上 下
276 / 1,253

【275 王位継承の儀 ⑧】

しおりを挟む
20秒・・・
ロビンが己の失態に気付くまで要した時間である。

ドミニクが巡回で持ち場を離れ、ロビンが一人でラシーンの部屋の前で待機をしていると、突然マルコが現れ声をかけてきた。

王位継承の儀も無事にすみ、就寝前に父親ともう少しだけ話したくて来たというマルコに、ロビンは嬉しい気持ちが最初に出た。
ラシーンが部屋に籠るようになって、マルコとも親子の会話が無くなっていた事を知っていたからだ。

マルコが父との関係を回復させようとしている事が感じられ、ロビンは快くラシーンの部屋のトビラに手を差し向けた。

ロビンに礼を言い、マルコは軽いノックをした後、静かに部屋の中へ入って行った。



マルコが部屋へ入ると、ロビンの頭になにかが警報を鳴らした。
なにか忘れている。なにか見落としている。忘れてはいけないなにかがあったはずだ・・・・・・


【青魔法には変身魔法がある】


背筋に冷たいものが走る。
全身の血液が冷え切るようなとても冷たい汗が体中を流れる。


青魔法には、青魔法を極めた者だけが使える変身魔法がある。
そして、ブロートン帝国の護衛には、青魔法兵団団長のジャキル・ミラーが来ている。

なぜこの可能性を見落とした・・・・・

それに気付くと同時に、力任せにラシーンの部屋の扉を開け放つと、ロビンの目に映ったのは、血まみれの床に倒れ伏しているラシーン・ハメイドだった。


「陛下!」

大声を上げてラシーンに駆け寄る。何度声をかけても全く反応しないラシーンに、ロビンはラシーンがすでに絶命している事を察する。

「・・・ぐっ、ぐおぉぉぉぉぉぉーッツ!絶対に許さんぞーッツ!」

怒りの声を上げ、力任せに床に拳を叩き付ける。
185cmはある長身、齢50にして、魔法使いとは思えない程の筋肉が付いた体で振り下ろした拳は、部屋中に大きな打撃音を響かせた。


背後から声がかかる。

「ロ、ロビンさん!一体どうされ・・・な!?」

戻って来たドミニクは、ラシーンの部屋のドアが開け放たれたままで、通路にいるはずのロビンの姿が見えなかった事を訝しく思い、そのままラシーンの部屋に足を踏み入れた。

その直後、これまで聞いた事も無い程の怒気を込めたロビンの叫びが響き渡った。

背中越しに声をかけたドミニクだが、自分の目に映ったものが信じられず絶句する。




「・・・・・ドミニク、すぐに兵を呼べ」

静かだが有無を言わせぬ声だった。

何があったのか問いかけたかったが、すでに事切れているように見えるラシーンと、その腹部に深々と根本まで突き刺さっているナイフを見て、ドミニクは黙ってロビンの指示に従う事にした。


「分かりました」



そう短く返事をしてドミニクが部屋を出る。
ロビンはラシーン・ハメイドの亡骸の前で、ただ目を閉じ思いをはせていた。

十代の頃から王宮に使え、ラシーン・ハメイドの父、マルコの祖父が国王だった頃から仕えてきたロビンは、ラシーンが心を病んで部屋に閉じこもり、国政をロペスに任せきりになってしまっても決して見捨てる事はなかった。


「・・・元はとてもお優しい方だった・・・」

自分にだけ聞こえる程度の小さな呟き。ロビンの両腕には、まだ暖かいラシーン・ハメイドの亡骸が抱かれていた。

どこで歯車が狂った?
やはり王妃ルイーゼ様がお亡くなりになられた時か?
あの頃の陛下は少し不安定だった。

まだ幼かったタジーム様とマルコ様が残され、陛下はご自分がしっかりしなければと気負われていたのであろう。
お二人の事は、我々臣下も常に気にかけていたし、侍女達が食事の世話もしていたが、陛下は責任感が強すぎたのだろう。

ルイーゼ様がいなくても、自分が父としても国王としてもしっかりしなければと・・・・・

しかし、一人で背負い過ぎたんだ。
誰にも弱音を吐かず、気持ちが不安定になってきていたところを、ベン・フィングに漬け込まれた。

ある時期から、常にベン・フィングが陛下の隣にいるようになった。
ベンがいるようになってから、陛下も心が落ち着いてきたようで、表情にも余裕が出て来たのだ。

最初はベンを尊敬すらしたものだった。
そして頼もしく思った。陛下を支えるにかかせない人物だと。

だが、少しづつ陛下とタジーム様の間には溝が出来ていった。

ブレンダン様にすら、計り知れない魔力と言わせる程のタジーム様の魔力に、陛下が恐れを抱いた事はしかたがないとは思う。魔法兵団団長の私ですら恐怖を覚える程だったのだ。

だが、それでも陛下のタジーム様を見る目は、親子としては考えられない程に異質だった。

恐怖の対象。
ただそれだけだった。

タジーム様は、10歳になられてからは、ブレンダン様の孤児院で過ごされるようになった。
それからバッタが来るまでの三年間は一度もお二人が顔を合わせる事はなく過ぎた。

そして見事バッタを殲滅させた後・・・
あの事件が起きた。

あろう事か、ベン・フィングはタジーム様に言いがかりとしか言えない罪をかぶせ、城へ軟禁してしまったのだ。

あの時も陛下は最初はタジーム様をお褒めになられ、久しぶりに親子らしく笑顔でお話しされていたと言うのに、ベンが陛下を言葉巧みに洗脳し、修復されようとしていた親子の関係を再び引き裂いたのだ。

そこで陛下とタジーム様の関係は完全に終わったと思った。
誰が見てもそう思うだろう。


だが・・・・・
この六年の孤児院での生活が、人との出会いが、傷付いたタジーム様の心を癒し、そして人の温かさも教えてくれたのだ。


「陛下・・・王子は恨んでおりませんでしたよ。安らかにお眠りください」

最後に・・・あの瞬間、扉を開けて出る前に、タジーム様の気持ちを伝える事ができた・・・・・
それだけでも、陛下の御心は救われただろう・・・・・・


「あとは、私達が・・・・・ヤツらを討ちます!」

僅かに夜風が頬にあたり、ロビンは窓へ目を向けた。
違和感にロビンが気付き、部屋に入るまでが敵の予想よりも早かったのだろう。
窓が完全に閉められておらず、少しの隙間から風が入ってきている。

ラシーンの亡骸をそっと、静かに横たえると、ロビンは窓辺に近づいた。

「・・・靴跡だな・・・ここから逃げたか」


少しだが、窓辺が汚れており、それは靴裏の跡にも見える。
ロビンが部屋に入って来る事を察した犯人が、急いで窓辺から逃げたのだろう。

ロビンは、ブロートン帝国の護衛、青魔法使いのジャキル・ミラーが陛下殺しの犯人として見ていた。

「ロビンさん!連れて来ましたよ!」

大勢の兵を連れて急ぎ駆けこんできたドミニクの言葉を受け、ロビンは振り返った。
兵士達は部屋に入るなり、血まみれで息絶えている前国王を目の当たりにし、言葉を失い立ち尽くしている。

「・・・そこの二人、お前達はここに残って陛下を見ていろ。ドミニク、お前は残りの兵を連れて中庭に行き、城から誰も出れんように見張っていろ。俺はこれからロペスと合流する・・・いいか、俺は陛下を殺害したのはブロートン帝国だと見ている。青魔法使いのジャキル・ミラーだ、ヤツがマルコ様に変身してこの部屋に入った・・・・・変身を見抜けなかった俺の責任だ。いかなる処罰も受けるが、それはブロートンに鉄槌を下した後だ。それまでは自由に動かせてもらう」



ロビンの視線を受け、ドミニクは黙って頷いた。

すでにロビンは命を捨てる覚悟を固めている。
陛下殺しの罪をブロートンに償わせるためには、どのような非情な事でもやってのけるだろう。

「・・・忘れていた。俺が王宮仕えになった時には、すでに魔法兵団団長だったロビンさん・・・今でこそ丸くなってるけど、若い頃はその戦いぶりに、誰もが恐怖を感じる程の恐ろしい人だったんだ」


ドミニクの目に映るロビンは、かつて魔法兵団内で恐れられた若き日の姿が重なって見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

処理中です...