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理太郎

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【279 王位継承の儀 ⑫】

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「騒がしいから来てみれば・・・この氷は黒魔法の地氷走りか?いったいどういう事ですかな?」

声のする方に顔を向けると、ブロートン帝国の青魔法使い、ジャキル・ミラーだった。
サイドを刈り込んだ薄茶色の髪を撫でつけ、丸メガネの位置を指一本で直しながらブレンダンとウィッカーを見やる。

ミラーは、のんびりとした足取りで通路の陰から姿を現すと、先程ウィッカーが放った黒魔法、地氷走りで発生した氷を指した。

「カエストゥス国のお二人、これは我が国のテレンスとクラレッサに放ったのですかな?だとすれば見過ごす訳にはいきませんなぁ」

「先にしかけて来たのはそちらのクラレッサという娘さんじゃ。ワシらは身を護るため反撃したにすぎん」

眉を寄せながら、薄笑いを浮かべ顔を向けるミラーに、ブレンダンが冷静に言葉を返すが、ミラーは溜息をつきながら首を横に振った。

「口でならなんとでも言えますな。証拠はどこです?我が国のクラレッサが先にしかけたという証拠は?無ければあなた方は、友好国の人間に対して一方的に攻撃をしかけたというわけだ。これは大問題ですよ!」

「そんなもんはない。ワシらの主張は先にしかけたのはそちらと言うだけじゃ。そしてお主の言う通り、友好国に対して一方的に攻撃をしかけた事は大問題じゃ・・・・・」


ブレンダンは青魔法使いジャキル・ミラーを目にし、前国王ラシーン・ハメイドの死について、ある一つに可能性が頭に浮かんだ。

ブレンダンとウィッカーの二人で、帝国の部屋はずっと見張っていた。
ウィッカーは直接視認し、ブレンダンは絶えずサーチで部屋の人数を把握していた。

そして、今この瞬間まで、部屋の人数に変化はなかった。
唯一、侍女がお茶を運んで来た時だけ、部屋の人数が一人増えたが、侍女が部屋を出ればまた元の人数に戻り、それ以降人数に変化が出る事はなかった。

だが、ブロートン帝国青魔法兵団長 ジャキル・ミラーはカエストゥス国まで、その名を轟かせた青魔法を極めたと言われる男。その実力はブレンダンにも引けを取らないであろう。


ならば可能である。
青魔法を極めた者のみが使えると言う、変身魔法も・・・

「・・・そうか、ジャキル・ミラー・・・貴様が陛下を・・・」

ブレンダンの怒りを含んだ呟きに、ミラーは片眉をあげ僅かに首を傾げたが、すぐに言葉の意味を理解し、口の端を上げてニヤリと笑った。

「・・・いったい何を言っているのですかな?責任逃れの戯言ですか?」


「黙れ、全て分かったわい!貴様、変身したな?」

帝国の部屋に入った侍女を拘束し、侍女に変身したジャキル・ミラーが入れ代わりで部屋を出る。
そのままラシーンの・ハメイドの部屋に入り陛下を殺害した。

これがブレンダンの考察であり、当たっていた。


「変身?あなたのおっしゃっている事は、さっきから全く意味が分かりませんな」

魔空の枝を突き付け睨みつけるブレンダン。
肌に突き刺さるような鋭い魔力がミラーに向けられる。一般兵であればその場にへたり込んでしまう程の魔力の圧だったが、ミラーは正面から受けて立った。

「すごい魔力ですな。さすが大陸一の青魔法使いと名声高いブレンダン・ランデル殿だ。御年70とは思えない。私や師団長クラスでなければ、この魔力を向けられただけで戦意喪失していたでしょうな」

ミラーは挑発するかのように薄ら笑いを浮かべ、大げさに両手を広げて見せた。

「さて、これはどう説明しますかな?あなたはこの私に敵意を持って魔力をぶつけている!今度こそ言い逃れはできませんよ?」

ミラーの言葉にブレンダンは黙って魔空の枝を下げる。
勝ち誇った顔で笑うミラーに、ブレンダンは首を傾げて見せた。


「証拠はどこじゃ?」

「・・・は?」

ブレンダンの言葉に、ミラーは眉をしかめ口を歪める。

「口でだけならなんとでも言える。さっきお主が言った言葉じゃぞ。敵意を持った魔力をワシがぶつけたという証拠を出さんかい」

「・・・ぐ、この・・・くそジジイ!」

ミラーの額に青い筋が浮かび、体中から魔力が溢れ出す。

「あ~、犯人が分かったぞ。お前さんじゃ。敵意を持った魔力を今出しておるのはお前さんじゃよ」

今にも飛び掛かってきそうなミラーに、更なる挑発の言葉を浴びせたところで、ブレンダン達の背後からいくつもの足音が聞こえて来た。


「ブレンダン様!」

「おう、その声はロペスか」

目の前のミラーから視線は切らず、ブレンダンは言葉を返した。

ロペスに続き、ロビン、ジョルジュ、弥生、パトリック、リンダ、エロール、ペトラ、ルチル、総勢9人が駆け付けた。

「ウィッカー、どういう状況だ?」

ブレンダンがミラーと対峙している姿を見て、ジョルジュは一歩後ろに引いているウィッカーに声をかけた。

「簡単に説明するぞ。白髪の女、クラレッサという名だが、あの女と少しだが交戦した。師匠の魔空の枝であの女の悪霊は無効化できたが、食らうと呼吸を止められる。だから気を付けろと言いたいが攻撃が見えない。現状、魔空の枝でしか防げないだろう。今は兄のテレンスってのが来たからか、落ち着いてて攻撃をしてくる気配はない。その後来た青魔法使いのジャキル・ミラーと今は睨み合いだな」


ウィッカーの説明に、ジョルジュ達の顔付きが一層緊張感を増したものになった。

クラレッサとテレンスは、今はミラーの一歩後ろでブレンダン達に顔を向けている。

テレンスは積極的に攻撃をしようとはしていないが、もし攻撃を受けたらすぐに反撃ができるように、油断なく全員を見据えている様子が窺える。

その反面クラレッサの視線は、ブレンダンだけに向けられていた。
同じ霊力を有するブレンダン以外には、一切の興味を持つことはなかった。


「おうおう、カエストゥスの護衛は勢揃いかよ?今にも飛び掛かって来そうじゃねぇか?」

大きな声を出しながら通路から現れたのは、2メートルを超える巨躯の男。
深紅の鎧を身に纏い、肩口から覗く丸太のように太い腕は、尋常じゃない腕力を一目で分からせる事に十分な迫力だった。

40代前半くらいだろう。坊主頭に雷のようなラインをいくつも入れていて、無精髭を生やしているその男は、ブロートン帝国第四師団長 セルヒオ・コバレフ。

五年前の話し合いの場で、当時大臣代理として対応したエマヌエル・ロペスを威圧した男だった。


「む、コバレフ!」

「近くで見ると本当にでかいな」

コバレフが姿を現し、ペトラとルチルがそれぞれの武器に手をかけ睨みつける。

「あぁ!?なんだよテメーら?俺とやる気か?女二人で?おい、ミラーどけ!コイツらぶっ殺してやる!」

ペトラとルチルの視線に、コバレフが前に立つジャキル・ミラーを押しのけ出ようとすると、それを制するように、赤い髪の男がコバレフの腕を掴み引き留めた。


「おいおい、コバレフの旦那、すぐ熱くなるのは旦那のいけねぇとこだぜ」

2メートルを超えるコバレフより、30cm程背は低い。おそらく175cm程だろう。
武闘派というには平凡な体格に見えるが、その赤い髪の男が背負ってい二本の斧が、男の実力を証明していた。

ブロートン帝国第三師団長 ジャック・パスカル。
それは自身の背丈程にも大きく、10cmはあるだろう厚み、どれほどの重量があるのだろうか。
とてもこの体格の人間が振るえる物には見えない巨大な斧だった。

そして、軽い感じでコバレフに話しかけているが、体格的に大きく勝っているコバレフが、ジャック・パスカルに掴まれた腕を振りほどけずにいる事が、ジャック・パスカルの何よりの実力の証明だった。


エロール・タドゥランは、ジャック・パスカルを見て怯みはしなかった。
恐ろしく大きな斧、そして圧倒的な膂力を見せつけられ、並みの剣士や魔法使いならば、すでに戦意を喪失していただろう。

だが、エロールは笑った。

「よぉ、あんた第三師団長なんだって?」

「ん?あぁ、そうだ。俺はジャック・パスカル。お前は?」

「エロール・タドゥラン。白魔法使いだ。ここでやるってんなら、あんたの相手は俺だ」

「・・・へぇ、結界を使える青魔法使いならまだ分かるけど、一番戦闘に向かない白魔法使いが俺の相手をするって?この斧を見てよく言えるな?」

ジャック・パスカルの表情はにこやかなものだったが、その目は笑っていなかった。
自分を前に堂々と相手をすると言葉にした者が、戦闘に一番不向きと言われる白魔法使いだった事が、プライドを刺激したようだ。


「ほぅ、カエストゥスの白魔法使いは、なかなか逞しいじゃないか。ジャックを前にして、よくそんな態度をとれるものだ。どうやらそちらで我々の相手を決めているようだが、私の相手は誰なのかな?」

全身を深紅の甲冑で覆っている男は、ブロートン帝国第二師団長のルシアン・クラスニキ。

190cmはあるだろう長身で、短めの金髪を後ろに流すようにまとめている。
やや面長だが鼻が高く、その青い瞳で友好的な眼差しをカエストゥス側に向けている。


「俺だ」

後方に控えていたジョルジュがスタスタと歩き出て、ブレンダンよりも前に立った。
それを見て、ルシアン・クラスニキも面白そうに笑い前に出る。
カエストゥス側はジョルジュが、ブロートン側はルシアンが先頭に立った。両者の距離はおよそ3メートルである。


「ジョルジュ・ワーリントンか・・・意外だな。キミは森でひっそりと暮らしていると思っていたからね。まさか、カエストゥスに仕えているなんて・・・謎めいた魅力がキミの良さだったのに」

ルシアンは軽く息を付き、残念そうに肩をすくめてみせた。

「俺はカエストゥスに仕えてなどいない。だが、ここにいる皆が俺の友であり同志だ。貴様らの好きにはさせん」

「ほぉ・・・ジョルジュ・ワーリントンとは、もう少しドライな男と聞いていたが、噂とは違って熱いじゃないか。面白いよ・・・史上最強と謳われるその力、一度見てみたいと思っていたんだ。キミに勝てば私が史上最強という事になるのかな?」

「くだらんな。ブロートンの師団長も、史上最強などという言葉に踊らされるか。俺は家族を護れる力があればそれだけで十分だ。その力があれば史上最強でなくともかまわん」

「・・・言ってくれるじゃないか」

ジョルジュとルシアンが睨み合う。
二人の間の空気が張りつめ、一触即発の状態に緊張感が高まる。



「ルシアン、待ちなさいよ。私も話したい人がいるの・・・ねぇ、私の事覚えてる?」

血のように赤い切れ長の瞳、腰まである長い髪も瞳の色と同じ赤。
そしてその肌は瞳や髪の色を引き立てるかのように、雪のように白かった。



「・・・セシリア・シールズ」

弥生が口にする自分の名前に、セシリア・シールズが嬉しそうに、まるで旧友との再会を喜ぶように笑顔を見せた。

「良かったわ。忘れられていたらつまらないものね。五年ぶりね・・・シンジョウ・ヤヨイ」
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