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【273 王位継承の儀 ⑥】

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「明日の朝までだ。明日の朝、ブロートン帝国が引き上げるまで気を抜かずに各自配置についてくれ」

会食が終わり陽も落ちると、各国はそれぞれに用意された部屋へ入って行った。
夜も更け、あとは眠り朝を待つだけである。

ロペスの執務室に集まった弥生達は、ロペスから今後の動きについて話しを聞いていた。

ブレンダンとウィッカーの二人は、一瞬でも監視を解いたら危険だと述べ、ブロートン帝国に用意した部屋が見える場所に付いていた。


「ロペスさん、質問いいですか?」

ロペスの話しに区切りが付いたタイミングで、弥生が手を上げた。

「なんだ?」

「会食の時に聞いた悪霊についてです」

弥生が悪霊の件を口にすると、その場の緊張感が増し空気が張りつめた。


「・・・俺は、ブレンダン様に聞いた話し以上の事は知らんぞ」

ロペスは腕を組むと、答えられる事はほとんど無いと言うように息を付き、話しを促すように右手を弥生に差し向けた。

「悪霊って、人間の姿をしてるんじゃなくて、あくまで怨念が物に宿っただけなんですか?」


その質問に、ロペスだけでなく、他の全員が怪訝な表情を弥生に向けた。

「・・・そうだ。俺がブレンダン様から聞いた話しでは、悪霊とは物に宿った負の力という事だった。人間の姿をしているという話しは一切出なかった。もっとも、ブレンダン様が俺に話していないだけで、人間の形をした悪霊が存在しないとは言い切れんがな。ヤヨイさん、何か知っているのか?」

ロペスの当然の疑問に、弥生は首をかしげ眉を寄せた。

「ふ~ん・・・こっちでは、そういうものなのかな?悪霊ってさ、アタシのいた日本でもいるみたいなんだよね。まぁ、アタシは見た事はないから、言い切れないけどさ。ただ、日本でいう悪霊は、人の形をしてるのが一般的な認識。物に付いた怨念を悪霊って言い方はしないから、ちょっと気になったんですよ」

弥生の言葉にロペスは、ほぅ、と興味を持ったように、少しだけ頷いてみせた。

「ニホンでも悪霊があるのか?いや・・・人型だと、いる、という表現がただしいのかな・・・・・ヤヨイさん、逆に教えてくれないかな?ニホンでの悪霊というものを」

「そうですね・・・ロペスさんの言ってた事と同じようなもんですよ。殺された人の恨み辛みが、悪い霊になって憎い相手を襲うんです。まぁ、殺された人だけじゃないですけど、死にきれなかった人の無念の気持ちとかですかね。あぁ、そう言えば、人形とかに悪霊が宿って襲ってくるってパターンもあったな。そう考えると、こっちの世界と同じようなものですね」


「なるほど、人形か・・・人型だな。ニホンでは主に人の形をした何か、こちらでは主に物という違いはあるが、どのようにして悪霊が生まれるのかは同じと考えていいだろう。俺は50年以上生きて初めて聞いた話しだ。対処方法が何も思い浮かばん。唯一、同じ霊力を持った魔道具、魔空の枝を持っているブレンダン様以外、誰もあの女、クラレッサ・アリームには太刀打ちできんだろう。
もし戦闘になったら、クラレッサ・アリームはブレンダン様が相手をする。エロール、お前はあの赤い髪の男、第三師団長のジャック・パスカルだ」

ロペスさんに話しを向けられたエロールは、いつになく真剣な眼差しで、はい、と返事をして頷いた。

エロールは死んでいたかもしれない恐怖を味わっても尚、心が折れていなかった。
最初に自分がクラレッサの相手をすると口にしたが、そのすぐ後に自分では全く歯が立たないという現実を突きつけられた。

だがエロールはその現実を受け入れ、ブレンダンと相手を取り換えて、自分の新たな敵、第三師団長ジャック・パスカルに気持ちを向けていた。

プライドが高く気難しく、口数が多かったエロールだが、孤児院でブレンダン達と接し、ヨハンという友もできて協調性を学んでいった。

悔しさはあった。何もできず通路の陰に隠れ、見つからないようにと祈った自分に幻滅もしていた。
だがそれも受け入れて、自分が戦える相手と戦うしかない。

むしろエロールは、これで良かったのかもしれない。そうも思った。
自分の魔道具、反作用の糸は、体力型との戦いの方が向いている。その一面がある魔道具だったからだ。


「ロペスさん、俺からもいいですか?気になってる事があるんです」

エロールが納得している事を見て、パトリックが手を挙げた。

「なんだ?言ってみろ」

「クラレッサ・アリームの兄、テレンス・アリームは同じ悪霊を使う事はないんでしょうか?」

パトリックの質問に、その場の誰もがハッとしたように目を開いた。
同じ血を引くのならば、同じく悪霊を使っても不思議ではない。

クラレッサにだけ気を取られ、思考が偏っていた。

だがロペスだけは、落ち着いた口調で答えを口にした。

「それは無いそうだ。ブレンダン様は、テレンスからは霊力を感じないと言っておられた。そして、妹のストッパーになっているようにも見えると。敵には違いないが、テレンスは、無差別な攻撃は好ましく思っていないのかもしれない」

ほッとした空気が流れたのは、それだけクラレッサの悪霊が驚異だという裏付けでもある。

ロペス自身、会食の時に味わったクラレッサの悪霊による攻撃は、二度と味わいたくい程の恐怖を感じていた。


「ところでロペスさん、王子は今どこにいるんですか?」

弥生が姿の見えないタジームを気にして尋ねる。

「王子なら、マルコ様と一緒に寝室だ。良かったよ・・・本当にな。今頃、積もる話しでもしていらっしゃるだろう。これからは兄弟としての時間を増やして欲しい」

二人の明るい未来を願うロペスの言葉に、弥生も表情をほころばせた。

「・・・そうですね。きっと、これからは兄弟仲良くやっていけますよ」

「あぁ・・・」




その時、執務室の扉が突然激しく叩かれ、ロペスの返事を待たずに勢いよく開けられた。

「何事だ!?」

一人の兵士が激しく息を切らしながら部屋に足を踏み入れた。
大臣の部屋の扉を必要以上に強く叩き、返事を待たずに開けて足を入れる。

あまりに礼のなっていない兵士に、ロペスも強い非難を込めて大きな声を出したが、青ざめて震えている兵士のただならぬ様子を見て、ロペスは席を立ち近づいた。


「・・・何があった?落ち着いて話してみろ」

ゆっくり、静かに語り返るロペスに、兵士は呼吸を整えると、意を決したように口を開いた。


「ラ、ラシーン前国王が・・・殺されました」

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