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【276 王位継承の儀 ⑨】

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「お前はロペスさんの執務室に急ぎこの事を報告して来い。その後はロペスさんの指示に従え。お前とお前は、まだ事態を知らない高官達に報告だ。その後は高官主体でクインズベリーとロンズデールに説明だ。それから・・・」

ドミニクはラシーンの部屋を出るなり、集めた兵士に指示を出し始めた。
ロビンからは、二人を部屋に残して残りは全員中庭と指示を出されたが、ロビンは明らかに頭に血が上り冷静さを欠いている。

まずは大臣のロペスと、幹部達に通達。各国へ説明もしなければならない。
その事に気が回らない程怒りに満ちているロビンに代わり、ドミニクは集めた兵達へ支持を出した。

ロペスと合流すると口にしたロビンだが、部屋を出るその足取りは重かった。

無理もない。
何十年もお仕えしてきたのだ・・・・・
周りがラシーン陛下を何と思われていようと、ロビンさんはいつも陛下とご子息の事を気に掛かけていたんだ。

マルコ様とタジーム様が関係を回復されて、これからという時に・・・・・

「・・・以上だ!残りは俺と共に中庭に出るぞ!」

怒りと悲しみの混じったロビンの背中を見送りながら、ドミニクも身を翻し外へと向かった。






「・・・動きはないですね」
ウィッカーが前を向いたまま呟いた。

「うむ、さっき茶を持って侍女が来ただけじゃな」

ブロートン帝国の皇帝と護衛が休んでいる部屋には、一度お茶を運んできた侍女が訪れただけで、部屋の中から帝国の人間が出てくる事はなかった。

ウィッカーとブレンダンは、帝国の部屋から十数メートル離れた角の陰に身を潜めていた。

ブレンダンの青魔法サーチで、現在帝国の部屋にいる人数は把握できている。
そのため常に顔を出して様子を伺う必要はないが、何をしかけてくるか分からない相手に、ウィッカーは強い警戒心を持ち、身をひそめている通路の角の陰から顔を出し、帝国の部屋を伺っていた。



「・・・師匠・・・ジャニスはよかったんですよね?」

ウィッカーの質問に、ブレンダンは目を伏せ静かに答えた。

「生まれた赤子はまだ二ヵ月じゃ・・・それに、ジャニスはあれで誰よりも繊細じゃ・・・・・一人身の時はよかった。戦って傷ついても自分の事として片づけられたし、持ち前の勝気な性格で自分をごまかす事もできたじゃろう。じゃが、結婚し子供を持った今、ジャニスは本心では恐れておる。自分が傷つく事も、人を傷つける事も・・・・・魔封塵はジャニスにしか使えん魔道具じゃ、そして大陸一と言っていい白魔法の力は貴重な戦力には違いない。じゃが、それでもワシはもうジャニスに戦いはさせとうないわ。やっと掴んだ幸せなんじゃ・・・・・」

「・・・はい。そうですよね。自分だけ待ってるなんてできないって、強く言っていたので・・・」

「ワシの勝手じゃ・・・ウィッカー、お前もメアリーとティナを残してここに来た、ヤヨイさんも子供を残して来ておる。ジャニスだけ特別扱いした事は、責められてしかたのない事じゃ・・・・・じゃがな、孤児院の前にまだ赤子だったジャニスが置き去りにされていて、ワシが娘として育てて23年・・・やっと自分の家庭が持てたんじゃ・・・・・親の身勝手じゃが、もう穏やかに暮らしてほしいんじゃ」

ブレンダンの親心だった。
ジャニスはこの、王位継承の儀に護衛として立つ事を望んだ。
だが、産まれたばかりの息子ジョセフを抱く姿を見て、ブレンダンはジャニスを連れてくる事は固辞した。

「ジョルジュが来てくれたし、大丈夫ですよ。それに師匠の気持ち、親になった今なら俺もわかります。メアリーとティナには絶対に危ない目にはあってほしくないですから。ヤヨイさんは、本心では残りたかったとは思います。でもセシリア・シールズに目をつけられてる事を気にしてましたからね・・・自分がなんとかしないとって言う、使命感みたいなものだと思います」

「そうか・・・すまんな、お前はワシが命に代えても絶対に家族の元に帰してみせる」

「やめてください。孤児院にはまだまだ子供がいっぱいいるんですから。全員無事に帰れるように、残りの時間気を抜かずに頑張りましょう」

ウィッカーの言葉にブレンダンは口の端を持ち上げて、少し笑って見せた。
いつの間にか自分より大人の考え方をしている、弟子の成長を感じとれた喜びである。





「ん・・・なんだ?」
ふいに後方から聞こえる足音にウィッカーが振り返ると、一人の兵士が急ぎ足で向かってきた。

息を切らし怯えた表情を見せる兵士に、ただ事ではないと感じ取ったが、ブレンダンとウィッカーは、兵士の考えがまとまり言葉を発するのを待った。

「・・・落ち着いたか?一体どうしたのじゃ?」

呼吸が整うのを待って、ブレンダンが声をかけると、兵士は大きく息を吸って、意を決したように言葉を発した。

「ラシーン前国王が・・・殺害されました」


ブレンダンもウィッカーも、その言葉自体は耳に入った。
だが、目の前の兵士が発した言葉の意味を、どう理解していいのか分からず、困惑しながら兵士の言葉をそのまま返す事しかできなかった。

「・・・え?な?ラシーン陛下が、殺害された?」

「はい、私はこの目でハッキリと見ました。腹部にナイフが根本まで突き刺さり、絶命されておりました・・・私は、ロビン団長の指示で、お二人に伝えに参りました。今、ロビン団長はロペス様の執務室に入り、今後に付いて協議されておりま・・・・・」


突然言葉を止めた兵士に、ブレンダンとウィッカーが、どうしたのかと気を取られた一瞬。

ほんの一瞬だった。

兵士の両目は大きく見開かれ、並び立つブレンダンとウィッカーの間の空間を見ているように見える。
そしてその両目が恐怖に満ち、体が震え、絞り出すようなかすれ声が喉の奥から出た時、ブレンダンとウィッカーは致命的なミスに気付いた。


何を仕掛けてくるか分からない相手。

一瞬たりとも隙を見せては駄目だった。

二人揃って兵士の話しに気を取られ、背中を向けてしまった事は致命的だった。



「ここで何をしているのですか?」


ブレンダンとウィッカーが振り向くより早く、白い髪の女、クラレッサ・アリームの悪霊が二人に襲いかかった。
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