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【282 王位継承の儀 ⑮】

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戦争・・・
皇帝の発したその言葉に、弥生は音が鳴りそうな程強く歯を噛んだ。

口は悪く、手が出やすいところはある。そして自分を戦闘担当とまで称しているが、弥生は争いごとが好きと言う訳ではない。
むしろ、自分の中にあったもう一つの人格、異世界で目覚めたヤヨイのように、平和を愛し争いごとの無い世界を望んでいるのだ。


「・・・させない・・・戦争なんてさせるものか!」

弥生は足元に風を集めると、風圧を推進力に、皇帝までの距離を一瞬で詰めた。

今この場で皇帝を討つ!
皇帝さえ討てばそれで終いだ。戦争を口にした瞬間、帝国はカエストゥスに宣戦布告をしたも同然。
ならばここで討たれても文句は無いだろう!


薙刀とは、敵を薙ぎ切りするために長柄になった武器である。
そのため刃の先の幅を広く、そして反りを強くし長い柄をつける。

弥生の手にしている薙刀は、刀身60cm、柄180cm、全長240cmもの長さである。
とても城内で振れるものではない。

当然持ち主の弥生はそれを熟知している。
ならば、なぜ城内にこの薙刀を持ち込んだのか?

それはこの世界で得た風の力を生かせるからである。


「風よ!」

弥生が掛け声と共に、薙刀を皇帝に向け突き出すと、240cmの射程を誇る薙刀の切っ先から鋭く圧縮された風の刃が、皇帝の喉元目掛けて飛ばされた。
払う事はない。突きでいいのだ。


新緑しんりょく
弥生の薙刀の銘である。


ジョルジュの住む森の湖、風の精霊が一番集まるという場所に育った樹を、薙刀の柄にした。
それは風の精霊の加護を強く宿し、弥生と精霊の結びつきを強く確かなものにしてくれた。

刃は剣士隊のみんなが鍛えてくれた。
と言っても鍛冶はドミニクとリンダしかできなかったが、ペトラもルチルも、弥生への友情の証として、一度づつ打ったのだ。それは技術ではなく気持ちの問題だった。

弥生のために。
そう気持ちを込めて鍛えられた鉄は、弥生にとってかけがえのない刃になった。


240cmもの射程を持つ薙刀から発せられた風の刃は、皇帝の喉を切り裂くかと思われた。
だが、寸前で炎が風を打ち消した。


「あんたの相手は私でしょ?」

細身で先端の鋭く尖った深紅の片手剣、レイピアが、鋭い風切り音とともに弥生に向かって突き出された。

「セシリア!」

皇帝の背後から飛び出したセシリアは、血のように赤い唇で微笑を浮かべたセシリアが、弥生の右目を狙いレイピアを繰り出している。

弥生はすでに皇帝に薙刀を突き出している。薙刀の刃で防ぐ事は間に合わない。
薙刀の柄を持つ左手を上に回し、柄の腹にレイピアを突き刺させる事で受け止める。

「ヤヨイ!この程度の突きあなたなら受け止めるわよね!でも私はここからよ!」

柄に突き刺さったレイピアを抜かず、セシリアはそのまま押し込むように力を込めて叫んだ。

「燃えなさい!」

瞬間、セシリアの目が真っ赤に染まり、深紅の刀身から炎が噴き出した。

「風よ!」

セシリアの刀身から噴き出した炎が弥生に襲いかかった瞬間、薙刀から吹き出した風が炎を全て防いだ。

風に防がれ散った炎は、火の粉となって通路の壁や天井を黒く焦がした。


「・・・いいわ、すごくいい!私の血狂刃ちきょうじんの炎を防ぐなんて・・・最高よ」

「うっとりした顔・・・してんじゃないよ!」

声を上げると同時に、弥生は薙刀を持つ両手に力を込め、柄の腹に突き刺さっているレイピアを押し返した。

押される力に逆らわず、セシリアはそのままレイピアを抜きつつ後ろに飛び退いた。


「・・・それ、柄の部分は樹よね?私の血狂刃の突きで、やっと切っ先が刺さる程度なんて・・・ずいぶん固いのね」

「こっちのセリフだね。アタシの新緑しんりょくに突き刺せるなんて、なかなか良い武器持ってんじゃん」


距離を取り睨み合う二人・・・
敵同士には違いない。だが、その目には互いに全力をぶつける事ができる好敵手を見つけた喜びも映っていた。


薙刀で全国優勝した弥生には、敵がいなかった。
薙刀は自分から望んで始めたわけではなかった。だが、続けていくうちにのめり込んでいく自分がいた。
しかし、鍛えに鍛えていくうちに虚しさを感じていくようにもなった。


敵がいない


圧倒的実力で頂点に立った弥生はただ一つだけを願っていた。

そしてそれは、セシリア・シールズと同じ願いだった。


自分の全てをぶつけられる好敵手が欲しい。


睨み合う弥生とセシリアが、自分の武器に力を込めた時、皇帝の声がセシリアを止めた。

「・・・セシリア、残念だがここまでだ。退くぞ」


皇帝の視線の先には、こちらに向かい歩いてくる、兵士を引き連れたクリンズベリー、ロンズデールの国王達の姿があった。
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