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【263 対策 ①】

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「・・・・・なるほどのう。ジョルジュの言う通りやもしれんな」

次の日、仕事が終わってから私達は孤児院に集まった。

ジョルジュさんとジャニスさんも来て、
一階の広間のテーブルで、昨日私に聞かせてくれた話しを、またあらためてみんなに話してくれた。
トロワ君とキャロルちゃんも、もう大人なので話し合いに参加し、小さい子供達は子供部屋で、スージーちゃんとチコリちゃんに見てもらうようにした。


「ブレンダン様、俺も昨日ヤヨイから聞いた時は、まさかとは思いましたが、これまでの事を考えれば、あの国ならやりかねません。王位継承の儀まであと一か月、なにか対策をした方がいい思います」

夫のパトリックも、今日の話し合いには参加したので、子供たちは家でモニカさんに見てもらっている。
パトリックの隣には、魔法兵団長で私の義父のロビンさんも、難しい顔をして腕を組み座っている。

「そうだな、ヤヨイさんの言う通り、継承の儀に来る事は避けられないだろう。でも、当然五年前のあの護衛がまた来るんだろ?あの話し合いの場で、ヤヨイさんに攻撃をしかけた危ない女もいるんだ。いきなり斬りかかって来ても俺は驚かないぞ」


ウィッカーさんは五年前、私がセシリア・シールズに仕掛けられた事を持ち出した。
確かに、目を合わせるだけで相手に気を送り攻撃できる彼女の武器は、とてつもない驚異だ。


「多分・・・ロンズデールも、クインズベリーも参列する中で、目立った行為をする事はしないと思うの。でも、ブロートン帝国は、これまでずっとベン・フィングを使って、国王を洗脳してこの国を乗っ取ろうとしていたでしょ?
あの国はそういう国なのよ。大陸一の軍事国家だけど、内部から時間をかけてジワジワと・・・・・なにかするとしたら、そういう方法を取ると思う」

ジャニスさんの口調も真剣みを帯びている。


そう、確かにジャニスさんの言う通り、ブロートン帝国はベン・フィングとの繋がりを利用し、これまで内部からカエストゥスを動かそうとしてきた。

タジーム王子の事も、今思えば圧倒的な魔力を持った王子が、将来王位を継承する事は望ましくないと思ったブロートンが、ベン・フィングを使っておとしめたのではないだろうか。



「・・・師匠、継承の日だが、俺も城へ行っていいか?」

それまで黙っていたタジーム王子が、口を開きブレンダン様に顔を向けた。

19歳になった王子は、ぐんと背も伸び今では180cmくらいはありそうだった。
一見すると体力型にも見えそうなくらい、体つきはしっかりとしていて、男らしく成長している。
オシャレは相変わらず興味がないようで、今日もダークブラウンの無地のシャツを着ていて、頭髪は短く刈り込んでいる。あまり表情が変わらないから、初対面の人は機嫌が悪いのかな?と思ってしまうかもしれない。


「王子、そりゃロペスに話を通せば可能じゃろうが、しかし・・・なぜじゃ?分かっておろうが・・・嫌な思いをするだけじゃぞ」

ブレンダン様は、驚きながらも、少しためらいがちに理由を問いかけた。
その場にいる全員が王子の言葉に驚いたと思う。
王子からすれば、お城は二度と行きたくない場所のはずだから。


「マルコに・・・弟になにかあったら困るからな。まぁ、師匠達が行けば十分だろうが・・・あいつが俺を嫌ってないなら、一度くらい兄として護ってやりたいと思う」

タジーム王子が、弟のマルコ様の事を口にするのは初めてだった。

父である国王陛下とは、もう修復不可能なくらい関係は壊れてしまっているけれど、マルコ様とはどのような仲だったのだろう。

自分を嫌っていないのなら・・・この言葉を聞く限りでは、良い関係だったとは言えないのかもしれない。


「そうか・・・うむ、王子、マルコ様は王子を嫌ってなんかおりませんぞ。むしろ逆じゃ。ワシがマルコ様に会うと、いつも王子を気にしておられた。自分のせいで王子が城を出る事になったのではと、心を痛めておられたくらいじゃ。実はな、何度か孤児院に来て、王子と会ってみないかと誘った事があるんじゃ。
じゃが、会いたい気持ちはあるが、会わせる顔がないと言うてな・・・お心の優しい方なんじゃ、王子が国王陛下や周りから蔑ろにされている時、ただ見ているだけだった自分が、今更会う資格など無いと言うておった。
王子、お会いになられたらいい。きっとマルコ様はお喜びになられますぞ」

ブレンダン様は目を細めて、優しさのこもった声で王子に言葉をかけた。


王子は、そうか、とだけ答えて、それきり黙ってしまったけれど、その表情はいつもより穏やかそうに見えて、私もブレンダン様も、みんなその場の空気が温かくなるのを感じていた。



その後の話し合いでは、明日にでも私と、ブレンダン様、ウィッカーさん、ジョルジュさんが城へ行き、ロペスさんと話しをする事で一旦落ち着いた。

パトリックとロビンさんは、元々魔法兵団の仕事で朝から城にいるので、城で合流する事になった。

ジョルジュさんは最後に、みんなに黙っていた事を謝ったけれど、ブレンダン様は、まだ一か月あるから大丈夫じゃ、と笑って言葉を返していた。




翌日、私、ブレンダン様、ウィッカーさん、ジョルジュさんの四人が、エンスウィル城へ話し合いに来た。

城門はもう私でも顔パスで通れる。
パトリックの妻として、認知されているのもあるけれど、護衛として城に入った事もあるし、意外に顔が知られてしまっているのだ。

私達より先に城へ来ているロビンさんとパトリックに、ロペスさんに時間の都合をつけてもらえるよう、話しておいてと頼んでおいたけれど、やはり大臣として働くロペスさんは忙しく、
その日、急にそんな話をされても、なかなか難しいようだ。



「やはり今日の今日、いきなりだとなかなかなぁ・・・時間を作るのが難しいようだ。実際今のロペスさんは、この国の中心人物だからな。でも、ブレンダン様の名前を出したら、後でまとまった時間を作ると話してもらう事はできた」

城の中庭で合流したパトリックは、眉を寄せて難しい顔をしながら。経緯を説明してくれた。

「しかたないわよ。じゃあ、待っている間に、魔法兵団や、剣士隊のみんなに話してきてもいいかな?」

「あ~・・・それはちょっとまずいかもしれない」

「あら?どうして?」

時間があるなら、話せる人に話しておこうと思ったのだけど、パトリックは顎に手を当て、考えるようなしぐさで言葉を出した。


「国としての、今後の方針を決めるような話だからな。ロペスさんの許可なく、城で話していい内容ではない。まぁ、日頃から付き合いのあるエロールやヨハンにだけ、こっそり話すくらいならいいとは思うが、ロペスさんの許可が無ければ、大勢に話して回る事は駄目だと思う」

「・・・そっか、言われてみればその通りね。分かったわ。じゃあ、大人しく待ってる事にするね。あ、剣士隊のところに行って来ていいかな?ペトラとルチルがね、この前レイジェスに来て、また剣士隊にも顔を見せに来てって言ってたの」


私は五年前に手合わせをした、剣士隊のペトラとルチルにすっかりなつかれていた。

二人は最初、私ともう一人の弥生、一人の体に二人の人格がある事を知ると、とても驚いて戸惑っていたけれど、いまではすっかり慣れて、私の事は上品なヤヨイ。もう一人の弥生は、強い弥生。
そう認識を分けて接してくれている。


私は・・・正確には弥生だけど、あの時の試合で風を使った戦い方をしたせいか、風姫という渾名がついて有名になってしまった。

そしてドミニクさんに頼まれた事もあって、たまに弥生にお願いして、剣士隊に指導に行ってもらっている。
実はもう心の中で念じると、いつでも弥生に切り替わる事ができるのだ。




「あー!ヤヨイ姉さん!こんちゃーっス!」
「ヤヨイさん!どーもでーす!」

そんな事を考えて、中庭でみんなと話していると、軽い感じの声が飛んできた。

肩の少し下までの伸ばした金色の髪、顔立ちの整った女性はペトラ。
五年前に剣士隊の修練上で、弥生と手合わせをして完敗したけど、それからは友達として付き合っている。
鉄の胸当てに、肘から手首までに腕当てをして、一般の剣より少し大振りで丈夫そうな剣を構えた剣士だ。


薄紫色の髪を耳の下で揃えている女性はルチル。
パッチリとした目と、形の良い唇。笑顔がとても可愛い。
少し湾曲した細身で独特の形状の剣を使っていて、日本にいた時にテレビか何かで見た、シャムシールという剣に似ている。
動きやすさを重視してか、鉄の胸当て意外はほぼ皮の装備だった。

二人とも私の4つ年下で、今は25歳だ。



「あら、二人ともこんにちは。今ね、ちょうどあなた達に会いに行こうと思ってたの」

「あ、本当っスか?てか、今日は上品なヤヨイ姉さんなんスね」

私が挨拶を返すと、それだけでペトラは、どっちの私か分かるみたいだ。
まぁ、弥生とは話し方が全然違うから、分かって当然なのだろうけど。

それにしても、ペトラもルチルも、初対面の時とは全然違って、すごく砕けて軽い感じの話し方になっている。

友達になってから聞いた事だけど、以前は剣士として、周りになめられないように常にピリピリしていたらしい。
だけど弥生に負けた後は、なんだか気負っていたものがとれて、もっと楽な考え方ができるようになったそうだ。

「上品なヤヨイさんだと、手合わせはできないよね。じゃあさ、私達今休憩してお茶飲みに行くとこなの。一緒に行きましょうよ」

ルチルが私の手を取って、中庭から連れて行こうとする。
私がブレンダン様に顔向けると、ブレンダン様は、いってらっしゃい。と言うように、ちょっとだけ右手を上げて微笑んでくれた。

パトリックもジョルジュさんも、いいよ、という風に笑っているので、私は、手を振ってペトラとルチルについて行った。



「ヤヨイ姉さんコーヒー砂糖入れないんだっけ?」
「そうそう、いっつも砂糖入れないの。苦くて私は無理だー」

二人に手を引かれながら、私は城内に連れて行かれた。
この二人は、本当に息がピッタリだ。


「ちょっと二人ともー、あんまり引っ張らないでよー」

私の両手を引っ張って進む二人に抗議すると、ペトラもルチルも、ごめんごめん!と反省のない声で笑った。
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