程度である。
剣士隊の時から愛用していた剣で、必殺の連双斬にもっとも適した武器だった。

重装備の兵士にも構わず向かって行き、連双斬で鎧ごと体を斬り裂いた。
リンダにとっては、いかに硬く厚い鎧でも紙切れに等しかった。


「リンダさん!ここは我々におまかせください!」

町民を護りながら帝国兵を斬り倒していくと、カエストゥスの兵士達が声を上げた。

「ご助力に感謝いたします!ですが、あなたには、あなたでしか戦えない敵がいるでしょう!追ってください!」
「リンダさん!行ってください!ここは我々が命に代えても護ります!」
「リンダさん!皇帝は逃がしてはなりません!」


「・・・あんた達・・・でも、今アタシが抜けたら」

リンダが加勢した事で押し返したが、帝国兵はカエストゥスの兵より上手だった。
多少の数を減らしたが、ここで抜けて大丈夫かという懸念があった。

「俺達を信じてください!絶対に勝ってみせます!」
「ここまで数を減らしてくれたんです。負けたら兵士やってられませんよ!」
「行ってください!」

兵士達の力強い声に、リンダは分かったと答える。

「みんな!死ぬんじゃないよ!」

正面から剣を振り下ろす帝国兵を切り伏せると、リンダはそのまま街を駆け抜けた。


・・・・・皇帝、やってくれたじゃないか。絶対に逃がさない!

街を焼く炎は、そのままリンダは目に怒りの火を灯した。






「しつこいヤツだな!」

ジャキル・ミラーが結界でウィッカーの爆裂空破弾を防ぐ。その爆風を隠れ蓑に、ルシアン・クラスニキが飛び出し、一直線に槍で突き刺してくる。

爆風を利用し攻撃してくる事はウィッカーの予想通りだった。
そのためウィッカーは右手で爆裂空破弾を放つと同時に、もう一つの魔法を左手に用意していた。

「そうくる事は分かっていた!」

ウィッカーが左手を振るうと、いくつもの氷の刃が地面を走りルシアンに向かっていく。

中級黒魔法 地氷走り

「む!」

ルシアンは足を止めずに槍を地面に突き刺すと、それをバネに向かってくる氷の刃を高く飛び越えた。


「私の一撃を受けて見よ!」

超重量の深紅の甲冑を身に着けているとは思えない軽やかな身のこなしで、ウィッカーの頭上を取ったルシアンだが、地氷走りを飛び越える際に槍は手放している。


蹴りか?
飛び上がったルシアンを見上げ、ウィッカーが一番に予測した攻撃だった。
このまま落下速度にまかせての蹴りによる攻撃。

もしくは、拳か何らかの魔道具による飛び道具。

いくつかの攻撃方法を予測し迎撃の準備をしたが、ルシアンの攻撃はウィッカーの予測だにできないものだった。


それはまるで天を貫くように、鋭く円錐形に尖って伸びた特徴的な肩当てだった。


ルシアンはくるりと空中で回転し、頭を下に右肩を突き出すと、その鋭く尖った先端で突き刺すようにウィッカーに狙いを付ける。

「あれで俺を刺す気か?そんな単純な攻撃がこの距離で当たると・・・」


この時、ルシアンはウィッカーの頭上、制空権を取っていたが、魔法を避けるために高く跳躍したルシアンは、ウィッカーの頭上からおよそ5メートルの高さに上がっていた。


ただ落下して来る勢いにまかせての攻撃ならば、体術まで学んだウィッカー相手に、この距離で当てられるものではない。

だが、ウィッカーに狙いをつけたルシアンの目に浮かぶ、絶対の自信を見てとったウィッカーは、瞬間的に足に風を纏わせ全速力で後ろへと飛んだ。


ウィッカーが後ろへ飛び退いた次の瞬間、それまでウィッカーが立っていた場所にルシアンが肩から激突し、一瞬の大きな光を放ったのちに、地面を深く抉り大爆発を起こした。







「・・・ふん、ルシアンめ・・・ナパームインパクトを使うとはな」

ジャキル・ミラーとルシアンから離れる事、数十メートル。
皇帝は街の出口で戦いを眺めていた。

その表情には追われる者の焦りはなく、むしろこの状況を楽しんでいるかのような笑みさえ浮かんで見える。

爆風は皇帝達にまで届き、皇帝の一歩後ろに控えるセシリア・シールズの長く赤い髪をはためかせた。

「ミラーとルシアン、二人を相手に互角か・・・しかも、魔法使いのくせにルシアンの攻撃を躱すくらいの体術も持っている。カエストゥスのウィッカー・・・見直したわ、素敵じゃない」

セシリアの赤い瞳に好奇の色が浮かぶ。

そのセシリアの隣で黙って戦いを見つめているのは、テレンス・アリームとクラレッサ・アリーム。
テレンスは、クラレッサの肩を抱き、周囲の警戒に気を張っていた。

「・・・兄様、ごめんなさい」

「クラレッサ、謝る必要はないよ。大丈夫、僕が絶対に護るからね」

二人の会話を耳にしたセシリアが、すでに走れる用意が整っている帝国の馬車に顔を向ける。


「・・・いつ矢が飛んでくるか分からないから、馬車に乗れない。こんな方法であんたの逃げ道も悪霊も封じるなんてねぇ、史上最強の弓使いってのは本当ね」

セシリアの言葉に、クラレッサは小さく、ごめんなさい、と呟き俯いてしまった。
それを見てテレンスがセシリアに鋭い視線を送る。

「おぉ、怖い怖い。なによ、あんたの妹を侮辱したわけじゃないでしょ?ジョルジュ・ワーリントンが大した男だって話しじゃない」

「・・・そうだな、すまない」

テレンスが頭を下げると、セシリアは肩をすくめる。

「まったく、あんた妹の事になると過敏よね?・・・まぁいいわ。とにかく、どういう技か分からないけど、クラレッサが悪霊を使おうとすると矢が飛んでくる。馬車に乗って逃げようとしても矢が飛んでくる。しかも毎回違う方向から、だから身動きが取れない。参ったわ・・・ミラーの結界でもないと、迂闊に動けないわね」

だが、そのミラーはウィッカーに狙われ防戦で手一杯だった。

「馬を射られる訳にはいかない・・・なんとかして、ジョルジュの場所を見つけないと」

矢を撃ち落としながら馬車に乗る事は可能だ。だが、馬を射られれば終わってしまう。
今テレンスにできる事は、いつ矢が飛んで来ても撃墜できるよう警戒に気を張る事だけだった。



「そうね・・・皇帝、そろそろ私も加勢に行きましょうか?ミラーにもしもの事があったら、だいぶ面倒な事になりますよ」

「ふむ、そうだな・・・だが、この一発で終わってしまったかもしれんぞ」

ルシアンのナパームインパクトの爆心地は、周囲の建物を吹き飛ばし、爆発に伴い発生した炎と煙、そして巻き上がる土埃と風で現在の状態が全く確認できなかった。


「ブレンダン・ランデルの弟子、ウィッカーか・・・噂以上の実力だったが、果たして生きているかな」

ひとり言のように口にする皇帝の言葉に、セシリアはもう一度目の前の光景に目を向けた。

この爆発だ・・・後ろに飛んだようだが、躱しきれるものではないだろう。


カエストゥス国一と言われる黒魔法使いウィッカーの噂は耳にしていた。
だが体力型のセシリアは、自分と剣を交える事はないだろう魔法使いには興味が無く、今しがたまでウィッカーの存在などほとんど気に留めていなかった。

いかに強力な魔法を使おうと、距離を詰めてしまえばお終い。
それが今日まで、数多の魔法使いをその剣で斬り伏せてきたセシリアの考え方だった。


だが、この男ウィッカーは違った。
青魔法兵団団長のミラーを攻めながら、師団長ルシアンの攻撃を躱しつつ反撃を行う。

魔法使いとは思えない体力と運動能力だった。
これ程の使い手ならば、自分を満足させてくれるだろう。


「・・・うふふ、ヤヨイもまだ追いついてないしね。ルシアンのナパームインパクトを受けてもまだ生きているとしたら・・・」

楽し気に呟きながら舌を出し、その赤い唇を舐める。


「その時は私も混ざってあげるわ」


爆風治まらぬ中、風と火の粉をその身に浴び、セシリアは妖しく微笑んだ。
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