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【277 王位継承の儀 ⑩】
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「う、がぁ・・・あぐぁッ・・・」
「ぐぅ、う・・・かはぁ・・・」
僅かに月明かりだけが差しこむ城内の通路。
クラレッサ・アリームの足元には、苦しそうに喉を抑え、うめき声を漏らしながら、冷たい床に膝を付いているブレンダンとウィッカーの姿があった。
「・・・もう一度だけお聞きしますね。ここで何をしていたのですか?」
クラレッサの冷たい声が耳に届くが、呼吸ができないブレンダンとウィッカーには、言葉を返す事ができなかった。
悪霊は見えなかった。
ただクラレッサに睨まれた瞬間、まるで喉を絞められたかのように呼吸ができなくなったのだ。
味わった事のない得体のしれない力・・・まるで体の中に異物が入りこみ、全身の自由を奪われているかのような気持ちの悪さに襲われる。
「・・・・・答えていただけないのですね?では、もう結構です。そのまま永遠にお休みください」
ブレンダンとウィッカーの視線が交差したのは、一秒にも満たないほんの一瞬だった。
だが、その一瞬で長年の師弟関係でつながっている二人は、それぞれの役割を理解した。
「ぐっ、あぁッツ!」
気力を振り絞り、ウィッカーが右手をクラレッサに向け振るうと、無数の氷の槍が床から飛び出し、走るように襲いかかっていく。
中級黒魔法 地氷走り
「・・・すごい、反撃できるんですね・・・」
クラレッサはウィッカーの反撃に、少しだけ目を開いて見せたが、左に大きく飛び退き、地氷走りを容易くかわして見せた。
「ぬ、ぐうぅぅッツ!」
クラレッサの視線が外れた一瞬の隙に、ブレンダンはローブの内側に手を入れ魔空の枝を取り出した。
枝を自分の目の前で縦に持ち、全身全霊の魔力を込める。
膨大な魔力と共に、魔空の枝の霊力も放出される。
「・・・霊力、ですか?」
ブレンダン達と距離の空いたクラレッサは、魔空の枝から発せられる自身の悪霊と同じ霊力を肌で感じ、驚きを隠せなかった。
自分以外、兄であるテレンスも、誰も、霊力に通じる者はいなかった。
この力が異端なのは分かっている。同格の師団長達でさえ、クラレッサの悪霊が理解できず線を引いていた。だからきっと、自分以外誰も使える者はいないし、理解してもらえないのだろうと思っていた。
だが・・・・・
「おじいさん、あなたは私と同じなのですね」
初めて自分と同じ霊力を扱う者に出会い、クラレッサはまるで花が咲き誇るような、慈愛と優しさに満ちた笑顔を見せた。
「・・・はぁ、はぁ・・・・・娘さん、その力は危険じゃ。いつか地の底に引きずり込まれるぞ」
魔空の枝の霊力で、自分達を縛る悪霊を払ったブレンダンは、息を切らしながら、目の前のまるで無垢な子供なように微笑むクラレッサに目を向けた。
「はい。私に付いている死者達の事ですね。存じております。私は長くは生きられないでしょう」
「げほっ・・・くっ、分かって、いるなら、なんでそんな力を使うんだ?」
解放されたウィッカーが言葉をかけるが、クラレッサはウィッカーなど存在しないかのように、ブレンダンだけを真っ直ぐに見つめていた。
「・・・ウィッカー、この娘さんとはワシが話す。同じ霊力使い以外の言葉は届かんのじゃろう。お前は後ろで倒れている兵士を安全な場所に非難させろ」
ブレンダンもまた、クラレッサから目を離さないように前だけを見据え、ウィッカーへの指示を出した。
霊力に対抗する力を持たないウィッカーは、自分の無力さに歯がゆい思いをしたが、今この場では迅速な対応と連携が求められる。
はい、とだけ言葉を返したウィッカーは、自分達にラシーン前国王が殺害された事を告げに来て、クラレッサの悪霊にやられ気を失っている兵士を肩に担ぎ、ブレンダンに背を向け急ぎその場を後にした。
「・・・娘さん、ワシのこの魔道具、魔空の枝もお前さんと同じ霊力を秘めた物じゃ。じゃが、これは樹齢千年を超え、神木として祀られていた枝を使っておる。お主の魔道具は見えんが、悪霊を使っているお主とは、霊力という括りでは同じでも、まるで正反対の性質じゃよ。その若さでなぜ自らの命まで危険にさらすんじゃ?」
ブレンダンの言葉には、哀れみさえ混じっていた。
このままでは長く生きられないと知っていてなお、呪われた力を使う少女に、ブレンダンは心を痛めていた。
「おじいさんはこの力を、霊力と悪霊に分けているのですね。そして、私の力は悪霊と・・・私はそのように分けてはおりませんでした。そうですね、悪しき力には違いありませんから、悪霊というのは的確かと思います。では、おじいさんがご自分の魔道具の正体を教えてくださったので、私も魔道具をお見せしましょう」
穏やかな口調でそう話すと、クラレッサは右手の人差し指と中指と親指の三本で、なにか物をつまむように自分の顔に向けた。
ブレンダンが何をする気だと訝しんだ時、クラレッサはおもむろに三本指を自分の右目に突き刺した。
「なッツ!?なにをするんじゃ!?」
自分の指で自分の目を突き刺す。
信じられないその行為に、ブレンダンは目を剥き叫んだ。
「うふふ・・・おじいさん、これが私の魔道具・・・御霊の目です」
クラレッサは摘まみ出した右目を手の平に乗せ、まるで無警戒に、散歩でもするかのようにのんびりとして足取りでブレンダンに近寄り、つい今しがたまで自分の顔にはまっていた右目を、ブレンダンの顔の前に差し出して見せた。
「ぐぅ、う・・・かはぁ・・・」
僅かに月明かりだけが差しこむ城内の通路。
クラレッサ・アリームの足元には、苦しそうに喉を抑え、うめき声を漏らしながら、冷たい床に膝を付いているブレンダンとウィッカーの姿があった。
「・・・もう一度だけお聞きしますね。ここで何をしていたのですか?」
クラレッサの冷たい声が耳に届くが、呼吸ができないブレンダンとウィッカーには、言葉を返す事ができなかった。
悪霊は見えなかった。
ただクラレッサに睨まれた瞬間、まるで喉を絞められたかのように呼吸ができなくなったのだ。
味わった事のない得体のしれない力・・・まるで体の中に異物が入りこみ、全身の自由を奪われているかのような気持ちの悪さに襲われる。
「・・・・・答えていただけないのですね?では、もう結構です。そのまま永遠にお休みください」
ブレンダンとウィッカーの視線が交差したのは、一秒にも満たないほんの一瞬だった。
だが、その一瞬で長年の師弟関係でつながっている二人は、それぞれの役割を理解した。
「ぐっ、あぁッツ!」
気力を振り絞り、ウィッカーが右手をクラレッサに向け振るうと、無数の氷の槍が床から飛び出し、走るように襲いかかっていく。
中級黒魔法 地氷走り
「・・・すごい、反撃できるんですね・・・」
クラレッサはウィッカーの反撃に、少しだけ目を開いて見せたが、左に大きく飛び退き、地氷走りを容易くかわして見せた。
「ぬ、ぐうぅぅッツ!」
クラレッサの視線が外れた一瞬の隙に、ブレンダンはローブの内側に手を入れ魔空の枝を取り出した。
枝を自分の目の前で縦に持ち、全身全霊の魔力を込める。
膨大な魔力と共に、魔空の枝の霊力も放出される。
「・・・霊力、ですか?」
ブレンダン達と距離の空いたクラレッサは、魔空の枝から発せられる自身の悪霊と同じ霊力を肌で感じ、驚きを隠せなかった。
自分以外、兄であるテレンスも、誰も、霊力に通じる者はいなかった。
この力が異端なのは分かっている。同格の師団長達でさえ、クラレッサの悪霊が理解できず線を引いていた。だからきっと、自分以外誰も使える者はいないし、理解してもらえないのだろうと思っていた。
だが・・・・・
「おじいさん、あなたは私と同じなのですね」
初めて自分と同じ霊力を扱う者に出会い、クラレッサはまるで花が咲き誇るような、慈愛と優しさに満ちた笑顔を見せた。
「・・・はぁ、はぁ・・・・・娘さん、その力は危険じゃ。いつか地の底に引きずり込まれるぞ」
魔空の枝の霊力で、自分達を縛る悪霊を払ったブレンダンは、息を切らしながら、目の前のまるで無垢な子供なように微笑むクラレッサに目を向けた。
「はい。私に付いている死者達の事ですね。存じております。私は長くは生きられないでしょう」
「げほっ・・・くっ、分かって、いるなら、なんでそんな力を使うんだ?」
解放されたウィッカーが言葉をかけるが、クラレッサはウィッカーなど存在しないかのように、ブレンダンだけを真っ直ぐに見つめていた。
「・・・ウィッカー、この娘さんとはワシが話す。同じ霊力使い以外の言葉は届かんのじゃろう。お前は後ろで倒れている兵士を安全な場所に非難させろ」
ブレンダンもまた、クラレッサから目を離さないように前だけを見据え、ウィッカーへの指示を出した。
霊力に対抗する力を持たないウィッカーは、自分の無力さに歯がゆい思いをしたが、今この場では迅速な対応と連携が求められる。
はい、とだけ言葉を返したウィッカーは、自分達にラシーン前国王が殺害された事を告げに来て、クラレッサの悪霊にやられ気を失っている兵士を肩に担ぎ、ブレンダンに背を向け急ぎその場を後にした。
「・・・娘さん、ワシのこの魔道具、魔空の枝もお前さんと同じ霊力を秘めた物じゃ。じゃが、これは樹齢千年を超え、神木として祀られていた枝を使っておる。お主の魔道具は見えんが、悪霊を使っているお主とは、霊力という括りでは同じでも、まるで正反対の性質じゃよ。その若さでなぜ自らの命まで危険にさらすんじゃ?」
ブレンダンの言葉には、哀れみさえ混じっていた。
このままでは長く生きられないと知っていてなお、呪われた力を使う少女に、ブレンダンは心を痛めていた。
「おじいさんはこの力を、霊力と悪霊に分けているのですね。そして、私の力は悪霊と・・・私はそのように分けてはおりませんでした。そうですね、悪しき力には違いありませんから、悪霊というのは的確かと思います。では、おじいさんがご自分の魔道具の正体を教えてくださったので、私も魔道具をお見せしましょう」
穏やかな口調でそう話すと、クラレッサは右手の人差し指と中指と親指の三本で、なにか物をつまむように自分の顔に向けた。
ブレンダンが何をする気だと訝しんだ時、クラレッサはおもむろに三本指を自分の右目に突き刺した。
「なッツ!?なにをするんじゃ!?」
自分の指で自分の目を突き刺す。
信じられないその行為に、ブレンダンは目を剥き叫んだ。
「うふふ・・・おじいさん、これが私の魔道具・・・御霊の目です」
クラレッサは摘まみ出した右目を手の平に乗せ、まるで無警戒に、散歩でもするかのようにのんびりとして足取りでブレンダンに近寄り、つい今しがたまで自分の顔にはまっていた右目を、ブレンダンの顔の前に差し出して見せた。
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